第4話 新しい花

文字数 1,268文字

 それはさておき、僕は生まれ故郷の街に戻った。とはいえ、家具類を持ち込んでの出戻りは実家にも迷惑ということで、近いところのワンルームを借りて一人暮らしをすることになった。
 駅前は再開発されていた。おばあちゃんはとっくに他界していて、娘が花屋の権利を引き継いで駅ビルの中で喫茶店をやっていた。娘は僕のことを見覚えがある程度にしか覚えていなかった。

「花屋さんはやめたんですね」
「今はお花もデリバリーの時代ですから。インターネットで頼めるのは便利ですよね。でも、うちはエディブルフラワーを始めたんですよ」
「エディブル?」
「食べられる、という意味です。例えばタンポポは昔から食べることがありますよね」
「あぁ、パスタとかサラダの飾りつけで見たことあります。でも、アク抜かないとすごい匂いが…」
「そうです。でも、同じように食べられる花ってけっこうあって、バラでしょ、なでしこ、ビオラ、ベゴニア、金魚草…ドライにしてサラダに入れたり、ケーキの飾りつけに使ったりするとインスタ映えする、って話題になって」
「へぇ~。色々変わるもんですねぇ。一番売れてるのは?」
「…ふふっ、ラベンダーティーのお持ち帰りパックです」
「なんだ、昔からあるじゃん」
「定番です。何かお好きな花とかありますか?」
「そうですね…アネモネも食べられるんですか?」
「アネモネですか? アネモネは毒があるので、食用には…そういえば、母も好きでしたね、アネモネ」

 僕は、その花を贈られた日からのことを、とても手短に話した。
「まぁ、そういうことで僕の手元には観葉植物が残ったわけですけど…そうだ、このお店で使うなら譲りますよ」
「ご覧のとおり、そんなに広くないお店ですから。そう、ポトスとアイビーがあるんですよね」
「はい」
「ポトスもアイビーも、空気をきれいにしてくれる効果があるから、寝室とか枕元に置いておくとよく眠れるみたいですよ」
「へぇ…」花の咲かない植物も、ちゃんと役割を持っているんだ。「じゃぁ、それは実家から回収しておこう」
「あとはうちのラベンダーティーがあれば、ぐっすり眠れてストレス解消!」
「あはは、商売上手ですね。じゃぁお土産に一ついただきます」

 僕が会計をして店を出ようとしたとき、娘が思い出したように言った。
「アネモネの花言葉、知ってますか?」
「おばあちゃんからは、”期待“って聞きました。でも、そのあと調べたら”はかない恋“って出てきて…なにかと勘違いしたのかな。まぁ、バツイチになったので、その通りでもあるんですけど」
「”はかない恋”ともう一つ、“あなたを愛します”と二つの意味があります。両方合わせて”誠実な心“といっている本もあります」
「…」
「白いアネモネだと、花言葉は”期待“。そして、”真実“」
「…そうですか」

 真実。確かに、一つの真実を教えてもらった。理解するまで、ちょっと時間がかかったけど。

「ありがとうございます。なんか、すっきりしたし、今日はよく眠れそうです」
「またお越しください」

 そういってほほ笑んだ新しい店主の顔は、驚くほどおばあちゃんに似ていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み