星に願いを。友人ちゃん
文字数 2,780文字
身も心もブサいわたし。
こんなわたしでも、恋をして良いのでしょうか。
夜空を見上げてお星さまに何度お願いしただろう。
「どうかお願い。イケ川君がわたしだけを見てくれますように……」
イケ川君はバスケ部のエースで、勉強もできる。
恰好良い上に優しいから、女子から大人気だ。もてないわけがない。
「イケ川君が好き……」
クラスでも、地味な女のコが、ある日泣きながら、親友のコに相談しているのを聞いた。
放課後の教室で、夕方の長い影が落ちていて、地味子ちゃんと親友ちゃんは、教室の真ん中の席で向かい合って座っていた。
わたしは宿題のプリントを忘れて取りに戻ったのだけど、会話を聞いて、入り口で立ちすくんだ。
くすんくすん。
髪の毛を二つに分けた、やせっぽっちの地味子ちゃんが、悩み相談をしている。
どうしても叶わない恋心。イケ川君が好きでたまらない。だけど、こんな目立たない自分なんか、イケ川君が振り向いてくれるわけがないよね。いっそ忘れたいけれど、日に日に思いが募るばかり。
「苦しいよう、親友ちゃん」
と、地味子ちゃんは泣きながら訴え、おかっぱ頭の親友ちゃんは、やさしく地味子ちゃんの頭を撫でるのだった。
「諦めちゃだめよ。アタックよ、地味子」
あなたは可愛いのよ、自分を卑下しちゃだめ、ね、地味子。
ファイト、地味子。
やっちゃえ、地味子。
(あーヤダヤダ)
聞いていられず、回れ右して、一路、帰宅。
こういうのを聞くと、むずむずするのと腹が立つのと、惨めになるのと、色々な負の感情が一気に押し寄せる。
ポイントその一。
地味子には親友ちゃんという存在がある。にも拘わらず、こともあろうにイケ川君を狙っていやがる。
わたしなんか見ろ。友達ゼロの日数、日々更新中。相談相手なんかいたためしがないんだぜ!
(地味子、図々しい事この上なし)
ポイントその二。
地味子は痩せている。二つ分けの地味髪はストレートだし、つやつや。おまけに、ふんわり甘い匂いまで。
一見地味に見せておいて、その実、しっかり女を磨いていやがる。これを女の二面性と言う。
(地味子、アバズレ)
ポイントその三。
とりあえず、イケ川君に告白しようと目論んでいる時点で敵確定。夕日の教室で涙を流して純情ドラマ風に演じているが、このアマ、一人の時、妄想の中でイケ川君に、どんなイヤラシイことをしているやら分からない。
(地味子、許すまじ)
地味子だけじゃない。
イケ川君を見つめるキラキラ女子の目は無数。
むはむはイヤーン、こっち見て、あっ目が合った、きっとあたしのことが好きなんだわウヒヒヒヒィ。
(世界中の女子がイケ川君をイヤラシイ目で見ている)
見るな、イケ川君を見るな、見るなああああああッ。
のたうち回りたくなる。
うちに帰ってぼんやりしていたら、夜中になった。
ほとほと嫌になる。
イケ川君を取り巻く女のコは星の数ほどいるんだ。
今夜に限って良い天気だ。
賑やかに瞬く星の中に、しおらしい針の先みたいな星も混じっている。地味子は多分、ああいうタイプ。
じゃあ、わたしの星はどれだ――見当たらない。
悲しくなった。
自分なんか、永遠に恋など叶わない。
どうやったらイケ川君を振り向かせることができるんだろう。
こんなに煌びやかな星が、夏のウンカの群れのごとくわらわら騒いでいるのだ。きっと、名前すら覚えてもらえない、モブ中のモブ――それがわたしなんだ。
(恋が叶ったら、今までの人生の嫌な事全部、許すことができる)
思わず心で呟いた。
(願いを叶えて、友人ちゃん)
星たちの中から、ぐんぐん近づいてくる点があった。
やけに近い。隕石がこっちに向かっているのかと思ったら、銀の円盤だった。
マッハの速度で突進してくる――衝撃の余り、顎が外れた。
あがが、ががが。
しゅいん、しゅしゅいん。
硬質な音を立てながら、円盤は容赦なく近づいてくる。
円盤には窓がついていて、よく見ると人影が覗いていた。
ショートヘア―。レインボーカラーのマフラー。
友人ちゃん。
友人ちゃんが、円盤に乗って、やって来た。
「もう、いくじなしさんッ」
きゅぴん。
友人ちゃんはウインクをしている。
円盤の中にいるはずなのに、その声は筒抜けで、ここまではっきり届いていた。
「背中を押してあげるっ」
きゅぴん。
魔法のステッキを構えて笑った。
虹色の光線がステッキから溢れてきて、ぐるぐる渦を描きはじめる。
友人ちゃんの乗っている円盤からも、ぐるぐる虹色光線が放たれた。
ぐるぐる。ぐるぐる。
真夜中の町が、たちまち虹色に包まれる。
ぐうん、と凄まじいエネルギーが集まってくるのが分かる。これは凄い。窓ガラスが振動し始めている。
友人ちゃんは笑顔でステッキの先をぐるぐるしているが、ヤバイマズイと、わたしの本能が訴えた。
「友人ちゃん、やめ」
て、と呟いた瞬間、虹色の輝きはスパークし、その一瞬後、すべては変わっていた。
**
ぎゃーぎゃー。
動物の声が聞こえる。
目の前にジャングルがある。
目が飛び出しそうだ。突如、世界は逆行した。
ここは何時の時代の何処だ。
どしん。どしん。
いかにもヤバそうな足音が聞こえてきた。草の上に座り込んでいるわたしの目の前を、どう見ても恐竜にしか見えない巨大生物が横切ってゆく。
「女のコどころか、人間がいないの」
友人ちゃんの声が脳内に響く。どこから喋っているんだ、友人ちゃん。
「ここまでセッティングしたんだから、両想い確定」
だって、他に人がいないんだもんね、楽勝楽勝、きゅぴん。
首の長い、ぬるっとした見た目の恐竜は通り過ぎた。
そして、ジャングルの方から、スマートな人影が近づいてくるのが見えた。
すらっとした長身、長い足、優雅な身のこなし。
しかも――しかも、ウチの高校の制服を着ている。
イケ川君が、こんな時でも爽やかスマイルで、手を振りながら近づいてくる。
「やあ、君、人間だよね。僕も人間なんだ。良かった、やっと同じ種族に会えた」
にこにこ。
そよ風が吹きそうな無敵のスマイルで。
ぴぎゃー、ぐぎゃー。
けだものが、喰うか喰われるかの戦いを繰り広げるジャングルを背景に、イケ川君はわたしに手を差し出した。
「仲よくしよう。見たところ、君、雌みたいだし。頑張って繁殖して、生き抜いてゆこうね」
**
「おめでとう、恋が成就したねッ、きゅぴん」
天から友人ちゃんの声が降って来た。
(ここまでしなくては、叶わない恋だということか)
女のコどころか、他に人間がいない世界でなくては、成就しないという。
うふふふ、まあね、ドンマイ。
友人ちゃんは明るく笑うだけだ。
イケ川君とわたし。現世では、ほぼ縁がないということが、身に染みて分かった。
どしんどしん。ぎゃーす。にこにこ。
こんなわたしでも、恋をして良いのでしょうか。
夜空を見上げてお星さまに何度お願いしただろう。
「どうかお願い。イケ川君がわたしだけを見てくれますように……」
イケ川君はバスケ部のエースで、勉強もできる。
恰好良い上に優しいから、女子から大人気だ。もてないわけがない。
「イケ川君が好き……」
クラスでも、地味な女のコが、ある日泣きながら、親友のコに相談しているのを聞いた。
放課後の教室で、夕方の長い影が落ちていて、地味子ちゃんと親友ちゃんは、教室の真ん中の席で向かい合って座っていた。
わたしは宿題のプリントを忘れて取りに戻ったのだけど、会話を聞いて、入り口で立ちすくんだ。
くすんくすん。
髪の毛を二つに分けた、やせっぽっちの地味子ちゃんが、悩み相談をしている。
どうしても叶わない恋心。イケ川君が好きでたまらない。だけど、こんな目立たない自分なんか、イケ川君が振り向いてくれるわけがないよね。いっそ忘れたいけれど、日に日に思いが募るばかり。
「苦しいよう、親友ちゃん」
と、地味子ちゃんは泣きながら訴え、おかっぱ頭の親友ちゃんは、やさしく地味子ちゃんの頭を撫でるのだった。
「諦めちゃだめよ。アタックよ、地味子」
あなたは可愛いのよ、自分を卑下しちゃだめ、ね、地味子。
ファイト、地味子。
やっちゃえ、地味子。
(あーヤダヤダ)
聞いていられず、回れ右して、一路、帰宅。
こういうのを聞くと、むずむずするのと腹が立つのと、惨めになるのと、色々な負の感情が一気に押し寄せる。
ポイントその一。
地味子には親友ちゃんという存在がある。にも拘わらず、こともあろうにイケ川君を狙っていやがる。
わたしなんか見ろ。友達ゼロの日数、日々更新中。相談相手なんかいたためしがないんだぜ!
(地味子、図々しい事この上なし)
ポイントその二。
地味子は痩せている。二つ分けの地味髪はストレートだし、つやつや。おまけに、ふんわり甘い匂いまで。
一見地味に見せておいて、その実、しっかり女を磨いていやがる。これを女の二面性と言う。
(地味子、アバズレ)
ポイントその三。
とりあえず、イケ川君に告白しようと目論んでいる時点で敵確定。夕日の教室で涙を流して純情ドラマ風に演じているが、このアマ、一人の時、妄想の中でイケ川君に、どんなイヤラシイことをしているやら分からない。
(地味子、許すまじ)
地味子だけじゃない。
イケ川君を見つめるキラキラ女子の目は無数。
むはむはイヤーン、こっち見て、あっ目が合った、きっとあたしのことが好きなんだわウヒヒヒヒィ。
(世界中の女子がイケ川君をイヤラシイ目で見ている)
見るな、イケ川君を見るな、見るなああああああッ。
のたうち回りたくなる。
うちに帰ってぼんやりしていたら、夜中になった。
ほとほと嫌になる。
イケ川君を取り巻く女のコは星の数ほどいるんだ。
今夜に限って良い天気だ。
賑やかに瞬く星の中に、しおらしい針の先みたいな星も混じっている。地味子は多分、ああいうタイプ。
じゃあ、わたしの星はどれだ――見当たらない。
悲しくなった。
自分なんか、永遠に恋など叶わない。
どうやったらイケ川君を振り向かせることができるんだろう。
こんなに煌びやかな星が、夏のウンカの群れのごとくわらわら騒いでいるのだ。きっと、名前すら覚えてもらえない、モブ中のモブ――それがわたしなんだ。
(恋が叶ったら、今までの人生の嫌な事全部、許すことができる)
思わず心で呟いた。
(願いを叶えて、友人ちゃん)
星たちの中から、ぐんぐん近づいてくる点があった。
やけに近い。隕石がこっちに向かっているのかと思ったら、銀の円盤だった。
マッハの速度で突進してくる――衝撃の余り、顎が外れた。
あがが、ががが。
しゅいん、しゅしゅいん。
硬質な音を立てながら、円盤は容赦なく近づいてくる。
円盤には窓がついていて、よく見ると人影が覗いていた。
ショートヘア―。レインボーカラーのマフラー。
友人ちゃん。
友人ちゃんが、円盤に乗って、やって来た。
「もう、いくじなしさんッ」
きゅぴん。
友人ちゃんはウインクをしている。
円盤の中にいるはずなのに、その声は筒抜けで、ここまではっきり届いていた。
「背中を押してあげるっ」
きゅぴん。
魔法のステッキを構えて笑った。
虹色の光線がステッキから溢れてきて、ぐるぐる渦を描きはじめる。
友人ちゃんの乗っている円盤からも、ぐるぐる虹色光線が放たれた。
ぐるぐる。ぐるぐる。
真夜中の町が、たちまち虹色に包まれる。
ぐうん、と凄まじいエネルギーが集まってくるのが分かる。これは凄い。窓ガラスが振動し始めている。
友人ちゃんは笑顔でステッキの先をぐるぐるしているが、ヤバイマズイと、わたしの本能が訴えた。
「友人ちゃん、やめ」
て、と呟いた瞬間、虹色の輝きはスパークし、その一瞬後、すべては変わっていた。
**
ぎゃーぎゃー。
動物の声が聞こえる。
目の前にジャングルがある。
目が飛び出しそうだ。突如、世界は逆行した。
ここは何時の時代の何処だ。
どしん。どしん。
いかにもヤバそうな足音が聞こえてきた。草の上に座り込んでいるわたしの目の前を、どう見ても恐竜にしか見えない巨大生物が横切ってゆく。
「女のコどころか、人間がいないの」
友人ちゃんの声が脳内に響く。どこから喋っているんだ、友人ちゃん。
「ここまでセッティングしたんだから、両想い確定」
だって、他に人がいないんだもんね、楽勝楽勝、きゅぴん。
首の長い、ぬるっとした見た目の恐竜は通り過ぎた。
そして、ジャングルの方から、スマートな人影が近づいてくるのが見えた。
すらっとした長身、長い足、優雅な身のこなし。
しかも――しかも、ウチの高校の制服を着ている。
イケ川君が、こんな時でも爽やかスマイルで、手を振りながら近づいてくる。
「やあ、君、人間だよね。僕も人間なんだ。良かった、やっと同じ種族に会えた」
にこにこ。
そよ風が吹きそうな無敵のスマイルで。
ぴぎゃー、ぐぎゃー。
けだものが、喰うか喰われるかの戦いを繰り広げるジャングルを背景に、イケ川君はわたしに手を差し出した。
「仲よくしよう。見たところ、君、雌みたいだし。頑張って繁殖して、生き抜いてゆこうね」
**
「おめでとう、恋が成就したねッ、きゅぴん」
天から友人ちゃんの声が降って来た。
(ここまでしなくては、叶わない恋だということか)
女のコどころか、他に人間がいない世界でなくては、成就しないという。
うふふふ、まあね、ドンマイ。
友人ちゃんは明るく笑うだけだ。
イケ川君とわたし。現世では、ほぼ縁がないということが、身に染みて分かった。
どしんどしん。ぎゃーす。にこにこ。