第3話 完結

文字数 3,247文字

 いよいよ鬼ヶ島へ上陸すると、桃太郎たちは船を降りて辺りを見廻します。
「僕はここで船を見張っておくから、お前たちだけで様子を見てきてよ」
「駄目です。あなたが先頭に立たなくてどうするんですか。さあ、行きますよ」
 渋る桃太郎に犬の激が飛びます。背中を押されて仕方が無く歩き出すと、やがて男の姿が現れました。
 それは桃太郎よりも頭ふたつほど高い身長で、白い肌、黄色い髪の毛、裸に腰巻をした瞳の青い男でした。
 この男が噂の鬼なのでしょうか?
 桃太郎は腰の刀を抜いて意気込みました。「我こそは桃太郎。きさまは……」
 ですが、その青い瞳の男と目が合うと、足がすくみ、これ以上声を出すことが出来ませんでした。
 すると鬼と思われる男は何かを叫んできましたが、桃太郎たちには理解できません。どうやら異国の言葉を使っている様です。
「『お前たちは何者だ』と言っているわ」振り向くと、さっきのキジが桃太郎たちの後ろの方で羽をバタつかせています。「遅くなって申し訳ありません。先ほどのご恩に報いるために、はせ参じました」
 まさか再び会えるとは思わず、桃太郎は顔がほころびました。
「そうかよく来てくれたな。でもどうして鬼の言葉が分かるんだい?」
「私は以前、蘭学を習っておりましたの。この者はオランダ語を話しておりますのでちょうど良かったですわ。……他にも英語やフランス語や中国語にも精通していますのよ。ホホホ」見かけによらずインテリなキジです。しかしどうやって勉強したのでしょうか? 世界には謎が多いものです。
「それは鬼に金棒だ。本物の鬼を目の前にして言うのも何だけど」
 すると男がまたもや何かしゃべりだしました。
「『さっさとこの島から出て行け』ですって」
「ではキジよ、これから僕の言うことを通訳してくれ」
「承知しました」
「我々はお前たちを懲らしめにやってきた。おとなしく村人から奪った金品を出してもらおうか。そうすれば命だけは助けてやる」キジは流暢にオランダ語に訳します。
 桃太郎は鬼の方を見ずに、キジへと威勢よく迫っています。どうやら鬼の目が怖くて見られない様子でした。
『それは誤解だ。私は何もしていない』男は頭を振りました。
『今更しらを切るとは武士の風上にも置けん。証拠は挙がっているんだ。さっさと観念しろ』
 もちろん目の前の男は武士ではありませんし、何だか刑事の取り調べみたいになっています。
『だから誤解だって、私は鬼でもないし村も襲っていません』
 男の話によると、彼はオランダからやって来た宣教師でしたが、乗っていた船が難破して一年前にこの島へ一人でたどり着いたらしいのです。しばらくここで暮らしていましたが、やがて食料が尽き、仕方がなく泳いで村へと渡りました。しかし、彼を見た人たちが勝手に食料やらお金やら着物を差し出すものだから、施しを断っては失礼だと有難く頂いただけ――という訳でした。
「そうなの? 聞いていた話と全然違うじゃん」
「それはきっと話が伝わるうちに尾ひれがついて、段々と大きくなっていったのではないかな」 男が鬼ではないとわかると、犬は安心したのか、前足をペロペロ舐めだしました。
「これからワシらはどうすればエエんかいの?」猿も拍子抜けのご様子。
「私にいい考えがあるわ」
 キジは颯爽と飛び上がると、空中で一回転をして、そのまま飛び去るかと思いきや、再び桃太郎たちの前に舞い降りました。今のは一体何の意味があったのでしょうか?
「とりあえずこの島から出て、桃太郎さんは村へと戻り鬼を退治したことにして、村人から巻き上げた……いえ、受け取った品を皆さんにお返しします。そのあいだに彼を私が知っている異国人たちの集落まで案内して、そこで暮らしてもらうってのはどうかしら?」
 四人(二人と二匹?)はその案に納得たのか拍手が起こりました。
「それで、村人から頂いた物はどれくらいありますか?」
 桃太郎の言葉に、男は少し先にあるという洞穴へと案内すると言い出しました。
 さっそくついていくと、島の反対側の海岸沿いに、小さな洞窟がありました。
 桃太郎たちが中に入ると、そこには着物や食器のようなものが散乱しています。
『食べ物はもう全部食べてしまいましたが、他の物には一切、手を付けていません』
 男は誇らしげに胸を張っています。犬と猿はその品々を手早く一か所に集めました。
「全部で畳、二畳分くらいですな。……で、どうやって運びます? 我々の小舟にはとても乗り切れませんぞ」
『大丈夫です。村から拝借し……いや、お借りした船がありますから』
 男はそう言うと、洞穴から出て、さらにその先にある浜辺を目指して歩き出しました。
 しばらく行くと、やがて船が見えてきます。桃太郎たちの舟より何倍も大きな船でした。
「よし、これなら一度に全部運べそうだな」
 さっそく桃太郎たちはせっせと荷物を船に運び入れると、元の海岸へと向かい、出航しました。
 
 船の中、桃太郎はまたも船酔いに苦しみながら、ふと物思いに耽(ふけ)っています。
「僕も桃から生まれたというだけで、どれだけいじめられてきたことか。……ましてやこの外国人は祖国から遠く離れ、独りぼっちで異国に暮らすだけでも辛いのに、村人と交流を図ろうとしても姿形が異なり、言葉も通じぬ異邦人では、迫害されて当然だろう。気持ちは痛いほど分かる。……それにたまたま漂流してきた島が『鬼ヶ島』なんて名前だから余計にややこしい。もっとも彼がいたからその名前になったのかもしれないが。ひょっとしたら我が家も陰では『桃乃家』とか呼ばれているのかもしれないな。“ご飯ですよ”じゃあるまいし」
 桃太郎は飛び交うカモメを眺めながら、懐かしの我が家を想いました。

 やがて岸に着き、桃太郎たちが船から降りると、傍にある松の木の枝に小さなキジが三羽止まっています。
「あら、お前たち来てくれていたの」
 どうやらキジの子供たちのようです。キジは子どもたちをみんなに紹介し始めました。「この子たちは私の息子たちです。左から『キイチロウ』、『キジロウ』、『キサブロウ』といいます。みんな、きび団子のお礼をしなさい」
 母親キジの合図で三羽は声を揃えて一斉に「ありがとうございました」と礼を言いました。
 桃太郎は「キジロウは分かるとして、あとの二匹は完全にキジロウありきのネーミングだろう。もしオスが一匹しか生まれなかったら一体どうするつもりだったんだろうな」と、独り言をつぶやきながら、要らぬ心配をしました。
 それから異国の男は桃太郎たちに一礼をして別れを告げると、キジ親子の先導で歩いて行きました。
「しかし、これらの荷物、どうやって村まで運ぼうかな」
 すると、またもや猿の声が遠くから聞こえてきました。
「ほら、ここにちょうどエエの見つけたで」
 なんと猿が荷車を引いてくるではありませんか。しかもご丁寧なことに、ここにも『ご自由にお使い下さい』の文字が見えます。なんというタイミングでしょう。まるで出来の悪い昔ばなしです。
 
 こうして桃太郎たちは無事に村へと帰り着き、取られた品々をみんなに配りました。
 桃太郎は鬼と呼ばれた異国の男からお礼にもらった(と、いうことになっているが、本当はこっそり持ち帰った)品の数々――装飾の施された聖書や純金の十字架、銀の食器などを売りさばいて大金を稼ぎ、おじいさんとおばあさんといつまでも幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。

 ……とはなりませんでした。

 しばらくして、桃太郎が鬼ヶ島から持ち帰った品を売りさばいたことが役人の耳に入ると、桃太郎は潜伏キリシタンとして捕らえられ、島流しの刑に合いました。

 何の因果かその島こそが鬼ヶ島でしたとさ。

おしまい。
                                  ――完結――
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