釘のスープのその後のお話~ポトフを作りながら~

文字数 1,674文字



「ねえ、それ、何作ってるの?」
「ポトフ。西洋煮込み、かな。スープがたっぷりの」
「わあ、スープいいね!」
「あ、そうだ、『釘のスープ』ってお話、知ってる?」
「ええ、突然、何? うーん、確か、北欧の昔話だっけ? なんか絵本で読んだ気がする」 
「そうそう、それだよ。けちんぼうのおばあさんが、旅人に騙されて、豪華なスープを振舞わされたあげくに一晩の宿も貸して、おまけに釘一本を高値で売りつけられちゃう話」
「……身も蓋もないなあ……」
「ふふ。あの話には、後日談があってね……」




 この釘一本で美味(おい)しいスープを作ってみせる。そんな旅人の言葉に踊らされて、カツカツと貯めてきた食材やら金貨やらを手放したおばあさん。もちろんその後、釘一本だけをいくら煮てみたところで、鉄っぽい匂いのお湯にしかなりません。
 ようやく騙されたのだと気付いても、あとの祭り。若い旅人の足に、今さら追いつけるはずもありませんでした。おばあさんは肩を落として、鉄味のお湯を啜るばかり。
 しかし、そんな日が数日続くと、不思議なことにおばあさんは、なんだか体調が良くなったように思えてきました。心が鎮まって、物事が良く見とおせるような気もします。
 旅人と食べたスープ。あれは確かに、とてもおいしかった。ほんの少しの塩、ミルク、ジャガイモ、塩漬け肉……使いもしないで貯め込んでいることに、何の得があろう。自分はもう老い先短いのだし、おいしいものを食べて、満ち足りながら生きていってもよいのではないだろうか。
 そう考えたおばあさんは、旅人が話していたことをひとつひとつ思い出しながら、釘のスープに食材を加えていきました。鍋からはあたたかな湯気が立ちのぼり、ひとかけらの塩漬け肉を煮込むころには、えもいわれぬほどの良い匂いが、あたりに漂い始めました。あの時のスープです。
 出来上がったスープを堪能したおばあさんは、あの旅人はやはり気に入らないし、腑に落ちないことは確かにあるけれども、それでも、この釘を売ってくれてよかった。そう思いました。そして同時に、何かひと味足りないな、とも感じました。
 おばあさんはスープの鍋に、別の食材も足してみることにしました。パンやら菜っぱやらチーズやら、果ては葡萄酒なども入れて、足りない味をさがします。おばあさんの家の煙出しからは、いつでもスープのいい匂いが漂うようになり、匂いに惹かれた近隣の住民から、材料はこちらで提供するので、ぜひうちでも作ってほしい、と依頼が来るようになりました。
 おばあさんはいつでも釘を持って出かけていき、鍋いっぱいのスープを作ります。子供が多い家では、パンを多めにしてお腹がいっぱいになるように。バリバリと働く若い夫婦の家では、疲れがとれるよう塩と根菜を多めに。年配者の家では、少しの量でも満足できるよう肉を多めにしてコクが出るように。その家の家族のことを考えて作るスープはたいそう評判になり、おばあさんはひっぱりだこになりました。
 おばあさんがもらう報酬は、決まって、その家でのみんなそろっての食事です。自分が作ったスープに何が足りていなかったのか、おばあさんにはもう、わかっていたからですよ。
 このお話は、これでおしまい。あとは野となれ、山となれ……




「ねえ、おばあさんが急に開眼したのって、もしかして、釘が鉄製だったから?」
「そうだね、鉄分が足りないと、イライラしたり、逆にぼーっとしたりってあるらしいから」
「じゃあ、釘のスープ自体にも、かなり意味はあったわけだ」
「旅人はたぶん、そこまで考えてなかっただろうけどね」
「ふーん。それで、おばあさんのスープに足りてなかった味って?」
「さあ。なんだろう。なんだと思う? 一緒に晩ごはんを食べれば、わかるかもしれないよ」
「えーっ。教えてよー! いや、晩ごはんはもちろん一緒に食べるけど。そのポトフ、超美味しそうだもん。いまさら帰れって言われても帰んないよ!」 
「じゃあ、これをもう少し置いて馴染ませる間に、パンとお酒でも買ってこようか」
「うん! ビール飲みたい!」
「ワインもいいね!」


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