第2話 過去の僕もやっぱり僕だ

文字数 2,231文字

「よかったらどうぞ」

 10年前の僕をベンチに座らせ、缶コーヒーを渡して隣に座る。

「あ、ありがとうございます」

 恐縮した表情で受け取る過去の僕。
 うん、その礼儀正しさ、そのきょどり方。間違いなく高校時代の僕だ。
 コーヒーを口にする彼を見ながら、僕は状況を整理しようとした。



 僕が過去に戻ったのか、それとも彼が未来に飛ばされたのか。
 そう思って周囲を見渡すと、すぐに答えが出た。
 駅から見える景色。僕がいつも見ているものとは違ってた。
 どこか懐かしい景色……そう、10年前の景色だった。
 僕は学生時代、いつもこの景色を見ていた。

 そうか。僕が彼の世界に飛ばされたんだ。

 でも、どうして?
 これに何の意味があるんだ?
 そんなことを考えながら、僕はペットボトルの水を口に含み、まだ残っているコーヒーの苦みを消した。



「……どうして」

「どうして、何かな」

「は、はい……どうして僕に、声をかけてきたのかなって思って」

「どう言ったらいいのかな。君がその、今にも電車に飛び込みそうに見えたから」

「そうなんですね……すいません。僕、そんな風に思われること、よくあるみたいで」

「そうなのかい?」

 と、僕は分かっていることをあえて聞いた。

「はい。僕、悩みとかがあると、さっきみたいに線路ぎりぎりの場所に立ってしまうらしいんです。自分ではそんなつもりないんですけど、死のうとしてるように見えるみたいで」

「でも、そうじゃないと」

「はい。何となく……本当に何となく、なんです。線路の石を見つめながら、ただぼうっと……だから何度か、警笛を鳴らされたこともあるんです」

「なるほどね」




 確かに僕には、そんな変な癖があった。
 別に死のうとしてる訳じゃない。ただ何となく、そうしていた。

 でも、僕には分かっていた。
 それだけじゃないことを。
 なぜなら彼は、僕なんだから。

「でも……もしそのまま電車にはねられたとしても、別にいいかって思ってたんじゃないかな」

「え……」

「死ぬ気はない。でも、何かの拍子にそうなってしまったとしても、それならそれでいいか、そんな風に思ってたんじゃないかな」

「どうして」

「僕もそうだった時期、あるから」

「おじさんにもあるんですか」

「おじさん……まあ、君から見ればそうなるよね」

「ああいえ、そんなつもりじゃ……あの、僕は後崎(うしろざき)って言います。あの、失礼ですけど」

 僕も後崎と言いそうになり、咄嗟に出て来た苗字を慌てて口にした。

「前崎です」



 後崎くんの未来だから前崎って、安直すぎるだろ。
 そう自分に突っ込みながら、一つ咳ばらいをして話題を戻した。



「君は今、悩んでる。それもどちらかと言えば、絶望に近い思いを持ってる」

「はい……」

「聞かせてくれないかな。こうして会ったのも、何かの縁だと思うし」

「そう、ですね……分かりました。どうしてか分からないけど、僕も聞いてほしいような気がしますので」

 過去の僕はコーヒーをもう一口飲み、小さなため息をついた。

「特に何かあった、という訳じゃないんです。勿論、生活してる中で嫌なことはあります。でも……どう言ったらいいんでしょう、それはこの世界で生きてる限り、誰にでもあることだと思ってます」

「……」

「普通の人は、そういうことを友達に話して解決したり、馬鹿笑いしてすっきりしたりするんだろうなって。自分で抱えきれない悩みや辛さを、一緒になって背負い合うって言うか」

「友達は財産だからね。君にはそういった人、いないのかな」

「いません……仲のいいクラスメイトはいます。でも、そこまで掘り下げて語り合うような友達ってなると」

「なるほど。それは君自身の問題なんだ」

「はい。僕がもっと心を開けば、ひょっとしたらそういう友達も出来るかもしれません。でも僕に、その一歩を踏み出す勇気がなくて」

「勇気ね……」

「今は仲が良くても、来年クラスが変わってしまったらどうなるんだろう、僕より気の合う友達が出来たらどうなるんだろう……そんなことを考えていたら、クラスメイト以上の関係を築くのが怖くて」

「裏切られたらどうしよう、実はこの人、そこまで僕のことを好きじゃないんじゃないかって」

「はい……考え出すと怖くて、いつもそこで止まってしまうんです」



 彼の言ってること。それは僕自身がいまだに持っているものだ。
 そのせいで僕は、人と深く付き合うことから逃げ続けている。
 この年になってもまだ、本当の友人というものを作れていない。

「なるほど。でもまあ、そういう時期があってもいいと思うよ」

「そうでしょうか?」

「うん。その怖さはある意味、他者に対する優しさになっていくと僕は思う。愛想をつかされるのが怖い、自分の底を見透かされるのが怖い。だから人は頑張る。相手のことを思いやるし、自分をもっと高みに押し上げようと努力する」



 ……おいおい、何偉そうに語ってるんだ、僕は。
 いまだにそこから抜け出せていない人間が、子供相手に何無責任なことを言ってるんだ。



「でも君の言い方だと、さっきの行動の理由、そこじゃないみたいだね」

「はい……今言ったこともきついんですけど、それ以上に僕、これからのことを考えると不安で」

「具体的に言うと?」

「漠然としてます、すいません……ただ僕は、こんな毎日がずっと続くのかな、そんな風に考えていたら、何だか怖くなってしまうんです」

「年をとっていっても、今と同じだったらどうしよう」

「……そういうことです」

「うーん」

 背伸びして空を見上げ、僕は大きく息を吐いた。
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