第4話 冒険者と転生者 2-1

文字数 4,126文字

 冒険者たちの集う場所、この街における総本山。
 頑強な石作りの建物はドワーフの職人の手によるもので、領主の館もかくやという幾重にも重ねられた魔法の防壁はエルフや人間の賢者たちの手によるものだと言われている。
 そんな場所に集う者は様々だ。
 見果てぬ世界を夢見る者、命の駆け引きを楽しみたい者、手っ取り早く金を稼ぎたい者、弱き者たちの助けになりたい者、世界に蔓延る邪悪を打倒したい者、興味本位、好奇心。流れに身を任せた結果、紆余曲折――。
 かくも様々で統一感のない一応は合法的な闇鍋集団、というのが世間一般の認識と聞いた。
 そんな不可思議な魔境にシュウたちは連行されている。
 正確に言えば連行されているのは転生させられた先の宿屋の主人、なのだが一緒にいたという理由から流れで一緒に連れていかれる事になったのだ。
 四方には屈強な体格の男が六人、先導する女性は美しく閲覧可能なデータから人間とエルフのハーフであることが分かった。いったい彼女と宿屋の主、ログとにはどのような因縁があるのかは分からないが穏やかではなさそうな雰囲気だ。
 もっともシュウは最初から冒険者ギルドへ向かう予定だったから結果として建物を探す手間が省けるのは有難い事だった。通された先の部屋でその気持ちもだいぶ薄れたが。
 非情に簡素な部屋だ。
 テーブルは頑丈そうな古びたものが一つ、挟むように長椅子が二つ置かれているだけで観葉植物も壁に掛けられる絵画の類も無い。窓には何故か鉄格子が嵌められているし、入って来た扉だって分厚い金属製のものだ。これでは良く言っても取調室か何かの類にしか見えない。
 女性が用のあるのはログだけなので、自分は開放して貰えないかなとシュウは思った。
 「どうぞ、お二人はお座りください。」
 長椅子へ先に座った女性はそう促す。
 シュウはチラリとログの方を見た。気まずそうに頭を掻いている。
 勧められた以上は断るのも失礼だろうと迷いなくシュウは女性の向かい側の椅子に座った。
 「ログが立つなら私もこの場に。」
 そう淡々と断ったのはクリュスと言う少女で、可愛らしい姿に神秘的な雰囲気を纏っている。
 何を考えているのかは良く分からないが、その瞳の何処にも特別な感情は見て取れないから何か深い理由があるわけではないのだろう。
 女性が「好きにしてください。」と言うと何の躊躇いもなくクリュスはログの隣に立った。
 「さて、ログ様。ここに呼ばれた理由はお分かりですね?」
 「いいやサッパリ。特に何かした記憶は一つも無いが。」
 「何もしていないのが問題なのですよ!」
 テーブルが壊れるのではないかと思うほど強く女性は拳を打ち付けた。
 「再三のようにお送りしている手紙に返事はなく、その件で要請を出しても知らぬ存ぜぬ。挙句に声をかけようとするたびに逃げては姿をくらませる。私たちがどれほど苦労してアナタを連れてこようとしていたか……。だいたい何が不満だというのですか?」
 「……面倒ごとが増える。」
ボソリとログは答えた。
 「それは偏見であると何度も説明しました!」
 「あの、いったい何の話なのですか?」
 そろそろと手を上げての質問。
 椅子に座って延々と頭の上を飛び越える話を聞かされるのは流石に辛い。
 それに、もしも本当に関係ない事柄だけであるなら上手くいけば開放して貰えるかもしれない。
 「――アナタ、ログ様の営む宿に泊まっているという方ですね?」
 「あの、どこでそれを?」
 「検問所で答えた内容くらいは既に確認しています。それで、アナタはどこまで彼のことをご存知ですか?」
 「すみません。今朝であったばかりなのでそれほど……。」
 「でしょうね。そう言えば冒険者を目指して来たと報告書にありましたが、それ本当ですか?」
 とても情報共有を行っている時間など無かったように見えたが、検問所での受け答えの内容は全て知られてしまっているようだ。
 「はい。」
 「なら、彼が何者であるかくらいは知っておいても良いでしょうね。」
 「おいおいウチの客に変な事を吹き込むんじゃ――。」
 ログの言葉は屈強な男たちによって遮られる。
 「まず冒険者に関して、どの程度の知識がありますか?」
 「えっと、種族を問わず世界の平穏のために協力して活動している人達?」
 「その他には?」
 「ええっと、すみません。」
 「いえ結構です。多少認識に差異はあれど理念は重要ですから。……冒険者は言われた通り世界の、正確に言えば人々の平和な暮らしのために要請を受けて活動し、その見返りとして報酬を得ています。多くは日常における些細な事であったり、多少の能力があれば解決できる問題が殆どですが。しかし当然ながら危険な依頼も中にはあるのは想像できると思います。」
 シュウは頷く。
 転生前の知識ではあるが、魔物や魔獣などとの戦いは殆どの場合で命のやり取りになるのがお決まりだった。
 「では危険な依頼はどう処理すべきか。それを決めるために冒険者ギルドにおいては階級、――クラスとも呼びますが――を分けることで対応しています。下から銅、銀、金、白金、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコン、というように。相応の能力と実績を持って認められれば上位の階級に昇格し、それに応じてより難易度の高い依頼を受けることができるようになります。当然ながら危険も増すこととなりますが。」
 「それとログさんに何の関係が?」
 「今の彼は金の階級を持つ冒険者資格なのですが、しかしその実力は最低でもミスリル級の最上位もしくはアダマンタイトに匹敵すると私達ギルド側は考えています。だというのに彼が昇格条件を満たさないよう巧妙に立ち回る余り、今の彼に白金以上の依頼を出すことが出来ないのです。ええ規則のせいで。」
 「過大評価も過ぎるって話しだ。俺にはそんな能力は無いぜ?」
 「非公認のものではアダマンタイトの冒険者たちが最低でも五人以上のメンバーで挑むようなモンスター、タイラントドラゴンを協力者含めたった二人で倒したとの話などありますが?」
 「他人の空似だな、そいつは。」
 しばし女性はログを睨みつける。
 当人は素知らぬ顔で窓の方を向いており、いたずらをした子供のように知らんぷりだ。
 「はあ……ええ、彼が昇格を拒んでいる理由は分かっています。緊急依頼が気に入らないのでしょう。」
 「緊急依頼ですか?」
 「ええ、早急に対応や解決をしなければならないと判断された重要度の高い依頼の事です。これは白金級以上の冒険者にのみ発行されるもので、中には強制的に参加をしなければならないものもあります。その危険性や例外性から報酬は他のものとは比べ物にならず、こちらを専門で受けている方々もいるほどです。」
 なるほど。
 報酬は魅力的だが命の危険が付き物、その上に拒否できない場合があるのならば――本当の理由は分からないが――身の安全のために昇格を見送るというのは何となく納得できる。
 「ただでさえ、うちの支部は人材が不足しているというのに……。」
 「あー、そういやそんな話を少し聞いたな。」
 「そうです! よりによっていっぺんに世界レベルの問題や災厄が重なって来たお陰で冒険者たちは大忙し、ギルドも本部支部総出で対応に当たっていてパンク寸前なんですよ! このギルドだってギリギリでなんとか回していますがとても厳しい状況。“優秀な人材を遊ばせておく余裕なんかないだぞ”と上から叱られる私の気にもなってください……。」
 疲れ切った長い、とても長い溜息と重い沈黙が部屋の中に満ち溢れる。
 目の前で組んだ手に額を乗せる姿を見ているとなんだか可哀想な気持ちにすらなってくる。
 「人材不足ね、ならソイツをこき使ってやればいい。」
 唐突なログの言葉、一斉に集中する視線、混乱する頭。
 一秒、二秒――。
 凍り付いたかのような時間が過ぎてから「俺?!」と喉から声が飛び出した。それは悲鳴に似ていた。
 「コイツは何というか、上手く言葉には出来ないがスゲェ力を持った選ばれし人間……て感じがするぜ。」
 「この子がぁ?」
 「間違いない。その目元の当たりとかそんな気がするだろ?」
 「ログ様がそうまで言うと、どことなくそんな気が……。」
 「ま、待ってください! 僕はほら見ての通り普通の人間ですし、そんな特別な力なんか――。」
 マズい。非常にマズい。
 話しの流れからして必要以上に期待値が高くなってしまっている。先の事を考えれば高く買ってもらうのは悪い事ではないかもしれないが、それにしたって見合わない不相応の期待を持たれては何をやらされるか分かったものじゃない。
 「そ、それよりも今はログさんの話ですよね? 僕はあまり詳しくは分かりませんが――。」
 「それじゃ、人材の問題が解決したみたいだから俺はこれで。」
 「――え?」
 どういうことですか? その言葉が発せられるよりも早くログたちを取り囲むように不可思議な白い光の輪が現れる。
 もちろん歴戦の猛者であろう周囲の男たちがこれを放っておくわけもなく、唐突な宣言と謎の光の衝撃から瞬時に我に返って光の輪の内側へ、我先にと頭から飛び込んでいくが――僅かに遅かった。
 忽然と、初めからそこには誰もいなかったかのようにログたちは姿を消した。

 ――――沈黙。

 文字通りに全てが凍り付き時の流れすら忘れてしまいそうになる静寂のみが部屋を満たす。
 「ふ、ふふふ、うふふふふふふ。……そう、これでもまだ足りないのですね。アナタを捕まえておくには、もっと必要というわけですね。うっふふふふふふふふふふふふ…………。」
 それはまるで嵐の前の静けさだった。
 そう、文字通りの意味で在り、次の瞬間に導火線の炎は本体に辿り着いたのである。
 「もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 窓の方へフラフラ歩み寄っていた女性は、唐突に窓の格子を掴んでガタガタと外そうとでもするように力を籠め暴れた。声は静けさを切り裂き、暴風雨のように部屋の中を荒れ狂う。
シュウと、ログのいた場所に積み重なっている男たちは、ただただその嵐が落ち着くまでその光景を見守っている事しかできなかった。
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