第49話 宿命と冒険者 3-1

文字数 3,094文字

 日は傾き赤みを帯びた太陽がジリジリと眼下の地上を焼いている。
 適当な長さの棒を柱として荒布を使い作られた日陰の中、木の板とレンガを組み合わせただけの即席椅子に座るのは二人だけ。周囲に積み上げられた中身一杯の箱のせいで酷く肩身が狭いような気分になっていた。
 シュウは何の気なしに天井を見上げる。
 そこではチラチラと日光の粒が暴れるようにして荒布を掻い潜ろうと悪戦苦闘している姿が見えた。
 「まるで。」
 サレナが徐に口を開く。
 「うん?」
 「まるで夢を見ていたような気持ちです。……とても恐ろしくて辛い悪夢を。」
 「うん。でも、もう覚めた。」
 「はい。」
 再び二人は沈黙する。
 激しい疲れと脱力の影響で会話を続ける事すら億劫になってしまっているようだ。
 外からは忙しく様々な仕事に当たっている人達の声が聞こえてくる。
 崩れた建物を調べる者、魔物の生き残りを警戒する者、生き埋めの人を助ける者、被害の規模を確認する者、不正調査員、野次馬、自称関係者、役人、貴族、騎士、冒険者――。
 一見して誰も彼もが今回の一件の完全な解決のために尽力しているように見えるが、明らかにそれとは別な思惑を持って活動している者たちも少なくない。安全のためと言いながら魔物や地響きの影響を受けていないはずの建物への道を閉ざすなど、そのもっともたる光景と言える。
 だがシュウたちには関係の無い事だ。
 提供できる情報は既にギルドを通して全て伝えた。
 今ここに残されているのは単純に現場にいた関係者の一人であるから、という事の他に理由はない。
 もっともそれほど時を使わず解放して貰える予定だ。
 忍び込んでいた事はギルドが上手く隠しているし、“たまたま近くにいたから最も早く現場に辿り着けた”という筋書きが既に決まっている。どういうわけか口裏を合わせてくれた奴隷商の雇われ兵もいたらしい。
 つまり心配することは何も無いのだ。

 「入るぞ。」

 そう断って一人の男が狭い空間に現れた。
 頬骨が浮き出るほど痩せた顔にクマの目立つ目元。背はそれほど高くないがシュウよりは少し上だろう。几帳面そうに礼服を着こなし、手を後ろで組んでピッタリと足を揃えシュウの前に立った。
 「ふむ。思ったよりも若いな。」
 「あの、どちら様でしょうか?」
 「ああ私としたことが、これは失礼を。この町の管理を領主さまより任されているレボノと言う者だ。君たちの間では執政官という名称で呼ばれることの方が多いかな?」
 シュウは息を飲み、慌てて椅子から降りて膝をつき、そして頭を下げた。
 執政官、つまりはこの町における最高権力者。まさかそんな人物がこんな場所を訪れるなど予想できる者が果たしているだろうか? いや、いないだろう。
 「こ、これはとんだ失礼を!」
 「構わない。公式な場ではないからね。今は少し聞きたい事と、用事のために訪れただけだ。」
 「聞きたいこと、ですか?」
 何だろうか?
 こんな場所に自ら訪れてまで確認する必要のある事、当然シュウには満足に答えられる自信などない。
 「なに、些細な事だ。あの魔物は君が足止めを行った。それに間違いはないのかね?」
 「えっと、はい。僕たちだけで戦いました。」
 「そうか……であれば何か褒賞を与えるべきだな。」
 ――え?
 「それは、どういう……。」
 「当然だろう。ここは第二の壁の内側、差はあれど貴族としての地位を持つ者たちが多く暮らしている場所である。そこでこのような世にも恐ろしい惨事が起きた。ギルドからの報告を読む限り君が相手をしていた魔物は相当に強大な存在だった事は確実。もしも足止めが行われず中庭から外へ脱走されていたとすると、仕留めるまでにどれほどの被害が出ていたか分からない。この功績に何の褒賞も与えないなど、叱責ものだ。」
 レボノは確信を持ってそう断言した。
褒められるのは何だか照れ臭いが、それほどの恐ろしい相手であった事も再確認する。
 あれほどの傷を与えてくれていた人々に感謝しなければならない。
 「持ちこたえられたのは、多くの方々が弱らせていてくれていたからです。僕たちの力だけではとても。」
 「それは一理あるが、最後まで相手をしていたのは君だ。その事実は揺るがず、賛美すべき事柄だろう。」
 「身に余るお言葉です。」
 「それで褒賞の件だが、どうやら何も考えていなかったみたいだな。では考えておくように。」
 「はい。」
 シュウは深々と頭を下げる。。
 「さて、聞きたいことは終わりだ。それで用事の方だが――。」
 ゾクリと鳥肌の立つ冷たい瞳がサレナへと向けられる。
 いつの間にかシュウの隣で、同じようにジッと頭を下げていた少女は怯えるように身を縮ませた。
 そんな事はお構いなしにレボノは外に待たせていた騎士――恐らくは部下だろう――を呼ぶ。
 「その娘を連行しろ」
 「はっ!」と騎士は了解の敬礼を行ってサレナの方へと近づいて行った。
 「待ってください!」
 反射的に、庇うように、体が立ちふさがるようにその間へと入った。
 「そこをどけ!」
 「理由を、理由を教えてください! 彼女は共に魔物から町を守った仲間です。そんな彼女だけが連行される理由とは何なんですか!」
 「レボノ様のご判断に異議を唱えるというのか!」
 騎士は腰の剣を抜き構える。
 放つ気迫は確実に手練れのもの。今のシュウが相手をするには些か手に余る実力を持っているのは確実だ。
 しかし一歩たりとも引くことはできなかった。
 「剣を収めろ。」
 レボノが命令する。
 「しかし!」
 「私の判断に異議を唱えるのかね?」
刃のように鋭い言葉を受け、騎士はすぐさま剣を鞘へ戻した。
 それを確認してから、氷のような目が真っすぐに今度はシュウを射貫く。
 「彼女は法を犯した。故に処罰を受けなければならない。」
 「どのような法ですか?」
 「町中での殺傷能力を持つ魔法の禁止だ。例外とするのは魔法協会の公認魔術師か、ギルド所属の冒険者が特定の条件を満たした状況においてのみ。彼女はどちらでもない。また資料を呼んだ限り行使した魔法は使い方次第で人を傷つける事も殺すことも可能だと考えられる。故にその目的に関係なく彼女は処罰の対象だ。」
 「そんな、おかしいですよ!」
 「かもしれないな。しかし決まりは決まりだ。たとえ多くの人民の命を救った英雄であったとしても、勝手に特例を作るわけにはいかない。一つ許せば無限に増え続け、やがては秩序を崩壊させるだろう。」
 「そんなのは極論です。」
 「極論だろうな。そのように運用しないよう全力は尽くされるべきだ。しかし、可能性がある以上は危険を冒すわけにいかない。特例は認められない。」
 レボノは一切譲らない。
 そこに迷いは微塵も無い。ただ無慈悲に法を、秩序を守るのだ。
 このままではサレナは法を破った犯罪者として処罰されることになるだろう。
 しかし、どうすればいい?
 逃げたところで解決にはならない。戦ってどうにかなるわけもない。懇願しても彼は拒否するだろう。
 なら、どうする?
 「さっき、褒賞の話が――。」
 「法を捻じ曲げること以外ならば、可能な限り努力するとしよう。」
 考えを読んだかのように、シュウの言葉を遮ってレボノが条件を付け加える。
 ダメだ、打つ手がない。何も思いつかない。
 唇を噛む。
 ここまで来てそんな結末は受け入れられない。受け入れられるわけがない!
 「納得してくれたみたいだな。では連行させてもらうぞ。」
 口を開く、しかしレボノを止められる言葉は何も出てはこなかった――――。

 「おいおい、そいつはオカシイぜ。執政官殿。」
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