プロローグ

　その日、ローラント王国の首都ローゼンハイムには、王女の戴冠式を祝うために、世界中から国賓が集まっていた。
　国賓の中には、二年もの歳月をかけて、遥か遠くからこの地までやって来るものもいた。それほどまでに、彼女の存在は世界にとって重要だった。
　全ては、王女の御姿をその目で見んがせんとするためである。
　千人を越える国賓席の後ろには、十万を越える数の普通市民が集っていた。彼らもまた、王女の姿をその目に焼き付けようと集まったのだ。大人に肩車された子供や、木の上によじ登る少年達もたくさんいたが、誰も彼らを咎めることはなかった。

　王が、バルコニーに姿を表した。群衆の間に感嘆が漏れた。続いて、部屋の奥から、王女が姿を表した。

　彼女はフードの奥に顔を隠していた。　王女が前に進み出ると、来賓たちは息を呑んだ。

　王女がフードに手をかけ、それを脱ぎ去った。
　
　彼女の赤く輝く豊かな長髪の上に、光り輝く天使の光輪が浮かんでいた。

　来賓席からも、遥か後方に立ち並ぶ市民からも、大歓声が上がった。

　国王が壇上に立つと、群衆はしんと静まり返った。王はゆっくりと話し始めた。

「昔話をしましょう。ここにいる誰もが知っている、われわれの歴史の話を。

　かつて、天界より天使ゼクターが、このアストレアの地に遣わされました。

　彼女は魔物や亜人が張梁跋扈するアストレア大陸にて、人類を束ね戦乱を平定し、この地に秩序をもたらしました。

　軍備を整え、城塞を築き、新しい魔法を編み出した。そしてそれらの力であらゆる魔物を打ち滅ぼした。ここにアストレアの平和は築かれたのです。

　しかし、束の間の平和に人類は堕落しました。

　享楽にふけり、戒律を破り、人の妻を犯しました。そして再び相争いを始め、ついにアストレアは、再び戦乱の炎に包まれたのです。

　もはや人類に絶望したゼクターは、魔界の扉を開いてすべての人間を滅ぼそうとしました。

　悪魔の軍勢が地上を覆い、そしてまた多くの人間が死にました。

　もはや人類の滅亡は確固たらんとするその時、名もなき英雄に討ち取られ、ゼクターは死んだのです。

　人類は争いをやめ、世界中に散り散りとなった。そして再び、世界に平和が訪れました。

　しかし、残されたゼクターの悪魔達は、平和を望まなかった。彼らは闇に紛れ、姿を隠した。そして時の王権に取り入り、陰から謀略を巡らせたのです。

　だがしかし、悪魔の奸計は察知されました。

　数多の英雄が悪魔と闘うために立ち上がりました。彼らはアストレア救世軍を組織し、悪魔と闘った。この闘いは百年に及びました。

　そして、悪魔の総統にして力の悪魔であるアスタロスが屠られて以降、悪魔と人間との間には、休戦協定が結ばれました。こうして人類は、一時の平和を手に入れました。

　しかしそれは、妥協に寄る平和であります。偽の平和なのです。

　みなさん、聞いてください。この偽の平和は、もう終わりるときです。

　なぜなら、我々人類には、天使がいるのだから。我が祖ゼクターに代わる、あらたなる天使が。

　それこそは我が娘、アマンダ・ゼクター・ロキ＝トリステインであります！！！」

　王が高らかに謳うと、再び群衆から大歓声が上がった。
　
「いまこそ、すべての悪魔を討ち滅ぼし、世界の運命を人類の手に取り戻す時です。

　悪魔は、この世に存在する邪悪の化身です。所詮、奴らの目的は人類滅亡に他なりません。

　我々は、悪魔に膝を屈することなく、戦い抜かねばなりません。

　これは、我々だけの戦いではありません。全人類の戦いなのです。

　この世のすべての悪魔を倒し、世界を本来の形へ修復するのです

　私はローラント国の王として、ここに悪魔たちに宣戦布告いたします

　どうか、我々と共に、悪魔との戦いに立ち上がってください。」

　王の話が終わると、来賓は盃を掲げ、歓声を上げた。群衆もまた、大きな声で王を称えた。
　しかし一方で、王の言葉を冷たい目で見つめる人間たちもいた。
　彼らのうち、あるものは悪魔の手先だった。あるのもは勢力均衡を望むものだった。またあるものは、悪魔から富を得る者たちだった。
　そして、彼らの奸計は、まさに今、この地に成されようとしていた……