1 王女と過ごした最後の夏

文字数 13,611文字

 ローラント王国の王都を司る巨大都市ローゼンハイムには、100万を越える住民が住んでいた。そこは、国家最大の軍事拠点・商業拠点であると同時に、世界でも有数の魔法都市でもあった。
 ローラント王国の開祖であり、叡智王と崇められた魔術師ロキの偉業を称えるため、そしてその魔術の探求の成果を後世の人間が広く学ぶために、このローゼンハイムには数多くの魔法学校が建立された。
 魔法学校の特徴は、はた目にすぐに分かる。赤い急傾斜の円錐の屋根をもつ、背の高い建物がそれだ。それは石灰岩から作られた海辺の白い町並みと、強いコントラストをなしていた。
 魔法学校では、貴族の子弟だけではなく、下層階級の人間からも広く生徒を募り、別け隔てなく魔術の探求に勤しんでいた。魔術を学ぶものに貴賤なし。ただ真理の探求のみがある。それが、ここローゼンハイムの、魔術界のモットーだった。
 ローラント国家第一魔法学校は、そんなローゼンハイムの中でも最も優れた生徒達が通う、国内最高峰の魔術師候補生のための学び舎だった。
 いま、その学校で、年に一度の進級試験が行われるところであった。
 
【イエレン】「では、セーラさん、試験を始めてください」

 静かな広い講義室に、年かさの女性の高い声が響いた。彼女は、ウェーブした豊かな白髪の上に、黒い三角帽をかぶっていた。それは、誰しもが頭に思い浮かべるような、保守的な魔術師の装いだった。彼女の名はイエレンと言い、この魔法学校に長年勤めている教師であった。
 セーラと呼ばれた女生徒が立ち上がった。彼女は、つややかに波打った、金の豊かな長髪を持っていた。フリルで縁取られた青いスカートの下には、黒いタイツに包まれた細い足首が覗いていた。そして、純白のブラウスの上に、スカートと揃いの青いケープを羽織っていた。彼女は茶色いローファーをこつこつと床に響かせながら、教卓の前に進みでた。
 彼女は、国王の係累であり、座学も魔法も最高の成績を収めていた。その美しい容姿は、男子も女子も虜にした。彼女の一挙手一投足は、常に全校生徒の注目の的であった。
 彼女は教卓の前に立った。教卓には、真鍮の杯に立てられた、火のついた蝋燭が置かれていた。 
 階段教室にずらりと並んだ生徒たちが見守る中、セーラは両手を蝋燭の火に掲げた。生徒たちは、息を呑んでそれを見守った。
 静かに揺らいでいた蝋燭の炎は、彼女の手に包まれると、ピタリと動きを静止した。やがて炎を形を変え、あたかも糸を引く蜜蝋を逆さにでもしたように、天井に向かって赤く細い糸を引いた。
 セーラは目を閉じ、強く祈った。すると、炎の細い糸はゆらゆらと揺れ、まるで糸くずのように、幾度となく折れ曲がった。そして、それは炎心の真横に、一列の炎の韻文を描いた。
 それは、エルフの高名な詩人ハーツ=ディシュターが詠んだ、著名な詩の一節だった。
 セーラは高らかな声を出して、その詩を読み上げた。

【セーラ 】「風は旅人(eld an suran) 空を駆け巡る(jhacktüm suran) どこまでもどこまでも(im kennan ӛura)

 セーラは一節を読み終えると、炎の文字を変形させた。そして、次の一節を浮かび上がらせた。

【セーラ 】「時には(sӧmeo) 荒々しく(rougӫn) 時には優しく(sӧmeo kennen)

 イレインは腕組みをしながら、うんうんとうなずいた。彼女は心のなかで思った。この子は期待を裏切らない、まったく良くできた生徒だ。

【セーラ 】「風は旅人(ünd s willow) 時空を超えて(tima oval ӫn) 過去と未来をつなぐ(connn post fast ӫm)……」
【女の奇声】「Σ(|| ゚Д゚)んぎゃあああああああああああ!!!」

 突然、女生徒の奇声が教室中に響き渡った。セーラの集中が途切れ、炎の文字は空気中に雲散霧消した。
 イエレンは、顔をこわばらせて固まっているセーラを見て、深く深くため息を付いた。そして、顔を上げて、教室の最後尾の席を睨みつけた。そこでは、黒い長髪をおさげにした眼鏡の女が、慌てて口を塞いでいた。
 彼女の名は、ドアンナといった。彼女は、不健康なほど白い肌に、ツギハギだらけのローブに身を包んでいる、貧乏学生のうちのひとりだった。。
 彼女は、生活費を稼ぐために、授業中にしょっちゅう内職をしていた。本来学生の身分では禁止されている冒険者ギルドの依頼を受けて、季節外れの花や果実を咲かせる仕事を請け負っているのだ。
 案の定、今も彼女は膝の上に植木鉢を抱えていた。大方、魔法操作をしくじり、植木鉢の中身を台無しにしてしまったのだろう。

【イエレン】「ヽ(#`Д´)ノドアンナ!!!」
【ドアンナ】「あっ、はっ、はいヾ(゚ロ゚*)ツ!うわっ(;゚Д゚)!」

 イエレンは、ドアンナを大声で怒鳴りつけた。ドアンナと呼ばれた少女は、急に名前を呼ばれ、びっくりして声を上げた。その拍子に、彼女は再び魔力操作を誤ってしまった。
 魔力を込めすぎてしまったガーベラは、鉢の栄養を吸い付くし爆発的に伸び始めた。ガーベラの黄色い花弁が植木鉢から溢れ出し、あっというまに机のまわりを埋めた。それでも花は成長を止めず、その蔓はドアンナの腕を絡め取ると、彼女の体をぐるぐる巻きにして締め上げた。
 
【ドアンナ】「ぎゃーーー!(꒪ཀ꒪)ぐるじぃぃいい」

 ドアンナがそう叫ぶと、教室中が笑いの渦に包まれた。
 イエレンはつかつかと足音を立てながら教室の後ろまで歩くと、腰に手を当てて、上からドアンナを見下ろした。

【イエレン】「ドアンナさん、あなたは内職なんてしている余裕がおありなのですか?あなたの成績は、ただでさえ落第すれすれなんですよ?」

 イエレンがそういうと、彼女の両隣の生徒はニヤニヤと笑った。イエレンは目ざとくそれを見つけると、ふたりを叱った。

【イエレン】「アンナさんにレイセンさんも。あなた達も人のことを笑っている場合じゃありませんよ!友達なら彼女を注意しないと。そんなだから、あなたたちはまとめて三馬鹿と呼ばれてるんじゃありませんか?」
 
 急に教室中に名指しされ、アンナはびくりとして固まった。レイセンは、顔を真赤にしながら、へなへなと身を縮こまらせた。その様子を見て、クラス中に静かな笑いが広がった。
 そんな中、試験をぶち壊しにされたセーラは、つかつかと足音を立てながら教室を横切ると、イレインの脇を通り過ぎて、ドアンナの真横に腕を組んで仁王立ちになった。

【セーラ 】「(ಠ_ಠ)……ドアンナさん?」
【ドアンナ】「(  ̄^ ̄)……何よ」

 つっけんどんなドアンナの返事に、セーラの怒りのボルテージが爆発した。

【セーラ 】「ヾ(`ヘ´)ノ゙んむむむむ(♯▼皿▼)ノノノっっきぃぃいいい!!!」

 セーラは突然大声で奇声を上げると、丸めた拳でドアンナをぽかぽかぽかと叩きだした。

【ドアンナ】「痛っ!痛っ!先生、このひとを止めてください!(;´Д`)」
【イレイン】「いいえ止めません。セーラさんが怒るのも無理のないことです」
【ドアンナ】「そんなあ(; ̄Д ̄)」
【イレイン】「なんならいい機会ですから、ドアンナさん!今からあなたが試験をやってみせなさい」
【ドアンナ】「げ」

 ドアンナは、そろりそろりと教卓の前まで進み出た。そして、蝋燭の炎に手をかざし、包み込んだ。
 教室の空気がわずかに揺れた。魔法使いの卵たちは、空気中のわずかな変化を感じ取った。ひょっとするとなにかが起こる、そんな予感を、みなが感じた。
 教室は一転して静まり返り、みながドアンナの所作を一心に見つめた。
 セーラのときと同じ様に、蝋燭の炎はゆらぎを止め、その天辺は細く赤い糸となった。
 ドアンナの手の中で、炎の糸は屈折した。それは幾度も幾度も折れて、重なった。そして、蝋燭の真横に、ひとかたまりの糸くずを形作った。
  それは、まるで誰にも解読不能な、こんがらがった糸のへろへろ文字だった。
 イレインは、その糸くずを指さしながら聞いた。

【イレイン】「……これはなんですか(·_·)」
【ドアンナ】「え~これは有名な詩です。なんとかかんとかさんの(´ε`;)」
【イレイン】「そうですか。では声に出して読んでください(·_·)」
【ドアンナ】「ええ~それは……うう(; ゚゚)……ええと……それは」
【イレイン】「……(=_=)補修です」
【ドアンナ】「ひん(;▽;)」

 教室に再び、くすくすとした静かな笑いが広がった。
 ドアンナは席に戻り、試験は再開された。そして、ひとり、またひとりと合格し、結局全員が合格した……三馬鹿以外の全員は。結局、三馬鹿トリオは、補修のために放課後に残るよう言い渡された。

【イレイン】「さて、今日で今学期の授業は終わりですが、最後にひとつ、大事なお話あります」

 教室は静まり返った。先生がこれから何を話すか、みなわかっていたからだ。

【イレイン】「今日は、王女殿下がみなさんと受ける、最後の授業になります。王女殿下、こちらへ」

 教室の、最後列右端に座っていた生徒が、席から立ち上がった。彼女の、赤く豊かなウェーブした髪が、窓から差す光に照らされて、輝いた。彼女は、教壇の前に立つと、三角帽を脱いだ。
 やがて、彼女の頭上に、黄色く輝く天使の光輪が現れた。光が生徒たちを照らした。アマンダは、一呼吸を置いて、話し始めた。

【アマンダ】「みなさん、今日まで私と共に授業を受けてくれて、本当にありがとうございます。みなさんと過ごした六年間は、私にとってとても幸福なときでした。みなさんは、私の誇りです。これから、みなさんはそれぞれ別の進路に進んでいくでしょう。でも、いつまでも、この教室で学んだことを忘れないでください。そして、いつまでも、自分を信じて、夢に向かって進んでいってください」

 アマンダは、生徒たち一人ひとりに目を合わせながら、そう言った。生徒たちの何人かは、アマンダの言葉を聞いて、涙を流した。彼女は、最後にイエレンに向き直り、言った。

【アマンダ】「先生、今日まで本当に、ありがとうございました」

 イエレンは、目に浮かぶ涙を拭った。
 ひとり、またひとりと手を叩き出し、やがて教室中に、拍手が鳴り響いた。その万雷の拍手の中、最後席のドアンナが立ち上がり、前へと進み出た。
 彼女は、その両手に、薄葉紙に包んだ目一杯のガーベラを抱えていた。ガーベラの花言葉は、神秘、そして希望だ。
 ドアンナは、アマンダの前に立ち、言った。 

【ドアンナ】「アマンダ、おめでとう」
【アマンダ】「ありがとう」

 アマンダは、花束を受け取った。それは、アマンダの顔が埋もれるほどの、両手いっぱい花束だった。

【アマンダ】「……多( ̄▽ ̄)」

 花束越しにアマンダノくぐもった声が聞こえた。

 教室は、再び笑いに包まれた。こうして、終業式の日、王女の最後の授業の日は、幕を閉じた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

城下町では、王女の戴冠を祝う祭りが開かれていた。ドアンナたちは、街へと繰り出した。
街中は、人々の歓声と笑顔で溢れていた。
色とりどりの屋台が立ち並び、人々は食べ歩きや買い物を楽しんでいた。
ドアンナの鼻に、甘い匂いが漂ってきた。彼女は、匂いにつられてフラフラと通りの脇へとそれた。

【ドアンナ】「(☆∀☆)クレープ欲しい!」

 ドアンナが、クレープ屋の行列を指さして言った。

【ドアンナ】「(⊙ꇴ⊙)クレープ欲しい!」
【レイセン】「( ̄Д)……じゃあ買えば?」

 金髪ボブの少女がそう答えた。彼女は、ドアンナとつるんでいるクラスの三馬鹿トリオの一人で、レイセンといった。
 彼女は、亜人だった。細く柔らかい金色の髪の間から、ピンとたった狐耳が突き出していた。膨らんだローブの裾からは、金色に輝く狐尾が覗いていた。
 彼女は、はるか東方の瑞穂の国から来た。ローラントが瑞穂と国交を結んだ際、数多くの金色の国礼に混じって、漆の棺に入れられて彼女が送られてきたのだ……つまり、彼女は愛玩品の一つだった。しかし、王は彼女を自由にした。そして、彼女は、普通の少年少女と同じ様に学校に通い、魔法使いの道を歩んだ。

【ドアンナ】「(≧∇≦)買えない」
【レイセン】「( ̄Д)なんで?」
【ドアンナ】「(^o^)o お金がないから!」
【レイセン】「( ̄Д)なんでお金がないんですか?」
【ドアンナ】「( ゚∀ ゚)それは、貧乏人だからです!」
【レイセン】「( ̄Д ̄) 奇遇ですね。わたしも貧乏ですのでお金がありません」
【アンナ 】「ははは、まったくもう。(ノ´ー`)しょうがないわね~」

 薄紫色のショートボブをした女の子が、笑いながら財布を出し、列に並んだ。そして、三人分のクレープを買った。
 彼女の名前はアンナと言った。彼女もまた、三馬鹿トリオのうちの一人だった。彼女はたった一つの魔法しか使えず、学校では、常に落第未満の成績しか得ることはできなかった。
 それでも彼女は進級し、そして卒業するだろう。なぜなら彼女の魔法は、特別だからだ。彼女は、闇の魔法の使い手だった。 
 闇の魔法は、本来、悪魔のみが扱うことのできる魔法だ。彼女の出自も、なぜ闇の魔法を扱えるのかも、全ては禁忌のベールに包まれていた。彼女は、本来、普通の人間が触れることのできない、国体の秘密だった。彼女は本来、日の当たるところに出ることはない人間だった。
 しかし、彼女はこうしてドアンナたちと肩を並べ、王女とともに魔術を学び、そして共に遊んだ。あるいはそれは、王たちの実験なのかもしれない。しかし、それでも、彼女がドアンナとレイセンとの、無二の親友であるという事実は揺らがなかった。
 アンナはクレープをドアンナとレイセンに手渡した。ドアンナは、クレープにぱくりと噛み付いた。

【ドアンナ】「( ‘༥‘ )ŧ‹”ŧ‹”」
【レイセン】「(๑°༥°๑)ŧ‹”ŧ‹”」
【アンナ 】「( ˘ω₍˘ )ŧ‹”ŧ‹”」
【ドアンナ】「(○`~´○)ゴックン」
【レイセン】「('-'*)……」
【ドアンナ】「(・ω・ )……」
【アンナ 】「( ・ω・)……」
【レイセン】「(゚ε゚ )ブッ!!
【ドアンナ】「( ´∀`)アハハハ!じゃあ、そろそろ行こっか」

 大声で笑い転げる女学生に、通りを行き交う人々はちらりと怪訝な視線を向けた。三人は、そんなことはちらりとも気にせず、再び道を歩き出した。


 道は、進めど進めど人々の雑踏でいっぱいだった。大通りでは、あちらこちらで様々な出し物が行われていた。
 高い柱の庇に、エルフの吟遊詩人が腰掛け、リュートを奏でながら歌を歌っていた。目を閉じ、金の長い髪を揺らしながら歌う歌人を、若い女の子が恍惚とした表情で見上げていた。
 その先の広場では、人々が旅のサーカスを取り囲んでいた。太った大道芸人が口から火を吹くと、人々が歓声を上げ、逆さに置いたシルクハットにコインを投げ入れた。

【レイセン】「(゚∀゚ )あたしもあれならできる!」

 レイセンは突然そう叫ぶと、演者たちの輪に入ろうとした。ドアンナたちは、あわててその手をひっつかんだ。

【アンナ】「(^。^;)こらこらこら」
【レイセン】「( ̄▽ ̄)別に冗談だっつーの」
【ドアンナ】「(´▽`;)お前ふざけんじゃねーぞ」

 彼女達がその場を離れ、道を進むと、人だかりから歓声が上がっていた。中を覗いてみると、東方から来た踊り子たちが、ほとんど半裸の格好で踊っていた。汗を振り払いながら踊る踊り子たちに、男たちの目は釘付けになっていた。際どい衣装からは乳房がこぼれ、下着の暗い場所から女性器の膨らみが覗いていた。こんな格好は、祭りの今しか許されないだろう。
 レイセンがあることに気づき、二人をつつくと、指である人物を指さした。

【レイセン】「( *´ノェ`)あのさあ、あの黒い服のおっさん見てみ?」 
【ドアンナ】「うん?」
【レイセン】「(*´ノo`)すげー勃起してる」
【ドアンナ】「そんなん知りたかないわよ(´▽`;)どこ見てんだ」

三人は、また笑いながらその場を離れた。
道の先は、さらに混んできた。彼女たちは、体を半身にしながら、人をかき分けて噴水のそばに進んだ。そこには、待ち人たちが待っていた。
 
【セーラ 】「(#゚Д゚)遅いですわよ!」
【ドアンナ】「ごめんごめん。クレープ屋に並んでたら遅れたわ」
【 レイ 】「お前らのんきに街歩きなんかやってるけどさ、そもそも補修は受けなくていいのかよ」

 長い藤色の髪をツーテールにまとめた女が言った。彼女の名前は、レイと言った。丈の短いスカートに、高いハイヒールを履いていた。彼女は、セーラについで常に成績は二番手で、セーラとはいつもつるんでいた。

【ミランダ】「まあまあ。今日ぐらいなら先生も何も言いませんよ。ね?」

 ミランダが言った。彼女は神官だった。腰までの丈の薄黄色の髪に、裾の長い真っ白なガウンを羽織っていた。彼女もまたセーラの取り巻きの一人であり、三人はいつも一緒に行動していた。

【ドアンナ】「いや、先生は私らのために、一人で教室に残ってた」
【ヒルダ 】「(; ゚∀゚`)っじゃいかなきゃだめじゃん」

 薄緑色の、嵩の多いウェーブした髪の女の子が答えた。彼女は子供だった。彼女はヒルダと言い、二年飛び級でドアンナたちと学んでいた。彼女は、いつもセーラたちの後ろに引っ付いていた。

【ドアンナ】「いいんだよ今日ぐらいさぼっても。ペトラ、お前もそう思うだろ?」
【ペトラ 】「ぜったい行ったほうがいいとおもいますよ(ᓀ‸ᓂ)」
【ドアンナ】「はあ。あいかわらず冷たいなあ」

 栗毛の巻き毛をした小人が答えた。彼女はペトラと言い、王女の侍女兼護衛だった。彼女は、常いかなる時も、王女のそばに付き添っていた。
 フードに頭をすっぽり覆った、ちんまりした女の子が、ドアンナの前に一歩進み出た。彼女の赤い巻き毛が、フードの裾に覗いていた。彼女は、フードの奥からドアンナを見上げた。

【アマンダ】「じゃあみんな揃ったし、いこっか」

王女はそう言った。ドアンナたちはうなずいた。そして彼女たちは、祭りの喧騒へと繰り出した。

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 お祭りに浮かれる昼下がりの街は、歓喜と未来への希望で溢れていた。子供から大人までが、街に繰り出し、無防備に、そして純粋に、隣人とも異邦人とも、互いに喜びを分かち合った。
 なぜならこの国は、天使の光で照らされているから。彼らの未来に、暗い影は塵一つなかったから。

 それは、ドアンナたちにとっても、歓喜の時間だった。そしてそれは、彼女たちの、最後の青春の時だった。
 気がつくと、あたりはすっかり薄暗くなり、空は夕焼け色に染まっていた。
 やがて夕方の鐘がなる頃、彼女たちは、時計塔のそばやってきた。なぜなら、そこには、待ち人がいるから。
 時計塔の下に、5人の青年たちがいた。彼らは、ドアンナたちの同級生だ。そのうちの一人の、ひときわ明るい髪をした背の高い男が、彼女たちに向かって手を振った。
 アマンダも、彼に答えて、小さく手を振った。
 背の高い青年は仲間たちから離れ、ドアンナたちの方へ進み出た。アマンダも、ドアンナたちの輪の中から離れ、青年の方へ歩いた。
 二人は互いにそばに立った。二人はゆっくりと手を絡めあった。青年は、アマンダの頭の上から、彼女の顔を覗き込んだ。
 そして、二人は口づけを交わした。

 二人は、恋人だった。
 背の高い青年は、ダグラスといった。彼は、下級騎士の息子として、厳しい選抜をくぐり抜け、ローラント第一魔法学校で、王女とともに学ぶこととなった。二人はそこで出会い、いつしか物心ついた頃から、愛し合っていた。
 それは身分違いの恋だった。二人の愛は、成就することはないだろう。だから今だけでも、二人には、できるだけそばで、共に時間を過ごしてほしかった。
 ドアンナは、少し肌寒さを感じた。気づけば、あたりはすでに暗くなっていた。

【ドアンナ】「さあて。そろそろおこちゃまは帰る時間かしら」

ドアンナはヒルダに言った。ヒルダは頬を膨らませて反抗した。

【ヒルダ 】「まだ帰りたくないです。他にも子供なんて、たくさんいるじゃないですか」

 そう言って、ヒルダはペトラを見た。ペトラは顎を引いて、ヒルダを睨み返した。

【ペトラ 】「なんで私のほう向くんですか。これでも私は十八歳なんですが(ᓀ‸ᓂ)」
【ヒルダ】「ひん」
【レイ 】「ヒルダ、わがままいってないで帰んな。門限過ぎたら寮監にどやされるよ」
【ヒルダ 】「でも、あたしもみんなと一緒に花火みたい……」
【ミランダ】「ごめんなさいね。学校はあなたを飛び級入学させるとき、あなたの御両親と色々約束してるのよ。いっぱい友達作ってあげてとか、紳士淑女のたしなみを守らせてとか、そういうことをね」
【ヒルダ 】「……でも……」
【ミランダ】「私も一緒に寮に帰るから、二人で一緒に花火見ましょう」
【ヒルダ 】「……うん、わかった」

ヒルダは、渋々納得した。そして、ミランダに手を繋がれて、寮へと帰っていった。

【 レイ 】「まだまだ子供だな」
【ドアンナ】「うん」

ドアンナはヒルダの背中を見送った。気づくと、アマンダたちも歩きだしていた。ドアンナたちは、遠巻きにふたりについていった。

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 日が落ち、空は暗くなった。しかし、祭りの夜ははじまったばかりだ。出店の明かりで街は煌々と照らされて、人びとの足どりは絶えることはなかった。
 宿はどこも満席だった。ここ数日はどの家も不夜城のごとく、夜遅くまで明かりが点っていた。
 アマンダとダグラスが止まっている宿も、そんな宿の一つだった。ふたりは、明るい窓辺に立ち、祭りを見下ろしながら、長いこと抱き合っていた。


 ドアンナは、通りの反対側の家の屋上に登った。なるべく王女とダグラスは二人きりにしたいが、だからといって護衛を解くわけには行かないので、こうして遠くから監視しているのだ。彼女が屋上へ続く階段をそろそろと上ると、そこにはすでに、見知った先客がいた。

【アイル 】「あんな窓辺でいちゃいちゃされちゃかなわんな。いつどこで誰に見られるやら」

 その男が言った。彼は、細い金色の髪に、赤い唇を持った、美しい男子だった。彼の名前はアイルといい、ドアンナとは古い馴染だった。彼もまた、王女の同級生であり、王女と同じ学舎で学んでいた。
 しかし、彼と、そして同じく同級生のアルスは、ただの学生ではなかった。彼らは、”手”と呼ばれる、王直属の諜報機関に所属していた。つまり、彼らは、同級生という立場から、学舎に潜む危険を監視し、排除することが役目だったのだ。彼の正体は、ドアンナを含めた僅かな人数しか知る者はなかった。

 アイルは荷袋から遠眼鏡を取り出すと、それを覗き込んだ。

【ドアンナ】「うらやましいな。あのふたり」
【アイル 】「ん?」
【ドアンナ】「恋していて。愛し合っていて。絶対に叶わない恋でも、今は互いに夢見てるから」
【アイル 】「なんで叶わない恋なんだ?」

 ドアンナは、アイルの言ったことにびっくりした。

【ドアンナ】「え?だって、身分が違いすぎるじゃない」
【アイル 】「別に王は問題にしてないでしょ」
【ドアンナ】「え?……王様は知ってるの?ふたりの関係のこと」
【アイル 】「そんなの知ってるに決まってんだろ。いつも監視してるんだから」
【ドアンナ】「え、そうなの?王様はふたりのこと、いつから知ってるの」
【アイル 】「さあ。付き合い始めてすぐから知ってるんじゃないか」

 アイルは遠眼鏡から目を話すと、ドアンナを見て言った。

【アイル 】「そういえば一度、ダグラスが成績優等だとかで、王族の懇親会に呼ばれたことがあったんだよ」
【ドアンナ】「成績優等?よくて下半分じゃなかったっけ」
【アイル 】「まあ下から十番ぐらいだな。お前はケツから三番だけどな」
【ドアンナ】「うるさい」
【アイル 】「ああ違った、思い出した。確かあいつ、槍術大会で優勝したんだよ」
【ドアンナ】「あー。なんか聞いたことあるような」
【アイル 】「とにかくあいつは王様に呼ばれてテーブルを囲んだ。その食事会にはアマンダはいなかったけど、他の親族はみんな出席してたんだよ。多分そのときに人物評定されたんじゃないか」
【ドアンナ】「そうなんだ……じゃあ、王様はふたりが寝てることも知ってるってこと?」
【アイル 】「そりゃ知ってるだろ」
【ドアンナ】「王様はなにも言わないのかしら?」
【アイル 】「まあ、普通は王女が結婚前にやっちゃったなんてバレたら、相手の首をくくるよね」
【ドアンナ】「首くくるって……いきなり物騒な」
【アイル 】「まあ、そういう事態になる前に俺たちが介入するんだけどね。そういう命令がなかったってことは、王は二人の関係を許容してるってことさ」
【ドアンナ】「そっか。じゃあ、ふたりは、このまま結婚できるのかしら?」
【アイル 】「婚前交渉まで許してるんだから、そうじゃないか」
【ドアンナ】「そっか。私てっきり、ふたりは許されざる恋に燃えてるんだと思ってたけど、これは大ニュースだね……」
【アイル 】「ん。お、早速あいつら、婚前交渉始めるみたいだぞ」

 彼女が向かいの宿を見ると、アマンダが窓のカーテンを閉じているところだった。クリーム色のカーテンに遮られ、ふたりの淡い影しか見えなくなった。

【ドアンナ】「あのふたり、今日は何発婚前交渉するんでしょうかねえ( ̄▼ ̄*)」
【アイル 】「ははは」
【ドアンナ】「禁断の愛に、ふたりはさぞかし激しく盛り上がってるんだろーなー(# ̄ー ̄#)」
【アイル 】「俺、お前とシモの話なんかしたくないわ」
【ドアンナ】「君が先に振ってきたんでしょ~、婚前交渉始まる~とか(o^∀^)」
【アイル 】「ははは」
【ドアンナ】「ちなみに君は、もうしたの?( ̄▼ ̄*)」
【アイル 】「え、なにを?」
【ドアンナ】「婚前交渉。イリヤと婚前交渉したの?」
【アイル 】「ははは。まあそりゃあね。」
【ドアンナ】「え。何回ぐらい?」

 イリヤとは、アイルの恋人の名前だった。彼女もまた、王女の学級の同級生だった。
 彼女は、腰までの丈の亜麻色の髪を持った。エルフの王女だった。彼女は、この学校の中でもっとも美しい女性だった。恋敵といえど、それは到底勝ち目のない闘いだった。
 直後、ドアンナは、この質問をしたことを後悔することとなった。

【アイル 】「何回って……そうだな。毎日三回、休日は最低五回はするとして、年に千五百回ぐらいかな?十三のときから五年間やってるから・・・合計で七千回ぐらいかな」
【ドアンナ】「え( ゚Д゚)」

ドアンナは、頭をぶん殴られてような衝撃に、言葉を失った。

【ドアンナ】「なっ……七千……七千……七千て……(@_@;)」

 ドアンナは急に足取りがおぼつかなくなり、ふらふらと欄干にもたれかかった。

【ドアンナ】「な……な……七千ってなんだよ……o( _ _ )o」

 彼女の頭の中に、ぐるぐると、様々な思いが交錯した。
 七千って。七千って。七千ってなんだよ。
 そのうち三千五百回ぐらい、わたしに分けてくれよ。(╥﹏╥)
 別に純血なんか期待していない。愛し合う男女がセックスするのは当然だよ?だけど、でも、七千回ってなんだよ。
 あたしのほうが、アイルのこと、先に好きだったのに。
 いつから彼を愛していたのかは、自分でもよくわからない。ドアンナはいつも、彼の美しさを目で追っていた。年頃になり、かれの美しい金髪が、透き通るような白い肌とコントラストをなす赤い唇が、ほかの女子にとっても特別なものなのだと知ってから、自分の視線が恋心だと気づいたのだ。
 目尻に涙が溢れそうになった。ドアンナは顔を背けた。この涙を見られたら、どうしよう。この涙の意味を悟られたら、自分はどうしよう。

【アイル 】「なあ、下にレイセン達がいるぞ」

 道を覗くと、レイセンたちが、歩道にひとかたまりになって集まっていた。

【アイル 】「俺たちはここで監視してるから、お前たちは花火見に行っていいぞ」
【ドアンナ】「あたしはいいよ。ここからでも花火は見れるし。」
【アイル 】「別に遠慮するなよ。お~い、レーセン!」

アイルは大声で下の大通りに向かって呼びかけた。レイセンたちはこちらを見上げ、ドアンナと目があった。しかし、彼女たちは、ニヤニヤと笑い、なにか耳打ちし合うと、海岸の方へ歩いていった。

【アイル 】「なんだあいつら。お前のことほっといていっちゃったぞ。薄情な奴らだな」
【ドアンナ】「ははは、そうかもね……」

 突然、花火が空に上がるひゅるるという音が、夏の夜空に響き渡った。
 赤く輝くかんしゃく玉は、空高くに舞い上がると、色とりどりの火花となって、夏の夜空に大きな花を咲かせた。
 次々に、代償の花火が打ち上げられた。通りを征く人々は、立ち止まって、花火を指さした。
 明るく瞬く火花の閃光が、人々の笑顔を色とりどりの光で照らした。

【ドアンナ】「綺麗だね」
【アイル 】「だな」

ドアンナは、屋根に腰を下ろすと、誰も気づかないぐらいほんの少しだけ、アイルの方ににじり寄った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 こうして、長い夜は更けていった。
 ドアンナは、いつの間にやら沈んでいた眠りから目覚め、顔を上げ、あたりを見回した。 
 夏の夜更けは明るかった。時計塔を見ると、時刻はまだ四時だった。日が昇るまでまだ一時間もあるのに、空は青く、白い綿雲がはるか高い空をゆっくりと泳いでいた。
 彼女は、階段を登ってくる足音に気がついた。そちらの方を向くと、自分の肩に、なにかが掛けられていることうに気がついた。
 ドアンナが肩からそれをはずすと、それはアイルの羽織っていた外套だった。

 「おーい、起きてるか~」

 階段の下から、声がかけられた。見ると、それはレイの声だった。彼女に続いて、ミランダ、そしてレイセンが、階段を登ってきた。
 ドアンナは、寝ぼけ眼で彼女たちに手を振った。

【 レイ 】「それで、どうだった?」
【ドアンナ】「(´~`ヾ)それでって、なにが?」
【 レイ 】「アイルに告白できたの?」
【ドアンナ】「ちょっと、声大きいよ!」

 ドアンナは、誰かに聞かれていないか思わずあたりを見回した

【 レイ 】「別に誰もいないわよ。それで?アイルに告白したの?」
【ドアンナ】「(;・3・)え~それは~むにゃむにゃむにゃ」
【 レイ 】「はいはい。言えなかったのね」
【ドアンナ】「(TωT)にゃーん」
【 レイ 】「情けない奴。せっかく二人っきりにしてやったのに」
【ドアンナ】「もういいよ。あたしは諦めた。あいつにはもう、イリヤという正式な恋人がいるわけから……」
【 レイ 】「(*´Д`)=3はあ。あのさあ、お前の気持ちはどうなるわけ?あんなブスどうでもいいんだよ。おめえがチンタラやってっから寝取られるんだろ」
【ミランダ】「ちょっと、そんな言い方しちゃいっちゃだめですよ。みんな下で待ってるから、もう帰りましょ」

 ドアンナは、深い深いため息を付き、ベンチから立ち上がった。歩道の下で、アマンダたちが手を振っていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 寮への帰り道は、ちょっぴり憂鬱だった。

【 レイ 】「はあ、憂鬱ね。これからどやされると思うと」
【アンナ 】「あははは( ̄▽ ̄;)」

 寮監の説教は、それはそれは恐ろしいものだった。まして今日は、夜の街に王女を連れ出したのだ。拳骨の一本や二本ぐらいは、覚悟しなければならない。
 レイは道の角で立ち止まり、言った。この曲がり角の先には、女子寮の分厚い鉄の門が待ち構えているのだ。

【 レイ 】「じゃあみんな、怒られる準備はできてる?」
【ドアンナ】「おうよ。どんとこい」

 レイは返事を聞くと、先陣を切って角を曲がった。
 しかし、いつもなら女子寮の前に仁王立ちして睨みを効かせている寮監が、いなかった。

【アマンダ】「おかしいね。いつもなら先生が立ってるのに」
【 レイ 】「(o ̄^ ̄o)案外寮監もしっぽりはめてるんじゃないの」
【ドアンナ】「ꉂꉂ(๑˃▽˂๑)ぎゃははは」

 彼女たちは門を抜けた。相変わらずあたりはしんとして、人の気配はなかった。

【ドアンナ】「これはチャンスね。さっさと三階に上がっちゃいましょう」

 そういうと、ドアンナは前に進み出た。彼女は、蝋燭の試験のときのように、植木のケヤキを包み込むように手をかざした。
 朝露に濡れてうなだれていたケヤキが、彼女に呼応してピンと立ち上がった。そして、緑色の輝きを放ち始めた。
 ドアンナは、魔法の呪文を唱えた。

【ドアンナ】「生い茂る深緑の魔法(エンダーグリーン)

 ケヤキは、みるみるうちに巨大化し、植木鉢を突き破った。それは、地面に根を喰い込ませると、次いで天に向かって爆発的な成長を始めた。
 ドアンナは、そのうちの一本の枝を掴んだ。ケヤキは、あっという間に彼女を三階の高さまで運んだ。
 彼女は、窓から部屋の中に飛び移った。部屋に着地すると同時に、彼女は床に足をすべらせ、すてんと転んで腰を打った。

【ドアンナ】「いった~(×o×;)」

 彼女が腰をさすりながら立ち上がると、手にぬめりとした感触を感じた。見ると、手は真っ赤な液体に濡れていた。
 彼女が顔をあげると、視界に、異変が飛び込んできた。
 それは、ドアンナのベッドの上に横たわる、血まみれの死体だった。
 彼女のルームメイトであるマーガレットが、腹部を直剣に串刺しにされて、血まみれでベッドに横たわっていたのだ。
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