第十話 神苑の瑠璃 Ⅰ

文字数 4,476文字

 よく晴れた冬の昼間、ここはカルナック家の敷地内。いつもの通りアリスがカルナックの世話を焼いていた。カルナックの部屋が何時も綺麗なのはアリスが毎日掃除をしているからである。一日でもほったらかしにしておけば部屋中ゴミだらけでとても人間が住めるような部屋ではなくなってしまう。
 理由としては、何時もカルナックが書いている何らかのノートの破り捨てた紙切れ。インクで書いている為に失敗したら消せる物ではなかった、そして何時しかミスをしたノートのページは破り捨てている。

「今日はずん分と少ないわね」

 アリスが掃除をしているときふと思った、いつもより綺麗な部屋だからである。いつもなら歩くのもやっとといった感じにまで散らかっている物だ。
 それが今日に限って書類はきちんと整頓されていてノートの切れ端がそこら中に散乱しているのに。今日に限っては普通の部屋と同じぐらい綺麗だった。

「カルナック、何処にいるの?」
「外庭だよ、何か困った事でもあったのかい?」

 穏やかな声が聞こえた、声の大きさからそれ程遠くではないと思える。近い位置に確かにカルナックはいた。そしてアリスは疑問に思った事を口にする。

「今日はずいぶんと片づいているじゃない? これならすぐに終わるわ」
「たまには私だって綺麗にしますよ」

 近くにいるにもかかわらずかなり大きな声が聞こえた、言葉の中に所々薪が割れるような音が混じっていた。おそらく今外で薪を割っているのであろう。いつもなら夕刻時にやる仕事を何故今やっているのだろうか。アリスは疑問に思った。

「何でこんな時間から薪割りなんてしているの? まだお昼を回ったばかりよ?」
「おやおや、アリスには言っていませんでしたか。私のテーブルの上にある手紙を読んでみて下さい、理由が分かりますよ?」
「手紙?」

 部屋を掃いていたアリスは手に持っているほうきを本棚に掛けると言われたとおりテーブルの上に置いてある手紙を探した。本と本の間に挟まっていた手紙は相変わらずきちんと三つ折りにされていて封筒に入っていた。
 こういった変な所だけには几帳面なカルナックだ、そのカタチを崩さないようにゆっくりと本をどかして封筒から手紙を抜き出した。

「あら、久々に帰ってくるのねあの子達」
「そうなんです、だから早めに薪を割って準備をしているのです。ね? ビュート君?」
「ハイ! 先輩達に会えると思うと今からわくわくしてきます!」

 アリスは成る程とうなずいてから笑顔を作る、そしてまた部屋を掃除し始めた。
 ところで、今カルナックの前で薪を割っているこの少年、黒い髪の毛でそれ程長くはなく、身長でそれ程高くはない。良くも悪くも普通の男の子だ。名前は“ビュート・ヴァレステルン”、孤児だ。毎度によって例の如くカルナックが拾ってきた子供である。彼はこの中央大陸で“ヴァージニア”と呼ばれる少年だけのモンスター退治を専門とする組織に携わっていた。そのヴァージニアが数か月前、カルナック家よりほど近い森でモンスター退治をしている最中魔物の奇襲により壊滅寸前の所まで追い込まれていた。そこへ丁度散歩をしていたカルナックに助けられたのが始まりだった。
 可哀想に思ったこの馬鹿みたいなお人好しはビュートをアデルやレイ同様に孤児として我が家に迎え入れて剣術を教えている。因みに、ビュートは本当に孤児だ。

「あれからどの位経ちましたか、貴方の腕は着実に上達していますよ。それも見違えるほどにです」
「ほ、本当ですか! 有り難うございます! でも、何で僕が先生の変わりに薪割りをしなくちゃ行けないんですか?」
「お恥ずかしい話ではありますが、私ももう年ですからね、この手の作業は若い人に任せた方が早く終わるのですよ。因みにこれも修行の内です」

 乾いた薪が割れる同じ音がカルナック家の周りに響く。ビュートはこの寒い空の下一人汗をかいている、当然であろう。先ほどから何百という薪を割っているのだから尚更だ。

「さて、そろそろ薪を使わずに楽しくやりましょうか?」
「ぜぇぜぇ……薪を使わずに楽しく、ですか?」
「えぇ、貴方の“G・B・トンファー”を使ってやりましょう。その武器はとても面白い構造をしています。私的にも興味があるのですよ、あなた方の先輩も薪割りで斧を使った事なんて中々ありませんでしたよ。大体が自分の武器でやっていましたよ」

 笑顔でカルナックがそう言った、そして先輩の言葉を聞いた瞬間ビュートの目の色が変わった。そしてビュートは楽しそうに薪を二十個、一直線上に並べて両手に自分の愛用の武器を装着する。

「先生、これから新しい技をやってみようと思っています。危ないので少し後ろの方へと下がって頂けますか?」
「新しい技ですか、若いんですからどんどん試していかないと行けませんね。分かりました、でも気を付けるのですよ?」

 ビュートはニコリと笑って足場を固めた。足を広げて腰を落とし、右手のトンファーを目の前に持ってきた。
 沈黙がビュートの周りを包み込む、暫く黙ったまま何かに集中しているビュートが次の瞬間突然閉じていた目を開けて自分の持つトンファーにエーテルを集中させた。するとトンファーの“ブレード”の部分に真空の刃が渦を巻いて集まりだしてきた。

「いっっけぇぇぇぇ!」

 トンファーを振りかぶって頭の上にまで持ってくると直ぐさまそれを振り下ろした、垂直に振り下ろされた剣は風圧と共にその真空の刃を前方へと飛ばした、かまいたち状になりそれらは一直線に並べられた薪へと進んでいく。そして薪を全て真っ二つに割った。

「ほう、なかなかの腕前ですね。大した物です。ですが、貴方と同じ技を使う人を私は知っていますよ」
「はぁ、はぁ……そうなんですか。完璧なオリジナルだと思ったのですがやっぱり前例が居ましたか」
「えぇ、“剣帝序列四位”またの名を“蒼い風のレイ・フォワード”とでも言っておきましょうか。貴方の先輩ですよ、アデルよりは幾分か剣の成長が楽しみな子でもありましたよ?」

 小さく拍手をするカルナックに対して、全神経を集中させて大量のエーテルを消費したビュートは前傾姿勢で息を切らしながら苦しそうにしていた。

「風使いですか、それは楽しみです。そう言えば以前、もの凄い風使いの人に会った事がありましたよ。青いジャンパーで青髪、とても大きな剣を持って町々を点々としていたのを思い出しました。又あの人に会えると良いのですが……」
「既にレイ君とは接触していましたか。その人が風使いのレイですよ、もうじきここへ帰ってきます。それは楽しみでしょうね」

 ビュートは自分の憧れの人とまた会えると聞いて嬉しくなった、それが自分と同じ場所で過ごす人間だと思うと更に喜んだ。


 “私が知っている海は、全てを飲み込む漆黒の闇。私が知っている空は、全てをなぎ払う雷の巣窟。私が知っている人間は、弱き存在。何時の時代でも私を満足させてくれる人間など存在しない。そして私はその愚かな人間共の手によって封印されてしまった。だが私は媒体(からだ)を手に入れた、何時しか訪れる覚醒の為にこの(にんげん)の中に潜む事になった。それがこの者に与えられた私への運命だ!”

 “僕は気付いていた、自分の中に僕とは別の存在がいる事に。それはメルが僕の夢の中に出て来たときから始まった、いや……たぶんその時からだろう。何か今までと違う、一時の感情に過ぎないと思っていたけど、それもどうやら間違いのようだ。本当に僅かだが僕の身体にも異変が見られるようになった。僕の身体の中にもう一人何か別の生命体がいると思うと、とても嫌な感じなる”

 “私はこの少年に対して感謝の意を表さなければならない、私はこの少年の身体に寄生し今を生きているのだから。私はこの少年がピンチになったとき、その力を貸そうと思う。だがこの少年には仲間という大切な人間がいると分かった。その者達に私の姿を見せたら多分……いや、必ず驚くだろう。こんな魔物のような姿をした私に対して憎悪や憎しみ、そして怒りすら感じるであろう。だから、私は極力この少年の身体から外に出る事を控える事にした”




「いつまでそうしているつもりだ?」

 少年が考え事をしながら食事を取っているとき後ろの方から聞き慣れた声が聞こえた、コーヒーカップを地面に置きゆっくりと振り返るとそこには既に支度を調えた仲間達が少年の方を見ていた。

「あぁ、ごめん。今行くよ」

 少年はバツが悪そうにゆっくりと立ち上がり地面に置いてい有った鞄を背負うと仲間の方へと歩き出した、一番重い荷物を肩に背負ってゆっくりと歩き始めた。

「後少しで先生の家だ。ちょっと疲れただけだから」
「らしくねぇな、そんなんじゃギズーに剣術越されるぜ?」

 黒い帽子をかぶった少年がこちらに歩いてくる青髪の少年にそう言った、苦笑いをしながらギズーと呼ばれた少年の方を向きはははと笑った。ギズーは何処か不満げで、知らず知らずのうちに右腰のホルスターに手を伸ばしていた。

「さっさと行くぞ」

 だがそこは我慢だと自分に言い聞かせ後少しの道のりを歩き始めた、他のメンバーもそれに続いて残りの道のりを歩く。後一時間もすればカルナックの家に到着する距離まで来ていたレイ率いるFOS軍は東大陸から無事中央大陸に渡り、帝国との衝突もなくレイとアデルの師匠であるカルナックの家に到着する事が出来る。
 後一時間の道のりの中で面倒ごとがなければの話だが……。

「ごめんねレイ君、私の荷物まで持ってもらって。もう大丈夫だから私が持つよ」
「だめ、それでなくてもメルは一週間前まで瀕死の状態だったんだよ? 病み上がりの身体にはちょっとこの荷物は重たすぎるよ」
「え、でも」

 最後尾の方で息を切らしながらレイの隣を歩いているメルがつい最近まで自分と同じ状況下で死の境を彷徨った少年の身体を心配していた。それでなくても今さっき、少年は疲れたと言って休憩を取ったばかりである。本当は無理をしているのではないかとメルは思った。

「だって、レイ君も私と同じなのよ?」
「大丈夫、メルは女の子なんだからこんな重い荷物は俺達男に任せておけば良いんだよ」
「でも……きゃ!」

 レイの顔を見ながら歩いていたメルは自分の足下にあった石に気付く事が出来ずつまずいた、そして転んだ。

「ほら、ちゃんと前を見ないと駄目じゃないか。膝から血が出てるよ?」
「いったぁぁ」

 痛そうに涙目になるメルを見てガズルが近づいてきた、そしてポケットからハンカチを取り出すとそれをメルの膝に巻き付けた。

「これで少しは大丈夫だ、レイ、その荷物俺よこしな」
「え、よこせって言われても」
「良いからよこせ、その代わりお前はメルを背負ってやれよ。それに周りの空気ぐらい読め?」
「周りの空気?」

 レイはみんなの顔色をうかがった、アデルとギズーはニヤニヤしていてプリムラとシトラは楽しそうに笑っている。そしてガズルも満面の笑みで荷物を取る。

「わかったか? 今の状況が」
「皆して楽しんでる、あ! そこ! 変なひそひそ話をしない!」
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