第4話

文字数 2,676文字

「どうぞ、こちらへ」
案内された部屋は応接間のようだった。
だがここも外側から見えた屋敷の印象同様、あまり手入れをされているようには見えない。
ソファや調度品は成金が趣味で買い集めた物のように豪勢なのだが、そのわりにどこか古臭くて清潔感がない。家具全体も崇高なまでに細かな細工のものもあるのだが、どれもこれも手入れの後がほとんど見られないようだった。
トゥルーは促されるまま一人がけのソファに座ると、その正面に男も腰を下ろす。
「……まず、依頼に入る前の確認をさせていただきます。あなたは『Writer Notesがどんなものか』、これを理解して依頼をされた。それは間違いありませんか?」
「……はい」
「了解しました。それでは依頼について、入らせていただきます」
最初に確認を取るのはトゥルーの癖のようなものだった。
この仕事はプライバシーを土足で踏みにじるような内容だ。もう一人の社員などはあえて泥靴で押し入っているような面もあるが、自分は違う。
自分のため、仕事のためにいつだってこの確認は忘れない。
――Writer Notes
その組織を一言で説明をするのであれば「なんでも屋」という言葉が、一番ぴったりくるのかもしれない。
Writer Notesの仕事は「依頼を解決すること」。
それがどれほどさいな問題であっても、大きな犯罪に関わるようなことであっても同様に「解決」する。そこに事態の大小は関係なく、ただ全ては等しく依頼としてWriter Notesが引き受ける。
だがこれが一番の特徴として、Writer Notesは依頼において一切の費用を受け取らない。
代わりに欲するのは――物語。
Writer Notesは金の代わりに依頼における事実をもらい、それらを元に「物語」が形成される。
もちろん名前や団体名、年号などは変えるし、多少なりとも出版するにあたって「お話」としてアレンジは加えられる。
しかし大筋は、依頼の中身や事実はそのままだ。
物語という型を得て、秘密や事象がアレンジのヴェールを被り世に送られる。
だがそんなプライバシーをさらけ出すことを前提にしてでも、Writer Notesへと依頼をしてくる人は後を絶たない。代償の大きさを分かっていながら、彼ら彼女らはWriter Notesを頼るのだ。
自らの秘密を、悩みを、後悔を
ただ全てを「解決」させる事を望んで――
「事前にお聞きしている依頼内容の確認をさせていただいても?」
「えぇ」
淡々と話を進めるトゥルーに対し、男の声音も無感情なものになる。だがトゥルーは特に気にした素振りは見せず、黙ってかばんから『依頼』と書かれたファイルを取り出した。
「では始めます。まずはこちらをご覧下さい」
ファイルの中から青い数枚の紙を取り出し、テーブルに広げて見せる。
既にトゥルーは電車の中で読みつくした書類ではあるが、男にとっては自身の真実がつらつらと書かれているその書面を見て、段々と苦り切った顔へと変貌していく。

『時 8年前 場所 チュリマー』

『依頼の発端 貿易商を営む男性(以下、男と表記)が友人の保証人になったことが原因で多額の借金を抱え込む』

『借金のため、男は資材・住居全てを売り払う。その結果無事に返済は終了。一文無しとなった男は「会わせる顔がない」と家族をも投げ打ち、一人蒸発。その後は知人の元に身を寄せ、身辺を隠したまま新たに販売業に着手』

『家族には一切の事情を知らされず、全てが男の独断で先行』

書類はあくまでも無感情に書き記されており、事実以上の意味を持たない。
ただ文字として表記された男の人生はあまりにも無感動なものだったが、当の男自身にとってはそうでもないらしい。

『だが残された家族は、事態の現実を受け止められなかった』

『男が蒸発した後、差し押さえに来た業者から事情の全てを聞いた妻が発狂。同時に子供らも同時に妻の行動に応戦をする(原因不明)。妻は屋敷や男の身の回りの物に対し、異常な執着を抱き始める』

『不動産がやや強引に突入を試みた際、妻は鹿狩り用の銃を持って応戦。その後も何度かの訪問の度に同様の手口が取られ、侵入を拒み続ける。結果、名義こそ男の手から離れ業者へと移行したものの、完全な放置物件となる』

『先月、ようやくまとまった金ができた男は屋敷の買い戻しに着手。その結果、この埃物件の実態を知り8年分の迷惑料と合わせて多額の金で買い戻しを行うこととなった』

『現時点では妻は死亡(時期不明。業者が物件を放置していた期間と見られる)。男の子供二人(内訳は長男、長女)が物件に住み続けている』

「……えぇ、確かに」
とんとん、と指先で男が書類を叩けばトゥルーは大人しくファイルへとそれらを戻す。その様子を男はなんとも言い難い表情のままぼんやりと眺めている。
「何か付け加えることはありますか」
「……本当に、解決をして下さるのですか」
「それが僕らの仕事ですから」
淡々とした対応の中にも必死な息遣いを感じるほど、男は随分追い詰められているようだった。
――だがきっと無理もない。
トゥルーとてまだきちんと現状を把握できているわけではない。あくまで依頼の概要として、社長からもらった文章を読んだだけの状態だ。
だがこの男の全く隠せていない焦燥感と、概要を読んだだけでも分かる事態の深刻さだけでも、なんとなく察することができるというものだ。
更に輪をかけて、男は未だ完全にはトゥルーを信用していない。
一発食らわせたことでそれ以上の無駄口は叩いてこないものの、未だに警戒心を解く気配も見せなければ、会話も最低限にしかこなさない。最も、あまり話上手ではないトゥルーからすれば、それがありがたくもあるのだけれども。だが更にこうも一挙一動を監視してくる様からも、それらがうかがえる。
それでもWriter Notesを追い返さないのは、先ほどのような激情に駆られることなく表面上はトゥルーと冷静に接しているのは――それだけ「依頼」に関して藁へも縋る衝動があるからにきっと他ならない。
「じゃぁ、実際に現場を見せて下さい」
「はい」
荷物は床に置いたまま、トゥルーはすっくと立ちあがり扉へと足を向ける。
男にとってこの瞬間におけるWriter Notesは、神をも忘れる存在なのかもしれない。
だがトゥルーにとってこれは仕事で、そして自分がこなすべきものだ。
「では、地下室へ」
呻くような案内の声を斜めに聞きながら、トゥルーは男を先に通して後へと続く。
確実に、迅速に依頼を行うだけのこと。
それが――Writer Notesのトゥルー・エピシミアの役割だ。
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