第2話

文字数 441文字

 あのひとがいなくなってしまってから、私は、坂道を上ることが好きになった。
 急な坂道、長い坂道、息があがるような坂道が好きになった。上っているときは、下を向いているからだ。
 この坂を上りきれば、あのひとがいるかもしれない。いつものように笑いながら、手を振ってくれるかもしれない。そんなことを思って、ただ上った。
 曲がり角も好きになった。
 この角を曲がれば、あのひとがいるかもしれない。あれ、偶然だね。じゃあ、外で食べていこうか。そんなことを、あのひとが言ってくれるような気がして。

 坂を上りきっても、何度道の角を曲がっても、あのひとに会えることはなかった。だけど、あのひとが待っていてくれるような気がしてならなかった。
 あれ、どうしたの、そんなに息を切らして。無理しちゃダメだよ、喘息が出るよ。
 耳の奥なのか、頭の中なのかわからないけど、あのひとの声が聞こえる。
 目の前なのか、記憶の中なのかわからないけど、あのひとの顔が見える。
 そうして、私は、坂道を上り、街を歩き角を曲がる。

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み