第24話 それぞれの裏側
文字数 2,385文字
翌朝、金城は狭い一人暮らしの部屋で、ウコンの錠剤を飲みながら、昨日のことを振り返っていた。飲み会は居酒屋から場所を移し、バーに行って、終電の時間が迫ったところでお開きになった。今まで二日酔いになったことがない金城だが、この日は僅かながら残るアルコールの雰囲気と、感じたことのない不快感に、これが二日酔いかもしれない、と感じていた。
飲みすぎたせいか、昨日の会話は少し飛んでいるところもあるが、石原から聞いた自己分析の裏側の話は頭にこびりついていた。桜井と出会った時に言われて苛立ちを覚えた、大いなる陰謀という言葉も今では腑に落ちる表現だと思えた。
自己分析のことだけではない。世の中の多くのことが、巧みに支配者たちによって仕組まれており、自分たちは踊らされるだけの存在でいることも、胸の奥深くまで刺さっていた。窓から見える大阪の景色も、これまで見てきた世界とは、別物のように見えた。石原は自分に理解をさせるために、悪意ある支配者たちのエピソードを伝えてくれたが、善意ある支配者もいることは何となく想像することが出来た。そうとでも思わなければ世の中の全てを嫌いになりそうだった。実際に石原も、今の世の中、そして日本という国に悲観して、嫌悪感を持っているというよりは、大好きな日本をもっと良くしたい、という想いが強いように感じられた。石原ほどの人間が日本を好きに思えるということは、これまでも善意ある支配者がいたことに他ならないからだ。深い闇を垣間見た中で、そう推察できたことがせめてもの救いだった。
金城はふと、石原がこの国のトップに立てばどうなるのだろう、という考えが頭によぎったが、さすがに飛躍しすぎだ、とすぐにその考えをしまい込んだ。ただ石原という尊敬できる人間と一緒に働けている今を感謝することにとどめることにした。そして昨日の話で沸いてきた新しい疑問もあった。あのような視点で、あのような考え方が出来る石原のこれまでの人生についてだ。金城はすぐに聞いてみたい衝動を抑えながらも、いつか必ず機会を見つけて聞いてみたいと思うようになっていた。
金城がそのようなことを考えているとは知る由もない石原は、壮絶な吐き気と戦っていた。二日酔いというよりも、まだ酒を飲んでいるような感覚だった。年々、酒が弱くなるのを石原は感じていた。そして何より年々、飲み会での会話を覚えていられないことを強く実感していた。昨日のことも楽しい時間だったことは覚えているのだが、会話の内容はほとんど思い出せないでいた。
石原は一緒に飲んだ人からは、全く酔っぱらっているように見えなかったよ、とか、普通にお話しをしてたよ、とか言われることが多い。実際にどれだけ飲んでも必ず家までは辿り着いて来た。だが家に着いたとたん、いつも急激な酔いに襲われる。特に少しでも寝てしまうとダメだった。頭がグワングワン回りだし、眠りについてもすぐにうなされて目が覚めてしまう。昔はこんなことはなかったのに、年々その傾向が強くなっていた。外で飲むときは無意識に気を張っているのだろう。実際にお店ではいくらでも飲めるが、家で飲む時はビール2、3缶ほどで良い気分になれるのだ。その自分の特性を知っているが故に、石原は外で飲むときはできる限り休日前の日にするようにしている。ご多分に漏れず今回も休み前で、更に家族サービスもしなくて良い日だった。その油断が飲みすぎにも繋がっているのだが、なかなか楽しいお酒は辞められなかった。石原は普段、育児も、家事も積極的にやっている方なのだが、この日はひたすらベッドと、トイレのお友達になる日にすることにした。
石原は恐ろしいほどの吐き気の中、トイレと向き合いながらも、辛うじて桜井の別れ際の顔を頭に浮かべていた。顔面蒼白、とはあのことだろう。桜井は大丈夫だったのだろうか。
石原のそうした心配も知る由もない桜井は、脱ぎっぱなしの服で散らかった部屋で目が覚めた。昨夜はあまり寝られなかった。桜井も二日酔いになったことは一度もなかったので、酒のせいで眠れなかったのではない。桜井は酒が弱く、すぐに顔が真っ赤になり、急激な眠気に襲われるのだが、回復するのは早い方だった。昨日もオフィス飲みの段階で眠気に襲われて、居酒屋でもほとんど寝て過ごしてしまったが、バーに移動するときにはすっかり酔いも覚めていた。バーでもノンアルコールのカクテルを飲んでいたので、帰り道の段階では一番しっかりとしていた自負があった。
こうした特性もあってか、桜井は飲み会での記憶を無くしたこともなく、どれだけ眠くても自分が何を話したのか、何を聞いたのかは、はっきりと覚えている方だった。
それが故に、眠気が覚めたバーでの時間は、気が気ではなく、頭の中は真っ白になっていた。昨日のことを思い出しながら、散らかった部屋の天井を見上げながら、大きな独り言を発した。
「金城さんに、、、好きって言ってしまった、、、」
金城もバーではかなり酔っぱらっていたように思う。居酒屋でもいつものクールビューティーとは違う、明るく陽気な金城だった。ひょっとすると自分も夢見心地だったので、夢の中での発言だったのかもしれない、と微かな希望を求めたが、自分の記憶はそれを全否定していた。
「覚えてるのかな、、、」
金城には忘れていて欲しかった。童貞こじらせ桜井は恋愛に対して、異常なほど奥手で、臆病だった。これまで誰からも告白をされたことはないし、当然自分からも告白をしたこともなかった。それでも昨日の告白は最低な形だったことは、何となくだが理解できた。
その不安の答えは、月曜にならないと分からない。考えていても仕方がない。そう思えば思うほど、頭の中に最低の告白シーンがフラッシュバックして来た。
飲みすぎたせいか、昨日の会話は少し飛んでいるところもあるが、石原から聞いた自己分析の裏側の話は頭にこびりついていた。桜井と出会った時に言われて苛立ちを覚えた、大いなる陰謀という言葉も今では腑に落ちる表現だと思えた。
自己分析のことだけではない。世の中の多くのことが、巧みに支配者たちによって仕組まれており、自分たちは踊らされるだけの存在でいることも、胸の奥深くまで刺さっていた。窓から見える大阪の景色も、これまで見てきた世界とは、別物のように見えた。石原は自分に理解をさせるために、悪意ある支配者たちのエピソードを伝えてくれたが、善意ある支配者もいることは何となく想像することが出来た。そうとでも思わなければ世の中の全てを嫌いになりそうだった。実際に石原も、今の世の中、そして日本という国に悲観して、嫌悪感を持っているというよりは、大好きな日本をもっと良くしたい、という想いが強いように感じられた。石原ほどの人間が日本を好きに思えるということは、これまでも善意ある支配者がいたことに他ならないからだ。深い闇を垣間見た中で、そう推察できたことがせめてもの救いだった。
金城はふと、石原がこの国のトップに立てばどうなるのだろう、という考えが頭によぎったが、さすがに飛躍しすぎだ、とすぐにその考えをしまい込んだ。ただ石原という尊敬できる人間と一緒に働けている今を感謝することにとどめることにした。そして昨日の話で沸いてきた新しい疑問もあった。あのような視点で、あのような考え方が出来る石原のこれまでの人生についてだ。金城はすぐに聞いてみたい衝動を抑えながらも、いつか必ず機会を見つけて聞いてみたいと思うようになっていた。
金城がそのようなことを考えているとは知る由もない石原は、壮絶な吐き気と戦っていた。二日酔いというよりも、まだ酒を飲んでいるような感覚だった。年々、酒が弱くなるのを石原は感じていた。そして何より年々、飲み会での会話を覚えていられないことを強く実感していた。昨日のことも楽しい時間だったことは覚えているのだが、会話の内容はほとんど思い出せないでいた。
石原は一緒に飲んだ人からは、全く酔っぱらっているように見えなかったよ、とか、普通にお話しをしてたよ、とか言われることが多い。実際にどれだけ飲んでも必ず家までは辿り着いて来た。だが家に着いたとたん、いつも急激な酔いに襲われる。特に少しでも寝てしまうとダメだった。頭がグワングワン回りだし、眠りについてもすぐにうなされて目が覚めてしまう。昔はこんなことはなかったのに、年々その傾向が強くなっていた。外で飲むときは無意識に気を張っているのだろう。実際にお店ではいくらでも飲めるが、家で飲む時はビール2、3缶ほどで良い気分になれるのだ。その自分の特性を知っているが故に、石原は外で飲むときはできる限り休日前の日にするようにしている。ご多分に漏れず今回も休み前で、更に家族サービスもしなくて良い日だった。その油断が飲みすぎにも繋がっているのだが、なかなか楽しいお酒は辞められなかった。石原は普段、育児も、家事も積極的にやっている方なのだが、この日はひたすらベッドと、トイレのお友達になる日にすることにした。
石原は恐ろしいほどの吐き気の中、トイレと向き合いながらも、辛うじて桜井の別れ際の顔を頭に浮かべていた。顔面蒼白、とはあのことだろう。桜井は大丈夫だったのだろうか。
石原のそうした心配も知る由もない桜井は、脱ぎっぱなしの服で散らかった部屋で目が覚めた。昨夜はあまり寝られなかった。桜井も二日酔いになったことは一度もなかったので、酒のせいで眠れなかったのではない。桜井は酒が弱く、すぐに顔が真っ赤になり、急激な眠気に襲われるのだが、回復するのは早い方だった。昨日もオフィス飲みの段階で眠気に襲われて、居酒屋でもほとんど寝て過ごしてしまったが、バーに移動するときにはすっかり酔いも覚めていた。バーでもノンアルコールのカクテルを飲んでいたので、帰り道の段階では一番しっかりとしていた自負があった。
こうした特性もあってか、桜井は飲み会での記憶を無くしたこともなく、どれだけ眠くても自分が何を話したのか、何を聞いたのかは、はっきりと覚えている方だった。
それが故に、眠気が覚めたバーでの時間は、気が気ではなく、頭の中は真っ白になっていた。昨日のことを思い出しながら、散らかった部屋の天井を見上げながら、大きな独り言を発した。
「金城さんに、、、好きって言ってしまった、、、」
金城もバーではかなり酔っぱらっていたように思う。居酒屋でもいつものクールビューティーとは違う、明るく陽気な金城だった。ひょっとすると自分も夢見心地だったので、夢の中での発言だったのかもしれない、と微かな希望を求めたが、自分の記憶はそれを全否定していた。
「覚えてるのかな、、、」
金城には忘れていて欲しかった。童貞こじらせ桜井は恋愛に対して、異常なほど奥手で、臆病だった。これまで誰からも告白をされたことはないし、当然自分からも告白をしたこともなかった。それでも昨日の告白は最低な形だったことは、何となくだが理解できた。
その不安の答えは、月曜にならないと分からない。考えていても仕方がない。そう思えば思うほど、頭の中に最低の告白シーンがフラッシュバックして来た。