橋になった彼。

文字数 903文字

 ある田舎町に、一人の男が住んでいた。
 比較的裕福な家の次男として彼は生まれた。地元の公立校を卒業して地元に根を下ろそうと進路を決めると、父の人脈を頼って地元の運送会社の社員として入社した。そこでは事務に配達の手伝いなどを含め色々な業務に携わったが、周囲の環境の変化が少ない職場だったために気が緩み、入社して二年程でいくつかの大きなミスを起こした。

 彼の上司と家族は、締まりのない彼の職務態度を咎めたが、不自由なく育った彼にとってそれらの言葉は単なる誹謗中傷にしか聞こえなかった。社会人としての自覚が浅かった彼は卑屈になり、地元の居酒屋で深酒をした後、酔い覚ましの為に山道に入った。そして知らぬうちに山奥の細い道に入ると、足を滑らせて谷底に落ち、首の骨を折って死んでしまった。
 首の骨を折った瞬間、彼は頭を打って酔いが覚めたのだと思ったが、目の前に横たわり次第に冷たくなってゆく自分の肉体を観て死んだのだと痛感した。彼の死体は三日後に都会から来た登山客に発見された。警察が呼ばれ死体が運ばれると、死んでしまった自分の今までを思って悲しくなったが、肉体の無い彼に泣く事は出来なかった。

 葬式が終わり、四十九日の喪中期間に入ると、天の使いが彼の元にやって来て、これからどうしたいと提案してきた。一つは天に召される事、もう一つは別の人間に生まれ変わる事、最後は人間以外の何かに生まれ変わる事。悩んだ彼は、人間に生まれ変わってもまた苦労するのは嫌だったので、人間以外の何かになりたいと望んだ。願いを聞き入れた天の使いは、承知して手を叩いた。そして彼の意識は消えて無くなった。

 気が付くと、彼はかつて自分が足を滑らせて死んだ山道に架けられた、登山者向けの鉄製の橋に生まれ変わっていた。橋の近くは自分を悼むために置かれた花束が置かれ、生前の彼の残り香を微かに漂わせていたが、自分がここで死んだことは誰にも知って欲しくないと彼は願った。

 橋に生まれ変わった彼は、山道を行く人たちを橋と立場から見守るようになった。自分の様にみっともない場所で命を失って欲しくないという願いと、愛する故郷に半永久的に奉仕できるからだ。


(了)
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