文字数 2,506文字

 そのかみ、樹の上の存在であった“人”は、至高四神と二十の白き神と黒き神、そして多くの“人倫の神々”に見守られ、徐々に地上で繁栄していった。
 人類の長兄である龍の一族は、“人”と地上の行く末を掌どる“白い力”と“黒い力”の調和を任された。
 白く耀く龍の一族は“白い力”を司どる僧侶として、黒く耀く龍の一族は“黒い力”を司どる神官として、二つの一族は世界を動かす力の調和に尽力した。

 “白い力”と“黒い力”はどちらが欠けても世界は成り立たない。
 白く耀く龍の一族と、黒く耀く龍の一族もまた、どちらが欠けても調和は成り立たない。二つの一族は、互いの行き来も交流も、司どる力の斥力に関わらず深く行なわれていた。
 
 ある時、銀の門が一巡し、天頂に金色の星が現われた暁、白く耀く龍の一族に一人の女児が生を享け、刻を同じくして黒く耀く龍の一族に一人の男児が生を享けた。
 同じ特別な星廻りの表と裏に生まれた二人は、嘗ての誰よりも“白い力”と“黒い力”を強く享けていた。幼い二人は、“白い力”と“黒い力”の管理者として教えを受け、長じて神々と世界の秘奥に通じた。

 やがて女児は乙女となって“白い力”の法皇となり、男児は丈夫となって“黒い力”の大神官長の座に就いた。二人は過去の法皇と大神官長を遥かに凌駕する深い知識と強大な力を備えた、双璧を為す最高の聖職者だった。
 
 しかし、二人に欠けたものが、ただひとつあった。
 それが深い思慮だった。深い思慮を持つには、二人は若過ぎた。

 “白い力”と“黒い力”、二つの力の均衡を守る為、幾度となく行き来を重ねる内に、二人の間に深い親愛の情が生じていたが、いつしかそれは恋に変わった。
 同じ使命感と同じ星周りとに結ばれた、二人の絆は固かった。しかしその交歓は、静かで密やかなものだった。
 “白い力”と“黒い力”、力の壁を超えて結ばれたい二人であったが、二人は知っていた。相反する“白い力”と“黒い力”は、その均衡はありえても、合一はありえぬ事に。

 “白い力”を司どる法皇と“黒い力”を司どる大神官長は、共に悩み抜いた末、密かに神々の前に進み出た。
 二人は言葉を一にして、神々に向かってこう述べた。
 「私たちの婚姻をお許し下さい。それが叶わぬなら、今の地位と役割から私たちを解放して下さい」と。

 神々は、白く耀く龍と黒く耀く龍の願いに耳を傾けた。
 幸多き十の白き神々は、若い二人の想いに打たれ、これを善しとされた。
 災い多き十の黒き神々は、二人の生来の力と地位と力の均衡の為に、これを否とされた。
 また“人倫の神々”の内、婚姻を守護する純愛の神はこれを善しとされ、調和を好まない狂気と混乱の神はこれを否とされた。
 “白い力”と“黒い力”を超越した至高の神々の内、ただ在るばかりの神は深い眠りにあって何も言われず、時の流れを司どる老いた神は白と黒の神々に総てを任された。
 そして上昇と下降、万物の転変と循環を司どる摂理の神は、最後にこう述べられた。
 “白い力”と“黒い力”、この二つの力の合一は、世界の創造と終末に関わる絶対の秘密である。
殊に二人は只の聖職者ではなく、爾来此なく“白い力”と“黒い力”に近い存在である。両者の婚姻は始源と永劫の彼方でのみ許される“聖婚(ヒエロ・ガモス)”となる。また現在の地位を去れば、後を享け得る者はなく、力の均衡は崩れ去る、と。

 ここにパンデオスは決し、法皇と大神官長の願いは退けられた。
 万神殿から泣く泣く去った二人は、それでも互いを諦める事が出来なかった。絶望に打ち拉がれ、悲嘆に暮れた二人には、もう望む事はなかった。

 万神殿から退いて程ないある日、月に一度の逢瀬となっていた“白と黒の密儀”の後、法皇と大神官長はいつもの様に侍従の神官たちを下がらせた。
 いつもの事に、侍従たちが去ってしまうと、法皇と大司祭長は己が手に短剣をとった。魂の行く先を知り抜く二人は、一つの願いを込めて、禁じられた神の賛歌を共に唱えた。そして深い抱擁と同時に、手にした短剣を互いの胸に深々と突き刺した。傷口から、血と、生命素と、魂が流れ出て、法皇と大神官長は息絶えた。
 禁じられた神の賛歌は虚無の神に届き、流れ出た二人の魂は死の女神の元ではなく、大いなる虚無の中に寂かに消えていった。

 ここで初めて総ての経緯を知った総ての龍たちは、二人の死に慟哭し、万神殿に赴いた。
 白く耀く龍、黒く耀く龍ばかりでなく、総ての色の龍の長たちが神々に哀しみを訴えた。
 多くの神々が口を閉ざされて何も言わぬ中、白き力を秘めた神々にあって、いと恵み深き生命の女神は、二人を痛く哀れんだ。また摂理の神も二人の死を悼み、ここに一つの秘跡が行なわれる事となった。

 摂理の神は、自らの御前に法皇と大神官長の亡骸を並べられた。
 総ての血と、生命素を失った二人であったが、その体の中には僅かな魂の痕跡と、神性とが残されていた。
 摂理の神が、神のみぞ知る“大いなる作業(アルス・マグナ)”の言葉を唱えると、法皇と大司祭長の亡骸は一つに融け合った。そして一つの魂の痕跡と、一つの神性とが残る一つの体の中に、生命の女神は新たな生命素(プノイマ)を集めて吹き込まれた。
 そこで『それ』は、新たな生命を得て立ち上がった。

 僅かな二人の記憶と新たな一つの神性を持ち、男も持たず、女も持たない『それ』は、摂理の神と生命の女神の祝福を享けて、あらゆる転変から自由となり、生も死も、時の流れもそれを捉らえる事は出来なくなった。
 自由な『それ』は、“運と不運”、あるいは“幸と不幸”という転変の一つを摂理の神より任されて、その至高の神に仕える小さな神として、玉座の側に控えた。
 白い体に黒く丸い四十の斑紋と、真紅の丸い目、そして金色のたてがみを持ったその永遠の龍は、唯一の“斑の龍”と呼ばれたが、いつしか、誰ともなく“運と不運”を左右する“賽の目の(ダイス・ドラゴン)”と呼ぶようになった。

 これが、賽の目の龍の始まりの物語。
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