29.順風つばさ広げて
文字数 5,761文字
村の東の断崖絶壁。
その下で、ダイタローは山を動かそうと押していた。
しかし当然のように山はぴくりとも動かない。
その下で、ダイタローは山を動かそうと押していた。
しかし当然のように山はぴくりとも動かない。
ダイタローの体は僕の二倍ほどの大きさにはなったが、だからといって山に比べればその大きさは人と蟻のようなものだ。
蟻が人を倒せるわけはないだろう。
蟻が人を倒せるわけはないだろう。
シュシュシュシューンと急速に小さくなるダイタロー。
彼は元気よく答えると、すぐに人と同じぐらいのサイズまで大きくなった。
素直なことは大変よろしい。
というか、彼が山を動かせないのは僕の認識が悪いのかもしれない。
とはいえどう見てもそのサイズで彼が山を動かせるようには思えないのだった。
うーむ、僕の頭が固いのだろうか。
しかしこうなると、やはり港へは行けそうにないか。
広がる海……泳ぐ魚たち……波をかき分け進む船……その中にはサキュバスたちがひしめく魅惑の園が……。
はっ。
違う違う。
そう、これは交易路の拡大が目的なのだ。
うんうん。
目的を見誤るところだった。
おのれサキュバス……! 許せないぜ……!
そんな風に東の港町へ想いを馳せていると、後ろから声をかけられた。
そこにいたのは一人の銀髪の女性。
ムジャンたちドワーフと共に魔族の街から脱出してきた人のうちの一人で、村で唯一のエルフだ。
長髪で整った顔立ちとプロポーションの女性で、背が高く耳が尖っている。
そのうら若い外見と違い、実年齢で言うなら村の中では一番の年長者となるようだった。
年は詳しく聞いたら怒られるようなので聞いてはいけない。
女性に年齢を聞かないというのは万国共通の法律らしい。
ムジャンたちドワーフと共に魔族の街から脱出してきた人のうちの一人で、村で唯一のエルフだ。
長髪で整った顔立ちとプロポーションの女性で、背が高く耳が尖っている。
そのうら若い外見と違い、実年齢で言うなら村の中では一番の年長者となるようだった。
年は詳しく聞いたら怒られるようなので聞いてはいけない。
女性に年齢を聞かないというのは万国共通の法律らしい。
僕の答えに、彼女は目を細める。
森を切り開いてカシャに道を作ってもらったことを言っているのだろう。
エルフは森の番人としても知られている。
人族と魔族の戦争の中で、停戦に一番尽力した種族が彼らだ。
いち早く精霊の消失を察知し、世界の破滅を予言し双方に停戦を呼びかけた。
エルフは森の番人としても知られている。
人族と魔族の戦争の中で、停戦に一番尽力した種族が彼らだ。
いち早く精霊の消失を察知し、世界の破滅を予言し双方に停戦を呼びかけた。
彼女は自嘲ぎみに笑った。
……本当にごめんなさい……。
僕は港町に行きたい理由を思い返し、バツが悪くなり目を逸らす。
僕が心底反省しているのが見て取れたのか、彼女は慌てて言い繕った。
僕は港町に行きたい理由を思い返し、バツが悪くなり目を逸らす。
僕が心底反省しているのが見て取れたのか、彼女は慌てて言い繕った。
「……いや本当に言い過ぎたよ。ごめん。我々もそう偉そうなことを言える立場じゃあないんだ。エルフは学者気質のヤツが多くてね。私もその一人なんだが、つい調べられる対象が減ってしまうのを危惧してしまうんだよ。蒐集家というやつさ」
彼女は崖の上を見上げる。
ロック鳥。
ワシの一種で、その大きさは大人の人間よりも大きい。
しばしば農村では家畜を襲撃される被害が報告され、害獣とされている。
彼女は元々生物の研究をしていたようで、この村に来てからは農業や畜産の技術を村民に教えたりとその知恵を貸してもらっていた。
ワシの一種で、その大きさは大人の人間よりも大きい。
しばしば農村では家畜を襲撃される被害が報告され、害獣とされている。
彼女は元々生物の研究をしていたようで、この村に来てからは農業や畜産の技術を村民に教えたりとその知恵を貸してもらっていた。
彼女の説明を聞いて、空を見上げる。
一羽の鳥が空を飛んでいるが、果たしてあれはただのタカなのかロック鳥なのか。
一羽の鳥が空を飛んでいるが、果たしてあれはただのタカなのかロック鳥なのか。
エルフは弓の扱いに長けると聞く。
しかし、長弓のような個人の技量に大きく左右されるものはエルフの中でも得手不得手があるようだった。
しかし、長弓のような個人の技量に大きく左右されるものはエルフの中でも得手不得手があるようだった。
空を眺めながら、僕は性懲りもなく頭の中で一つの作戦を考えていた。
☆
次の日。
☆
次の日。
ヒポグリフのシャナオーが段差から飛び降りて空中に飛び跳ねた。
ふわりと一瞬空を泳ぐも、そのまま地面へと着地する。
何とかバランスを崩さず着地するが、何度も続ければそのうち怪我をするかもしれない。
ふわりと一瞬空を泳ぐも、そのまま地面へと着地する。
何とかバランスを崩さず着地するが、何度も続ければそのうち怪我をするかもしれない。
申し訳なさそうにシャナオーは鳴く。
ゴブリンのガスラクが彼女の言葉を翻訳してくれた。
僕の声に、サナトは困った顔をした。
僕は二人と一匹を連れて、昨日と同じく山岳のふもとへとやってきていた。
ヒポグリフを乗りこなす人間もこの世の中にはいるらしい。
それならシャナオーに乗って、東のブオルケ山脈をススイと乗り越えられるのではないかと思ったのだった。
しかし当のシャナオーは、体は成熟したものの上手く飛ぶことができないでいた。
僕は二人と一匹を連れて、昨日と同じく山岳のふもとへとやってきていた。
ヒポグリフを乗りこなす人間もこの世の中にはいるらしい。
それならシャナオーに乗って、東のブオルケ山脈をススイと乗り越えられるのではないかと思ったのだった。
しかし当のシャナオーは、体は成熟したものの上手く飛ぶことができないでいた。
彼女は頬に手をあてて首を傾げる。
サナトの酷く抽象的な説明を、ガスラクは翻訳する。
なかなかに難しいらしい。
やはり野生の群れの中で育たないと、ヒポグリフが空を飛ぶのは厳しいのかもしれなかった。
やはり野生の群れの中で育たないと、ヒポグリフが空を飛ぶのは厳しいのかもしれなかった。
サナトは手を口元にあてて思い悩む様子を見せた。
剣術ならある程度は動きで説明できるのだろうけど、空を飛ぶなんて感覚的なものを教えるのは難しいはずだ。
「どうやって歩いてますか?」と聞かれて、「右足と左足を交互に出す」以外に答えられる人間はあまりいない。
体の重心の移動やらテンポの調整なんかは、無意識的にやっているものだからだ。
こういうとき、本物のヒポグリフの親だったらどうするんだろうか……。
サナトと二人で思い悩んでいてもいいアイデアが出ないので村に戻ろうかと思ったその時、遠くからイスカーチェさんが歩いてくるのが見えた。
彼女の知識なら何かわかることがあるかもしれない。
剣術ならある程度は動きで説明できるのだろうけど、空を飛ぶなんて感覚的なものを教えるのは難しいはずだ。
「どうやって歩いてますか?」と聞かれて、「右足と左足を交互に出す」以外に答えられる人間はあまりいない。
体の重心の移動やらテンポの調整なんかは、無意識的にやっているものだからだ。
こういうとき、本物のヒポグリフの親だったらどうするんだろうか……。
サナトと二人で思い悩んでいてもいいアイデアが出ないので村に戻ろうかと思ったその時、遠くからイスカーチェさんが歩いてくるのが見えた。
彼女の知識なら何かわかることがあるかもしれない。
彼女に声をかけると、訝しげな顔をしつつ彼女は近付いてきてくれた。
彼女は「ふむ」と腕を組むと、シャナオーの羽を見る。
彼女の言葉に僕は驚く。
そんなことは家の魔物大全には書いていなかった。
そんなことは家の魔物大全には書いていなかった。
彼女はシャナオーに近付くとその羽根を優しく撫でた。
毛づくろいをされているようで気持ちが良いのか、シャナオーは目を閉じて「くえぇ」と鳴く。
「魔力の保湿とでも言うのかな。身体から抜けると効果は極僅かになってしまうんだけど、これを術式と共に編み込んだ服はわずかながら身体を軽くする力を持つ。そのような服は冒険者に好まれるから、高く売れるんだ」
なんと。
良い情報を聞いた。
日々増加していく部屋の毛玉を見て、何か言いたげにじっと僕を見つめるハナの視線に耐え続けた甲斐があった。
良い情報を聞いた。
日々増加していく部屋の毛玉を見て、何か言いたげにじっと僕を見つめるハナの視線に耐え続けた甲斐があった。
彼女の言葉に、シャナオーは「クェ?」と鳴く。
うーん。
しかしそれだとますます人間が飛び方を教えるのは無謀な気がしてきた。
ヒポグリフ同士でなければその感覚は共有できないんじゃあ……。
……いや、待てよ。
じゃあ言語を持たないヒポグリフはどうやってそれを教えているんだ?
うーん。
しかしそれだとますます人間が飛び方を教えるのは無謀な気がしてきた。
ヒポグリフ同士でなければその感覚は共有できないんじゃあ……。
……いや、待てよ。
じゃあ言語を持たないヒポグリフはどうやってそれを教えているんだ?
彼女は片眉をあげて答える。
彼女はシャナオーの首の裏筋を優しく揉む。
シャナオーはくすぐったそうにしながらも、喜んで声をあげた。
ヒポグリフは親の愛情をそうやって感じているのかもしれない。
シャナオーはくすぐったそうにしながらも、喜んで声をあげた。
ヒポグリフは親の愛情をそうやって感じているのかもしれない。
空を飛ぶ感覚を体験させることで、感覚を掴ませるのか。
――だとしたら。
僕はサナトの方を向く。
彼女は僕の視線に気付き、首を傾げた。
――だとしたら。
僕はサナトの方を向く。
彼女は僕の視線に気付き、首を傾げた。
☆
三日後。
僕たちは村の北、未だ未開拓の荒野へと来ていた。
順調に開拓が進めばそのうち村はここまで広がってくるのかもしれないが、今はまだ遠くに村が見えるだけで物寂しい。
そんな場所に大きな鳥居が建てられていた。
大きさは大人三人分ぐらいの高さだ。
ドワーフたちにお願いして建ててもらった。
彼らには世話になりっぱなしだ。
ここは人気のない場所だが、それはサナトの希望によるものだ。
彼女はもしかすると静かな地を好むのかもしれない。
三日後。
僕たちは村の北、未だ未開拓の荒野へと来ていた。
順調に開拓が進めばそのうち村はここまで広がってくるのかもしれないが、今はまだ遠くに村が見えるだけで物寂しい。
そんな場所に大きな鳥居が建てられていた。
大きさは大人三人分ぐらいの高さだ。
ドワーフたちにお願いして建ててもらった。
彼らには世話になりっぱなしだ。
ここは人気のない場所だが、それはサナトの希望によるものだ。
彼女はもしかすると静かな地を好むのかもしれない。
いくら天狗のサナトと言えど、シャナオーを担いで空を飛ぶのは無理だ。
以前、僕を担いでくれたときでも歩くぐらいの速度まで落ち込んでいた。
シャナオーぐらいの体重のある物を運ぶのは難しいだろう。
だから、彼女の存在を再定義する。
以前、僕を担いでくれたときでも歩くぐらいの速度まで落ち込んでいた。
シャナオーぐらいの体重のある物を運ぶのは難しいだろう。
だから、彼女の存在を再定義する。
即ち流星。
レメゲトンのページを開き、手をかざす。
レメゲトンのページを開き、手をかざす。
本から緑色の奔流があふれる。
魔力を消費しているくすぐったい感覚が身体を駆けるが、これも今や慣れたものだ。
魔力を消費しているくすぐったい感覚が身体を駆けるが、これも今や慣れたものだ。
風が薄緑の魔力を纏い、サナトの身体に絡みつく。
それは羽を模した飾りへと形を変えて、彼女を彩った。
シルフとは元来、気まぐれで神出鬼没な元素精霊とされている。
ならばそれは、おそらく本当はどこにだって存在しうるのだ。
精霊たちが滅んだと言われている現代であっても、きっかけさえあればきっと。
それは羽を模した飾りへと形を変えて、彼女を彩った。
シルフとは元来、気まぐれで神出鬼没な元素精霊とされている。
ならばそれは、おそらく本当はどこにだって存在しうるのだ。
精霊たちが滅んだと言われている現代であっても、きっかけさえあればきっと。
サナトはくすぐったさをこらえきれないように、笑みをこぼした。
彼女はシャナオーの首を撫でると、その上にまたがる。
彼女はその首筋に軽く口づけした。
瞬間、彼女の後方から激しい突風が吹き込んだ。
シャナオーはパカリパカリと前へ進む。
彼女の言葉と共に、シャナオーの体がふわりと浮いた。
ばさりばさりと翼をはためかせて、サナトとシャナオーは空を走る。
ばさりばさりと翼をはためかせて、サナトとシャナオーは空を走る。
そっと彼女は手を放し、シャナオーの背中から離れた。
しかしシャナオーはそれでもまっすぐと飛んでいく。
しかしシャナオーはそれでもまっすぐと飛んでいく。
シャナオーは喜びの声をあげながら空を舞い飛ぶ。
それはまるで天を翔る流星のように、一人と一匹は自由に空を遊び回った。
☆
それはまるで天を翔る流星のように、一人と一匹は自由に空を遊び回った。
☆
夜の食卓をみんなで囲みながら、そんな提案をした。
今日のメニューはハナと一緒に作ったミートドリアにスライスした桃色茄子とチーズのサラダと、小豆と玉子の鳥ガラスープだ。
ちなみにカシャとダイタローは狭い空間が苦手なようで、家の中にはほとんど入ろうとしない。
人型ではないのも、その生体に影響しているのかもしれなかった。
僕はみんなの様子を目で伺う。
シャナオーはあのあと無事自由に飛べるようになったようで、その訓練もかねての旅行……という口実だ。
ふふふ。
これなら、全く違和感なく――。
今日のメニューはハナと一緒に作ったミートドリアにスライスした桃色茄子とチーズのサラダと、小豆と玉子の鳥ガラスープだ。
ちなみにカシャとダイタローは狭い空間が苦手なようで、家の中にはほとんど入ろうとしない。
人型ではないのも、その生体に影響しているのかもしれなかった。
僕はみんなの様子を目で伺う。
シャナオーはあのあと無事自由に飛べるようになったようで、その訓練もかねての旅行……という口実だ。
ふふふ。
これなら、全く違和感なく――。
ハナが素朴な疑問を口にする。
ミズチが首を傾げて尋ねる。
アズが耳の先をピクピクと動かした。
ユキが吐き捨てるようにそう言った。
サナトがクスクスと笑う。
僕は慌てて首を横に振った。
僕は慌てて首を横に振った。
声が裏返ってしまった僕の答えに、ハナは目を細めて口元に笑みを浮かべる。
ハナさん、目が笑ってませんよ! ハナさん!
彼女たちが口々に言葉を続ける中、僕は叫ぶ。
僕の言い訳が虚しく部屋に響き渡る。
……結局その日、僕の遠征許可は降りなかったのであった。
”主”とはいったい……?
……結局その日、僕の遠征許可は降りなかったのであった。
”主”とはいったい……?