ゆきあかり
文字数 2,590文字
冷たいシートが、いつもより高い自分の体温で温められている。
コートも脱がないまま、狭い座席で慎司と折り重なっていると、肌がしっとりと湿り気を帯びてくるのが感じられて少し恥ずかしかった。
着衣の下、ひんやりとした慎司の指が腹の上を滑る。いつもならくすぐったいだけのその接触が、今は身内の炎を煽って怖いほどだ。
深く重ねられた唇に吐息ごと吸い上げられて呼吸さえままならない。耳の奥で鳴り響く鼓動は、触れられる度に強く、速くなった。
組み敷かれ、喘がされて反らせた真琴の胸の薄い肉の上を、階段を上るように肋骨をたどって、慎司の指が尖りに近づいてくる。
それを、畏れとも期待ともつかない気持で、真琴は待った。
女性とは違うほんの小さな突起でも、求めてやまないひとの手に触れられれば、同じ快感を齎す。
悪戯をするように何度も指先で転がされ、甘い戦慄きは下腹へと溜まっていく。慎司の上着を握りしめた手から力が抜けてしまうような、あからさまな快感に、真琴は何度もドアを蹴った。
自分ではどうすることもできない、ある種の痙攣に身体を支配されるようで怖い。けれどそれを上回る安堵と期待が、真琴の肌を塗りつぶしている。
下着の中に貪欲な手が忍びこんで、確かめるように真琴の昂ぶりに触れる。敏感な先端の粘膜を撫でる慎司の指が滑ったのを感じて、すでに自分が露を結んでいたのを知らされた。
「濡れてる……」
唆すように、慎司が真琴の耳にささやく。
そのまま耳朶を噛まれることにさえ感じて、真琴はすすり泣いた。
「マコ、俺のも触って」
言われてのろのろと手を伸ばすと、着衣の上からもわかるほどに、慎司は猛っていた。
その熱が、手のひらを通して真琴に流れこんでくる。自分が欲しがっているだけではない。慎司にも求められているという証のようで、痛いほどに胸がしめつけられる。
慎司は握りこんだ真琴の欲を、いっそ荒々しいほどの情熱で扱いた。
真琴の腹から胸へと、生き物のように慎司の舌が動きまわる。尖りを吸われ、甘噛みされて、経験のない真琴は為す術もなく追い上げられ、蜜を散らせるしかなかった。
吐精の余韻に、真琴の全身が波打っている。
どんな小さな動きさえ感じ取ってしまいそうな真琴の身体を、慎司は少しだけ放っておいてくれた。
けれどすぐに、濡れた手が真琴の太腿を割って入ってくる。それは迷いのない動きで、真琴を覚悟させるのには十分すぎるほどだった。
「嫌だって言っても、やめてやれないかも」
衝動と戦うような掠れた声で、慎司がそう宣告する。苦しげに歪んだ表情を、真琴は愛おしく思う。
慎司はいつだって、真琴のことを考えてくれた。いま、己の情欲と真琴を思う気持との間で葛藤する慎司を、全て受け入れたい……。
甘美な怠さに沈もうとする腕を、慎司の背中に回し、真琴はありったけの気持を伝えた。
「嫌なわけ……ない」
ゴクリと慎司の喉が鳴る。
噛み付くようなくちづけとともに、繋がるための器官を探られても、もう真琴は怯えなかった。
僅かな痛みと共に、長い指が後孔に沈められる。違和感に浅くなる呼吸を自らの耳で聞きながら、真琴は力を抜こうと努力した。
慎司とこんなことになるとは夢にも思わなかったけれど、妄想しなかったわけでもない。心の充足と、性的な欲求に、苦しんだ夜も確かにあった。
慎司の指に内部を触られて、真琴は苦痛以上の何かを感じている。それは性感とは違うもので、幸福とも言える感覚に真琴は泣きたくなった。
慎司の雄が真琴を拓こうと先端を沈める。
その熱さに、真琴の意思とは関係なく身体は硬直した。けれど心はどこまでも平穏で、満たされている。
「やめないで……」
慎司が何かをいうよりも先に、真琴はささやく。その言葉に励まされるように、ねじ込むような凶暴さで二人は繋がった。
はっはっと短い息を継ぐ真琴を、顔をしかめた慎司が見下ろす。慎司もまた、狭い真琴の中で、身動きもできないほどに絞め上げられているのだろう。
「俺のもんだ」
いっそ苦しげに、慎司の言葉が降ってくる。真琴の目の縁に溜まっていた涙が、こめかみを伝って髪に吸い込まれた。
身体は痛みに苛まれていても、幸福から流す涙があるのだということを、真琴は初めて知った。
『ごめんなさい』
こたつの上に広げられた聖の手帖には、謝罪の言葉が大書されていた。
煌々と灯った灯の下、疲れ果てたように眠る聖の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
ずいぶん泣いたのだろう。目の周りだけでなく、顔全体が赤くなっている。
「おーお、それでも眠気には勝てなかったのかよ」
慎司の言い方には隠しきれないトゲがあったが、真琴はあえてそれには気づかないふりをした。
「しょうがないじゃん。慎さんがこき使うからだし」
「これからはもっといじめるけどな」
子どものような慎司の言い草に、真琴はこらえきれずに吹き出した。
「やめなよ、大人気ない。それに、聖がますます俺にベッタリになるだろ」
軽く睨みながら真琴が言うと、慎司は大げさに肩をすくめた。
「そりゃ困る。ぼうずには早く独り立ちしてもらわにゃ」
それから悪巧みするような顔で、慎司は続けた。
「色々不都合があるしな」
ほんの少し前の出来事を揶揄するような慎司の物言いに、真琴の顔がみるみる赤くなる。何か言い返さなければと思っても、慣れない会話に言葉が出てこなかった。
「まずはぼうずの布団買うぞ。もちろん天引きで!」
それから真琴の肩を抱き寄せると、慎司はムードたっぷりに言い放った。
「あと、マコは俺と同じ寝室。な?」
「そんなんできるか!」
「あほ! 声が大きい」
慎司に小声で指摘されて、真琴は慌てて口元を押さえた。何とかして反撃しなければと、真琴は考えを巡らせる。
そして、多分慎司には一番ショックが大きいだろうと思うひとことを口にした。
「慎さん、エロオヤジ丸出しなんだけど」
ぐっと詰まった慎司を横目に、真琴は聖の布団を直す。
聖がいてくれてよかった。
そう思える自分でよかった。
慎司を失わずに済んで、本当に、本当によかった……
真琴は、いないはずの神に祈るようにそう思った。
クリスマスの雪は、まだ降り続いていた。
コートも脱がないまま、狭い座席で慎司と折り重なっていると、肌がしっとりと湿り気を帯びてくるのが感じられて少し恥ずかしかった。
着衣の下、ひんやりとした慎司の指が腹の上を滑る。いつもならくすぐったいだけのその接触が、今は身内の炎を煽って怖いほどだ。
深く重ねられた唇に吐息ごと吸い上げられて呼吸さえままならない。耳の奥で鳴り響く鼓動は、触れられる度に強く、速くなった。
組み敷かれ、喘がされて反らせた真琴の胸の薄い肉の上を、階段を上るように肋骨をたどって、慎司の指が尖りに近づいてくる。
それを、畏れとも期待ともつかない気持で、真琴は待った。
女性とは違うほんの小さな突起でも、求めてやまないひとの手に触れられれば、同じ快感を齎す。
悪戯をするように何度も指先で転がされ、甘い戦慄きは下腹へと溜まっていく。慎司の上着を握りしめた手から力が抜けてしまうような、あからさまな快感に、真琴は何度もドアを蹴った。
自分ではどうすることもできない、ある種の痙攣に身体を支配されるようで怖い。けれどそれを上回る安堵と期待が、真琴の肌を塗りつぶしている。
下着の中に貪欲な手が忍びこんで、確かめるように真琴の昂ぶりに触れる。敏感な先端の粘膜を撫でる慎司の指が滑ったのを感じて、すでに自分が露を結んでいたのを知らされた。
「濡れてる……」
唆すように、慎司が真琴の耳にささやく。
そのまま耳朶を噛まれることにさえ感じて、真琴はすすり泣いた。
「マコ、俺のも触って」
言われてのろのろと手を伸ばすと、着衣の上からもわかるほどに、慎司は猛っていた。
その熱が、手のひらを通して真琴に流れこんでくる。自分が欲しがっているだけではない。慎司にも求められているという証のようで、痛いほどに胸がしめつけられる。
慎司は握りこんだ真琴の欲を、いっそ荒々しいほどの情熱で扱いた。
真琴の腹から胸へと、生き物のように慎司の舌が動きまわる。尖りを吸われ、甘噛みされて、経験のない真琴は為す術もなく追い上げられ、蜜を散らせるしかなかった。
吐精の余韻に、真琴の全身が波打っている。
どんな小さな動きさえ感じ取ってしまいそうな真琴の身体を、慎司は少しだけ放っておいてくれた。
けれどすぐに、濡れた手が真琴の太腿を割って入ってくる。それは迷いのない動きで、真琴を覚悟させるのには十分すぎるほどだった。
「嫌だって言っても、やめてやれないかも」
衝動と戦うような掠れた声で、慎司がそう宣告する。苦しげに歪んだ表情を、真琴は愛おしく思う。
慎司はいつだって、真琴のことを考えてくれた。いま、己の情欲と真琴を思う気持との間で葛藤する慎司を、全て受け入れたい……。
甘美な怠さに沈もうとする腕を、慎司の背中に回し、真琴はありったけの気持を伝えた。
「嫌なわけ……ない」
ゴクリと慎司の喉が鳴る。
噛み付くようなくちづけとともに、繋がるための器官を探られても、もう真琴は怯えなかった。
僅かな痛みと共に、長い指が後孔に沈められる。違和感に浅くなる呼吸を自らの耳で聞きながら、真琴は力を抜こうと努力した。
慎司とこんなことになるとは夢にも思わなかったけれど、妄想しなかったわけでもない。心の充足と、性的な欲求に、苦しんだ夜も確かにあった。
慎司の指に内部を触られて、真琴は苦痛以上の何かを感じている。それは性感とは違うもので、幸福とも言える感覚に真琴は泣きたくなった。
慎司の雄が真琴を拓こうと先端を沈める。
その熱さに、真琴の意思とは関係なく身体は硬直した。けれど心はどこまでも平穏で、満たされている。
「やめないで……」
慎司が何かをいうよりも先に、真琴はささやく。その言葉に励まされるように、ねじ込むような凶暴さで二人は繋がった。
はっはっと短い息を継ぐ真琴を、顔をしかめた慎司が見下ろす。慎司もまた、狭い真琴の中で、身動きもできないほどに絞め上げられているのだろう。
「俺のもんだ」
いっそ苦しげに、慎司の言葉が降ってくる。真琴の目の縁に溜まっていた涙が、こめかみを伝って髪に吸い込まれた。
身体は痛みに苛まれていても、幸福から流す涙があるのだということを、真琴は初めて知った。
『ごめんなさい』
こたつの上に広げられた聖の手帖には、謝罪の言葉が大書されていた。
煌々と灯った灯の下、疲れ果てたように眠る聖の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
ずいぶん泣いたのだろう。目の周りだけでなく、顔全体が赤くなっている。
「おーお、それでも眠気には勝てなかったのかよ」
慎司の言い方には隠しきれないトゲがあったが、真琴はあえてそれには気づかないふりをした。
「しょうがないじゃん。慎さんがこき使うからだし」
「これからはもっといじめるけどな」
子どものような慎司の言い草に、真琴はこらえきれずに吹き出した。
「やめなよ、大人気ない。それに、聖がますます俺にベッタリになるだろ」
軽く睨みながら真琴が言うと、慎司は大げさに肩をすくめた。
「そりゃ困る。ぼうずには早く独り立ちしてもらわにゃ」
それから悪巧みするような顔で、慎司は続けた。
「色々不都合があるしな」
ほんの少し前の出来事を揶揄するような慎司の物言いに、真琴の顔がみるみる赤くなる。何か言い返さなければと思っても、慣れない会話に言葉が出てこなかった。
「まずはぼうずの布団買うぞ。もちろん天引きで!」
それから真琴の肩を抱き寄せると、慎司はムードたっぷりに言い放った。
「あと、マコは俺と同じ寝室。な?」
「そんなんできるか!」
「あほ! 声が大きい」
慎司に小声で指摘されて、真琴は慌てて口元を押さえた。何とかして反撃しなければと、真琴は考えを巡らせる。
そして、多分慎司には一番ショックが大きいだろうと思うひとことを口にした。
「慎さん、エロオヤジ丸出しなんだけど」
ぐっと詰まった慎司を横目に、真琴は聖の布団を直す。
聖がいてくれてよかった。
そう思える自分でよかった。
慎司を失わずに済んで、本当に、本当によかった……
真琴は、いないはずの神に祈るようにそう思った。
クリスマスの雪は、まだ降り続いていた。