その14(終)

文字数 1,386文字

 完っ全に騙された!
 私は花火が次々と夏の夜を飾る様子を眺めながら、両手を握りその場に立ち尽くしていた。いつの間にか、私達のいた場所から遠く離れた場所で別の花火が打ち上がっている。
 黄金花は爆弾でも何でもなかった。ただの一回り大きな枝垂れ花火だったのだ。「一斉に爆発すれば、美しいと思う間もなくお前らは死ぬだろう」と日置は言っていたが、あれは心奪われた様子でも表現していたのか?だとしたらかなり無理がある!
 私は鋭い目で日置を睨み付けた。しかし当の日置は愕然と上空を見上げていただけだった。まるで目を回しているかのように混乱した様子である。
「そ、そんな……!なんだこれは、これが黄金花なのか?ただの花火じゃないか!『花火の代わりに打ち上げれば島が消える』とまで言っていた、堂島の言葉はいったい何だったんだ……?」
 疲れ果てた中年の男は、信じたくないと言わんばかりに崩れ落ちた。どうやら日置自身も事実を知らなかったようだ。となるとやはり紫帆のせいなのか。
 茶目っ気に笑った女の、子どものように無邪気な姿が浮かぶ。
 思えば不審な点はいくつもあった。彼女が突然私達の元へ現れたこと。ツバキが指摘していたオレンジベースのメイク。日置が広場の放送を簡単にジャックしてみせた点に、そして私達以外の島民が呑気に祭りを楽しんでいたこと。
 金魚すくいの店主の態度だってそうだ。あの店主は最初から分かっていたのだ。日置の仕掛けたゲームが、ただのお遊びだということを。
 それもこの島の魔女になら十分に可能だと、私は大きくため息をついた。
「帰ろうツバキ。今回は完全に紫帆にやられたな……」
 すでに花火を楽しむような雰囲気ではない。私は疲れ切っていた。そう言えば「部屋の冷房を効かせたまま祭りへ行け」という紫帆の言葉も、今思えば彼女の計画のうちだったのだろう。この馬鹿げたゲームに体力や気力を奪われて帰ってくることを、あらかじめ彼女は予期していたのだ。
 私は同じく上空を見つめたまま立ち尽くしていたツバキに声を掛けた。しかし彼はすぐに反応しない。私よりも衝撃を受けて、何も言えなくなっているのか?
「おーい、ツバキ?聞いてんのか?」
「綺麗だ……」
 青年はその一言だけ呟いた。今日だけで様々なことが起こり過ぎて、遂におかしくなってしまったのかと疑ったがそうではない。
 ツバキは悲しみと悔しさの混じった複雑な表情を浮かべて、夏の夜空をただ眺めていた。
「彼らとこんな花火でも見れば……、この光景を見るまで平和に過ごしていられれば、あんなことにはならなかった……」
「彼ら」とは、彼がかつて共にこの島を訪れた時の仲間を指しているのだろうか。
 私はツバキのことを何も知らない。二年前の彼の身に何があったのかも、どうして彼がバラバラ死体となって殺されたのかも。何も知らないし、たとえ知ろうとしてもツバキ自身がそれを拒むのは明白だった。だって私達は赤の他人なのだから。
 しかしだからといって無視することのできない深い闇を、その日の私は垣間見た気がした。
 私は黙った。苗字かどうかすら知らない彼の名前を、呼ぶこともできなかった。
「……」
 大太鼓のような花火の音と、それに合わせた人々の歓声だけが私の耳にこだまする。やがて打ち上げ花火も終わり、ツバキがどこか装った調子で声を掛けてくるまで、私は彼の傍にいたままだった。
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