プロローグ

文字数 1,951文字

「死ね、魔王」
 瞳を憎悪に染めた女は腕を捥がれ、足の腱を切られ、身動きすらも封じられた俺に白く輝く剣を振り下ろした。
 振り下ろされた剣に首を切り裂かれる感触を感じながらも、悲鳴すら上げられず俺の意識は遠のいていった。

『いやぁ、勇者もなかなか残酷なことするよね。君みたいな無抵抗の魔王ですら甚振り殺すんだからさ』
 どこからか声が聞こえる……、これが走馬灯っていうやつなのか。
『感傷に浸るのは良いけどさ、そろそろ起きたらどうだい』
 走馬灯にしてはなんか話しかけてきてるような。
『ようなじゃなくて、本当に話しかけてるんだけど』
 俺はもしかしてと思い体を動かしてみようと力を入れた。すると動かないはずの手が、足が自由に動いた。そして目を開いた俺の目の前には、一面真っ白の空間にだらしなく空中に寝そべった女が俺を見つめていた。
『やあ、やっとお目覚めかい。目が見えているならこれが走馬灯じゃないってこと、理解してくれるよね』
「ああ、でも俺は確かに首を落とされて死んだはずなんだが。それにここは死者が住まう冥界でもないみたいだし」
『その質問の回答はその眼で確かめるといいよ』
 俺の呟きを聞いて目の前の女は俺の右目を指さしてきた。
 どうやら彼女は俺の右目にある解析の魔眼を使えと言っているようだ。指図されるのは癪だが使わないことには何もわからないので右目に集中して魔眼を発動した。
 魔眼を使ったことにより俺はこの空間にある全てについて情報を手に入れることに成功した。
『その様子だと僕についても理解して貰えたみたいだね』
「ああ、出来れば知りたくはなかったがな。それで俺はあんたを怨めばいいのか? それとも崇めた方がいいのか」
『どちらでも構わないよ。僕は神様だからね。どんな風に思われようと気になんてしないさ』
 目の前に居る女神はケラケラ笑いながらそう答えた。
「そんなものなのか。それでこれから俺はどうなるんだ?」
『魔眼を使ったならここの事は分かってるよね。それでも僕に説明を求めるのかい?』
「ああ、ここが次元の狭間でここに流れ着いたものが生も死もなく消滅するだけの場所なのは分かった。だがなんであんたがここで俺に話しかけてきたのか、それが気になったんだよ」
 そう、ここは死ぬことすら許されず、魂が摩耗して消滅するまで閉じ込める牢獄みたいなものだという事は分かっている。ならなぜ女神さまはこんな未来の無い場所にいる俺にわざわざ会いに来たのか、俺には理解できない。
『それはまぁ、色々神様にも事情があってね。君は魔法の源、魔素についてどのくらい知っているのかな』
「そりゃ魔素は魔力の素で世界に満ちている生命エネルギーの欠片だろ。どんな生き物でも生きている内は魂の中にあって、死ねば肉体から魂が抜けるのと同時に魂から徐々に周囲に拡散していくやつだろ」
『そこまでわかっているなら話は早いね。君は一体誰だい?』
「そりゃ、魔王だけど……」
『そう、魔力を大量に持っている魔王だ。そんな大量の生命エネルギーを持っている君が消滅したらあの世界はどうなると思う?』
「そういう事か。あの世界で循環するはずのエネルギーがごっそり消えちまうのがあんたにとって都合が悪いのか。だから俺に会いに来たと」
『そういう事。でも神である僕でも出来ないことがあるんだ。君は異世界の勇者に殺されただろ。だから君の魂は勇者と紐付きになっちゃって輪廻転生させるにも魂が勇者に引き摺られて勇者の近くにしか転生できないんだ。しかもあの勇者、自分の世界に帰っちゃったからもう大変。君は向こうで輪廻転生するしかないんだよ』
 女神はやれやれと首を振りながら世界の仕組みについて長々と語った。
「それで、結局のところ俺の持ってる大量の魔素が無駄になるのは嫌だがそれを他の世界に持っていかれるのも嫌で悩んでると。そういう解釈で良いんだよな」
『簡単に言えばそうなんだけど、取りあえず輪廻転生するとはいえあまりにも悲惨な死を遂げた君の意見も聞いてからどうするか考えよっかなと思って君に話しかけたんだよ』
 なぜか女神が俺を見つめてきているが、こんな話を聞かされたところで俺にはどうしようもない。
「まあどっちでもいいですよ。どうせ輪廻転生したら記憶も何もかも消えるんでしょ」
『うん、消えるよ。綺麗さっぱりね』
「なら俺の答えは一つですよ。あんたの好きなようにしてくれ」
『君がそう言ってくれてうれしいよ。それじゃあ君の未来に祝福を』
 女神はそう言って俺を抱きしめ、この空間から抜け出し、俺を何かの渦の中に放り込んだ。
 最後に女神の肌の温もりと渦の中で洗濯機の中にいる洗濯物の気分を味わわされながら俺の意識は消えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み