魔王は教会の孤児院にいる

文字数 8,508文字

 俺の名前は天草(あまくさ)真央(まお)、高校一年生の転生魔王で孤児だ。
 本当なら消えるはずだった俺は運命か、それとも神の悪戯かで消えずに転生して、生まれてすぐに親に捨てられた。教会の前に捨てられた俺は寒さのせいなのか魔王としての自我が目覚めた。
 自我が目覚めた俺はまず魔力が使えるか確認し、使えたことに驚きながらも生きるために人が来るまで泣き叫び続けた。
 その結果、俺は教会の神父に見つけてもらえ、教会が運営する、孤児が一人もおらず開店休業中の孤児院に入ることになった。
 誤算があったとすれば俺を拾った神父の娘が俺を殺した勇者に瓜二つで顔を合わせるたびに心臓の鼓動が早くなってしまうくらいだ。
「真央、早くしないと入学式遅刻しちゃうよ」
 ちょうどその勇者と瓜二つの天草(あまくさ)優羽(ゆう)が話しかけてきた。
「今行きます」
 俺は返事をして急いで着替えを済ませて玄関に向かった。
 玄関では優羽が靴を履いて待っていた。
「待たせてごめん」
「いいよ、許してあげる。それほど待ってないし。それじゃ行こっか」
 俺は優羽に連れられて教会でお祈りをしてから学校に向かった。
 これから俺たちが三年間通うことになる高校は至って普通の学校で、家から近くてそんなにお金がかからない高校を俺は選んだ。
 これから三年間は真面目に勉強をして放課後はお金を稼ぐつもりだ。
 そんな事を考えながら歩いていると横から声を掛けられた。
「真央、もうすぐ学校着くけど何をそんなに考えこんでいるの?」
「ああ、高校生活は楽しみだなぁと思ってさ」
 なんとなく俺は嘘を吐いてしまった。
「嘘だね、私には分かるよ。どうせ早く働こうとか考えてるんでしょ」
 彼女はなぜか嘘を見抜いてしまう。これまで見抜かれなかった嘘は一つもない。唯一、俺が転生魔王だという事を除いては。
「真央は子供なんだから、そんなに急いで働かなくてもいいんだよって、お父さんが言ってた」
 どうやら俺が考えていた事は優羽の父親の彩斗(あやと)さんにも気付かれていたらしい。
「でも俺が今まで生きてこれたのは彩斗さん達のおかげだし、早く自立して恩返しがしたいんだよ」
「真央がそんなふうに思っているのは知ってるけど、お父さんは真央に高校生の間は働かせないって言ってたよ」
「そうなのか、それは困ったな」
「なにも困ることはないと思うんだけどなぁ。まぁこの話はここまで。学校に着いたし、今は目の前の入学式だけ考えてればいいよ」
 優羽はそう言って俺の手を引き、下駄箱前に張り出されているクラス分けの表で自分たちの名前を探した。
 俺たちの名前はあ行なので表の初めだけ見れば分かるので楽ちんだ。
「あったよ、私たち二人とも三組だって」
 一分もかからず優羽が俺たちの名前を見つけて声を上げた。
「一緒のクラスか……、これで連続十年同じクラスになるのか」
 たぶんこれは優羽の豪運のせいだろうな。今まで優羽がクジなんかで外れを引いたことが一度もないからそうなんだろう。
「えへへ、また同じクラスだね。もしかしたら十二年連続も狙えるかもしれないよ」
 優羽は笑顔でそんな事を言っているが、俺はその発言を聞いて十二年連続が確実に起こるんだろうと感じた。
「そうかもしれないな。それよりクラスが分かったんだしここに居ても邪魔になるから早く教室に行こうか」
 俺たちは下駄箱で靴を履き替え教室に向かった。
「どんな娘が同じクラスにいるのか楽しみだね」
「どんな娘って、女子限定かよ」
「うん、だってこの学校元女子高だし今年の男子の入学者一人だよ」
 ん、今なんか凄く不穏な事を聞いた気がするんだがまさかな。
「へぇ~、俺以外に一人しか男子が居ないのか。それじゃあ俺はそいつと仲良くしないとな」
「なに言ってるの、一人って真央の事だよ。そもそも少子少男化で男なんか殆ど居ないんだから、この学校自体真央のハーレムみたいなものだよ。男の夢だね」
 そうだった、俺が捨てられた理由も少子少男化で国に隠れて産んだけれど、それが男の子だったから面倒ごとを避けるために捨てられたんだった。
「そうかハーレムなのか。ウレシイナー」
「そう言う割には全然うれしそうじゃないね。それにクラスで男一人なんて今に始まった事じゃないんだし気にしないほうがいいよ」
 まだ教室にすら入ってないのにクラスに馴染めるか不安になってきた。
「まあまあ、最悪私がいるんだからクラスで孤立することはないから、安心したまえ」
 今ばかりは目の前に居る勇者似の優羽が頼もしく思えた、俺魔王なのに……。
「と言うわけで教室に突撃ィィ! 可愛い娘いるかな」
 優羽が大声を上げながら教室に飛び込んでいき、俺はその後に音を立てない様にこっそりと教室に入って行った。
 教室内はいきなり飛び込んできて可愛い娘を探している優羽が注目を浴びていた。
「なにコソコソしてるの? 私たちの席こっちだよ」
 こっそり入って目立たなくしていたのにそんな俺に優羽が話しかけてきて目立ってしまった。まず俺も優羽の同類かと注目を浴び、俺が男子だという事でもっと注目を浴びてしまった。
 飛び込んできた優羽に集まっていた視線は今俺に集まっており、俺は居心地の悪さを感じていた。
 周囲からは『あれが噂の男子の新入生』やら『男子と同じクラスになれて幸運』などとひそひそと聞こえて来た。
「良かったね、真央ってば超人気者だよ。これならぼっちになる心配はしなくてもいいね」
 優羽はニヤニヤと笑いながら俺に話しかけてきた。
「人気者って言うより珍獣扱いの方が正しくないかコレ」
「言えてるかも。元とはいえ女子高に男子がたった一人しかいなんだもん。そりゃ目立つよね」
 俺が悲しみに暮れているとチャイムが鳴り教室に背の小さい女の子が入って来た。
「皆、席に着け。私がこのクラスの担任の珠依(たまより)光梨(ひかり)だ。今年は男子が入って来たらしいが羽目を外し過ぎるなよ。それじゃあ入学式の行程を説明するぞ」
 全員静かにしているが頭の中では疑問で溢れかえっている事だろう。
 さっき最後に入って来た小っちゃい女の子はあろうことか教卓の前に立ち自分が担任だと自己紹介をしてきた。
「と言うわけでこれから体育館に向かう。何か質問がある奴はいるか?」
「はい」
 この状況で勇敢にも手を挙げた馬鹿が居た、俺の後ろに。
「なんだ、言ってみろ」
「先生はいくつですか?」
「ほぉ、逆に聞くがいくつに見える?」
「十二歳くらいに見えます」
 優羽は見たまんまの年齢を答えた。
「そうかそうか、私は小学生に見えるのか。残念だがこれでも私は成人している。他に質問はあるか?」
 先生は睨みを効かせて教室を見回し、俺たち生徒は全員首を横に振った。
「なにもないようだな。これから体育館に行くからお前ら廊下に並べ」
 有無を言わせない眼差しで見つめられ、俺たちは本能的に逆らわないほうが良いと判断した。
 それから入学式は恙無く終わり俺たちは教室に戻り自己紹介をしていた。
「出席番号一番天草真央、自己紹介をしろ」
 俺は名指しで呼ばれ立ち上がった。
「はい。俺は天草真央です。仲良くしてくれるとうれしいです」
 それだけ言って俺は座った。
「なんだ、この学校唯一の男子なんだからもっとあるだろ。この学校の女は全員俺のもんだとかハーレムを作るとか、面白いこと言えよ。まぁいい次」
 この教師、本当に教師なのか……。すごいこと言ってるんだが。
「はい。私は天草優羽です。真央と同じ苗字ですが血縁関係はありませんのであしからず」
「ははは、面白いな。おんなじ苗字なのに血縁者じゃないのかよ。これは面白いな、次」
 それからもこの教師は一人ひとりの自己紹介が終わる毎に面白い面白くないなど評価を付けていった。
「よ~し、これで全員終わったな。さて自己紹介も終わったし面倒な話をこれからするからよく聞いとけよ」
 そう言って先生は明日以降の説明をし始めた。説明が終わると丁度チャイムが鳴った。
「喜べ、休憩時間だ。十分後にホームルームがあるから帰るなよ」
 そう言って先生は教室から出て行ってしまった。
 自由な時間になりクラス中の生徒が俺たちに駆け寄って来て質問攻めにあった。
「二人ってどういう関係なの?」
「なんでこの学校に入って来たの?」
「愛人にして下さい」
 あまりにも一斉に質問攻めにあったので俺は逃げ出した。一緒に質問攻めにあっていた優羽には悪いが俺のために犠牲になってくれ。
「せっかく人気者になれたのに、逃げちゃうんだ」
 後ろから話しかけてきたのは置いて来た筈の優羽だった。
「さすがにあれは誰でも逃げ出すだろ。優羽はどうやって逃げて来たんだ?」
「そこはあれだよ。真央は私の家族だよって言ったらみんな固まっちゃったよ」
「ああ、完全に誤解されてるな。でも面倒だしそのままにしておくか」
 俺は諦めながら時間ギリギリに教室に戻った。教室に入っても誰も話しかけてこなくなったのは良かったが、何だか不穏な噂話がチラホラと聞こえて来た。
 席に着くと丁度チャイムが鳴り先生が戻って来た。
「よ~し皆席に着いてるな。それじゃホームルームするぞ」
 先生の話を聞き流しているとホームルームが終わりかけていた。
「ってことだから明日からちゃんと学校来いよ。それと天草共、放課後話があるからついて来い。それじゃあ終わり」
 先生は俺たち二人を見てそう言った。仕方がないので俺たちは先生に連れられて生徒指導室に連れてこられた。
「あ~なんだ、なんで連れてこられたかはわかっているよな」
 どうやら早くも噂が先生の耳に入ったみたいだ。それ以外に思い当たるふしが一つもない。
「はい、俺たちが付き合ってるって噂ですよね……」
「は、何言ってるんだ。私はお前がこの学校で唯一の男だから呼び出したんだが。えっ、お前ら付き合ってんの、家族なのに」
 墓穴を掘った。まだ先生には知られてなかったのに自分から噂を広げてしまった。
「いや、付き合っては無いんですけど、そのクラスでそういう風な噂になってまして……」
「私が真央と家族だって言ったらみんなが勝手に勘違いしたんです」
 ナイスアシストだ優羽。
「そうか、だがそれは困ったな。学校唯一の男子がフリーだと知れ渡ると男に餓えた獣たちが暴れ出しそうだし……。そうだな……。お前たちその誤解、解かないでそのままにしておけ。そっちの方が、面倒ごとが少なそうだ」
 先生が悪い笑顔でそう言ってきた。俺たちには拒否権は存在しないみたいなので了承しておいた。
「いや~呼び出して正解だったな。これなら過激な奴以外はおとなしくなるだろ。お前らもう帰っていいぞ」
 俺たちは生徒指導室から追い出された。
「怒られるわけじゃなかったみたいだね」
「そうだな、でも面倒ごとがまた一つ増えた気がする」
 俺たちは互いに見つめ合いため息を吐いた。

 それから俺たちは入学式を見に来ていた優羽の両親と落ち合い家に帰った。
「どうしたんだ二人とも、溜め息なんか吐いて。幸せが逃げるぞ。まぁ悩みがあるなら聞いてやるぞ、これでも神父だからな。さぁ迷える子羊よ懺悔するがいい」
 そんな彩斗さんをみて俺たちはまたため息を吐いた。
「友里子や、娘たちが冷たいんだがどうしたらいい」
「そんなこと私に聞かないでください。貴方は神父なんですから神父らしく堂々としていればいいんですよ」
「そうか、そうだよな。神父の私がしっかりしないとな。よし、さぁ娘たちよ。なんでもこの神父に話して見なさい」
「お父さんウザい」
 ついに優羽がはっきりと言ってしまった。俺も少し思っていたけど。
「う、ウザい……。友里子、娘にウザいって言われた」
「ええ本当の事ですから。気にして下さいね」
 彩斗さんが友里子さんに泣きついたらバッサリ切り捨てられていた。流石に彩斗さんが可哀想なので俺は彩斗さんに話しかけた。
「神父様聞いて下さい」
「おお迷える子羊よ、なんでも聞くよ」
「実は先ほど学校で俺と優羽が付き合ってるって噂になりまして」
「えっ、それだけ」
「それだけって、普通そこは娘は誰にもやらんとか言うところじゃ……」
「そりゃどこの馬の骨かもわからん奴ならそう言うかもしれんが、真央なら別にいいんじゃない」
 これは俺が信用されているのか。
「あらあら、今晩は入学祝いと付き合い始めた記念ね。ご馳走作らないと」
「わーいご馳走食べれる」
「いやいや、別に付き合ってませんから! そう言う噂になったっていうだけですから。優羽も誤解解いてよ」
「えー、ご馳走食べられるしいいじゃん。付き合っちゃおうよ」
 ダメだ、こいつ。頭の中がご馳走で埋まって正常な判断力を失ってる。確かに友里子さんの料理は美味しいけど。
「それじゃあ真央、ウチの娘をよろしく頼むね。いや~このご時世、男と結婚できる女なんて勝ち組だよ。これも神の思し召しかな」
 さっきまで付き合うって話だったのにもう結婚まで飛躍してる……。
 仕方がないのでこの話はまた明日にでもしよう。
 それから俺たちは家に帰り教会でお祈りを済ませてから昼食を食べて、晩ご飯に友里子さん特製のご馳走を食べ、明日からの学校に向けて早めに眠りについた。

 次の日、俺はいつもより早くに目が覚めた。いつもなら目覚ましで起きるのだが今日は目覚ましが鳴る前に脳が目覚めた。
 時計を見ればいつもより一時間ほど早く、することも無かったので着替えてリビングに向かった。
 リビングには彩斗さんが新聞を読んでいて、友里子さんがキッチンで朝ごはんの支度をしていた。
「あれ、今日はやけに早起きだな」
 彩斗さんがリビングに入って来た俺を見て一度時計を見て時間を確認してから話しかけて来た。
「なんだか目が覚めちゃって」
「そうか。まぁ早起きは三文の徳ともいうしいいんじゃないか。家の寝坊助な娘も見習ってほしいんだが」
 それから彩斗さんは新聞を読むのに戻り、俺は友里子さんに手伝いを申し出た。
「友里子さん、何か手伝う事はありませんか?」
「そうねぇ、じゃあ優羽を起こしてきてほしいかな。多分今日はギリギリまで寝てしまいそうだし」
 友里子さんの言葉に俺は中学の頃の入学式翌日の事を思い出した。優羽は何かイベントがある日は早くに起きるのに、その翌日は決まって寝坊をする。よくそれで友里子さんが怒っていたな。
「わかりました。優羽を起こしにいってきます」
 優羽を起こすために二階の優羽の部屋に向かった。部屋をノックして起きているか確認してみるがもちろん起きているはずもなく、俺は躊躇なく部屋の中に入った。
 部屋の中は女の子らしく可愛い系のぬいぐるみがあるがそれ以上に脱ぎ散らかした制服などが目立つ。
 取りあえず俺は目の毒になりそうな下着類を端にまとめておき、優羽が寝ているベッドに向かう。ベッドには布団を蹴飛ばして寝ている優羽が抱き枕に抱き着きながら幸せそうに眠っていた。
「優羽、朝だぞ起きろ」
 俺は優羽の柔らかい肩を揺らしながら耳元で話しかけた。だが強情なことに優羽は起きる気配がない。
 仕方がないのでさっきよりも激しく肩を揺らし、さっきよりも大きな声で起こしにかかった。
 すると今回は身動ぎをした。しかし起きはしないのでさっきよりももっともっと強く肩を揺らして目覚めを促した。
「ん、あと五分だけねかせてお母さん」
 まだ寝ぼけているのか延長を申請してきた。
「残念だが俺はお母さんじゃないから聞きません」
 それからだんだんと目が覚めてきたのか優羽は俺を見つめて来た。
「あれお母さんが真央に見える」
「ああそりゃ俺だからな」
「え、真央……」
 優羽がはっきりと俺を見つめて固まってしまった。
「おはよう優羽。そろそろご飯ができるから降りて来いよ」
 俺はそれだけ言って部屋から出た。
 その後優羽の部屋から声にならない悲鳴が聞こえたが気にせずにリビングに戻った。
「起こせたみたいね。まぁあの娘にはいい薬になったんじゃないかしら。これで部屋もちゃんと掃除してくれるといいんだけど」
 友里子さんは嬉しそうに笑っていた。
 それから十分もしないうちに優羽が降りてきて朝ごはんを食べた。
 その間、優羽は俺の事を睨んでいたが、友里子さんと彩斗さんはそれを楽しそうに眺めて助けには入ってくれなかった。
 朝ごはんを食べ終えた俺たちは学校に行く道すがら、優羽が話しかけて来た。
「真央のえっち」
 優羽がムスッとしながらそんな事を言ってきた。
「誤解だっ! 俺は友里子さんに頼まれて仕方なく起こしにいっただけだ。別にやましいことなんてしてないぞ」
「でも私の下着見たでしょ」
「それは仕方ないだろ。仕舞わないでその辺に置きっぱなしにしてる優羽が悪いだろ」
「うぅ、でもそれを言うって事はやっぱり見たんだ。真央の変態」
「わかったよ、悪かった。別にわざとじゃないにせよ見ちまったのは本当だしな」
「分かればよろしい。今後は私の下着を見るときは私の許可を取るように」
 最後の方はふざけていたので何とか機嫌を直してくれたみたいだった。

 学校に近づくと他の生徒たちにじろじろ見られながら例の噂が聞こえて来た。
「噂になってるね」
「ああ、でもこれで質問攻めにされなくて済むと思うと助かるわ」
「でも疑ってる人もいるみたいだよ」
「それくらいなら良いだろ」
「でも変な疑い持たれてもあれだからこうしちゃえ」
 優羽はそう言うと俺の腕に抱き着いて俺の頬にキスをしてきた。
「ちょっおま、何してくれてるの」
「良いでしょ家族なんだから、頬にキスくらい。あっもしかして唇の方が良かった?」
 優羽はからかうような笑みを浮かべ、腕に抱き着きながら手を恋人つなぎにしてきた。
「そうじゃなくて、流石にこんな往来でするのはどうかって言ってんだよ」
「照れちゃって。本当は嬉しいくせに」
 確かに俺の心は今可愛い女の子に腕に抱き着かれて興奮する気持ちと、大勢の人前で抱き着かれている事への羞恥が鬩ぎ合っていた。そして今、羞恥が負けた。
 俺は優羽の手を握り返しもう片方の手で頭を撫でておでこにキスをし返した。
「お返しだよ」
 俺がそう言うと今度は優羽が顔を真っ赤に染めながら、顔を俺の腕に押し付けて顔を隠した。

 いちゃつきながら教室に入ると騒がしかった教室が、時が止まったかのように静かになった。俺たちが席に着くと時が動き出したかのようにまた騒がしくなった。
 俺と優羽は、授業中は真面目に勉学に励み、休み時間は質問攻めにあわない程度にイチャイチャしながら話しかけて来た生徒と会話を楽しんだ。
 放課後になり俺たちは再び先生に呼び出しを食らっていた。
「まぁ、頼んだのは私だけどさ。お前ら授業中と休み時間でメリハリつけすぎじゃね。」
「そりゃ授業は真面目に受けないと」
 俺がそう答えると先生はため息を吐いた。
「真面目かよ。普通付き合ってる男女ってもっとこう授業中も熱い視線を送り合ったりよ、手紙のやり取りとかしねーか普通」
「しませんね。俺たちそこまでバカップルみたいなのはちょっと恥ずかしいです」
「私もそれはちょっとはずかしすぎるかなぁ」
「えっ、どの口がそんなこと言うの。朝登校中に往来でキスし合ってたくせに」
 見られてたのか、超恥かしい。
「それは気の迷いです。忘れて下さい。マジで」
「真央くん、気の迷いってどういう事かな。流石にその発言は傷つくんだけど」
 やばい、優羽を怒らせた。今日はとことん優羽を怒らせてしまっているな。
「優羽、違うんだ言葉の綾っていうか。ホントはそんな事思ってないから。許して」
「ホント?」
「本当です」
「じゃあ許す」
「なぁ夫婦喧嘩はもう終わったか」
「あっはい、終わりました」
 ここで口答えするとまた優羽を怒らせそうなので口答えはしない。魔王賢いから覚えた。
「それで本題に戻すけどお前ら少しだけで良いから授業中もいちゃつけ。それで教師が注意すればお前らが付き合ってる噂は信ぴょう性を増す。他の先生にも私から言っておくからほどほどに頼むぞ」
 そう頼まれて俺たちは帰された。
「という事らしいから明日から俺を見つめるの頑張ってくれ」
「やっぱりそうなるよね、席順的に考えたら」
 こういう時に一番前で良かったと感じられるわ。普段は一番前ってなんか先生に見られてる気がして苦手なんだけどな。
「そりゃ俺がお前を見つめてたら明らかにおかしいからな」
「そうだけどさ、でもまぁ明日の事だし明日考えればいいっか」
「そうだな。明日のこと今考えても仕方ないし」
 そんな他愛もない会話をしながら俺たちは家に帰った。
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