問題編
文字数 4,438文字
第2問
次の文章は、寺岸団蔵 の小説『偉人館殺人事件』の一節である。
サンジェルマン伯爵の手により現代に甦った歴史上の偉人五名は地中海に浮かぶ古城シャトー・クロワへ招かれる。しかし招待者であるサンジェルマン伯爵は一向に姿を見せず、さらに六人目の偉人の存在が示唆される。謀略の気配が漂う中、招かれた偉人のうち一名が白昼堂々殺害される事態が発生。
以下はそれに続く場面である。これを読んで後の問いに答えよ。
◆
「短剣で心臓をひと突き——刺し貫かれている」
ヴラド三世は赤黒く染まった胸部から顔をあげると、厳かに云った。
征服と略奪で歴史にその名を刻んだ(A)エルナン・コルテスは寝台の上で第二の死を得ていた。その形相は地獄の責苦に殉する亡者を彫った大理石像のごとしであった。
「随分と目が肥えてるのね。流石は串刺し公」
斜め後ろに控えたエリザベート・バートリーは腕を組みながら高飛車に云ってみせた。
「それとも、あんたの仕業?」
「戯れ言はよしてもらおうか。徒らに混乱を招く目的であるのなら」
「なら、ナニよ?」
「粛清もやぶさかではない」
ヴラド三世は手にした槍を床に打ち付けた。石突がカツッと鳴る。チェス盤柄の床に立った串刺し公は必要とあらばエリザベートという駒を取ることができる、と眼光鋭く訴えていた。
「二人とも、平静に」
かの串刺し公と血の公爵夫人を相手に一切の物怖じしない、若々しい声が云った。ツタンカーメン王は両者の間に割って入る。
「死者の前です。私情を交えた口論はお控え願いたい」
「あら、てっきり惨状を見るなり嘔吐しているものと思ったけど。意外に気丈なのね」
「これでも生前はチャリオットで戦さ場を駆けた身です故」
少年王は眉ひとつ動かさぬ。エリザベートは蔑むような眼差しを向けるが、その唇は噛み締められていた。
「武功語りはそのくらいにしていただきましょうか」
部屋の外からアルキメデスは気怠げに云った。
大理石の壁に背を預けたシラクサの学者は血の匂いが鼻腔を衝くと同時に顔を背け、以来部屋には一歩も踏み入れず、今の姿勢を維持している。
「まったく、これだから野蛮人は……いえ、生前に武勇を立てられた方々は首級にばかりにご執心で困ってしまいます。今思案すべき命題は他にあることをお忘れなきよう」
「ナニよ、数学の問題なら自室にこもって解いてなさい」
「算術の話題ではありませんよ、バートリー嬢」
ツタンカーメンは室内をぐるりと見回した。
四方の壁はそれぞれ一枚岩の大理石からできていた。いかに目を凝らしても切れ目は見当たらず、硝子 のように滑らかな手触りを有している。
調度品はニスを塗った木製のテーブルセット、死体の横たわる寝台——ただし枕は返り血を防ぐ為か胸に押し付けられ、羽毛 を撒き散らしていた——、そして白亜の壁と同じ背丈はあろう大きな書棚。
物の配置は部屋によって左右反転しているが、家具類は他と遜色ない。
異なった点を挙げるとするなら、破られた扉が木屑をこぼし、床に伏していることぐらいだ。故に北側の壁には不自然に四角い穴が開いている。
「余が扉を破った際、確かに閂 がかけられていた。そうであろう」
先刻、見事な槍捌きを披露したヴラド三世は同意を求めるようにツタンカーメンを見やった。
「ええ、掛け金は最期まで己が使命を真っ当していました。僕もこの手で扉を押しました故、間違いありません」
「まさか、殺人犯の逃げ道について考えてるわけ? ならお誂え向きの抜け穴があるじゃないの」
エリザベートは南側の壁に顎をしゃくってみせる。
大理石に掘られた窪みにはフランス窓が嵌め込まれていた。開かれた窓からは波の行き来する旋律が聞こえてくる。
「浅はかですね、実に浅はかだ。この違法建築がどこに建っているのか、前提条件ごとハンガリーに置き忘れてきたのですか」
相変わらず壁に凭れかかったままアルキメデスは苛立たし気に云った。事実その眉間には僅かながら皺 が刻まれている。
「この奇ッ怪な城は引き潮の折にのみ陸路が現れ、また満ち潮の折には城の間際まで海水が押し寄せる。——見給え、この光景を」
窓辺のヴラド公は室内の一同へ視線を投げかける。
潮の香りのする景色は、落ちきった砂時計を彷彿とさせた。海に縁取られた浜辺が古城を囲んでいる。波こそ届いていないが砂は未だ水気を含んでおり、潮風に吹かれても舞い上がることなく、白い丘を形作っている。
「砂漠の王よ、汝に問いたい」
「何なりと」
「仮にも罪人が斯様 な大地に逃れたのなら、いかなる結果を生ずるか」
「明瞭ですね。——足跡が残る、砂の大地における道理です」
窓に寄り添いツタンカーメンは浜辺を睥睨 する。そして目を細めた。
濡れた砂漠に、足跡はただひとつも付いていなかったのだから。
◆
四人は部屋から小ホールへと場を移した。
二十一世紀の現代にありながらシャトー・クロワには電気が通っていない。無論、外部との通信手段などなく、潮流と月の引力の関係で次に陸路が現れるのは三日後。それまでは何人たりともこの島を脱することは能わない。
「まずは哀れな断末魔の叫びを耳にした折、何処 にいたか各々証言を給おうか」
口火を切ったのはヴラド三世であった。その肩には咎人を串刺しにする槍が添え立てられている。
「不在証明 、ですか。まあ妥当ではありますね」
小ホールのラウンドテーブルに備え付けられた椅子に収まったままアルキメデスが云った。彼は背凭れを件の部屋に向けて殺人現場が眼に入らぬよう注意していた。
「私は小ホールでそこの口煩い……失礼、多弁な伯爵夫人と談話をしておりました」
「あんた、もしかしてわざとやってるの」
名前を挙げられたエリザベートが睨みを利かす。しかしアルキメデスは悠然としていた。
「どうなのだ、エリザベートよ」
「……ええ、そこの学者先生の仰られた通りよ。あたしと一緒にずっとここにいたわ。あの髭面のオジサマが生きて自室に入るところも見ていたと付け加えればよろしくて?」
「コルテスがか」
小ホールはシャトー・クロワの中央を十字に走る二本の廊下の交差点に位置している。コルテスの部屋はちょうど十字廊下の角にあり、扉は小ホールから常に監視される場所にあった(図1参照)。
「それから砂漠の王サマもね」
エリザベートは不承不承にツタンカーメンに眼を向ける。ヴラド三世は処罰すべき罪人を探す眼差しをしていた。
「二人が小ホールにいたことは確かです。図書室から部屋に戻る折、談笑する声と二人の姿をこの眼で認めました故」
図書室、ツタンカーメンとコルテスの部屋は、いずれも小ホールから日の沈む方角に走る西廊下に面している。西廊下の北側に図書室が鎮座し、二人の部屋は廊下を挟んだ南側で壁一枚を隔てて隣り合っている。
「他に、いずれかの部屋へ立ち入った者は」
「今の二人だけよ」
エリザベートが云った。それに倣って他の証言者たちも首肯する。
四方の廊下には窓も燭台もなく、のっぺりとした壁面には大理石特有の模様だけが漂っていた。
また今は太陽が南中する時刻である。
十字廊下は光にあふれ、小ホールから四方の廊下を窺い知るのは雑作もない。その逆もまた然り。廊下を歩み、扉を開けたなら、何人であれその姿は小ホールから見咎められる。
「何故 、図書室に」
問うたのはヴラド三世である。
「後学の為です。若輩ながら、この身は今この場にて最も古き時代を生きたそうで。しかし当世のパピルスは面白い姿をしていますね、まさか綴られているとは」
「思えば、コルテスも図書室から出てきたわね」
思い出したようにエリザベートが口を挟んだ。
「ええ。コルテス殿とは図書室で二、三言葉を交わしました。その後は自室に戻られましたが」
「コルテスとはいかなる会話を」
「……、彼は我がエジプトに眠る金銀財宝にいたくご執心のようでした」
若きファラオは僅かに云い淀んだ。
「随分と彼に執着しますね。ところで貴方こそどうなのです、ヴラド公」
「どういう意味だ」
名指しされ、ヴラド三世はアルキメデスに問い返す。
「処刑人のごとく振る舞っておいでですが、あの耳障りな悲鳴が響いた際、貴方だけが私の眼の届かない所にいた。この事実をどう解釈されるつもりです」
「アルキメデス殿、その嫌疑はいかがなものか」
意外にも反論の声をあげたのはツタンカーメンであった。
「貴殿の眼 はホルス神のそれとは異なります。その瞳に映っていたものはエリザベート嬢と、他は閉された扉二枚だったはずでは」
「確かに、極めて論理的な異見だ。しかしヴラド公、私自身が把握している人物の動きに貴方の足跡のみが欠落しているのは純然たる事実。他二名が貴方と対面していないのであれば、貴方はいずこにいらしたのです」
「余は終始部屋に座していた。東の端にある部屋である」
ヴラドは腕を横一線に伸ばし、小ホールより日の昇る方角へ走る東廊下の突き当たりを指差した。
「あたしの部屋の隣よね」
すると、ツタンカーメンは眉をひそめた。
「時にバートリー嬢」
「ナニかしら」
「貴殿の部屋の向かい、あそこは誰にあてがわれた部屋なのです」
南北を走る中央廊下より東側には四つの部屋がある。東廊下を挟み鏡合わせで両側に二部屋ずつ。ヴラド三世の正面は食堂、しかしエリザベートの正面は空室になっていた。
「あら慧眼ね。あたしも不思議だったのよ。ところでオジサマ方、エントランスの大ホールにあったこの招待状、誰に宛てたものだかご存知かしら」
エリザベートの手には赤い封筒があった。この場に集まった
しかし、この古城の客室も招待状も
「まさか無断で」
「いびらないでいただけるかしら。見つけた時に封蝋はもう割れていたでしょ。それに、この宛名を一聴すればそんな態度ではいられないはずよ」
云ってエリザベート・バートリーは封書を開いた。
「貴方も精々注意することね、暗殺されたかもしれない少年王サン」
「その発言、いかなる含蓄の忠告ですか」
「言葉通りの意味よ」
先刻と打って変わり、エリザベートの声に戯れの色は微塵もなかった。
「焦らされるのは好きませんね。その書簡の宛名はいったい誰なのです」
苛立たしげなアルキメデスに一瞥をくれて、エリザベートは書面に目を落とす。そして云った。
「——ハサン・サッバーハよ」
水を打ったように、小ホールは静まり返った。
「またの名を山の翁、ご存知よね。アサシンの語源にもなった、あの恐るべき暗殺教団の長のことは」
◆
問1 太字部(A)『エルナン・コルテスは寝台の上で第二の死を得ていた。』とあるが、コルテスを殺害した犯人は誰であるか。最も適当な人物を、次の①〜④うちから一つ選べ。
①ヴラド三世
②エリザベート・バートリー
③ツタンカーメン
④ハサン・サッバーハ
(問題編 了)
次の文章は、
サンジェルマン伯爵の手により現代に甦った歴史上の偉人五名は地中海に浮かぶ古城シャトー・クロワへ招かれる。しかし招待者であるサンジェルマン伯爵は一向に姿を見せず、さらに六人目の偉人の存在が示唆される。謀略の気配が漂う中、招かれた偉人のうち一名が白昼堂々殺害される事態が発生。
以下はそれに続く場面である。これを読んで後の問いに答えよ。
◆
「短剣で心臓をひと突き——刺し貫かれている」
ヴラド三世は赤黒く染まった胸部から顔をあげると、厳かに云った。
征服と略奪で歴史にその名を刻んだ(A)エルナン・コルテスは寝台の上で第二の死を得ていた。その形相は地獄の責苦に殉する亡者を彫った大理石像のごとしであった。
「随分と目が肥えてるのね。流石は串刺し公」
斜め後ろに控えたエリザベート・バートリーは腕を組みながら高飛車に云ってみせた。
「それとも、あんたの仕業?」
「戯れ言はよしてもらおうか。徒らに混乱を招く目的であるのなら」
「なら、ナニよ?」
「粛清もやぶさかではない」
ヴラド三世は手にした槍を床に打ち付けた。石突がカツッと鳴る。チェス盤柄の床に立った串刺し公は必要とあらばエリザベートという駒を取ることができる、と眼光鋭く訴えていた。
「二人とも、平静に」
かの串刺し公と血の公爵夫人を相手に一切の物怖じしない、若々しい声が云った。ツタンカーメン王は両者の間に割って入る。
「死者の前です。私情を交えた口論はお控え願いたい」
「あら、てっきり惨状を見るなり嘔吐しているものと思ったけど。意外に気丈なのね」
「これでも生前はチャリオットで戦さ場を駆けた身です故」
少年王は眉ひとつ動かさぬ。エリザベートは蔑むような眼差しを向けるが、その唇は噛み締められていた。
「武功語りはそのくらいにしていただきましょうか」
部屋の外からアルキメデスは気怠げに云った。
大理石の壁に背を預けたシラクサの学者は血の匂いが鼻腔を衝くと同時に顔を背け、以来部屋には一歩も踏み入れず、今の姿勢を維持している。
「まったく、これだから野蛮人は……いえ、生前に武勇を立てられた方々は首級にばかりにご執心で困ってしまいます。今思案すべき命題は他にあることをお忘れなきよう」
「ナニよ、数学の問題なら自室にこもって解いてなさい」
「算術の話題ではありませんよ、バートリー嬢」
ツタンカーメンは室内をぐるりと見回した。
四方の壁はそれぞれ一枚岩の大理石からできていた。いかに目を凝らしても切れ目は見当たらず、
調度品はニスを塗った木製のテーブルセット、死体の横たわる寝台——ただし枕は返り血を防ぐ為か胸に押し付けられ、
物の配置は部屋によって左右反転しているが、家具類は他と遜色ない。
異なった点を挙げるとするなら、破られた扉が木屑をこぼし、床に伏していることぐらいだ。故に北側の壁には不自然に四角い穴が開いている。
「余が扉を破った際、確かに
先刻、見事な槍捌きを披露したヴラド三世は同意を求めるようにツタンカーメンを見やった。
「ええ、掛け金は最期まで己が使命を真っ当していました。僕もこの手で扉を押しました故、間違いありません」
「まさか、殺人犯の逃げ道について考えてるわけ? ならお誂え向きの抜け穴があるじゃないの」
エリザベートは南側の壁に顎をしゃくってみせる。
大理石に掘られた窪みにはフランス窓が嵌め込まれていた。開かれた窓からは波の行き来する旋律が聞こえてくる。
「浅はかですね、実に浅はかだ。この違法建築がどこに建っているのか、前提条件ごとハンガリーに置き忘れてきたのですか」
相変わらず壁に凭れかかったままアルキメデスは苛立たし気に云った。事実その眉間には僅かながら
「この奇ッ怪な城は引き潮の折にのみ陸路が現れ、また満ち潮の折には城の間際まで海水が押し寄せる。——見給え、この光景を」
窓辺のヴラド公は室内の一同へ視線を投げかける。
潮の香りのする景色は、落ちきった砂時計を彷彿とさせた。海に縁取られた浜辺が古城を囲んでいる。波こそ届いていないが砂は未だ水気を含んでおり、潮風に吹かれても舞い上がることなく、白い丘を形作っている。
「砂漠の王よ、汝に問いたい」
「何なりと」
「仮にも罪人が
「明瞭ですね。——足跡が残る、砂の大地における道理です」
窓に寄り添いツタンカーメンは浜辺を
濡れた砂漠に、足跡はただひとつも付いていなかったのだから。
◆
四人は部屋から小ホールへと場を移した。
二十一世紀の現代にありながらシャトー・クロワには電気が通っていない。無論、外部との通信手段などなく、潮流と月の引力の関係で次に陸路が現れるのは三日後。それまでは何人たりともこの島を脱することは能わない。
「まずは哀れな断末魔の叫びを耳にした折、
口火を切ったのはヴラド三世であった。その肩には咎人を串刺しにする槍が添え立てられている。
「
小ホールのラウンドテーブルに備え付けられた椅子に収まったままアルキメデスが云った。彼は背凭れを件の部屋に向けて殺人現場が眼に入らぬよう注意していた。
「私は小ホールでそこの口煩い……失礼、多弁な伯爵夫人と談話をしておりました」
「あんた、もしかしてわざとやってるの」
名前を挙げられたエリザベートが睨みを利かす。しかしアルキメデスは悠然としていた。
「どうなのだ、エリザベートよ」
「……ええ、そこの学者先生の仰られた通りよ。あたしと一緒にずっとここにいたわ。あの髭面のオジサマが生きて自室に入るところも見ていたと付け加えればよろしくて?」
「コルテスがか」
小ホールはシャトー・クロワの中央を十字に走る二本の廊下の交差点に位置している。コルテスの部屋はちょうど十字廊下の角にあり、扉は小ホールから常に監視される場所にあった(図1参照)。
「それから砂漠の王サマもね」
エリザベートは不承不承にツタンカーメンに眼を向ける。ヴラド三世は処罰すべき罪人を探す眼差しをしていた。
「二人が小ホールにいたことは確かです。図書室から部屋に戻る折、談笑する声と二人の姿をこの眼で認めました故」
図書室、ツタンカーメンとコルテスの部屋は、いずれも小ホールから日の沈む方角に走る西廊下に面している。西廊下の北側に図書室が鎮座し、二人の部屋は廊下を挟んだ南側で壁一枚を隔てて隣り合っている。
「他に、いずれかの部屋へ立ち入った者は」
「今の二人だけよ」
エリザベートが云った。それに倣って他の証言者たちも首肯する。
四方の廊下には窓も燭台もなく、のっぺりとした壁面には大理石特有の模様だけが漂っていた。
また今は太陽が南中する時刻である。
十字廊下は光にあふれ、小ホールから四方の廊下を窺い知るのは雑作もない。その逆もまた然り。廊下を歩み、扉を開けたなら、何人であれその姿は小ホールから見咎められる。
「
問うたのはヴラド三世である。
「後学の為です。若輩ながら、この身は今この場にて最も古き時代を生きたそうで。しかし当世のパピルスは面白い姿をしていますね、まさか綴られているとは」
「思えば、コルテスも図書室から出てきたわね」
思い出したようにエリザベートが口を挟んだ。
「ええ。コルテス殿とは図書室で二、三言葉を交わしました。その後は自室に戻られましたが」
「コルテスとはいかなる会話を」
「……、彼は我がエジプトに眠る金銀財宝にいたくご執心のようでした」
若きファラオは僅かに云い淀んだ。
「随分と彼に執着しますね。ところで貴方こそどうなのです、ヴラド公」
「どういう意味だ」
名指しされ、ヴラド三世はアルキメデスに問い返す。
「処刑人のごとく振る舞っておいでですが、あの耳障りな悲鳴が響いた際、貴方だけが私の眼の届かない所にいた。この事実をどう解釈されるつもりです」
「アルキメデス殿、その嫌疑はいかがなものか」
意外にも反論の声をあげたのはツタンカーメンであった。
「貴殿の
「確かに、極めて論理的な異見だ。しかしヴラド公、私自身が把握している人物の動きに貴方の足跡のみが欠落しているのは純然たる事実。他二名が貴方と対面していないのであれば、貴方はいずこにいらしたのです」
「余は終始部屋に座していた。東の端にある部屋である」
ヴラドは腕を横一線に伸ばし、小ホールより日の昇る方角へ走る東廊下の突き当たりを指差した。
「あたしの部屋の隣よね」
すると、ツタンカーメンは眉をひそめた。
「時にバートリー嬢」
「ナニかしら」
「貴殿の部屋の向かい、あそこは誰にあてがわれた部屋なのです」
南北を走る中央廊下より東側には四つの部屋がある。東廊下を挟み鏡合わせで両側に二部屋ずつ。ヴラド三世の正面は食堂、しかしエリザベートの正面は空室になっていた。
「あら慧眼ね。あたしも不思議だったのよ。ところでオジサマ方、エントランスの大ホールにあったこの招待状、誰に宛てたものだかご存知かしら」
エリザベートの手には赤い封筒があった。この場に集まった
五名
にも同じ封書が送付されている。しかし、この古城の客室も招待状も
六人分
であった。「まさか無断で」
「いびらないでいただけるかしら。見つけた時に封蝋はもう割れていたでしょ。それに、この宛名を一聴すればそんな態度ではいられないはずよ」
云ってエリザベート・バートリーは封書を開いた。
「貴方も精々注意することね、暗殺されたかもしれない少年王サン」
「その発言、いかなる含蓄の忠告ですか」
「言葉通りの意味よ」
先刻と打って変わり、エリザベートの声に戯れの色は微塵もなかった。
「焦らされるのは好きませんね。その書簡の宛名はいったい誰なのです」
苛立たしげなアルキメデスに一瞥をくれて、エリザベートは書面に目を落とす。そして云った。
「——ハサン・サッバーハよ」
水を打ったように、小ホールは静まり返った。
「またの名を山の翁、ご存知よね。アサシンの語源にもなった、あの恐るべき暗殺教団の長のことは」
◆
問1 太字部(A)『エルナン・コルテスは寝台の上で第二の死を得ていた。』とあるが、コルテスを殺害した犯人は誰であるか。最も適当な人物を、次の①〜④うちから一つ選べ。
①ヴラド三世
②エリザベート・バートリー
③ツタンカーメン
④ハサン・サッバーハ
(問題編 了)