第2話

文字数 855文字

「はぁ……」
「ちょっとお父さん、またため息なんかついて」
「しょうがねえだろう、沙織。こんだけ客が来ないとなると……」

 閉店後、居間で寝っ転がりながら、父がため息とおならとゲップをほとんど同時にこなした。どんな技術だ。沙織は顔をしかめた。

「もう! そんなんだからお母さんも実家に帰っちゃうのよ!」
「しょうがねえだろう。出るもんは出るんだ」
 父はこっちに顔を向けることもなく、TVを見たまま、ボリボリと背中を掻いた。沙織はむくれた。全くもう! デリカシーも何もない、年頃の娘に嫌われるようなことばっかり!

 ……だけど。

 まぁ、父の気落ちも、わからなくもない。

 沙織はひとりごちた。
 数年前までは、『山奥』もまだそれなりに繁盛していた。一家三人がなんとか暮らしていける程度には、出入りも多かった。
だけど最近はさっぱりだ。
今では一日に数える程度なんてのもざらだった。そもそも店の前を車が通っていない。周りは人口数百名程度の、寂れた山村である。沙織の中学校には生徒が七人しかいなかった。みんながみんな毎日外食で、しかもラーメンが食べたいかと言われると、沙織も眉をしかめるしかなかった。
「どうにかなんないかしらねぇ……」

 困ったものである。毎日のように赤字だと言うのに、沙織の父は、どうも感心なさげにそっけない。どうにも父は、職人気質(かたぎ)のようなところがある。良くも悪くも『ラーメン狂い』なのだ。自分のラーメンが好きすぎて、売上よりも美味しいと言ってもらえればそれで満足、とでも思っているようだった。家族としては好きだったが、経営者としては決して大成できないだろうな、と沙織は常々思っていた。

「はぁ……」
 しかしこのままでは、店は閉店、父は夜逃げ、一家は離散しそして世界は滅亡へ……なんてことになりかねない。沙織は食器を片付けながら、小さく吐息を零した。父のため息がうつったかもしれない。せめてもうちょっとお客さんが入るようになれば……。

 世界滅亡の危機もどこ吹く風で、彼女の手元では、皿についた白い泡がキラキラと輝いていた。
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