第1話

文字数 1,064文字

 山形県庄内地方にある町の公民館に新型コロナワクチンの集団接種に行った。
 その日の接種予定者は 320余名だった。
 ワクチン接種の前に問診票で接種歴、ほかの疾患の治療歴、健康状態など、ワクチン接種が可能かどうかの最終確認をする。
 「はい、次の方どうぞ。」
 見たところ 40歳過ぎの中年女性が接種室に入って来て、所定の椅子に座った。
 「はい、お名前をお願いします。」
 本人確認をする。
 「東京花子(←仮名)です。」
 「?!」
 問診票と名前が違う。
 「もう一度、名前をお願いします。」
 「東京花子。」
 「えっ?! では、生年月日をお願いし…」
 「アッ! やだぁ~、庄内花子(←仮名)、庄内花子です。」
 「あぁ、それならよかった。名前が違っていたものだから。」
 「ああ、それ、前の旦那の苗字、ハハハハ、新しい苗字にはまだ慣れていないから。」
 きっと離婚して新しい彼と庄内に移り住んだか、庄内の新しい彼と新生活を始めたのだろう。往々にして人に触れられたくない過去として封印されがちな話題が、しかも情報が筒抜けの田舎で、本人の口からあっけらかんと出る。この屈託のない明るさは一体何だろう? ある種の爽快さに感じ入っていた。
 と、その時、
 「はいはい、アルコール綿で消毒しますよ、大丈夫ですか?」
 本人を挟んだ反対側で、アルコール綿を片手に注射器を持って、看護部長が構えていた。

 さて6~7年前の吉日に、庄内地域で結婚式に出席した時のことだ。
 写真は披露宴でのキャンドルサービスの写真である。

 凝った演出だった。照明が徐々に消え、音楽も徐々に音量が小さくなる。ほぼ同時に闇と静寂に包まれた。新郎、新婦が手に手を取って、メインキャンドルに点火する。
 メインキャンドルには「Dearest」とだけ書かれている。【dearest】━━[名] 最愛の人 (goo 辞書から引用)
 メインキャンドルの蝋燭(ろうそく)に名前や時間の記載がない。これでは「最愛の人」は果たして誰か? 後で Taro & Hanako, August 2022 のように当事者確認のしようがない。(ひょっとしてこの蝋燭(ろうそく)は、一生のうち何回でも使えるかも知れない…。)
 メインキャンドルの灯だけでは、喜びにあふれる新郎、新婦の顔を照らし出すには光量が足らなかった。炎の下で、化粧をした新婦の顔が白く妖艶(ようえん)に、ぼ~~っと揺らいでいた。
 終わりの始まり…。
「はい、幸せ一杯のお二人に盛大な拍手をお願いします。」
 司会者の言葉までの数秒間、背筋に冷たいものが走った。

 んだ。
(2022年8月)
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