【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第08話「もえの気持ち」

エピソードの総文字数=4,869文字

 壁一面に歯車が回る部屋に、ハリネズミのようになった着ぐるみのクマが帰宅した。

 本来ならギルドホールに集まるのが一番安全なのだが、あつもりはギルドメンバーではない。

 ログでの救助要請など、出来る事の解析を手伝うため、そしてもし何かあった時のための戦闘力として、あつもりの部屋にはコロスケ伯爵とケンタがついて行くことになった。


 結局[BRITZ]のギルドメンバーは6名しかおらず、ギルマスの雷神と見張りだったカグツチは爆発により死亡。交渉の場に出てきた新右衛門ともう一人の黒装束は雷神に騙されていたと言うことで手打ちとした。

 残る狙撃手2名は別の建物内からこちらを狙って合図を待っていたはずだが、雷神の爆死後に何処へともなく逃げ去ったようだった。

これ着替えるクマ。 コロスケ、背中のチャックを開けて欲しいクマ
 あつもりは部屋の奥の暗がりで金属片の大量に刺さった着ぐるみを脱ぐと、着替え始めた。
……ふむ、一般ログは文字チャットとエリア移動、アイテムトレードが主なデータですな
 コロスケ伯爵があつもりの揃えてくれた資料をめくりながらつぶやき、さっきまでの着ぐるみより少し色の白い、赤い王冠をかぶったクマの着ぐるみに着替えたあつもりがうなづく。
そうだクマ。戦闘ログのほうがもっと細かく記録されるけど、出来れば危険のない一般ログで情報を送りたいクマ
文字チャットが使えれば一番簡単なのですがな……

 単眼鏡の位置を直したコロスケ伯爵がチラリと入口の方を見ると、泣きそうな顔をしたケンタが黙ったまま外を見張っていた。


 もえの死を目の前で見た後のケンタは意気消沈していた。

 シェルニーたちが事後処理の交渉や治療をしている間、もえの血まみれの服と[レアリティ8]二丁拳銃アイアン・メイデンを握りしめたまま、黒く焦げた石畳の上で一時間以上泣き続けた。

 仲間に促され、ようやく立ち上がったケンタは一言も喋らない。

 ただ黙って指示通りに動くだけのその姿は、まるで意思を持たないNPCのようだった。


 本来なら安全な場所で休ませるべきだろうが、あつもりの護衛任務に当たりここに居る。

 もえを捜索隊に含める判断をしたシェルニーを筆頭に、最後にもえが誘拐されるのを防げなかった捜索メンバーとは一緒に居ないほうが良いだろうというシェルニーの判断だった。

 それに、何かやることがあったほうが、思いつめずに済む。

 そんなコロスケ伯爵の助言もあった。

エリア移動とかアイテムトレードの頭文字で、縦読み文を作るというのはどうだクマ?
 ケンタを心配して動きの止まっていたコロスケ伯爵に、あつもりが提案する。
ふむ、縦読み……いや、難しいですな。GFO世界に居る沢山のプレイヤーがアイテムトレードもエリア移動もせずにただ過ごしているとは思えませんしな。縦読みにするには連続したログである必要がありますからな
……そうクマなぁ……。そうなるとやっぱり文章を打ち込めるソフトウェアキーボードを表示させる必要があるクマ
しかしメニューは使えないのですな。なにか行動をキーに自動でソフトウェアキーボードが表示される行動はありませんでしたかな……

 二人は腕組みをして頭を悩ます。

 メニューを介せずに行える行動となると、やはり選択肢は限られていた。

……オリジナル武器クラフトはどうだクマ!? [レアリティ8]クラスの武器なら名前を付けられるクマ!
確かに完成と同時に命名ウィンドウが出ますな! しかし[レアリティ8]クラスの武器クラフトとなると、材料を揃えてクラフトするのに最低1ヶ月はかかりますな
ぐぬぬクマ……。あ、[従者(ファミリアー)]の契約でも名前をつけるためのキーボードが出たはずクマ!
ふむ。[従者(ファミリアー)]契約は[魔術師]と[調教師(テイマー)]しか行えず、一度行うともう変更できないのですな。契約も済ませていない低レベルの[魔術師]や[調教師]を探すのは難しいでしょうな……

 方向性は見えてきたが、なかなか結論は見えない。

 二人が頭を悩ませていると、突然さっきまでただ窓の外を眺めていたケンタがテーブルに近づいてきた。

……あの、馬じゃだめなんすか?

 まさかケンタから声が掛かるとは思っていなかった二人の動きは止まる。

 相変わらず泣きそうな顔をしながら、ケンタは話を続けた。

アホなこと言ってたらすんませんっす。名前をつけるだけだったら軍馬買えば良いんじゃ無いんすか?

 ケンタは固まったままのあつもりとコロスケ伯爵の顔を交互に見る。

 何の反応も見せない二人に、自分が的はずれな提案をしているとでも思ったのだろう、ケンタは一言「すんませんっす……」と頭を下げ、スゴスゴと入り口の見張りに戻った。

 シンとした静寂が部屋を包む。

それだクマ!
それですな!
 二人が同時に叫び、普段冷静なコロスケ伯爵が感情も顕にケンタへと抱きつく。
軍馬なら街からそう遠くない牧場エリアに行けばすぐ買えるクマ! トレードをしてもログに残るから、沢山ログに残せるクマ!
よく思いつきましたな! ケンタはドアホウ返上ですな!
 ケンタは泣きそうな顔のまま、なんとか笑顔を作り、そしてただ滂沱(ぼうだ)たる涙を流した。
もえさんを……もえさんの軍馬[スレイプニル]はどうなったかなと……思い出したんす。思い出せたのも、もえさんのおかげなんす。俺はやっぱドアホウっすから

 笑顔のまま涙を流すケンタの肩をコロスケ伯爵がしっかりと組む。

 反対側からあつもりがよりそい、ケンタの頭をくしゃくしゃっとなでる。

 3人は頷き合い、すぐにあつもりの部屋を出ると、急いでギルドへと向かった。


 もう時間は深夜を過ぎているが、今から向かえば夜明けには牧場エリアに着けるだろう。

 モンスターの居るエリアへ出るのは初めてだが、街の周辺には低レベルのモンスターしか居ない。

 レベルカンストしているシェルニーたちが装備を整え、パーティーを組んで行けば大きな問題もないだろうと言う結論に至った。

『これ以上仲間が欠けること無く現実世界へ戻ってほしい』

 ケンタはもえがそう願い、自分にヒントをくれたのだとみんなに語る。

 ギルドのメンバー全員に手荒な親愛の情を示され、ケンタは笑い、そして泣いた。


  ◇  ◇  ◇


 白い……白い……白い……。


 爆発の閃光に塞がれていた視力が回復すると、もえは真っ暗くて小さな洞穴の中に居た。

 もえの体に覆いかぶさるように乗っているカグツチはピクリとも動かないが、もえの耳にはカグツチの心音が確かに聞こえている。

(生きてる……間に合ったのか……)

 昨日の夜、ギルドホールを抜けだして緊急脱出用にしかけた[双子の水晶]。

 あらかじめ[カストルの水晶]を設置し、対応する[ポルックスの水晶]を割ることで、別エリアであれば一瞬でその場所へ転移することが出来るアイテムが役に立った。

 夢中で叫んだ「カグツチくん! 頭の水晶を壊して!」と言う言葉に反応して、命の瀬戸際だというのに即座に[ポルックスの水晶]を割ってくれたカグツチの殊勲と言えるだろう。

……カグツチくん

 はじめは小さく、少しずつ大きな声で、もえはカグツチを呼んでみる。

 しかしカグツチに反応は全くなかった。


 もえの両手足はワイヤーで縛られたままだったが、仕方なく何とかカグツチの体をずらすようにして抜け出す。

 ようやく体を起こし、ようやく目が慣れ、月明かりに青みがかった洞窟に横たわるカグツチの背中を見たもえは愕然とした。

 未だに背中の刀傷からは血が流れ出し、その周りには鉄製の釘が数十本突き刺さり、肉は焼け焦げ、水ぶくれになっている。

(こいつぁやべぇ、すぐ回復しないと死んじまうぞ!)
 縛られた手足は上手く動かせなかったが、[双子の水晶]と一緒にここに隠しておいたバックパックからHP回復ポーション(小)を取り出す。
(3本しか置いて無かったのは失敗だったな……俺のHPだってまだ30%くらいだってのに……)

 大事な1本の蓋を開け、何とかカグツチの口に流し込む。

 しかし、自分で飲み下すことが出来ないカグツチの口からは、あふれたポーションの中身が無駄に流れ落ちてしまった。

カグツチくん! しっかりして! 飲まないと死んじゃいます!

 両手で一生懸命揺り動かすが、やはりカグツチに反応はない。

 もう彼は、死の目前に居るようにもえには見えた。

(くそっ! 死ぬな! もう嫌なんだよ! 殺すのも! 殺されるのも! 俺の居たいGFOの世界はこんなシリアスな世界じゃねぇんだ!)

 もえは2本目のポーションを開けると口に含み、決意したように目を閉じると、カグツチの死者のような紫色の唇へ、自らの唇を合わせた。

 頭を膝に乗せて上を向かせ、含んだポーションを少しずつ口移しで流し込む。


 ゴクッ、ゴクッと喉が動き、カグツチの体がオレンジ色の光に包まれると、背中の血は止まり、突き刺さっていた鉄の釘も抜け落ちた。

 温かい光が体中をめぐり、浅かった呼吸は少しずつ落ち着いてゆく。

 痛々しい傷はまだ残っていたが、カグツチはゆっくりと、その目を開いた。


 必死で彼の口を塞ぎ続けるもえの背中に、そっと手を回す。

 唇を離してカグツチの目を見つめると、もえはぶるっと小さな肩を震わせた。

……カグツチくん!

 ゆっくりと手を離すと両手で顔を覆い、もえは肩を震わせながら涙を流す。

 カグツチは安堵の溜息を漏らし、長い旅から戻ってきた恋人のように微笑んだ。

もえさん、ありがとう
 もえは顔を手で覆ったまま大きく首をふると、手を膝の上に戻し、涙に濡れた瞳で微笑みを返す。
カグツチくん、ありがとう

 二人はもう一度唇を合わせ、しっかりとお互いのぬくもりを感じあった。


  ◇  ◇  ◇


 最後の3本目のポーションをカグツチが使ったことで、お互い最低限の行動が出来る程度には回復している。

 もえはやっとワイヤーを外してもらうと、昨日隠しておいた[ハイスクールブレザー]に着替えて、凝り固まった体中の関節をゆっくりとのばした。

(ファミレスの制服よりは動きやすいだろ……)
 バックパックから携行食料を取り出すとカグツチに渡し、月明かりの中無言で食べ始めたが、食事中も優しい目でもえを見つめるカグツチをチラッチラッと見ながらもえは頭を悩ませた。
(絶対コイツ勘違いしてるだろ! 同級生の女子にカラオケ誘われただけで勘違いして好きになっちゃった学生の頃の俺と同じ顔してるよ! 気持ちわりー!)
 携行食料を食べ終わったもえは、その場に正座をすると一つ咳払いをした。
カグツチくん。ちょっと座ってください。一つ言っておきたいことがあります

 もえは床をポンポンと叩いてカグツチが座るのを待つ。

 カグツチが「はい?」と返事をして正座をするのを見て、もえは口を開いた。

えっと、さっきの……あの……あれは命を救うための救命行為であって、キスとかではないんですよ?!
あ、はい
 ニコニコしたまま聴くカグツチ。
(あー思い出しちゃった……男とキスとか最悪だ……俺の……もえのファーストキス……)
……ん……と、それから、カグツチくんのことは命の恩人だし、やさしいし、大切な人だと思ってるけど、あの……恋人とかではなくて、あくまでも友達ですから!
あ……はい

 少し顔が曇り、うつむくカグツチ。

 しかし、すぐに顔を上げて意を決したように質問を返す。

あの、もえさん、恋人とか居るの? リアルでも、GFOでも
え?! ……居ません! そう言う人は!
そっか! じゃあ、俺だってこれから恋人になれるかもしれないよね! 俺頑張る!
 更に輪をかけた笑顔になり言い切るカグツチに呆然となり、もえはため息をつくしか無かった。
(あ、ダメだこいつ。頭の中お花畑のムダにポジティブなやつだ……)
 俺がいちばん苦手なやつだ。と頭のなかで考え、もえはもう一度ため息をつく。
……とにかく、お友達ですから……
はい!
 カグツチの元気な返事に、もえは三度(みたび)、心の底から沸き起こる深い深いため息をついた。

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