第3話

文字数 1,535文字

 翌日、相変わらず陽介から連絡がないことにジリジリしつつ仕事を終えて帰宅したところ、見計らったかのようにスマートフォンが震えた。見ると陽介からの着信。切れてしまわぬうちにと急いだものだからスマートフォンはつるりと手のひらから滑り落ちそうになる。何とか持ち直して通話ボタンをタップした。
「あ、出た、もしもーし。オレオレ、陽介」
「あ?わかってるわ。お前今どこだ。何やってんだ」
「いや、なに怒ってんの。てか、オレ仕事だよ。遠方に取材。しばらく帰れないって言ったじゃん」
「は?仕事?仕事なんて聞いてねぇ」
「いやわかるでしょ。普通。今までだって仕事で帰らないことあったじゃん!」
「知らねぇよ!普通はお、」
 女だろ、と言いかけて寸でのところでこらえた。
「仕事なら仕事ってはっきり言えよ。なんで半端な言い方すんだよ」
「半端かな」
「半端だよ」
「今まで聞かれないからてっきりわかってると思ってた」
「…そうかよ」
「そうだよ」
「お前、着替えとかは」
「持ってるよ」
「え、持ってったのか?」
「持ってったよ。当たり前じゃん。っていうか、家出る前に会ったでしょ」
「会ってねぇよ。布団の中から声かけただけだわ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
 急激に怒りがしぼんでトーンダウン。
「いや、今回は長いから出発前に言っとこうと思ってたんだけど、ギリギリまで企画煮詰めてたらすっかり忘れてて」
 ヘヘッと笑ったものの俺の反応が悪いと感じたようで一度仕切り直すように咳払いをした。
「んん、ちゃんと言わなかったのは悪かった。ごめん」
「いつまで」
「ん?」
「いつまでだよ。その取材」
「ああ、明後日帰るよ。一旦会社寄るから遅くなるかもだけど」
「随分長いな」
「今回はさ、山ん中で自給自足生活してる家族に密着する企画だからさ。それがさ、凄いんだよ!なんでも自分達で作っちゃってさ、昨日なんてさ、」
 陽介が急にヒートアップし出したのでイラッとして口を挟んで遮る。
「そこの娘に惚れでもしたか」
「は?え?なに?」
「LINEみたんだろ。久遠さん」
「あ、ああ、いや、あずさか。あずさのことは関係ないよ。いや、まぁ、うん。関係ない。てか、娘ってなに!たしかに娘さんいるけどまだ五歳だからね!それがめちゃくちゃ逞しくてさぁ、」
「いい加減なことするなよ。家まで訪ねてくるってよっぽどだぞ」
 また熱くなり出したのですかさず話を戻す。俺が逃す気がないと悟ったのか、陽介はぐっと喉を鳴らした。
「うん、それはわかってる。迷惑かけてごめん。帰ったらちゃんとするよ」
「当たり前だ」
「あ、呼ばれてるからもう行かなくちゃ」
「…」
「じゃあね」
「おう」
 通話を終えてスマートフォンを握りしめたまましばしその場で放心した。確かに、職場に向かった成人男性から家に帰れぬと連絡があれば仕事の都合だと考えるのが普通かもしれない。ましてや陽介の仕事は映像製作でいつでも忙しそうだった。出社時間も帰宅時間もまちまちで、あの日だってわざわざタクシーを呼んで早朝に出掛けたのだ。
 常に不規則であるとわかっていたはずなのに、外泊となると仕事ではなく女と結びつけて、それが当たり前だと思い込んでいた。その自分の思考が歪んでいることに気づけなかった。
 ふぅっと短かく息を吐く。
 久遠あずさにも連絡が行ったかもしれないが念のため報告しなければ。しかし、ちょっと一休みしたい。頭を冷やしたい。
 ワイシャツのボタンに指をかけて外しながら、もう片方の手で畳まずにかごに放り込まれたバスタオルを乱暴につかんで風呂場に向かった。
 その後、陽介とのやりとりを簡潔にまとめたメッセージを久遠あずさに送った。
 最後には、こちらが仕事のことを把握していなかったが為に余計な心配をかけたことを詫びる文も沿えて。
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