4.

エピソード文字数 3,774文字

 土曜日。予約の時間にまたあの母娘がやってきて、オーナーとともに二階へ上がっていった。
 僕はすぐに事務室の簡易キッチンへと移動し、今日はどの紅茶を出そうかと考える。
 この前はアールグレイでミルクティーにして飲んでもらったっけ。それなら今日は気温が高めで暑いから、フレーバードのアイスティーにしよう。
 ちょうど沸騰したお湯を透明なポットに注いで、そこへストロベリーティーのティーバッグを三つ入れた。セイロンブレンドにイチゴの香りを付けた、セラピーでしか飲めないものである。
 十分に色が出るまでの間、シンプルだがお洒落なグラスを二つ用意する。甘い香りとともに色が出てきたのを確かめ、ティーバッグを取り出して氷をいくつか入れて温度を下げる。冷たいかな、と感じる程度まで温度が下がったら、トングで氷を取り出す。そしてグラスに氷を入れてから紅茶を注いだ。
 ちなみに「ハルシネイションセラピー」で出す紅茶は、千円から千五百円となっていた。紅茶アドバイザーの僕が選んで淹れる、といったサービス料金も含めての値段設定であり、オーナーの魔法によるセラピーだけなら、一万七千円程度なのだ。それでも高いと思うのは僕だけだろうか。
 とにもかくにも、僕は出来上がったアイスティーをトレイに載せ、紅茶によく合う甘すぎないクッキーも付けて二階へ運んでいった。

 娘さんは今日も無表情で、オーナーは母親へ向けて話をしていた。
「今日は百合子さんと二人きりにさせてもらえますか?」
「え、ええ……」
 母親は明らかに戸惑っていた。
 僕はサイドテーブルへ一度トレイを置いてから、出すタイミングを計る。
「前回と違って、今日は少し深めに探りを入れたいんです。以前より強い魔法を使うことになるので、集中させていただきたくて」
「……分かりました」
「ありがとうございます。では、セラピー終了後にお呼びしますので、紅茶を飲み終わりましたら一階でお待ちください」
「はい」
 話がひと段落したと見て取り、僕は母娘へアイスティーを出した。
「どうぞ。当店オリジナルのアイスストロベリーティーです」
 いかにも女性の好きそうな、甘くていい香りだ。それと一口サイズのクッキーが四つほど乗った皿、シロップとティースプーンも忘れずにテーブルの上へ置き、僕はその場を離れようとした。
「いい香り……」
 ふいに娘さんがつぶやき、僕はドキッとしてしまった。
 オーナーも驚いたように彼女を見つめ、たずねる。
「この香りは、百合子さんの好きな香りですか?」
「はい」
 娘さんがうなずき、そっとグラスを手に取った。そして砂糖も何も入れずに、ストロベリーティーを一口飲み込む。
「同じ匂いが、します」
 母親は終始戸惑った様子だが、娘さんが初めてにこりと微笑んだ。ずっと無表情なのかと思ったが、一応笑うことができるらしい。
 僕は今度こそ仕事が終わったのを確かめ、静かに部屋を出た。

「ナイスだったね、乙女ちゃん」
 母娘が帰っていった後、オーナーがそう言って僕へにこりと笑いかけた。
「え、何がです?」
 薄々分かっていながら、僕は恥ずかしくて冷めた返事をしてしまったが、オーナーはかまうことなく言った。
「君がストロベリーティーを選んだから、とてもいい情報が聞き出せた。すごいよ、本当に」
「え、そうですか?」
 内心では褒められて嬉しいけれど、僕はおくびにも出さずに言い返した。
「たまたまストロベリーティーにしたってだけで、別にすごくなんてないですよ」
「いや、その偶然を生み出せるっていうのがすごいんだよ」
「だから、たまたまですって」
 と、僕が返すと、オーナーはふと笑うのをやめた。
「じゃあ、そういうことにしておこう。でも、君のおかげで、彼女に何が起きていたのか分かった」
「どういうことですか?」
 首をかしげる僕たちへ、オーナーは真面目な顔をして答えた。
「イチゴだよ。彼女の胸や頭に咲いていたのはイチゴの花で、彼女はイチゴに侵食されていたんだ。もっとも、綺麗とはとうてい言えない、異形のイチゴだけどね」
 あいかわらず僕には彼の言うことが理解できない。
「根がどんな風に張っているのかも、想定してから確かめることができた。あとはその元を断つだけだ」
「ふぅん、そうですか」
「乙女ちゃんのおかげだよ」
 と、オーナーは上機嫌で事務室へ入っていく。
 話を聞いてもさっぱり分からない。僕は口をへの字にして見送ったが、隣で話を聞いていた森脇さんが言った。
「よほど貢献したみたいだな。すごいじゃん」
 僕はそちらに顔を向けつつ返した。
「偶然を褒められても嬉しくないです」
「はは、素直じゃねぇなー」
 と、森脇さんはおかしそうに笑う。いつもは褒められたいのに、いざ褒められると素直になれない僕のことを、森脇さんはよく分かっていた。

 季節は日毎に暑さを増し、もう下旬になるからか、空気も何となくじめじめしてきた。じきにテレビのニュース番組で、梅雨入りが告げられるだろう。
 そんなこんなでまた一週間は過ぎ、あっという間に土曜日が来てしまった。
「乙女ちゃん、今日のセラピーでは紅茶を出した後に戻らなくていいよ」
 と、営業を開始したところでオーナーに言われて、僕はびっくりしてしまった。
「え、どういうことですか?」
「だから、部屋にいてってこと。森脇君には悪いけど、しばらくお店の方頼むね」
 と、オーナーが僕越しに彼を見た。
「はい、分かりました」
 朝から爽やかに返事をする森脇さんだが、一方の僕は戸惑うばかりだ。
「部屋にいて、って……何かするんですか?」
 何だかとても嫌な予感がする。前にも一度、こんなことがあったような――。
「うん。俺の手伝いをしてほしいんだ」
 にこりと笑うオーナーを見て、僕は胸がもやもやしてしまった。
「乙女ちゃんは魔法を信じてないからね」
「……はあ」
 魔法は信じる人にしか効果がない。オーナーが言うには、僕はこの世界にしっかりと根を張っているのだそうだ。だから魔法を信じないし、それがいいことなのだと言う。

 今日は紅茶の中でもベーシックな、イングリッシュブレックファストにした。元々はイギリスの朝食に添えられる紅茶である。うちのはオーナーのオリジナルブレンドで、コクのあるアッサムをベースにしていた。当然ながら、これもミルクティーにすると美味しく飲める。オーナーのポリシーは「美味しいミルクティーが飲みたい」という、分かりやすく自己満足的で、かつ一貫したものだった。
 二階へ上がっていくと、オーナーが話をしている最中だった。
「今回のセラピーで根本の原因を取り除こうと思っています。そのため、お母様には一階でお待ちいただきたいんです」
 母親は不安そうな顔をして娘を見た。娘さんはしかし、それほど心配でもないのか、母親へ言う。
「あたしは大丈夫」
「……ええ、分かりました」
 と、母親がオーナーへ視線を戻す。
「ありがとうございます。それともう一つ、お母様に聞きたいことがあります」
「はい、何でしょうか?」
 オーナーは手にしたカルテをテーブルへ置き、まっすぐに彼女を見てたずねる。
「最初に一度おたずねしましたが、あなたは魔法を信じますか?」
 母親は少し怖気づいた様子を見せ、どぎまぎとうなずく。
「は、はい。信じます」
「いえ、無理に信じていただかなくて結構です。本当は疑っているのであれば、そう言っていただきたいです」
 と、真剣な声でオーナーが言うと、母親は表情を引きつらせた。
「ほ、本当は……分からない、です。信じるにしても非現実的ですし、スピリチュアルなこととかも全然分からないので……どちらかといえば、疑っているのかもしれません」
「ありがとうございます」
 オーナーはほっとして息をつく。魔法の力が彼女にまでおよぶことを危惧したのだろう。つまり、これまでとは明らかに違う種類の魔法を、今日は使おうとしているわけだ。
 僕は砂時計を確かめてから、ポットからポットへ紅茶を移し替えた。
「魔法というのは、いわば別世界の力です。その存在を心から信じる人にしか効果を発揮しません。言い換えると、術者の意識に関係なく、信じる人すべてに効いてしまうものなんです。お母様を巻き込むわけにはいきませんから、この場合は疑ってくれた方がいいんです」
「そう、ですか……」
「百合子さんは反対に、魔法を心から信じていたから、植物化のターゲットにされてしまった。そもそも子どもは、大人に比べて想像力や感受性が豊かですから、なおさらそういった、別世界のものを引き寄せてしまったのでしょう」
 それだけでなく、大人に比べて経験の少ない子どもは傷つきやすい。気にしなければいいようなことでも、気にしてしまったりする。少なくとも、僕はそうだった。
 温めたカップに紅茶を注いでから、いつものように二人へ紅茶を出した。
「当店オリジナルブレンドの、イングリッシュブレックファストになります。ミルクティーで、ぜひどうぞ」
 と、ミルクポットを置くことも忘れない。
 仕事を終えた僕はサイドテーブルのそばへ立ち、彼らの様子を見守った。
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登場人物紹介

乙女薫(おとめかおる)

22歳162cm

紅茶アドバイザーの青年

自分の紅茶専門店をオープンさせるのが夢

羽倉愛二(はくらあいじ)

32歳180cm

羽倉茶葉店のオーナー兼店長、混血魔法使い

マイペースで商売上手、バイセクシュアル

森脇悠也(もりわきゆうや)

25歳174cm

羽倉茶葉店のレジ担当、爽やか系好青年

真木大雅(まきたいが)

20歳183cm

羽倉茶葉店でアルバイトをしている現役大学生

宵田慎一(よいだしんいち)

32歳168cm

リラクゼーションYOIDAの店長、純血魔法使い

名尾律花(なおりつか)

23歳158cm

リラクゼーションYOIDAの受付係

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