三十八

文字数 1,912文字


「すんまへん。クリーニングパパの太秦店さんでっか」
 谷口は、いつもの声に輪をかけてドスの効いた低音で言った。
「はい。そうです」
 年配らしき男の声が答えた。
「社長はんでっか」
「いえ。違いますけど……」
「わし、谷口いいまんにゃけどな。村上はん、いはりまっか」
「はあ。おりますけど、どんなご用件で……」
「用件も、クソもあるかい。お前に言う必要あらへん。社長、出せ言うたら、出したらええんじゃ」
「は、はい。ちょっとお待ちください」
 谷口は、眼の前の二人に目配せをし、いま、呼んどおる――と言って受話器に耳を澄ました。
「お待たせしました。社長の村上です」
 二分ほどして、男の声が言った。
「村上真治はんやな」
「はあ。そうですけど……」
「わし、新大手橋の近所に住んどる、谷口いうもんやけどな」
「はい……」
「しっかり、見さしてもろたで――」
「は」
「は、やあれへんがな。見さしてもろた言うてんにゃがな」
「そやから、なにを――」
「ゼニや。そんだけ言うたら、わかるやろ」
「……」
「黙っといてほしかったら、なんぼか出しィな」
「え」
「ええ加減にせぇよ。なめとったら、承知せんど。ゼニ出せ言うとんじゃ。それも億とは言わへん。五百万でええ」
「ご、五百万……」
「せや。高いとは言わさへん。これが世間に知れてみぃ。五百万どこでは済まへんで……」
 作戦どおりの金額設定であった――。
 というのも、あまりにふっかけすぎると、乗ってこない恐れがあったからだ。これくらいの金額なら、出してもいいと思わせるのが味噌だった。
「けど、なんのことを言うたはるんか、さっばりわかりまへんにゃけどな。誰かと勘違いしたはんのちゃいますか」
「ぼけとんかい。他人のゼニかっさらっといて、知らんとは言わさへんで。こっちゃは、しっかり見とんじゃ」
「しかし、わたしには、なんのことかさっぱり……」
「あんたも、しらこいやっちゃな。そっちがその気やったら、こっちゃも考えるで。二日後に電話する。それまでに耳揃えとけ。ええか。忘れんなよ。二日後やど」
 谷口は、そういい残すと電話を荒々しく切った。
「凄っごいじゃないですか」
 三田が感動の眼差しで谷口を見て言った。「あれだったら、紋々入りのヤクザ顔負けですよ」
「へっ。なに言うてんにゃ。こっちは、これでも冷や冷やもんやったんやで」
「いいえ。全然、そんな風には見えませんでしたよ。ねぇ、部長」
「ああ。聞いていて、惚れ惚れするほど迫真の演技だった」
「さあて、つぎは、どうするかや――」
「そうですね」
 三田は、組んでいた腕を解いて言った。「でも、その前に。相手の出方ですが、いまのは、どんな感じでした」
「そうやな。ちょっと驚いたけど、そないビビった感じではなかったな。最初にクスリ効かしといたこともあるし、相当覚悟して電話に出たんちゃうか。なんせ『誰かと勘違いしたはんのちゃいますか』てぬかしおったくらいのやつや。簡単には乗ってこんで」
「そうですか。だとすると、事情聴取に応じはしても、口を割らない可能性もありますね」
「そうだな」
 里中がつないだ。「ぐっさんが言うように、これは一筋縄では行かないな。下手をしたら、逆告訴じゃないが、こっちが脅迫の罪で警察にしょっ引かれることになるかも知れないぜ」
「いや、あれだけのタマや。なんぼ脅しても警察に訴え出るようなへマはせんやろ。そんなことしたら、自分からドツボにはまりに行くようなもんや。なんらかのアクションは、絶対起こすはずや」
「そうだといいんだが……」
「この二日間で、どうなるか、あるいはどう出てくるんか、それを見てみるよりしゃーない。こうなったら、持久戦や。張り込んででも尻尾掴まなあかんやろう」
「うむ。取りあえず様子を見に行ってみることにしよう。ただし、ぐっさんは怪しまれる可能性があるから……」
「なんやねんそれ。わしやったら、あかんのかい」
「うん。下手に動くと、電話の主だとバレる惧れがある。ぐっさんは詰めの段階で出て行くほうがいいだろう。そこで、偵察係は三田くんかわたしということになるんだが……」
「わたしは、オーケーです」
「そうか。では、早速行ってくれるか」
 里中は真剣な表情になって続けた。「ただし、深追いしないように――。変に探りすぎて警戒されれば、元の木阿弥だからね」
「了解です」
 三田は、横に置いていた自分の鞄を引っつかんで言った。「では、行って参ります」
「ああ。気をつけてな」
「なかちゃんは、ええ部下持って幸せやなぁ」
 谷口が三田の後姿を見ながら、ぽつりと言った。
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