『白昼のポルターガイスト』編

文字数 1,606文字

おひとりですか?
感傷旅行、といったら失恋と思われてしまうかもしれませんね
違うんですか?
ええ。気晴らしにとやってきたものの、ひとり旅をどう楽しんだらいいのか
初めてなんですね。

何にしますか? 深酒したくないのなら、ほどよいところで私がストップをかけますよ

そんなサービスが?
笑って頂けたようで
バーに来るのも初めてだし、あまり強くないので……
ホットはどうでしょう
ああ、いいかも
――レモンの皮から作るお酒、リモンチェッロの紅茶割りです
ありがとう……あぁ。おいしい。

思ったよりアルコールを感じますけど、なんか体中が満たされていく気がします

ここでリラックスして、一晩ぐっすり寝て、明日は良い旅を
じゃあ、ここに全部置いていこうかな。

少し話しを聞いてもらっても? ああ、でもお忙しいですよね

何度も同じグラスを拭いてるほど暇を持て余してますよ
2回しかやらなかったんですけど、アルバイト代をかなり多めにもらったんです。それを全部使い切ろうと
それで急遽ひとり旅に
そう。母の友人なんですけどね。亡くなったんです。

小学生の男の子がいて。父親が仕事から帰ってくるまで面倒を見ることになったんですよ。家庭教師という名目で

なるほど
はじめて伺ったときから、なにかこう、へんな感じがしたんです
と、いいますと?
リビングで勉強を見ていたんですけどね、男の子以外誰もいないくてとても静かなのに、気配を感じるような。気になり出すと冷蔵庫がうなる音から、家がときおりミシッと音を立てることまで、気になってしまって
静かすぎると逆に息がつまってしまうこともありますから
ですね。

母親を亡くした子供とどう接していいのかもわからなかったんですよ。わたし自身、近しい人を亡くしたことがないので。

でも、とても大人びた聞き分けのいい子で。無感情なのが気になりましたが、一日目は何事もなく終わりました

2回目の時に終わった理由が?
はい。その日は自宅を訪ねると、玄関の前で座って待ってました。なぜか父親が帰宅していて、大事な人も一緒だからというんです。だから図書館で勉強すると
追い出されたのでしょうか
今となってはわかりません。それどころではなくって。

図書館へ行って時間を潰して帰ってくると、自宅前に救急車が止まっていて。血まみれの女性が担架で運ばれて、父親が付き添っていたんです

……!
父親にすぐに戻るから自宅で待っていてほしいと言われたんですけど、自宅がすごい荒れようで、わたし、もう、すごく怖くなって。ガラスの破片も散らばって危険でしたし、わたしの家で待っていようと男の子に声をかけたんですよ。


そうしたら、ママじゃないよって

ママじゃない?
ママが意気地がないからぼくが呪ってやったんだって
……うーん
担架で運ばれた女性を母親だと勘違いしていたのかどうなのか。

わたしもパニックでしたから、状況の整理ができていませんでした

そうですよね
だけども、ママはもういないって、ハッキリも言えなくて。でも、今思い返しても、呪いってなんのことだか……
ひょっとしたら、男の子には母の霊が見えていたのかもしれませんよ
霊?
母親が騒動を起こしたんじゃなくて、自分が呪ったからこうなったんだと、母親のことをかばったのではないでしょうか
そんな……
あなたは家に入るのを怖がっていた。だから、あなたにも母親の霊が見えて、母親の霊が悪さをしたと思っているように見えたんですよ。

なので否定したかった

ああ……
事件の構造自体はシンプルなものなのでしょう?
ええ。女性自身が自分で暴れたと認めています
男の子はそれからどうしてますか
近所では痴話げんかがどうのって、噂されてますから、たぶん居づらくなって引っ越しされたんだと思います。

今はどしているのか……

なるほど。感傷旅行になるのもわかります
なにもしてあげられなかったですよ
嵐のような場には巻き込まれずにすんでるじゃないですか。

彼なら立ち直りますよ

まだ彼にはお酒はないですけれどもね
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色