八ヶ岳の夜

文字数 681文字

 ようやく寝付いたと思ってほっとしていると、目が覚めてしまった。
 最初に目に飛び込んできたのは、僕が泊まっている八ヶ岳にある自然教育施設の天井。僕は自分が夏休みの林間学校に参加し、二日目の夜を過ごしている事を思い出した。

 僕の家は家族旅行によく出掛ける家だったので、見知らぬ土地で眠りにつく事は初めての経験では無かったし、林間学校に行く事に対して不安は無かった。だが普段小学校の教室でしか顔を合わせない人間達と遠くに行き、数日を過ごすというのは人生で初めての経験だった。大人の力で無理やり一緒にさせられているクラスメイト達と何処かに行き、二泊三日を過ごすというのは、正直楽しみでは無かった。自分が狭い場所に押し込められ、自由を奪われているような気がしたし、家族以外の人間と一緒に夜を明かすという経験も初めてだったので、心細さもかなりあった。

 そんな不安を抱いていた林間学校も、実際に体験してみると思いのほか楽しかった。八ヶ岳に行くのは初めてだったし、白樺の森を歩くのも、八ヶ岳の山々を遠くに眺めながら飯盛山を上るのも、僕にとっては新しい刺激を与えてくれた。その刺激に比べたら、僕の抱いていた不安など克服できる物だと気付いた。トータルで考えればいい事の方が多く、いい思い出になった。

 僕は眠っている教室の柱に掛かっている時計に目をやり、今の時間を見た。深夜の〇時五〇分。最近覚えた言い方をするなら二十四時五十分だ。すでに日程では三日目に入っている。東京に戻る日がやって来たのだ。
「家に戻ったら、僕は少し成長しているだろうか」
 僕は淡い期待を心で呟いて、眼を閉じた。
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