第1話

文字数 1,975文字

「ほら、ここで足跡が途切れているでしょう?」
「うん、まあ、はい」
「ちょっと樹里、なんでそんなにやる気がないのさ。不思議じゃないな?」
「えー? まあ不思議っちゃ不思議だけど、何つうか、地味?」

 百夜神社の夏祭りの途中、真琴にこっちに来てと言われてついていくと、この不可解な足跡に辿り着いたのだ。その地点まではくっきりと歩くように裸足の足跡が続き、唐突に途切れていた。推理小説みたいに雪の中を後ろに戻ると言った感じでもなく、その砂地にくっきり浮かび上がった足跡はブレもせずにその終点に収まっていた。ということは、足跡の主はきっぱりここで消失したのだ。そう言って、真琴はその足跡の一歩先に、両足でちょこんと着地した。その時、ぶわりと空間が揺らいだ、気がした。

 真琴が言いたいのはそこで足跡が途切れるのが不自然だということだろう。けれどもやりようはある。この先に大きな板を張っていればその上に乗って少し先で降りて砂をならせばいいだけだし、大掛かりだけどクレーンとかで吊し上げてもできなくはないのだ。
 最近何故だかそんなふうに『現実的に』物事を捉えてしまうようになり、生きるのが少しだけ窮屈になった。世界に理屈をつけずに見ることができる梢が最近少しうらやましいけど、それは痛々しいとも思う。
 そんなことを思っていたからだ。非現実が降ってきた。突然目の前、つまり足跡があったところにべちょりと肉塊が降ってきた。いや、多分これは肉塊のまま降ってきたんじゃない。形を保ったまま降ってきて、重力で地面に押しつけられて、たった今肉塊と成り果てたのだ。

 一拍遅れて、梢がけたたましい音を立てる。私はただ、呆然としてその場にへたり込む。なぜならそのぐちゃぐちゃになったものからはみ出た布切れの柄を見てしまったから。隣の真琴を見る。その浴衣と同じ柄。この柄を着ているのは真琴だけなのだ。美術部の制作で作ったオリジナルのパターンなんだから。そうするとここで潰れているのは真琴なのか。けれども私の隣にも真琴がいる。同じ柄の浴衣を着て。
 何故肉は潰れるのに布は潰れないんだろう。何故柄なんて見てしまったんだろう。現実を直視できなかった私は、そんなことをぐるぐるぐるぐると考えていた。

 真琴の悲鳴に人が集まり、そして次々と悲鳴は増え、そしてパシャパシャとスマホが光る音がした。やがて救急車が現れ、バリケードが貼られて外に連れ出され、警察官に何があったか聞かれた。

「あれが降ってきたんです、空から」
「そうは言ってもね」

 確かに理屈に合わない。あの神社の上空には何もない。そして私たちは血飛沫を浴びていた。浴衣の膝から胸が最も多く、次いでそれが布越しに滴った足首。のちに聞いた所では、遺体は驚異的なスピードで地面に激突したそうだ。そしてDNAを鑑定した所、そのDNAは真琴と一致した、らしい。
 そしてそれをきっかけに、真琴は狂ってしまった。おそらく真琴も物体からはみ出る浴衣の柄を見てしまったのだろう。

 そして事件は続いた。何日かに一度、この市のどこかに真琴が落下してくるようになった。そしてその落下は場所によって物的被害をもたらした。幸運なことに人的被害は未だなかったが、高高度から落下してくるのだ。柔らかいもの。例えばプレハブや木造の屋根などに突き刺さる。
 そしてこの人体落下という不可解な現象は日本中のニュースになり、いつしか写真を撮ろうとするものが現れた。そして偶然にも撮影された写真には成層圏より遥か高いところから人の形をしたものが降ってくる姿が映された。そしてより地上に近いところでは解像度の高い写真においてその顔の造形まで明らかとなったのだ。そしてそれはやはり真琴と瓜二つだった。その頃から、真琴とは全く関係なく、狂った真琴を神と崇める団体が発生した。
 そしてさらに、成層圏より上空の撮影が行われた。すると、宇宙と地球のちょうどスレスレあたりに、突然五角形のホームベースのような形の穴が開き、そこから真琴のコピーが放り出されているようだ。
 この段になり、これらの不可解な現象は、例えば宇宙人が何らかの意図を持って行っているのではないか、と言う推測が生まれた。とは言えやはり、原因などまるでわからず対処のしようもなかったのは同じである。
 そして、世界では親真琴と反真琴の勢力で2分され、熾烈な争いが繰り広げられることになった。

 けれども結局、真琴は真琴でヒキコモっているし、世の中の動きには全く興味を見せないのであるから、盛んに騒ぎ立てられる信仰心などとは全く無関係であり、すべてに甲斐はないと思う。
 真琴はきっかけであり、たまたまだったのだ。他のものが踏めば、他のものが量産されていたはずだ。だけれども私は結局、その場にいた。だから今、新しい宗教団体の長として暮らしている。
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