耳にタコができた話

文字数 691文字

あれは僕が中学3年生の頃の話だ。
当時は高校受験へ向けて勉強しなければならない時期だったのだが、どうしても身が入らないこともあった。
そしてそれは夏休みにおきた。

母から100回目の「勉強しなさい」を言われたとき、耳にタコができた。
そりゃあ何回も同じ言葉を聞けばタコの1匹や2匹くらいできるというものだ。
タコとガラス越しに目が合ったので軽く会釈すると、タコは腕を組み、呆れ顔で口を尖らせていた。

誰しも1度は耳にタコができたことがあるかもしれない。
しかし、それでも同じ言葉を言われ続けたことがあるだろうか。
少なくとも僕はこの時初めて知った。
母から101回目の「勉強しなさい」を言われたときである。

タコが耳の中に入ったのだ。

さすがのタコもこれ以上はかなわないと思ったのだろうか。
タコ壺に入るように僕の耳の穴にスルリと逃げ隠れたのだ。
僕は慌てた。
まさかタコが耳の中に入るなんて思ってもいなかったからだ。
母に相談しようにも、タコが耳に入るわけないだの逃げるなだの言われそうだったので、慌てて耳鼻科へ駆け込んだ。

医者が言うには「受験シーズンになるとよくタコが入っちゃう」ということだった。
吸盤で吸い付いたり墨を吐いたりするタコを慣れた手つきで手際よく引っ張り出すとトレーの上にのせ、あっという間に塩揉みしてしまった。

「このタコいるかい?」

そう聞かれて僕は首を横に振った。
医者は「これから受験が終わるまで『ひっぱりだこ』でね」と言うと、次の患者の診察に行ってしまった。



その後、僕はあの耳鼻科医に憧れて熱心に勉強をした。
指に見慣れた顔のタコがいることに気づいたのは、この話からそう遠くない未来のことだ。
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