その5

文字数 2,160文字

 こうして私は一旦ツバキ達と別れ、ナナセの仕事に同行することとなった。
 教会の仕事といえば神に祈りを捧げたり、迷える人々に助言を説いたりする神父や牧師の姿が浮かぶ。しかしまさか初めて目にするのが見回りの仕事とは。私は未だにその具体的な内容を知らされていなかった。
「見回りはいつも一人でしているんですか?」
「いいや、大抵は二人で行う当番制だ」
 ナナセは相変わらず薄手のポンチョに祭祀服という奇妙な姿で、私の前を歩いている。
「それじゃあ、今日も仲間の人と一緒に?」
「ああ。……あいつだ」
 ナナセが指を差したのは、教会の外のスペースで薪割りをしている男だった。
 私やナナセより背が高く、体も筋肉質である。男は手馴れた様子で胸の高さ程の両手斧を持ち、薪を真っ二つにしていた。私が特に目を引かれたのは、彼の真っ黒な肌に水色の髪という、ガトーと同様に奇抜な見た目だった。祭祀服はきていないが、軽装でこれまた寒そうである。
「バンチ、見回りに行くぞ」
 ナナセが声をかけると男は振り返った。
「分かった!……あれ?今日ってナナセと一緒だっけ?」
 快活な口調でバンチと呼ばれた男は尋ねた。髪と同じ水色の瞳をしている。
「ガトーに代われと命令された」
「あーあー、また何かやらかしたんだ。その人も連れて行くの?大丈夫?」
「構わん。紫帆からも頼まれている」
 突然彼女の名が出てきたことを不思議に思ったが、ナナセはすんなりと答えた。
「紫帆に前から頼まれていた。もしサクマという男に会うことがあれば、教えてやってくれと」
「それはいったい何を?」
「紫帆がどうして魔女と恐れられているのか」
 確かに気にはなっていた。至って普通の女性に見える紫帆が、何故この島で特別な存在とされているのか。
 彼女が魔法を使えるのは確かである。しかしやけに紫帆のことを嫌うツバキや、彼女のお気に入りになろうと躍起になる島民達のように、人によって紫帆への態度はあまりにも違う。そしてその答えは、魔女と呼ばれる紫帆自身にあるのではと私は考えていた。
「……ですが、それがあなた方と関係があるんですか?」
 私は素直に思ったことを口にした。さっきから歳下であるにも関わらず、ナナセに対しては無意識に丁寧な口調を心がけてしまう。
「関係はある」と彼は言った。
「やっていることは一緒だからな」
「紫帆も見回りをするのか?」
「そうだよ。じっとしていても分からないだろうし、そろそろ行こうか」
 バンチがナナセの後に続いて言った。それもそうだ。このまま仕事もせずに喋っているだけでは、真面目なガトーから注意を受けるだろう。
 ナナセは書類の束とナイフを、そしてバンチは斧を持ったまま、私についてくるように言った。

 しばらく歩くうちにあたりは木々や草で生い茂り、通りの景色が見通せなくなっていた。元々教会自体が森に囲まれた形で建てられてはいたが、さらにその密度が高まった気がする。どうしてわざわざこんな裏道を通るのかと思ったが、他人の仕事に口は出せなかった。
 代わりに私は、ナナセが解決したがっている事件について話を聞いた。
「ナナセさんが心配している友人というのは、どんな方なんですか?」
「そうだな……変な言葉遣いだが、いつも幸せそうにしている男だった。綺麗な物に目がなくてな、すぐに見つけては瞳を七色に輝かせていた。美を語ることと、歌うことが好きだった」
 ナナセは懐かしむように、濃い紫の瞳に秋空を映しながら言葉を続けた。
「あいつは人間を愛していた。だから度々、俺も付き添いで人助けをすることがあった。『百年足らずの命しかないくせに、綺麗な物を生み出す力で人間は群を抜いている。彼らは素晴らしい生き物だ』といつも言っていたな。大抵の話はよく分からなかったが、それでも俺に多くのことを教えてくれた」
「……なんというか、まるで人間じゃないような言い方ですね。ナナセさんの友人は」
「人間じゃないからな」
 あっけらかんと言い放った彼に、思わず「え」と言葉を漏らした。今、彼は何と言った?
「人間じゃないって……どういう意味ですか?」
「そのままだ。あいつは人間じゃない。俺も元々は人間じゃなかった」
「いやいや冗談でしょう?ものの例えでそのように言っているだけで」
「俺は嘘をつかない。あいつが七色に目を輝かせるのも、例えじゃなくて事実だ」
 そしてナナセは振り返ると、緑に生い茂る木々を背景に空の上を指さした。今日は透明に澄んだ青空が、私達を見下ろしているようである。
「あいつはこの空の上にいる。……そこから届くはずの声を、俺はこの島で待っている」
私は唖然とした。本心からの発言であることは確かだったからだ。しかし訳が分からない。ナナセも彼の友人も人間ではない?外国人であるならまだしも、生物として異なるだと?先程もナナセは鬼がどうとか言っていたが、現代の日本でそんなお伽噺が実在するのか?
パニックだらけの私の頭に、水をかけるかの如くバンチが声を上げた。
「ナナセ!あの人!」
 するとバンチが斧を手に取り、一目散に駆け出した。
「いつもの赤いアレがあるし、そうだよね?」
「……ああ、そうだな。捕まえてくれ」
 どうやら見回りの対象となる人物を見つけたらしい。私は疑問符だらけの頭を一先ず放置し、彼らの仕事を見届けることにした。
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