第3話 すずめちゃん

文字数 1,825文字

 すずめちゃんは小学五年生になりました。
 小さい頃は、すずめという名前を気に入っていましたが、学年がひとつずつ上がるたびに、少し厭になってきました。漫画に出てくるような名前だし、何だか子どもぽい。最近は、自分の名前で悩んでばかりです。
 金曜日は六時間目まであり、その後友だちと話していたら遅くなってしまいました。クラスの男子が「金魚も除菌しなくちゃ」と言って、水槽の中に消毒液を入れたことが許せなかったのです。気がついた私たちが、慌てて水を替えたので金魚は死ななかったけれども、当の男子は「金魚もコロナに罹るんだぜ」と言って反省している様子もないのです。
 それが許せなくて、話し込んでしまいました。

 帰り道、植え込みの陰で何かが動いているのが見えました。羽根をばたばたと動かして、同じ場所を飛んでいます。
「雀だ!」
 ぴぃっぴいっという鳴き声を聞いて、すずめちゃんはわかりました。植え込みの上にある木の枝には、雀の巣らしいものはありません。どこから来たのだろう?すずめちゃんはしゃがみ込んで雀の子を見ました。だいぶ羽根は伸びていて、もう少しすれば空を飛べるようになるぐらい。飛ぶための練習をしていて巣から落ちてしまったのかな。
 すずめちゃんが手を差し伸べると、雀の子は安心したのか掌の中に飛び込んできました。このままでは猫に食べられてしまうか、死んでしまいます。
 そう思ったすずめちゃんは、ランドセルから教科書とノートを出して、雀の子をなかに入れました。そして両脇に教科書を抱えて急いで家に帰りました。
「お母さん、道端に雀の子が落ちていた!」
 すずめちゃんが玄関先で大きな声で言うと、お母さんは直ぐに飛んできました。
「どこで見つけたの?」
「公園の植え込みのところ。ばたばたと動いているから、最初は何かと思っちゃった」
「よく見つけわね。見つけなかったら、この子は死んでしまっていたかもしれないわ」
 お母さんは、すずめちゃんの手のなかで震えている雀の子を見つめました。雀の子は長いあいだ餌を食べていないので、お腹が空いているように見えました。
「このくらい大きくなっていれば、親からでなくても食べると思うわ。ちょっと待っていてね」
 お母さんはお湯を沸かすと、餌をつくり始めました。すずめちゃんも雀の子が少しでも安心できるように、小さな箱にタオルの真ん中に窪みができるように敷いて、小皿にお水を入れました。雀の子は箱の中で安心したのか、真ん中でじっとうずくまっています。
 お母さんは柔らかくなった粟をスプーンの先に乗せて、雀の子の前に近づけました。雀の子は餌を眼の前にすると、無我夢中でついばみ始めました。
「やっぱりお腹が空いていたのね」
「美味しそうに食べている」
「たぶん後十日もすれば、飛べるようになるから、それまでは家で飼いましょうね」
「ええっ、ずっと飼っちゃダメなの?」
「雀はね。家で飼ってはいけない生き物なの。自然のなかでしか生きられないの」
 飼えないと知って少しがっかりしましたが、元気に餌を食べている雀の子を見て、早くお空を飛べるようになればと思いました。
「思い出すわ。お母さんも高校生のときに雀の子を助けたことがあるの。この子よりもひと回り小さかったら、人の手から餌も食べようとしないし苦労したわ。それでもいろいろと試したら、ようやく食べてくれるようになったの。その時は嬉しかった」
「その雀の子も大きくなったら、公園に帰してあげたの?」
「そうね。寂しかったけれど」
 そう言うとお母さんは懐かしそうに微笑みました。
「実はね。その時に雀の子を一緒に見つけたのは、今のお父さんなの。ふたりで毎日お世話をしてあげてね。それからずっと一緒にいるという感じね。だから雀の子には、お父さんとお母さんには特別な意味があるのよ」
「それで私の名前をすずめと付けたの?」
「そう言うことになるかしら」
 お母さんが嬉しそうにしているのを見て、すずめちゃんも嬉しくなりました。自分の名前が付けられた理由が初めてわかったことも、その喜びにあったのかもしれません。
「ところで、この雀の子を見つけたときに、一緒に男の子はいなかったの?」
「いるわけないよ。男の子は水槽に消毒液を入れるぐらい野蛮だもん!」
「そうね。すずめちゃんにはまだ早いわね」
 お母さんは口を尖らせているすずめちゃんを見て、優しく微笑みました。雀の子はお腹がいっぱいになったのか、ぐっすりと眠りについたようでした。
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