第4話

文字数 2,276文字

「聞けよ山下。こいつの悪事を」
「悪事という言い方は酷いな。疑義を呈したいところだ」
「お前は一旦黙ってろ。いいか、こいつはな……」
 それから悠斗は翔太に何があったのか、どうして言い争いをしていたのかを、分かりやすく、そして簡潔に説明してくれた。
「それって……」
 彼の話を要約するとこうなる。
 悠斗は学級委員長監督の元、教室で楓と舞台の練習をしていた。練習はいたって順調に進んでいたらしい。そして舞台の全体のちょうど半分を過ぎたぐらいの頃、
「ぷっ、あはははははははは! あの子、『ねぇロミオ様ぁ』だって。下手すぎー。マジ受けるんですけど」 
「ははっ、本当だ。でもまぁ、いかにも青春って感じで、いいんじゃないかな」
 廊下から女子生徒と男子生徒の悪口が聞こえてきた。
 それだけならまだ、ただのヤジで済んだはずだった。もちろん悠斗は彼らの反応に対して怒りを覚えていた。彼女である楓のことを馬鹿にされた怒りで胸がいっぱいだった。ただ、頑張ればまだ抑えられる程度の怒りだったのだ。ここで自分が何か問題を起こして、せっかくの舞台が、クラスの出し物が台無しになるリスクを考えれば。
 だが次の発言を聞いた瞬間、悠斗はその憤りを我慢できなくなった。
「ところで実行委員長さーん、文実の方はどうなったん? 順調なん?」
「もちろん、順調そのものさ。今出来る限りの仕事、ぜーんぶボク一人でサクッと終わらせちゃったよ」
 つまり、悠斗は楓のことを馬鹿にされたうえに、美咲が苦しんでいるのを知りながら平然と一人で全ての仕事をこなした、そう虚言を吐く彼の態度の悪さを見過ごせなかった、ということらしい。
「ごめんごめん。全部ボクが終わらせたというのは流石に言いすぎだった。それについては謝るよ……でも、ボクが文実の仕事を放りだしていた、という発言は無視できないな。謝罪をボクは要求する」
「だから謝らねぇって言ってんだろうが。仕事が終わった? それなら姫川先輩の仕事を手伝えよ」
「それを彼女が本当に望んでいる、そうキミは言いたいのかな」
「あぁ。そうだ。だよな、山下」
「……分からない」
「おい、山下?」
 部室での会話を思い出して、翔太は答えに詰まってしまう。あの時、美咲は翔太にこう言った。「本来なら私が一人で完遂しないといけない」と。まだ翔太にはあの発言が本当に意味することが分からなかった。彼女が本気で助けを拒んでいるような気もしたし、同時にあの発言はどこか助けを求めているのような気もした。どちらが彼女の本音で、どちらが建前なのか、判断できなかった。
「……先輩が助けを望んでいるか望んでいないか、それは僕には分かりません」
 だが、それが分からなくても翔太の気持ちはちゃんと胸の中にある。
「でも、これだけは言えます……僕は先輩を助けたい」
 実行委員長の目をじっと見つめる。
「だから……だから先輩を助けてください。もうあんな先輩、見てられません」
 翔太は頭を低く下げる。何かを望むときの最低限の礼儀だ。
 悠斗と楓も翔太に続いて頭を下げた。
「あのさぁ。勝手にいい感じになっている所、悪いんだけど……文句を言いに来たのなら、まずは本人をこの場に連れてきてもらわないと」
「えっ」
「えって、そりゃそうでしょうよ。勝手に恰好つけて『先輩が助けを望んでいるかどうかなんて分かりません』とか言われてもこっちは困るんだよ。何? その驚いたみたいな顔。もしかして頭下げれば何でもしてくれる、なんて甘ったるいこと考えてた?」
「何それ。マジ受けるんですけど」
「だから姫川を直接連れて来いって」
「――」
 翔太は思考する。実行委員長は美咲を連れてこなければ、同じ土俵に上がってこないらしい。果たして話を聞いた彼女は来てくれるだろうか。必要ない、そう言って、一人で頑なに抱え込んでだりしないだろうか。
「まさか連れて来られない、なんて言わないよね? あっ、もしかして連れて来られないんじゃなくて、姫川がボクのところに来るのが後ろめたいだけだったり? 例えば……そう、ボクに頼まれた仕事を引き受けたはいいものの、それをこなすだけのスキルが無くて、ボクにそれを咎められるのが怖い、とか」
 その時、翔太の中で何かがぶつりと切れた。
「……黙れよ」
「うん?」
「だから黙れって言ってるんだよ! 先輩に技術がない? 馬鹿にするな! 先輩はすごいんだ。できそこないの小説しか書けない僕なんかとは違って、勉強もできて、動画編集もできて、資料作成もできて。なんたってプログラミングができる。それだけじゃない! 先輩はすごく美人だし物事に対してすごく誠実だし。いつもは凛としてるけどたまにちょっと抜けているところがあって。そんなところがとにかく魅力的なんだ。あの人は僕の何十倍も、いや何億倍もすごいんだ。僕の求める理想そのものなんだ。そんな先輩がお前なんかに劣っているはずがない!」
 母親の悪口を言われた自立前の子供のように、ただ淡々と美咲の良いところを述べていく。抑えきれない翔太の思いがどんどんあふれていく。そして、
「ここではっきり言ってやる――お前は先輩の下位互換だ!」
 最後に実行委員長へ最大の侮辱の言葉を投げつけた。
「ボ、ボクがあいつの下位互換だと? 調子に乗りやがって」
 翔太の発言に完全に理性を失った実行委員長は、拳を大きく振りかぶる。それが翔太の脳天めがけて飛んでいき……
「そこまでよ」
 届く前に、一人の女子生徒の声によって中断された。
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