第2話

文字数 1,651文字

「はぁ。先輩があそこまで追いつめられるって、実行委員長は何をやってるんだろう」
 美咲を半ば無理矢理寝かせ、部室である小教室を後にした翔太は自販機でジュースを二本購入し、二か所の場所へ足を向けていた。
 一か所目は自分の教室――ロミオとジュリエット練習会場。本来の目的のついでに、自分と同じコンピューター部の一員であり、クラスメイトであり、そして舞台の主役である悠斗と楓にジュースを差し入れをしようと思ったのだ。
「あいつら、上手くやってるかなぁ」
 心配しているのは楓のことだ。彼女は内気な性格で、あまり人前に出ることが得意ではない。半年弱同じコンピューター部員として一緒に活動しているが、未だにちゃんと話した機会というものがない。要するに、人見知りなのだ。そこで問題となってくるのが、悠斗が彼氏として彼女をちゃんとリードできるかどうか。友人として彼ならばきっとうまくやってくれる、そう信じたいところだ。
 そして二か所目は、
「文実……」
 文化祭実行委員会の本部がある、会議室。目的はもちろん、美咲の負担軽減だ。
 彼女がここまでの苦痛を強いられるのはおかしい。美咲は文化祭実行委員ではない。ただの生徒の一人にすぎないのだ。それは文化祭実行委員がする事務仕事をこなす義務がないことを意味する。本来彼女は部活動とクラスの出し物に専念し、文化祭を思いっきり楽しむ権利があるはずなのだ。
「流石に断られるわけ……ないよな」
 文化祭実行委員長はその名の通り、文化祭実行委員の長だ。その地位に就くためにはそれなりの人望が必要となる。きっと彼自身も彼女に課した仕事量の多さを理解できていなかった、そんなところだろう。直談判をすれば、美咲の負担を軽減してくれるはずだ。
 もちろん優先順位は後者の方が高い。一秒でも早く美咲の負担を減らすことが最優先だ。
「さて」
 会議室の扉の前に着いた翔太は小さくため息をつく。
「……そういえば、先輩のあの発言、何だったんだろう?」
 翔太は部室での会話を思い出す。あの時の、翔太の手伝いを本気で拒むような美咲の発言。未だにあれがただの冗談だと、そう翔太にはとても思えなかった。何か深い理由があるような気がして。
「考えても仕方ないか」
 しばしの思考を経て翔太はこう結論づける。
 あの発言に何か意図があろうとなかろうと、自分のすることは変わらない。部長である彼女が肉体的にも精神的にも限界を迎えているのは事実なのだから。それなら自分は部員として彼女を少しでも軽減しようと努めるだけだ、と。
 結局、彼女の意図を理解できないまま、翔太はそう決意する。
 手にある差し入れ用のジュースが冷めてしまう前に要件をサクッと済ませてしまおう、そう思いながらドアノブに手をかける。そして扉を開き、
「……えっ?」
 翔太は目の前の光景に思考が一瞬止まった。
……そこには誰の姿もなかったのだ。
「文実本部ってどこだったっけ?」
 翔太はもう一度自分の記憶を確認する。
「いや、確かに会議室であってたはず」
 確かに本部は会議室であっていたはずだ。少なくとも翔太はそう記憶している。
「でも、記憶違いなんだろうなぁ。この状況から判断して」
 一度、今は仕事の合間の休憩時間なのではないかと推測を立ててみたが、それはおかしい。いくら休憩時間とは言っても、誰も本部に残っていないのは明らかに不自然なのだ。
 そうなると残る可能性は一つ。それは翔太の記憶違い。ただ翔太自身が勘違いをしている可能性。それが現状から導き出される、最も高い可能性だ。
 そうは言っても文化祭実行委員会本部の場所について、翔太に他の心当たりはない。
「悠斗に差し入れついでに確認しに行くか」
 無意味にさまよって差入れ用のジュースがぬるくなってしまうのは大問題だ。せっかくのジュースが台無しになってしまう。その前に早く届けに行かなければ。
「それじゃあ、行くか」
 こうして翔太は自クラスへ足を向けるのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み