興味

文字数 2,535文字

ここか・・・・・・胸の動悸は、先ほどから治まらない。
ウィッグをつけ、カラーコンタクトをし、マスクをして・・・・・・最大限の顔を隠す努力はしてあった。まあ、あふれ出る美貌は隠せはしないのだが。
「神の子」が一人で外に出歩くことは、禁じられている。誘拐などあってはたまらないからだ。
だが、年頃の女の子にとっては、あまりにも窮屈である。積み重なる外への憧れ。好奇心という名前のそれは、心の根本にあるもので、誤魔化せはしないのであろう。
ティーシャは震える足を踏み出した。
全てが、ゆっくりに思えた。
カン。右足が地面につく。さらに、左足を並べる。ぞわりと寒気が襲ってきた。
ここはロストタウン。死んだ街。陽光が溢れる"外"とは違う。
だが、その違いが、ティーシャの好奇心をかきたてることとなる。
―ここは何。私の知っている所とは、全く違う。何があるの、何がここでは起きているの!
もう一歩。既に恐れなど、無くなっていた。
軽快に走る。
「楽しい・・・・・・!」
美しい檻に閉じ込められていた彼女が、楽しいなんて感情を抱くのは、物凄く久しぶりの事であった。

背徳感から来る楽しさ。抑えきれない衝動。
支配されていて、ティーシャは忘れていた。

ここは"ロストタウン"。

外の世界とは、

違う―

十字路になった部分に来て、ティーシャは足を止めた。
目の前には、男がいた。筋骨隆々、顔に大きな傷がある。
「オメェ、見ない顔だなァ」
喉をごくりと鳴らした。明らかに、ソイツは危険。本能が告げていた。
ぷんと、ハエが飛んでいく。
「あっ、す、みません・・・・・・」
足を引き、ティーシャは逃げようとした。
「逃げんなよォ」
「ひっ!」
肩を掴まれる。振り解こうにも、男の握力は強かった。とても、少女が逃げられる力ではない。ぽとりと足元にハエが落ちた。それは、まるで自分のこれからを暗示しているようで。
―怖い、怖い、怖い・・・・・・こんなとこ、来なきゃよかった!!
いつの間にか目の前には、同じような男たちがたくさんいた。
成程、仲間だろう。
ここまできても、冷静に考えられる自分の脳を、ティーシャは恨めしく思った。
「可愛いなァ・・・・・・楽しめそうだ」
「久しぶりに、喰えそうだァ」
「や、やめて!やめてよ!!」
必死に抵抗する。涙腺なんてとうの昔に切れていた。視界が滲んでいた。
「残念だったなァ」
ぐいと男が顔を近づけてくる。歯はヤニで黄ばんでいて、酒の匂いがぢくりと鼻を刺した。
「せいぜい来たことを後悔するんだなァ、可哀そうにィ」
死ぬ。私は死ぬ。
生れた時から覚悟は決めていた。それは運命なのだと思っていた。
だがそれは、贄としての死だ。
こんな死に方、嫌だ・・・・・・!
「いや・・・・・・!」
か細く声を上げた。

その途端。

「がぁッ!?!」
突然、男が目の前で倒れた。
ティーシャは呆然とする。今度こそ思考は追いつかなかった。
乱入者。それは、歳は自分より少しほど上に見える少年。
「あ!?てんめぇ・・・・・・」
「黙れよ、酒くせぇジジイ共」
冷たく吐き捨てた彼は、動いた。
男のストレートパンチを屈んで避けると、その顎に、アッパーカット。
声を発する間もなく男は失神した。
「邪魔すんな、よォ・・・・・・!?」
横の男がずんと前に出る。
「うっせーな」
だが、腹に蹴りをいれられ、壁に打ち付けられた。
蹂躙。彼の格闘能力は、ティーシャの想像をはるかに上回っていた。
鮮やかな赤色が垣間見える。
次々と男たちが倒れていくのを、ただ見ていた彼女は、腕を掴まれた感触で現実に引き戻された。
「追手が来るかもしれねぇし、いくぞ」
「えっ、は、はい?」
彼は走り出した。なすすべもなく、ティーシャは暗い街を引きずられていく。
「ちょ・・・・・・ちょっと・・・・・・」
答えは返ってこなかった。だが、自分を助けてくれた。いい人のはずだ。そう彼女は判断して、途中からは自分の足で走っていった。

そんな思い込みは、甘かったのに。

「ここらへんでいいだろ」
少年は廃墟に滑り込んだ。遅れてティーシャも中に入る。
パキパキと瓦礫を踏みながら、中に入る。すっと腰を下ろした。
「あっ、あの、助けてくれてありがとうございます・・・・・・」
少し暗いが、豆電球の灯りが2人を照らす中、ティーシャは礼を言った。
彼はこちらを数秒見つめた後、
「・・・・・・ククッ」
笑いを漏らした。
ぽかんとするティーシャを、素早く近づいた彼は床に押し倒した。
「お前何も考えてないな・・・・・・それでも『神の子』か?」
びくりとする。その反応だけで、彼が理解するのには十分だった。
「やっぱそうだろうな。殺されかけたっつーのに、俺を救世主だとでも思ったか?」

―そういうの、馬鹿正直って言うんだよ

冷たい汗が流れる。殺される。この人はいい人なんかじゃない、違った、死ぬ、死ぬ・・・・・
ティーシャはぎゅっと目を瞑った。目を開けたら、首が吹っ飛んでるんじゃないかと思った。
だが。
「っ・・・・・・はははっ!!!」
彼はいきなり、笑いだした。さもおかしそうに。
驚き、ティーシャは、そろそろと固く瞑った目を開ける。
笑っているその顔、そこには殺意なんて見えなかった。ただ、普通の少年だった。学校にいたって、違和感なかった。
「え・・・・・・?」
「まっじでさー騙されすぎだろお前!こんな街に内覧にでも来たのか!?オマエじゃこんなとこ住めねぇよ!あーおもしろ」
ひとしきり彼は笑い続けた。
そして、ぴたりと笑いを止め、ティーシャを覗き込んだ。
「あ・・・・・・!」
紫眼。
彼の眼は、美しい紫色だった。
近くで見るとより分かる。ものすごく整った顔立ち。さらりとした髪が、左目を少し隠している。
「俺はメア、オマエは?」
「ティ、ティーシャ」
「ティーシャね」
薄いピンク色の唇が、笑みの形を描いた。ぞくりとするほど妖艶だった。
思わず、見惚れてしまう。吸い込まれる。
そして、ティーシャは、一つの可能性に気づく。
「あなた・・・・・・もしかして、私と同じ?『神の子』、なの?」
「ちげぇ」
投げやりに言った彼の眼が、きらと光る。夜に輝く、アメシストのように。
「俺もオマエも『神の子』なんかじゃねぇ。大体、そんな奴存在しない・・・・・・俺達は踊らされてるだけだ。奴らの掌の上でな」
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