Rabbits
文字数 12,444文字
【Rabbits】
「みなさん、『ネコミミウイルス』は空気感染です。
我々のようになりたくなければ、くれぐれも外には出ないでください!」
テレビでは今日も変わらず『ネコミミウイルス』についての報道がされている。
ネコミミのついたおっさんアナウンサーに、ネコミミのついたカメラマンがテレビに映し出される。
「政府は『動物は物』という民法に乗っ取ってネコミミウイルスに感染し、ネコミミになってしまった30歳以上の大人を殺処分する方針で……」
ネコミミウイルスは通勤電車に乗っていた大人に感染していった。そして、最初は風邪のような症状が出る。熱が出ると同時に、ネコミミが生える。そして悪化すると最後には猫になってしまう。
殺処分か……。仕方ないことなのだろうか。ネコミミウイルスの処方箋はない。猫になってしまった人間は飼われるしかなくなるが、これ以上感染が広がると経済どころか国が滅ぶ。
私もこれでお父さんとお母さんを失った。
渋谷でサラリーマンをしていたお父さんと、看護師の仕事をしていたお母さんは猫になった。
私は最初、保健所の人が来た時、両親を庇った。
『私がふたりのお世話をするから!!』
でもふたりは連れていかれた。
私まで感染したら……。ふたりは大人しく従っていた。
まだ人間の心が残っていたのだ。
お父さんとお母さんのお骨は帰ってきていない。
骨からも感染する可能性があるからって、ネコミミウイルスに罹った人の総合墓地に埋められた。
「しかし、安心してください。感染のピークは過ぎました。事態は収束に向かっています」
政府から支給されたインスタントの味噌汁にお湯を注ぐと、それにふーふーしながら口をつける。
そのとき、スマホが鳴った。
Twitterの通知だ。なになに……。
『@Haruki_Sun_Shine @itsuk_starlight 次は伊月の番だよ。
ウサギの絵を描いてツイートしてね! #ウサギリレー』
何、ウサギリレーって。
はるきのツイートには下手くそなセンスのないウサギの絵が描いてあった。
朝っぱらからなんなんだよ……。
朝からくだらないウサギの絵を描いて、なんでTwitterなんかにアップしないといけないんだ。
しかも名指しで指名してくるとか……嫌がらせかよ。
こんなバカげたことに私は参加しない。
私は朝ごはんの味噌汁を飲むと、二度寝することにした。
ネコミミウイルスのせいで都市封鎖し、学校は休校。
本当は勉強をしないといけないんだけど、今日はそんな気がしない。
全部、はるきが朝っぱらから変なツイートしてくるからだ。
……眠い。
布団に入ると、私はそのまま夜まで眠ってしまった。
「じゃっじゃーん! 起きてセニョリータ! いつまで寝てんの? 夜だよ~」
バカみたいに明るい声がスマホから聞こえて目が覚める。
……誰?
Youtubeつけっぱなしで寝てないし、なんでスマホから音声が流れてるんだろう?
目をこすりながらスマホをのぞくと、画面の半分にはウサギの着ぐるみ、そして半分には寝ぼけた私の顔が映っていた。
「え? なんで! カメラが作動してる……っていうか、これって?」
「Youtubeの『VSウサギさんちゃんねる』だよ~! 君はウサギリレーに指名されたのに、参加しなかった……そんな悪い子セニョリータは、罰として『ウサギさんゲーム』に参加してもらいまーす!」
「『ウサギさんゲーム』? っていうかこれ、Youtubeの生配信だよね!」
私は急いで視聴者を確認するが、流行っていないチャンネルなのか、視聴者は0だ。ひとまず安心する。
「よかった……」
「何がよかったの? ゲームはこれからだよ! ルールは簡単。僕が手をパパンパパン!って叩いた後、『だ~れが殺した♪』って歌うから、そのあとに続くワードを答えてね。それじゃ、行くよ!」
「え!? えぇっ!? ちょっと待って!」
私が言ってもウサギさんは無視してゲームを開始する。
パパンパパン。
「だ~れが殺した?」
「……わかんないよ!」
「不正解~! っていうか、問題放棄? セニョリータには罰が当たりまーす。では、ちゃお!」
ザーッ。
一瞬砂嵐が流れ、番組は終了した。
「一体何だったの?」
そのときお腹がなった。
「夕食にしよう……」
――翌朝。いつものように起き抜けでテレビをつけると、テレビ電話がかかってきた。
はるきからだ。
はるきは中学のクラスメイトだけど、そんなに仲良くはない。それなのに、なんでテレビ電話?
訝しみながら出ると、私の顔を見た瞬間、はるきは大爆笑した。
「うっわ、マジで生えてるよ、ウサミミ!! スクショ撮ろ。よし。これもみんなに拡散しよっと」
「……は?」
「え? まだ顔洗ってないの? 鏡見てごらんよ」
私は急いで洗面台の鏡を見てみる。
すると……。
「なにこれ」
頭の上には白いふわふわな物体。
耳……ウサギの耳だ!!
「え? 何これ、どういうこと?」
「しらな~い。でも、あんた、ウサギの絵を描いてツイートしなかったでしょ?
しかもバトンを渡さなかった……っていうか、そんな友達もいないもんね!
知ってたから、あんたにバトン回したんだ~!!
じゃあね! あんたの写真、Twirtterで拡散しとくから!
バトンを回す人がいないぼっちの末路ってね!」
シャラン。
……切れた。
「え? 何? 私、ハメられたの?」
Twitterで拡散するって言ったな、あの女。
私はアプリを起動すると、はるきのアカウントを見てみる。私の写真はない。
っていことは、裏アカウント?
裏アカウント、知らない……。
それなら。
Twitterの検索バーのところに「ぼっちの末路」とはるきがさっき言っていたワードを入れてみる。
すると、あった。
自分のウサミミ姿、しかも寝起きのくたくたな格好の写真がいくつも拡散されている。
@haruki_sun_shinenai
『恐怖! ウサギリレーに詰まったぼっちの末路(笑) #拡散希望』
@usamimigakkai
『RTうわ、すげぇウサミミ似合ってねぇブス!!』
@bocchinaritakuneeeee
『RTこいつがぼっちか……』
@suzunyanchou
『RT あ、こいつ同じ中学! 詳しくは身バレするから言えないけどw』
「ひどい……」
親をネコミミウイルスで政府に殺され、ひとりになった自分をこうして罠にはめてネットいじめ……最低だ。
……いや、ちょっと待て。何か大切なことを忘れているような。
そうだ! ウサミミだ!!
なんでウサミミなんだ? 今巷をにぎわしているのは『ネコミミウイルス』だぞ?
それに私は両親が死んでから誰とも接触していない……。
なのにウサミミが生えている。
「見間違いとか、動画加工とかじゃないよね?」
もう一度、洗面所の鏡を見てみる。ウサミミだ。
耳の根本を触ってみると、きっちり頭の髪の毛の間から生えている。
「うそだろ……これってどうすりゃいいんだ?」
もしかして、ネコミミウイルスの突然変異とか? でもあれは空気感染……。
もしこれがネコミミウイルスの突然変異で、私も最後にはウサギになってしまうとしたら……。やっぱりお父さんやお母さんみたいに保健所で殺処分されてしまうんだろうか。
でも、外出禁止令が出てるから、外にはベランダ以外出ていないし、人にも会っていない。
まさか。
私は手の中のスマホを見つめる。
「ネット感染……?」
そんなことがあるのだろうか。
ネットを通じて病気になる? そんな非現実的なことが……。
でも実際に自分の頭にはウサミミがある。
もしこれがネット感染だとしたら、私以外にも被害者はいるはず。
私はTwitterのアプリをもう一度開くと、検索バーに文字を打ち込もうとした。
「ウサミミで画像拡散されている人……つまり、ウサギリレーで友達に回せなかった人が私以外にもいるはず。その人たちを探し出せば、何かヒントが得られるかも!」
でも、どんな検索ワードで探せばいいんだろう?
とりあえず『#ウサミミ』で検索してみるが、変な風俗系アカウントかアイドルのコスプレしか出てこない。
これじゃない?
だとしたら……。
私は自分と同じ目に遭っていると思われる人を想像してみる。
私はいじめっこにLINEのスクショを撮られて拡散された。
……としたら。
「拡散希望……かな?」
私は検索バーのところに『拡散希望』と打ち込む。
すると政府に対する不平不満や、ネコミミウイルスに罹った医療従事者の悲痛な叫びなどがヒットした。
どんどん下へとスクロールしていくと、……あった。
ウサミミの子の写真だ。
@MHG_FAN_ree
『こいつもウサミミになったwwwww』
この写真の子と連絡を取りたいんだけど、どうすれば?
リプライがついてるけど、名前まではわからない。
そのあとも何人かウサミミになった子を見つけた。
他の子は大体みんなから晒されている感じだったけど、毛色の違う子もいた。
自分から「ウサミミになっちゃった! なんで!?」とツイートしていた子だ。
承認欲求とはげに恐ろしきものなり。
ウサミミになった自分がかわいいとでも思ってるんだ、この子。
はるきがの言葉を思い出す。
「ウサギリレーのバトンを渡せなかったぼっちがウサミミになる」
この子、自分がぼっちだって世界中に発言してるって気づいてないんだ。
こうしてちまちま探していても埒が明かない。
仕方ないので、フリーのメールアドレスを手早く入手すると、新しいアカウントを開設する。最初から面倒くさいことをしないで、こうすればよかった。
アカウント名は「ウサギさん被害者@usagi_higaisya」。
さっそくツイートする。
『ウサミミになってしまった人、一緒に治す方法を考えましょう! DMください』
これでウサミミになった被害者にDMを送ってもらえばいいんだ。
でももしこれが政府や保健所の人たちに見つかっちゃったら……。
新たなウイルスが見つかったってことで、捕まったりしないかな。
そんな心配をしながら一度スマホを置いてテレビをつける。
「恐怖? ウサミミウイルスとは!」
その声に私はビクリとして、アナウンサーの声に耳を澄ます。
「ウサミミウイルスという新型のウイルスがSNS上で若者に流行っていますが……なんとこれは悪質ないたずら。画像加工ソフトSNEWで撮った写真なんです。みなさんはウサミミウイルスなんて嘘話に騙されないでくださいね」
軽い口調でネットのジョークといった感じで話すネコミミアナウンサーに、私はぞっとした。
これはテレビ局の情報操作だ。
国民を不安にさせないためにだろうか。今でさえネコミミウイルスなんて意味のわからないウイルスに国を滅亡させられそうになってるのに、ウサミミウイルスなんてものまで流行ってたら、大パニックになるに決まっている。
だけどこれで救われた節もある。ツイートが心配だったけど、テレビでネタだって言ってくれれば、ネタに便乗したバカが遊んでるだけだと思われる。
ただそれだと本当の被害者が見つかるか心配だけど……。
とりあえず目玉焼きでも作ろう。
卵を取り出して、フライパンに刻んだほうれん草と一緒に卵を割って放り込み、蓋をする。
ピロリンとリプライやDMが送られてくる音が聞こえる。
見るのは朝ごはんを食べながらだ。
お皿に目玉焼きを乗せるてテーブルに置くと、私はさっそく目玉焼きを食べながらスマホを見た。
@hourengekyou
『デマ乙』
@uringe_uringo
『テレビ見たぞ。嘘だって。こんな時期にデマ情報を流すなよ!』
リプライはこんな調子だ。
DMでも何通かはこんなクレーム。でも3通だけ切実な内容のものが来ていた。
みずほ@mizu♡
『信じてもらえないかもしれないけど、あたしもウサミミになっています。ウサギリレーに参加しました』
小唄@koutautauta
『私もウサミミになってしまいました。どうすればいいの?』
あすか★FlyHigh@Asuka_Fly_high
『男なのにウサミミはきつい……助けてください』
この3人は真実味がある。
でも、まだ冷やかしの可能性がある。
私は賭けに出ることにした。
3人のDMに、Skypeのアカウントを貼ると、3人に同じ文面を送った。
『今日のお昼の0時、私のSkypeに連絡ください。グループビデオ通話しましょう。
ウサミミが本当に生えたかチェックさせてください』
念には念を。
するとしばらくして。
みずほ@mizu♡
『わかりました』
あすか★FlyHigh@Asuka_Fly_high
『了解しました』
ふたりはある程度ネットの知識があるのか、すぐに返信が来た。
でももうひとりが厄介だった。
小唄@koutautauta
『Skypeってなんですか? ごめんなさい、小学生でスマホ買ってもらったばっかりだったので……教えてくれる大人もネコミミウイルスで保健所に行ってしまって。教えてください』
小学生にも流行ってたのか、このいじめ。
私は同じような境遇の小唄ちゃんに同情した。
私より小さいのに、親御さんが保健所で……。
すぐ両手でスマホを持つと、手早く文字を入力する。
この説明で分かればいいけど、って祈りながら。
すると。
小唄@koutautauta
「なんとなくわかりました! やってみます!」
これでいいかな。
昼の0時までまだ時間がある。
私はまた寝ることにした。
学校再開のめどは立っていない。
勉強したくても、教えてくれる大人がいない。生活は国が補償してくれるからいいけど、それ以外やることがないのだ。
正午。
約束の時間だ。
私はスマホではなく、パソコンを起動するとSkypeを立ち上げた。
これでいいかな?
リンクをシェアして、しばらく。
グループチャットに三人の姿が現れた。
でも、誰が誰だかわからないし、マスクをしていたり、お面をしていたりする。
素顔なのは小さな女の子だけだ。多分これが小唄ちゃんだろう。
みんなの頭をみると、しっかりウサミミがついている。
茶色いタレ耳、黒い耳、私と一緒の白い耳だ。
とりあえず、誰が誰だかわからないので、自己紹介を促す。
「えーと、私が伊月です。みずほさんと、あすかさんと小唄さん……ですよね」
「はい」
三人同時にうなずくと、画面越しに小唄ちゃんの目が動く。
誰から自己紹介するか探っているのだ。
「あ、私がみずほや! よろしゅうな」
「なんだ、そのエセ関西弁」
ツッコんだのが、お面で黒耳のあすかさんか。
「……私、地元知られたくないんや。だって、ウサミミになったやつはぼっちでバトン渡せへんかった仲間はずれやろ?」
その泣きそうな言葉に、全員が閉口する。
……このままじゃダメだ。
せっかくどうにかウサミミを治す方法を考えようと集めたメンバーなのに。
私は空気を変えるために大声で話しかけた。
「みんなも『ウサギリレー』に参加させられたの? 私はクラスメイトから回ってきたんだけど絵を描かなくて……翌日LINEその子にスクショ撮られて拡散されて」
「私はウサギの絵は描いたんやで。でも回す相手がおらんで……」
「俺は回ってきたことにも気づかなかった。無視してたらこうだ」
「私はTwitterの使い方よくわかってなくて。絵を描いてどうすればいいのか……」
みんな「ウサギリレー」が回ってきたのは一緒か。
絵は描いた人も描かなかった人もいるけど、共通しているのは『次の人にバトンを回さなかった』……。つまり、あのハッシュタグだ。
「ところで『ウサギさん』には会った? Youtubeの!」
「あ、会ったで! 夜中にスマホが光ってな!」
「俺も……朝方だったかな。なんかウサギさんゲームしろって」
「こうやって手を叩いたあと……だ~れが殺した♪って歌をウサギさんが歌って……」
「誰かゲームに勝った人は?」
「…………」
全員無言になる。
ってことは、みんな負けたんだ。
「あのウサギさんゲームの答えって何だろう?」
「待ってや! Twitterで検索して見るわ!」
みずほさんがスマホで検索する。
それと同時に私とあすかさんも検索を始めた。
考えられるのは「ウサギさんゲーム 勝ち」「ウサギさんゲーム 答え」……。
出ない。
結果なし。検索ワードは見つかりませんでした。
こんなことってある?
少しぐらいヒントがあったっていいじゃない。
でも、ヒントがあったらこんなウサミミになる人なんていないんじゃ……。
「あの」
小唄ちゃんがちょっと気づいたように声を上げる。
スマホの画面を見ているからか、うつむき加減なのは仕方ない。
「みんなウサギさんに会ってこうなったら、もう一度ウサギさんに会ってなんとかしてもらうっていうのはどうでしょう?」
「でもずいぶん強引なやつだったぞ? Youtubeだっていきなり始まったし。こっちの話聞いてくれるか?」
否定的な意見を言うあすかさん。
確かにその通りだ。しかし、小唄ちゃんに同調したのがみずほさんだった。
「でも、会うてみるのは名案やない? 言うこと聞いてくれるんかは別やけどな」
「だけどまた『ウサギさんゲーム』をさせられたらどうすんだ? 今度はウサギの尻尾が生えてくるかも……まぁケツなら会わない限りスクショ撮られたりはしないだろうけど」
そうなのだ。またウサギさんゲームをさせられたら、どうなるかわからない。かといって、今のままでもウサミミだ。
これは少し無茶しても、ウサギさんと会うのは手かもしれない。
「ウサギの尻尾程度だったら許容範囲だよ。どうせ耳が生えてるんだから、このままウサギになっちゃうかもしれない。だったらウサギさんと戦おうよ!」
「せやな! 思い当たる方法もないし。こうなったらやけくそや!」
「みんなそういうけど、ウサギさんってどうやって呼び出すのかもわからねぇんだぞ?」
言われてみれば。
私は自分がウサミミになったときのことを思い出す。
それと、みんながウサミミになった経緯。
「ウサギリレーが回ってきて、止めたからウサギさんが現れたんだよね? だったらまたウサギリレーをやればいいんだよ」
「でも、ウサギさんと話がつけられるかどうか……いきなりゲームを始められるかも」
心配そうな小唄ちゃんに、私は大丈夫、と声をかける。
「そしたら勝てばいいんだよ。勝てば何も起きない……と思うし、もしかしたらこの呪いも解けるかもしれない」
「どうやって勝つん? それが問題やで……」
みずほさんの言葉に、みんなが黙り込んでしまう。
問題は手拍子の後の歌。
「誰が殺した」のあとの歌だ。
……いや、待てよ。
「勝てる可能性はあるよ。私たちは『問題を知ってる』じゃない!」
「そうか、『誰が殺した』の後がわかればいいんだな」
あすかさんがそう言うと、またみんな検索を始める。
答えは案外あっさり出た。
「『クックロビン』だ! 少女漫画の歌だよ! 知らなかったけど……」
「検索すれば一発やったな。クイズを出されたときはいきなりやったから答えられんかったけど……」
「これでウサギさんには勝てますね!」
女子3人は歓喜にわくが、あすかさんだけは黙っている。
「あすかさん、何か?」
「いや……答えがわかっても、誰がやるかなって。それにウサギさんの呼び出し方もわからない」
「それはまた『ウサギさんゲーム』を私らですればええんやない? 誰がやるかは……」
「私がやります」
手を挙げたのは小唄ちゃんだった。
「言い出しっぺは私ですし」
最年少の子に手を挙げられた私たちは黙った。
こんな小さな子にやらせていいんだろうか。
それなら。
「私がやるよ。両親はネコミミウイルスで保健所に連れていかれちゃたし、私はひとりだもん」
「一人なのは私もですよ!」
「でも、こういうのは年功序列だよ……。年上から死んでいく。それが自然でしょ? 小唄さんと同じ境遇なら、私がやったほうがいい」
「決まり……だな」
あすかさんは卑怯だ。
だけどそれが普通なのかもしれない。
今日会ったばっかりで、信用も何もないネットだけの上辺の顔見知りってだけだし。
「ホントええの?」
「うん、誰かやってみないとわからないし。あすかさん、その代わりウサギさんゲーム、始めてくれる? あすかさん、みずほさん、小唄さん、私の順でバトンを渡してほしい」
「……わかった。その代わり、このSkypeはつないだままやってくれ」
私は黙ってうなずいた。
多分、見届けたいんだろう。
私がどうなるか。
さて。
私はTwitterのタイムラインを確認する。
打ち合せでは、ウサギさんに悟られないようにしようと、あくまでも普通のウサギリレーと同じ状況を作り上げてほしいと言った。
あすか★FlyHigh@Asuka_Fly_high
『ウサギの絵を描いてツイートしてね! #ウサギリレー
次はみずほ♡@mizuで』
このツイートと一緒に、へたくそなウサギの絵。
……というか、ウサギ?
このレベルは小学生以下じゃないか?
幼稚園児の絵ってどこか芸術的なところがあるからバカにできないけど、
これは絵のうまい下手がわかってきて、下手な部類に振り分けられる小学生の絵だ。
ウサギの耳は短いし、ひげも鼻から生えている。
「ぶっ」
「笑ったな」
「あ、すみません」
Skypeがつながっていることを一瞬忘れて、思わず吹き出してしまったら
あすかさんが少しむっとした。
「次は……私やね」
私たちがしたヘマは、バトンをちゃんと渡さなかったこと。
そもそもこのリレーの説明を聞いてなかったり、渡す相手がいなかったり、気づかなかったりしたこと。
今回は違う。
最後は私だけど、他の3人はちゃんと渡す人がいる。
しっかりとバトンを回さないと。
みずほさんがスマホに指で絵を描き始める。
「ウサギって、適当でいいんだよね」
「知らね」
笑われたあすかさんがむすっとした感じで答える。
ともかくウサギならなんでもいいんだ。
あすかさんはスマホを見つめている。
下手な絵だったからウサギさんからの連絡がこないか不安なんだろう。
「できたで。次小唄さんやな」
みずほ♡@mizu
『うさぎさん♡
#ウサギリレー 次は小唄@koutautautaさん』
みずほさんのウサギは、いかにも女の子が描いたという感じのかわいらしいものだった。
ウサギの手には紫色のにんじんまで描いてある。
だけど、なんで紫色?
「なんで紫の人参なんだよ?」
聞いたのはあすかさんだ。
「だって。みんなをウサミミにしたんやで? こんなウサギ、毒入りニンジンでも食うて死んでまえと思たんや」
かわいいウサギの絵にそんな気持ちがこもってたなんて……。
ウサギさんが憎いのはわかる。
私たちはウサギさんにゲームで負けたからウサミミになった。
……でも、本当に憎むのはウサギさん?
私たちが『バトンを渡さない』ことを知っているのにバトンを渡した「みんな」じゃないの?
しかも「みんな」はウサミミになることを知っていて、
ウサミミになった私たちのスクショを撮ってネット上で拡散した。
こんなの集団いじめじゃないか。
いつ、誰から渡されるかわからない爆弾。
私は同じクラスの子からだったけど、ネット上での知り合いや本当につながりのない人から回ってくる可能性だってある。
そんなの……怖い。
それに、防ぎようがない。
外出禁止令。
こういうリレーはアスリートや芸能人たちがみんなを元気付けようと仲間内で始めたこと。
それなのに、今やリアルネットウイルスの媒介になっている。
外は空気感染のネコミミウイルス。
ネット上ではウサミミウイルス。
こんなのが流行っていたら、私たちはどこに行けばいい?
どこに逃げればいい?
逃げる場所なんて、最初からないのだ。
だったら戦わないと。私たちのできることで。
平穏な精神生活を取り戻す。たったそれだけのことだ。
「……できました。送ります」
ピロン。
小唄ちゃんからメンションが来た。
次は私。
ウサギさんとの闘いだ。
私が小唄ちゃんからのツイートを無視して、1時間。
ちょうど午後5時。
みんなはSkypeをつなぎつつ、しゃべることもなくただボーっとしていた。
たまに「来た?」とあすかさんやみずほさんが尋ねるくらい。
小唄ちゃんはじっとぬいぐるみを抱いて待っている。
そろそろ晩ご飯の準備しないと。
そう思って立ち上がろうとした瞬間。
「じゃっじゃーん! そりゃないぜ、セニョリータ! これが2回目だよ~?」
つんざくような明るい大声に、画面上のみんなが反応する。
私はスマホを見た。
ウサギさんだ。
「あれあれ? なんだか様子がおかしいぞ~? もしかして、みんなで作戦を練ってボクを倒そうと考えてた~? ウシャシャシャ! じゃ、さっそく行っくよ~!」
「待って!」
「え? どうしたの、セニョリータ。怖気づいちゃったの? それとも次負けたらどうなるか知りたいの~? 負けてからのお楽しみだよ!」
私は構わず続ける。
「どんなからくりでウサミミにしてるか……それはネットウイルスだよね? ネットがリアルに影響するなんてありえないと思ってたけど。でも、なんでウサギさんはこんなことをしているの?」
「なんで? ……知りたい? ボクの目的は、ニクイスマホ文化を滅ぼすこと!
だからウサミミウイルスを流行らせてるんだ!」
明るい声は変わらない。
スマホ文化が憎い?
なんで……。
「なんでスマホ文化が憎いの?」
「…………」
スマホの中のウサギさんが黙った。
Skypeのみんなも黙ったままだ。
相変わらずYoutubeはライブ配信中。
一応人数を確認すると、3。
あすかさん、みずほさん、小唄ちゃんの3人が見てるってことだ。
もしかしたらこれは……。
しくじった。
「ウサギさん! 人質を取った!?」
「そうだよ! 今回は賭けさ、セニョリータ! この3人が本物のウサギになるか、全員のウサミミが取れて、ウサミミウイルスに免疫がつくかのどっちかだ!」
「ずるいよ! そんなの!」
「ずるい~? ボクに内緒でこっそりみんなで会議して、ボクをハメようとしたのに~?」
あっ……。
はっとした。
私たちはハブられた。
ネット上で。
#ウサギリレーについて、何も知らされてなかった。
情報過多なこの時代。
情報が多すぎて、何を見ればいいのか、誰の話を信じればいいのかわからない。
それに通信手段が確実に増えた。
自分の知らないところで、自分の知らない人が自分の悪口を吹聴する。
それが拡散されてゆく。
SNSは空気感染のウイルスと同じだ。
ウサミミをなんとかしたかった私たちは、『ウサギさんに内緒で』『ウサギさんを倒す』作戦を考えた。
これって、自分の身に降りかかったことを解決するためとは言え、やってることは自分たちをいじめたやつらと一緒……。
「ま、いいや! ボクがなんでこんなことをしてるのか、教えてあげる!」
Youtubeの画面が変わった。
場所はどこかの古い遊園地。
画面もセピアに代わって、昔の雰囲気を醸し出す。
これはウサギさんの回想だ。
ウサギさんは噴水の前で風船を配っていた。
来たのは集団の修学旅行生。
嫌な予感がした。
そこで動画は終わった。
「さて、何が起きたと思う? ウシャシャシャシャ! ヒントは『ウサギさんアタック』だよ!」
みんなが一斉にスマホで検索を始める。
「ヒントは与えた。じゃ、行っくよ~!」
まずい。
ウサギさんゲームが始まる。
パパンパパン。
手拍子が見つかる。
「だ~れが殺した♪」
ウサギさんが歌う。
「おい! これだ!!」
見つけたのはあすかさんだ。
スマホの画面をパソコンのカメラに向ける。
@reika_reiiU2
「ワロタ #ウサギさんアタック」
ツイートには写真がついている。
修学旅行生が噴水にウサギさんを突き落としている写真だ。
ウサギさんはリアルで噴水に落とされて、それをネットで拡散されたんだ……。
「ウサギさん……」
私は思わずこぼしてしまった。
みんなが黙り込む。
まずった。
正解は「クックロビン」なのに。
「…………」
あれ? ウサギさんも黙っている。
おかしいな。
間違いだったらこの間みたいに間髪入れず「はずれ!」って言いそうなのに……。
「ボクは……これが原因で肺炎で死んだんだ」
「正解だよ。だ~れが殺した、ウサギさん。ボクのコタヘハシュうガくリョコうセイのれイカとアいなと……」
Youtubeの画像が乱れる。
「通信障害?」
みずほさんの声に、あすかさんが答える。
「いや、違うだろ! Skypeは大丈夫……」
ガガ…ガガッ―――……ピ――…………
パソコンがシャットダウンする。
Youtubeどころかスマホの電源がシャットダウンだ。
どうしよう!
このまま私たち……。
でも答えは正解だって……どういうこと……!?
……。
…………。
小鳥のさえずりが聞こえる。
まさか、寝落ち?
昨日パソコンがシャットダウンしたのは午後5時なのに。
今は朝だ。
パソコン……。
Skypeのみんなは……。
起動させるが、みんなのアカウントが消えている。
どういうこと?
ログも残っていない。
スマホは……。
よかった。
壊れたわけじゃないみたい。
Twitterのフォローも、昨日の3人だけ消えている。
何が起きたっていうんだ。
結局正解は……したんだよね?
私は洗面台へ鏡を見に行く。
すると、ウサミミはなくなっていた。
まるで昨日の悪夢が嘘だったみたいに。
ホッとして、とりえずテレビをつける。
ネコミミだった大人たちだが、耳が……なくなってる?
うそ。ネコミミウイルス、とうとう終息したの?
それともいままでのは全部夢……なわけないか。
お父さんとお母さんは家にいない。
朝なのに。
殺された人は戻ってこないんだ。
感傷に浸っていると、ウサギたちが檻の中にいる映像が流れた。
「繰り返しますが、ネコミミウイルスが終息したあと、
子どもたちに謎の『ウサミミウイルス』が蔓延しています。
くれぐれもお子さんにネット、特にSNSをやらせないでください。
繰り返します。SNSをやらせないでください。
それでは政府の見解です」
首相が国会で演説している。
嫌な予感がする。
「猫とは違い、ウサギは食べられます。食用にできるんです。
ネットウイルスなら実際の菌とは違います。媒介はネットです。
ですからウサギになった子どもたちは殺処分したあと、おいしくいただけます。
人口の減った今、我々はこうして生きていかなくてはならないのです」
私はTwitterを見た。
TLが止まっている。
そういえば、TwitterのDM……。
DMのログは残っている。
昨日のみんなと連絡が取れる!
私はみんなを再フォローして、ツイートする。
「みんな、大丈夫!?」
みずほ@mizu♡
『私は大丈夫やけど……』
小唄@koutautauta
『TLが静かで……ウサミミの自撮りがいくつか……』
あすか★FlyHigh@Asuka_Fly_high
『ざまあないって。みんな何が『拡散しないで!』だ。周りはみんな殺処分候補だってよ!』
これは……悪夢再来。
私たち4人はいじめられたから助かった。
なんて皮肉なんだろう――。
みんなの地獄はこれからだ。
「みなさん、『ネコミミウイルス』は空気感染です。
我々のようになりたくなければ、くれぐれも外には出ないでください!」
テレビでは今日も変わらず『ネコミミウイルス』についての報道がされている。
ネコミミのついたおっさんアナウンサーに、ネコミミのついたカメラマンがテレビに映し出される。
「政府は『動物は物』という民法に乗っ取ってネコミミウイルスに感染し、ネコミミになってしまった30歳以上の大人を殺処分する方針で……」
ネコミミウイルスは通勤電車に乗っていた大人に感染していった。そして、最初は風邪のような症状が出る。熱が出ると同時に、ネコミミが生える。そして悪化すると最後には猫になってしまう。
殺処分か……。仕方ないことなのだろうか。ネコミミウイルスの処方箋はない。猫になってしまった人間は飼われるしかなくなるが、これ以上感染が広がると経済どころか国が滅ぶ。
私もこれでお父さんとお母さんを失った。
渋谷でサラリーマンをしていたお父さんと、看護師の仕事をしていたお母さんは猫になった。
私は最初、保健所の人が来た時、両親を庇った。
『私がふたりのお世話をするから!!』
でもふたりは連れていかれた。
私まで感染したら……。ふたりは大人しく従っていた。
まだ人間の心が残っていたのだ。
お父さんとお母さんのお骨は帰ってきていない。
骨からも感染する可能性があるからって、ネコミミウイルスに罹った人の総合墓地に埋められた。
「しかし、安心してください。感染のピークは過ぎました。事態は収束に向かっています」
政府から支給されたインスタントの味噌汁にお湯を注ぐと、それにふーふーしながら口をつける。
そのとき、スマホが鳴った。
Twitterの通知だ。なになに……。
『@Haruki_Sun_Shine @itsuk_starlight 次は伊月の番だよ。
ウサギの絵を描いてツイートしてね! #ウサギリレー』
何、ウサギリレーって。
はるきのツイートには下手くそなセンスのないウサギの絵が描いてあった。
朝っぱらからなんなんだよ……。
朝からくだらないウサギの絵を描いて、なんでTwitterなんかにアップしないといけないんだ。
しかも名指しで指名してくるとか……嫌がらせかよ。
こんなバカげたことに私は参加しない。
私は朝ごはんの味噌汁を飲むと、二度寝することにした。
ネコミミウイルスのせいで都市封鎖し、学校は休校。
本当は勉強をしないといけないんだけど、今日はそんな気がしない。
全部、はるきが朝っぱらから変なツイートしてくるからだ。
……眠い。
布団に入ると、私はそのまま夜まで眠ってしまった。
「じゃっじゃーん! 起きてセニョリータ! いつまで寝てんの? 夜だよ~」
バカみたいに明るい声がスマホから聞こえて目が覚める。
……誰?
Youtubeつけっぱなしで寝てないし、なんでスマホから音声が流れてるんだろう?
目をこすりながらスマホをのぞくと、画面の半分にはウサギの着ぐるみ、そして半分には寝ぼけた私の顔が映っていた。
「え? なんで! カメラが作動してる……っていうか、これって?」
「Youtubeの『VSウサギさんちゃんねる』だよ~! 君はウサギリレーに指名されたのに、参加しなかった……そんな悪い子セニョリータは、罰として『ウサギさんゲーム』に参加してもらいまーす!」
「『ウサギさんゲーム』? っていうかこれ、Youtubeの生配信だよね!」
私は急いで視聴者を確認するが、流行っていないチャンネルなのか、視聴者は0だ。ひとまず安心する。
「よかった……」
「何がよかったの? ゲームはこれからだよ! ルールは簡単。僕が手をパパンパパン!って叩いた後、『だ~れが殺した♪』って歌うから、そのあとに続くワードを答えてね。それじゃ、行くよ!」
「え!? えぇっ!? ちょっと待って!」
私が言ってもウサギさんは無視してゲームを開始する。
パパンパパン。
「だ~れが殺した?」
「……わかんないよ!」
「不正解~! っていうか、問題放棄? セニョリータには罰が当たりまーす。では、ちゃお!」
ザーッ。
一瞬砂嵐が流れ、番組は終了した。
「一体何だったの?」
そのときお腹がなった。
「夕食にしよう……」
――翌朝。いつものように起き抜けでテレビをつけると、テレビ電話がかかってきた。
はるきからだ。
はるきは中学のクラスメイトだけど、そんなに仲良くはない。それなのに、なんでテレビ電話?
訝しみながら出ると、私の顔を見た瞬間、はるきは大爆笑した。
「うっわ、マジで生えてるよ、ウサミミ!! スクショ撮ろ。よし。これもみんなに拡散しよっと」
「……は?」
「え? まだ顔洗ってないの? 鏡見てごらんよ」
私は急いで洗面台の鏡を見てみる。
すると……。
「なにこれ」
頭の上には白いふわふわな物体。
耳……ウサギの耳だ!!
「え? 何これ、どういうこと?」
「しらな~い。でも、あんた、ウサギの絵を描いてツイートしなかったでしょ?
しかもバトンを渡さなかった……っていうか、そんな友達もいないもんね!
知ってたから、あんたにバトン回したんだ~!!
じゃあね! あんたの写真、Twirtterで拡散しとくから!
バトンを回す人がいないぼっちの末路ってね!」
シャラン。
……切れた。
「え? 何? 私、ハメられたの?」
Twitterで拡散するって言ったな、あの女。
私はアプリを起動すると、はるきのアカウントを見てみる。私の写真はない。
っていことは、裏アカウント?
裏アカウント、知らない……。
それなら。
Twitterの検索バーのところに「ぼっちの末路」とはるきがさっき言っていたワードを入れてみる。
すると、あった。
自分のウサミミ姿、しかも寝起きのくたくたな格好の写真がいくつも拡散されている。
@haruki_sun_shinenai
『恐怖! ウサギリレーに詰まったぼっちの末路(笑) #拡散希望』
@usamimigakkai
『RTうわ、すげぇウサミミ似合ってねぇブス!!』
@bocchinaritakuneeeee
『RTこいつがぼっちか……』
@suzunyanchou
『RT あ、こいつ同じ中学! 詳しくは身バレするから言えないけどw』
「ひどい……」
親をネコミミウイルスで政府に殺され、ひとりになった自分をこうして罠にはめてネットいじめ……最低だ。
……いや、ちょっと待て。何か大切なことを忘れているような。
そうだ! ウサミミだ!!
なんでウサミミなんだ? 今巷をにぎわしているのは『ネコミミウイルス』だぞ?
それに私は両親が死んでから誰とも接触していない……。
なのにウサミミが生えている。
「見間違いとか、動画加工とかじゃないよね?」
もう一度、洗面所の鏡を見てみる。ウサミミだ。
耳の根本を触ってみると、きっちり頭の髪の毛の間から生えている。
「うそだろ……これってどうすりゃいいんだ?」
もしかして、ネコミミウイルスの突然変異とか? でもあれは空気感染……。
もしこれがネコミミウイルスの突然変異で、私も最後にはウサギになってしまうとしたら……。やっぱりお父さんやお母さんみたいに保健所で殺処分されてしまうんだろうか。
でも、外出禁止令が出てるから、外にはベランダ以外出ていないし、人にも会っていない。
まさか。
私は手の中のスマホを見つめる。
「ネット感染……?」
そんなことがあるのだろうか。
ネットを通じて病気になる? そんな非現実的なことが……。
でも実際に自分の頭にはウサミミがある。
もしこれがネット感染だとしたら、私以外にも被害者はいるはず。
私はTwitterのアプリをもう一度開くと、検索バーに文字を打ち込もうとした。
「ウサミミで画像拡散されている人……つまり、ウサギリレーで友達に回せなかった人が私以外にもいるはず。その人たちを探し出せば、何かヒントが得られるかも!」
でも、どんな検索ワードで探せばいいんだろう?
とりあえず『#ウサミミ』で検索してみるが、変な風俗系アカウントかアイドルのコスプレしか出てこない。
これじゃない?
だとしたら……。
私は自分と同じ目に遭っていると思われる人を想像してみる。
私はいじめっこにLINEのスクショを撮られて拡散された。
……としたら。
「拡散希望……かな?」
私は検索バーのところに『拡散希望』と打ち込む。
すると政府に対する不平不満や、ネコミミウイルスに罹った医療従事者の悲痛な叫びなどがヒットした。
どんどん下へとスクロールしていくと、……あった。
ウサミミの子の写真だ。
@MHG_FAN_ree
『こいつもウサミミになったwwwww』
この写真の子と連絡を取りたいんだけど、どうすれば?
リプライがついてるけど、名前まではわからない。
そのあとも何人かウサミミになった子を見つけた。
他の子は大体みんなから晒されている感じだったけど、毛色の違う子もいた。
自分から「ウサミミになっちゃった! なんで!?」とツイートしていた子だ。
承認欲求とはげに恐ろしきものなり。
ウサミミになった自分がかわいいとでも思ってるんだ、この子。
はるきがの言葉を思い出す。
「ウサギリレーのバトンを渡せなかったぼっちがウサミミになる」
この子、自分がぼっちだって世界中に発言してるって気づいてないんだ。
こうしてちまちま探していても埒が明かない。
仕方ないので、フリーのメールアドレスを手早く入手すると、新しいアカウントを開設する。最初から面倒くさいことをしないで、こうすればよかった。
アカウント名は「ウサギさん被害者@usagi_higaisya」。
さっそくツイートする。
『ウサミミになってしまった人、一緒に治す方法を考えましょう! DMください』
これでウサミミになった被害者にDMを送ってもらえばいいんだ。
でももしこれが政府や保健所の人たちに見つかっちゃったら……。
新たなウイルスが見つかったってことで、捕まったりしないかな。
そんな心配をしながら一度スマホを置いてテレビをつける。
「恐怖? ウサミミウイルスとは!」
その声に私はビクリとして、アナウンサーの声に耳を澄ます。
「ウサミミウイルスという新型のウイルスがSNS上で若者に流行っていますが……なんとこれは悪質ないたずら。画像加工ソフトSNEWで撮った写真なんです。みなさんはウサミミウイルスなんて嘘話に騙されないでくださいね」
軽い口調でネットのジョークといった感じで話すネコミミアナウンサーに、私はぞっとした。
これはテレビ局の情報操作だ。
国民を不安にさせないためにだろうか。今でさえネコミミウイルスなんて意味のわからないウイルスに国を滅亡させられそうになってるのに、ウサミミウイルスなんてものまで流行ってたら、大パニックになるに決まっている。
だけどこれで救われた節もある。ツイートが心配だったけど、テレビでネタだって言ってくれれば、ネタに便乗したバカが遊んでるだけだと思われる。
ただそれだと本当の被害者が見つかるか心配だけど……。
とりあえず目玉焼きでも作ろう。
卵を取り出して、フライパンに刻んだほうれん草と一緒に卵を割って放り込み、蓋をする。
ピロリンとリプライやDMが送られてくる音が聞こえる。
見るのは朝ごはんを食べながらだ。
お皿に目玉焼きを乗せるてテーブルに置くと、私はさっそく目玉焼きを食べながらスマホを見た。
@hourengekyou
『デマ乙』
@uringe_uringo
『テレビ見たぞ。嘘だって。こんな時期にデマ情報を流すなよ!』
リプライはこんな調子だ。
DMでも何通かはこんなクレーム。でも3通だけ切実な内容のものが来ていた。
みずほ@mizu♡
『信じてもらえないかもしれないけど、あたしもウサミミになっています。ウサギリレーに参加しました』
小唄@koutautauta
『私もウサミミになってしまいました。どうすればいいの?』
あすか★FlyHigh@Asuka_Fly_high
『男なのにウサミミはきつい……助けてください』
この3人は真実味がある。
でも、まだ冷やかしの可能性がある。
私は賭けに出ることにした。
3人のDMに、Skypeのアカウントを貼ると、3人に同じ文面を送った。
『今日のお昼の0時、私のSkypeに連絡ください。グループビデオ通話しましょう。
ウサミミが本当に生えたかチェックさせてください』
念には念を。
するとしばらくして。
みずほ@mizu♡
『わかりました』
あすか★FlyHigh@Asuka_Fly_high
『了解しました』
ふたりはある程度ネットの知識があるのか、すぐに返信が来た。
でももうひとりが厄介だった。
小唄@koutautauta
『Skypeってなんですか? ごめんなさい、小学生でスマホ買ってもらったばっかりだったので……教えてくれる大人もネコミミウイルスで保健所に行ってしまって。教えてください』
小学生にも流行ってたのか、このいじめ。
私は同じような境遇の小唄ちゃんに同情した。
私より小さいのに、親御さんが保健所で……。
すぐ両手でスマホを持つと、手早く文字を入力する。
この説明で分かればいいけど、って祈りながら。
すると。
小唄@koutautauta
「なんとなくわかりました! やってみます!」
これでいいかな。
昼の0時までまだ時間がある。
私はまた寝ることにした。
学校再開のめどは立っていない。
勉強したくても、教えてくれる大人がいない。生活は国が補償してくれるからいいけど、それ以外やることがないのだ。
正午。
約束の時間だ。
私はスマホではなく、パソコンを起動するとSkypeを立ち上げた。
これでいいかな?
リンクをシェアして、しばらく。
グループチャットに三人の姿が現れた。
でも、誰が誰だかわからないし、マスクをしていたり、お面をしていたりする。
素顔なのは小さな女の子だけだ。多分これが小唄ちゃんだろう。
みんなの頭をみると、しっかりウサミミがついている。
茶色いタレ耳、黒い耳、私と一緒の白い耳だ。
とりあえず、誰が誰だかわからないので、自己紹介を促す。
「えーと、私が伊月です。みずほさんと、あすかさんと小唄さん……ですよね」
「はい」
三人同時にうなずくと、画面越しに小唄ちゃんの目が動く。
誰から自己紹介するか探っているのだ。
「あ、私がみずほや! よろしゅうな」
「なんだ、そのエセ関西弁」
ツッコんだのが、お面で黒耳のあすかさんか。
「……私、地元知られたくないんや。だって、ウサミミになったやつはぼっちでバトン渡せへんかった仲間はずれやろ?」
その泣きそうな言葉に、全員が閉口する。
……このままじゃダメだ。
せっかくどうにかウサミミを治す方法を考えようと集めたメンバーなのに。
私は空気を変えるために大声で話しかけた。
「みんなも『ウサギリレー』に参加させられたの? 私はクラスメイトから回ってきたんだけど絵を描かなくて……翌日LINEその子にスクショ撮られて拡散されて」
「私はウサギの絵は描いたんやで。でも回す相手がおらんで……」
「俺は回ってきたことにも気づかなかった。無視してたらこうだ」
「私はTwitterの使い方よくわかってなくて。絵を描いてどうすればいいのか……」
みんな「ウサギリレー」が回ってきたのは一緒か。
絵は描いた人も描かなかった人もいるけど、共通しているのは『次の人にバトンを回さなかった』……。つまり、あのハッシュタグだ。
「ところで『ウサギさん』には会った? Youtubeの!」
「あ、会ったで! 夜中にスマホが光ってな!」
「俺も……朝方だったかな。なんかウサギさんゲームしろって」
「こうやって手を叩いたあと……だ~れが殺した♪って歌をウサギさんが歌って……」
「誰かゲームに勝った人は?」
「…………」
全員無言になる。
ってことは、みんな負けたんだ。
「あのウサギさんゲームの答えって何だろう?」
「待ってや! Twitterで検索して見るわ!」
みずほさんがスマホで検索する。
それと同時に私とあすかさんも検索を始めた。
考えられるのは「ウサギさんゲーム 勝ち」「ウサギさんゲーム 答え」……。
出ない。
結果なし。検索ワードは見つかりませんでした。
こんなことってある?
少しぐらいヒントがあったっていいじゃない。
でも、ヒントがあったらこんなウサミミになる人なんていないんじゃ……。
「あの」
小唄ちゃんがちょっと気づいたように声を上げる。
スマホの画面を見ているからか、うつむき加減なのは仕方ない。
「みんなウサギさんに会ってこうなったら、もう一度ウサギさんに会ってなんとかしてもらうっていうのはどうでしょう?」
「でもずいぶん強引なやつだったぞ? Youtubeだっていきなり始まったし。こっちの話聞いてくれるか?」
否定的な意見を言うあすかさん。
確かにその通りだ。しかし、小唄ちゃんに同調したのがみずほさんだった。
「でも、会うてみるのは名案やない? 言うこと聞いてくれるんかは別やけどな」
「だけどまた『ウサギさんゲーム』をさせられたらどうすんだ? 今度はウサギの尻尾が生えてくるかも……まぁケツなら会わない限りスクショ撮られたりはしないだろうけど」
そうなのだ。またウサギさんゲームをさせられたら、どうなるかわからない。かといって、今のままでもウサミミだ。
これは少し無茶しても、ウサギさんと会うのは手かもしれない。
「ウサギの尻尾程度だったら許容範囲だよ。どうせ耳が生えてるんだから、このままウサギになっちゃうかもしれない。だったらウサギさんと戦おうよ!」
「せやな! 思い当たる方法もないし。こうなったらやけくそや!」
「みんなそういうけど、ウサギさんってどうやって呼び出すのかもわからねぇんだぞ?」
言われてみれば。
私は自分がウサミミになったときのことを思い出す。
それと、みんながウサミミになった経緯。
「ウサギリレーが回ってきて、止めたからウサギさんが現れたんだよね? だったらまたウサギリレーをやればいいんだよ」
「でも、ウサギさんと話がつけられるかどうか……いきなりゲームを始められるかも」
心配そうな小唄ちゃんに、私は大丈夫、と声をかける。
「そしたら勝てばいいんだよ。勝てば何も起きない……と思うし、もしかしたらこの呪いも解けるかもしれない」
「どうやって勝つん? それが問題やで……」
みずほさんの言葉に、みんなが黙り込んでしまう。
問題は手拍子の後の歌。
「誰が殺した」のあとの歌だ。
……いや、待てよ。
「勝てる可能性はあるよ。私たちは『問題を知ってる』じゃない!」
「そうか、『誰が殺した』の後がわかればいいんだな」
あすかさんがそう言うと、またみんな検索を始める。
答えは案外あっさり出た。
「『クックロビン』だ! 少女漫画の歌だよ! 知らなかったけど……」
「検索すれば一発やったな。クイズを出されたときはいきなりやったから答えられんかったけど……」
「これでウサギさんには勝てますね!」
女子3人は歓喜にわくが、あすかさんだけは黙っている。
「あすかさん、何か?」
「いや……答えがわかっても、誰がやるかなって。それにウサギさんの呼び出し方もわからない」
「それはまた『ウサギさんゲーム』を私らですればええんやない? 誰がやるかは……」
「私がやります」
手を挙げたのは小唄ちゃんだった。
「言い出しっぺは私ですし」
最年少の子に手を挙げられた私たちは黙った。
こんな小さな子にやらせていいんだろうか。
それなら。
「私がやるよ。両親はネコミミウイルスで保健所に連れていかれちゃたし、私はひとりだもん」
「一人なのは私もですよ!」
「でも、こういうのは年功序列だよ……。年上から死んでいく。それが自然でしょ? 小唄さんと同じ境遇なら、私がやったほうがいい」
「決まり……だな」
あすかさんは卑怯だ。
だけどそれが普通なのかもしれない。
今日会ったばっかりで、信用も何もないネットだけの上辺の顔見知りってだけだし。
「ホントええの?」
「うん、誰かやってみないとわからないし。あすかさん、その代わりウサギさんゲーム、始めてくれる? あすかさん、みずほさん、小唄さん、私の順でバトンを渡してほしい」
「……わかった。その代わり、このSkypeはつないだままやってくれ」
私は黙ってうなずいた。
多分、見届けたいんだろう。
私がどうなるか。
さて。
私はTwitterのタイムラインを確認する。
打ち合せでは、ウサギさんに悟られないようにしようと、あくまでも普通のウサギリレーと同じ状況を作り上げてほしいと言った。
あすか★FlyHigh@Asuka_Fly_high
『ウサギの絵を描いてツイートしてね! #ウサギリレー
次はみずほ♡@mizuで』
このツイートと一緒に、へたくそなウサギの絵。
……というか、ウサギ?
このレベルは小学生以下じゃないか?
幼稚園児の絵ってどこか芸術的なところがあるからバカにできないけど、
これは絵のうまい下手がわかってきて、下手な部類に振り分けられる小学生の絵だ。
ウサギの耳は短いし、ひげも鼻から生えている。
「ぶっ」
「笑ったな」
「あ、すみません」
Skypeがつながっていることを一瞬忘れて、思わず吹き出してしまったら
あすかさんが少しむっとした。
「次は……私やね」
私たちがしたヘマは、バトンをちゃんと渡さなかったこと。
そもそもこのリレーの説明を聞いてなかったり、渡す相手がいなかったり、気づかなかったりしたこと。
今回は違う。
最後は私だけど、他の3人はちゃんと渡す人がいる。
しっかりとバトンを回さないと。
みずほさんがスマホに指で絵を描き始める。
「ウサギって、適当でいいんだよね」
「知らね」
笑われたあすかさんがむすっとした感じで答える。
ともかくウサギならなんでもいいんだ。
あすかさんはスマホを見つめている。
下手な絵だったからウサギさんからの連絡がこないか不安なんだろう。
「できたで。次小唄さんやな」
みずほ♡@mizu
『うさぎさん♡
#ウサギリレー 次は小唄@koutautautaさん』
みずほさんのウサギは、いかにも女の子が描いたという感じのかわいらしいものだった。
ウサギの手には紫色のにんじんまで描いてある。
だけど、なんで紫色?
「なんで紫の人参なんだよ?」
聞いたのはあすかさんだ。
「だって。みんなをウサミミにしたんやで? こんなウサギ、毒入りニンジンでも食うて死んでまえと思たんや」
かわいいウサギの絵にそんな気持ちがこもってたなんて……。
ウサギさんが憎いのはわかる。
私たちはウサギさんにゲームで負けたからウサミミになった。
……でも、本当に憎むのはウサギさん?
私たちが『バトンを渡さない』ことを知っているのにバトンを渡した「みんな」じゃないの?
しかも「みんな」はウサミミになることを知っていて、
ウサミミになった私たちのスクショを撮ってネット上で拡散した。
こんなの集団いじめじゃないか。
いつ、誰から渡されるかわからない爆弾。
私は同じクラスの子からだったけど、ネット上での知り合いや本当につながりのない人から回ってくる可能性だってある。
そんなの……怖い。
それに、防ぎようがない。
外出禁止令。
こういうリレーはアスリートや芸能人たちがみんなを元気付けようと仲間内で始めたこと。
それなのに、今やリアルネットウイルスの媒介になっている。
外は空気感染のネコミミウイルス。
ネット上ではウサミミウイルス。
こんなのが流行っていたら、私たちはどこに行けばいい?
どこに逃げればいい?
逃げる場所なんて、最初からないのだ。
だったら戦わないと。私たちのできることで。
平穏な精神生活を取り戻す。たったそれだけのことだ。
「……できました。送ります」
ピロン。
小唄ちゃんからメンションが来た。
次は私。
ウサギさんとの闘いだ。
私が小唄ちゃんからのツイートを無視して、1時間。
ちょうど午後5時。
みんなはSkypeをつなぎつつ、しゃべることもなくただボーっとしていた。
たまに「来た?」とあすかさんやみずほさんが尋ねるくらい。
小唄ちゃんはじっとぬいぐるみを抱いて待っている。
そろそろ晩ご飯の準備しないと。
そう思って立ち上がろうとした瞬間。
「じゃっじゃーん! そりゃないぜ、セニョリータ! これが2回目だよ~?」
つんざくような明るい大声に、画面上のみんなが反応する。
私はスマホを見た。
ウサギさんだ。
「あれあれ? なんだか様子がおかしいぞ~? もしかして、みんなで作戦を練ってボクを倒そうと考えてた~? ウシャシャシャ! じゃ、さっそく行っくよ~!」
「待って!」
「え? どうしたの、セニョリータ。怖気づいちゃったの? それとも次負けたらどうなるか知りたいの~? 負けてからのお楽しみだよ!」
私は構わず続ける。
「どんなからくりでウサミミにしてるか……それはネットウイルスだよね? ネットがリアルに影響するなんてありえないと思ってたけど。でも、なんでウサギさんはこんなことをしているの?」
「なんで? ……知りたい? ボクの目的は、ニクイスマホ文化を滅ぼすこと!
だからウサミミウイルスを流行らせてるんだ!」
明るい声は変わらない。
スマホ文化が憎い?
なんで……。
「なんでスマホ文化が憎いの?」
「…………」
スマホの中のウサギさんが黙った。
Skypeのみんなも黙ったままだ。
相変わらずYoutubeはライブ配信中。
一応人数を確認すると、3。
あすかさん、みずほさん、小唄ちゃんの3人が見てるってことだ。
もしかしたらこれは……。
しくじった。
「ウサギさん! 人質を取った!?」
「そうだよ! 今回は賭けさ、セニョリータ! この3人が本物のウサギになるか、全員のウサミミが取れて、ウサミミウイルスに免疫がつくかのどっちかだ!」
「ずるいよ! そんなの!」
「ずるい~? ボクに内緒でこっそりみんなで会議して、ボクをハメようとしたのに~?」
あっ……。
はっとした。
私たちはハブられた。
ネット上で。
#ウサギリレーについて、何も知らされてなかった。
情報過多なこの時代。
情報が多すぎて、何を見ればいいのか、誰の話を信じればいいのかわからない。
それに通信手段が確実に増えた。
自分の知らないところで、自分の知らない人が自分の悪口を吹聴する。
それが拡散されてゆく。
SNSは空気感染のウイルスと同じだ。
ウサミミをなんとかしたかった私たちは、『ウサギさんに内緒で』『ウサギさんを倒す』作戦を考えた。
これって、自分の身に降りかかったことを解決するためとは言え、やってることは自分たちをいじめたやつらと一緒……。
「ま、いいや! ボクがなんでこんなことをしてるのか、教えてあげる!」
Youtubeの画面が変わった。
場所はどこかの古い遊園地。
画面もセピアに代わって、昔の雰囲気を醸し出す。
これはウサギさんの回想だ。
ウサギさんは噴水の前で風船を配っていた。
来たのは集団の修学旅行生。
嫌な予感がした。
そこで動画は終わった。
「さて、何が起きたと思う? ウシャシャシャシャ! ヒントは『ウサギさんアタック』だよ!」
みんなが一斉にスマホで検索を始める。
「ヒントは与えた。じゃ、行っくよ~!」
まずい。
ウサギさんゲームが始まる。
パパンパパン。
手拍子が見つかる。
「だ~れが殺した♪」
ウサギさんが歌う。
「おい! これだ!!」
見つけたのはあすかさんだ。
スマホの画面をパソコンのカメラに向ける。
@reika_reiiU2
「ワロタ #ウサギさんアタック」
ツイートには写真がついている。
修学旅行生が噴水にウサギさんを突き落としている写真だ。
ウサギさんはリアルで噴水に落とされて、それをネットで拡散されたんだ……。
「ウサギさん……」
私は思わずこぼしてしまった。
みんなが黙り込む。
まずった。
正解は「クックロビン」なのに。
「…………」
あれ? ウサギさんも黙っている。
おかしいな。
間違いだったらこの間みたいに間髪入れず「はずれ!」って言いそうなのに……。
「ボクは……これが原因で肺炎で死んだんだ」
「正解だよ。だ~れが殺した、ウサギさん。ボクのコタヘハシュうガくリョコうセイのれイカとアいなと……」
Youtubeの画像が乱れる。
「通信障害?」
みずほさんの声に、あすかさんが答える。
「いや、違うだろ! Skypeは大丈夫……」
ガガ…ガガッ―――……ピ――…………
パソコンがシャットダウンする。
Youtubeどころかスマホの電源がシャットダウンだ。
どうしよう!
このまま私たち……。
でも答えは正解だって……どういうこと……!?
……。
…………。
小鳥のさえずりが聞こえる。
まさか、寝落ち?
昨日パソコンがシャットダウンしたのは午後5時なのに。
今は朝だ。
パソコン……。
Skypeのみんなは……。
起動させるが、みんなのアカウントが消えている。
どういうこと?
ログも残っていない。
スマホは……。
よかった。
壊れたわけじゃないみたい。
Twitterのフォローも、昨日の3人だけ消えている。
何が起きたっていうんだ。
結局正解は……したんだよね?
私は洗面台へ鏡を見に行く。
すると、ウサミミはなくなっていた。
まるで昨日の悪夢が嘘だったみたいに。
ホッとして、とりえずテレビをつける。
ネコミミだった大人たちだが、耳が……なくなってる?
うそ。ネコミミウイルス、とうとう終息したの?
それともいままでのは全部夢……なわけないか。
お父さんとお母さんは家にいない。
朝なのに。
殺された人は戻ってこないんだ。
感傷に浸っていると、ウサギたちが檻の中にいる映像が流れた。
「繰り返しますが、ネコミミウイルスが終息したあと、
子どもたちに謎の『ウサミミウイルス』が蔓延しています。
くれぐれもお子さんにネット、特にSNSをやらせないでください。
繰り返します。SNSをやらせないでください。
それでは政府の見解です」
首相が国会で演説している。
嫌な予感がする。
「猫とは違い、ウサギは食べられます。食用にできるんです。
ネットウイルスなら実際の菌とは違います。媒介はネットです。
ですからウサギになった子どもたちは殺処分したあと、おいしくいただけます。
人口の減った今、我々はこうして生きていかなくてはならないのです」
私はTwitterを見た。
TLが止まっている。
そういえば、TwitterのDM……。
DMのログは残っている。
昨日のみんなと連絡が取れる!
私はみんなを再フォローして、ツイートする。
「みんな、大丈夫!?」
みずほ@mizu♡
『私は大丈夫やけど……』
小唄@koutautauta
『TLが静かで……ウサミミの自撮りがいくつか……』
あすか★FlyHigh@Asuka_Fly_high
『ざまあないって。みんな何が『拡散しないで!』だ。周りはみんな殺処分候補だってよ!』
これは……悪夢再来。
私たち4人はいじめられたから助かった。
なんて皮肉なんだろう――。
みんなの地獄はこれからだ。