第3章 午睡の星母

文字数 4,087文字


第3章 午餐の星母

出発の刻限になった。
覆い布で深く顔を隠して、再び「病弱」を偽装した代王女殿下が付き添いの看護師に車椅子を押されながら離宮門の車寄せに出る。
予定通り門前にあらわれる代王軍の装甲車列。
「何者か!? 所属を名乗れ!」
形式的にだが、門兵が鋭く誰何する。
「疾く開門せよ! 代王女殿下の随行を仰せつかった! 星母代行、王位被推挙権第3位保持者、エリアノール・ダクィテーヌである!」
車寄せ直近まで進み出てきた特別車両から身軽に降り立った者が凛としてかつ妖艶な声で、そう呼ばわった。
勇ましくも軍服姿だが、きわどく胸元をはだけて豊かな山も谷もあらわに観せびらかしている。
弱冠十六歳にして妖艶さを誇り、早くも惑星一の美女と呼び声も高い、王家外戚たる大貴族の跡取り姫である。
「…エリア、出迎えご苦労。」
聴き取れるかどうかの、ごくごくか細い声で、代王女殿下は言葉をかけた。
「済まぬが、手を貸してくれ…」
すべての事情を知る共犯者エリアノールは忍び笑いをこらえながら、よろめく代王女殿下に手を貸して立たせ、王家御用達特別装甲車両へと迎え入れた。
お付きの者が車椅子を後部荷台に納める間に、旅支度を整えた伴侍女リルシアのみが、痛々しく松葉杖をつきながらも、二人の女性王族の世話役として、御座車に同乗する。
門前両脇に総出で列をなした見送りの役人たち使用人たち医療者たち民間の入院患者らは、落涙しながら最敬礼で代王女の出立を見送った。
悲劇、である。
両親を惨劇で失い、自らも瀕死の重症を負い危篤に陥り、回復不能と診断されながらも
無類のリハビリと再生医療技術の限りを尽くして、なんとか、車椅子に乗れるまでには後遺障害を克服した、わずか半年前に劇的に星民すべての希望の象徴として公務に復帰したばかりの、十四歳の、姫が…
来月十五歳の誕生日と同時に。
親を殺したそのテロ犯に間違いなしと見なされている鬼叔父とその息子に、犯される。
愛もなく孕まされるためだけに、屈辱の子宮埋設手術を、受けにわざわざ出向く…。
嗚咽の声があちこちから漏れていた。泣き崩れ、なぐさめ合う者たちもいた…。

…彼らはまだ知らない。この後に、計画されていることを…



『…この車内の、防諜管理は?』
代王女はよろめくふりをしながら広い快適な車内の椅子に深く腰掛け、指文字を使ってこっそり従姉妹にたずねた。
「完璧よ?」
堂々と声に出してエリアノールは答える。
「そうか。」
ふぅ、と息をついで、スウェラは覆い布を肩に落とした。
乗ってしまえば半日ほどの道中。警護は近衛兵と沿道警備隊の仕事で、今のところ彼らの仕事ぶりには不審も不満もない。
襲われる危険があるとすれば、星外へ出てからのことだろうというのが関係者一同の危惧が一致している点だった。
「ひさしぶりだ、エリ。」
「ほんとにね!」
手をとりあい、抱きしめあって再会を喜ぶ。
とは言っても、先月にも一度逢ってはいたのだが。
子どものころはリルシアも入れて三人で「まぁ本当の姉妹のようですわ」と言われながら毎日のように一緒に王宮で遊び回っていたので、三日も顔を合わさなければ「久しぶり」という気になる。
「近衛軍の様子はどうだ?」
「まぁまぁね。このエリアノール様の魅力をもってしても墜ちない男がまだ半数ぐらいは残っているって問題を除けば」
「…残らない半数とは、もう寝たのか…?」
「ぉほほほほ♪」
法で許される十五歳の誕生日から初めて、月経中を除けば一晩だって男を欠かしたことはない。と公私ともに豪語している女傑な御令嬢はわざとらしく高笑った。
ざっと暗算してみても、近衛の半数と言うからには少なくとも三百人とは、もう寝ました。という意味になる。
(…本当かどうかは知らないが…)
かぎりなく本当くさいなぁと、スウェラアイルはなかば呆れた。



「リルシアも。ひさしぶりね!」
「お久しぶりです~」
抱擁と接吻。
…なぜか接吻が、

深く、長く…
「んんんっ」
リルシアが軽く抗議する。
「んふふふふ」
軽く垂れかけた唾液を拭きながら、エリアノーラはゆっくりと離れた。
「あいかわらず、スェラと仲良しさんなの?」
「…はい…。」
頬を赤らめながらもリルシアは素直にうなずく。
「何度でも感謝するけれども。…あたくしの大切な従妹を、護ってくれて、ありがとうね…?」
「…ぃえ、そんな… あっ」
いきなり左の胸をやわやわとにぎりこまれて、リルシアは困惑の悲鳴をあげた。
「ぅふふ、やっぱり女の子は柔らかくてよいわ~♪」
などとエリアノールはうそぶいて、動めかす妖しげな掌を止める気配もない。
「あたくし、男なんてもうそろそろ喰い飽きてきてしまっていてよ…?」
(…やっぱり本当に三百人くらいは制覇した後か!)
スウェラは呆れながら幼馴染たちの痴態をにやにやと眺めている。
「あっ …あっ…」
侍女服の裾がめくられて、無骨な軍服姿の、しかし宝石に飾られて細く美しい指が、白い太腿の奥へ上へと…
潜りこむ。
「あっ…」
羞恥してのたうつリルシアの横顔が…可愛い♪
侍女の女主人は呑気な傍観者と化していた。
「…うふぅ。もっとゆっくり、いじめてあげたいけれども…
今日の主賓は、あなたじゃないのよねぇ…」
「えぇ! …そうですわっ、エリアノール様…!」
はだけられた旅装の白い胸元を慌ててつくろいながら、リルシアはこくこくと頷いた。
「…えっ?」
不穏な気配に、スウェラアイルは目を丸くする。
「…んもうこのコってば。今夜これから《乙女の初陣》式だというのに、そんな色気のない服を着てっ」
「…服って、だって…。移動、車椅子だし… 【病弱】してないといけないし…
まわりは心配して憔悴しきって、お通夜みたいな顔してめそめそ泣いてるし…
お洒落どころじゃ、ないでしょ…?」
まぁ確かに、濃紺の直線的な外出着に色気や装飾性などは皆無だが。
「あ、お衣装の御心配ならございませんわ。きちんと場にふさわしいものを整えてございますっ」
リルシアが主人をかばって言い募った。
「あら、そう? 良かった♪」
するすると、スウェラアイルの隣に戻ってきて密着したエリアノーラの指が、従妹のおとがいに伸びた…。
「エリ…?」
「あらなぁに? なにを呆けているのかしらこのヒト? 《乙女を卒業》するんでしょ? 初陣でしょ? 伝統の、《女友達の激励》係を、リルシアからこのあたくしが! 頼まれたのよ? ってハナシでしょ…?」
「えっ?」
聞いてない。と、スウェラは素直に言った。
「それ、昨夜りるがやってくれたよ…?」
「いえ、正式には、まだ処女の私では伝統的にダメなんですわスェラ様! これは経験豊富なお姉様がたからのお手ほどきでないとっ!」
「そうなの…?」
移動の車中は寝不足解消に充てるつもりだけでいた「病弱」姫様は目を丸くした。
「………で………?」



「リルシア、《乙女の敷布》は?」
「はい。こちらに。」
さしだされた御令嬢の手に侍女がすばやく分厚いタオルを載せる。
「ほほほ…。さぁ覚悟しなさいなスウェラ。」
遠慮も情け容赦もなく、手慣れた様子で素早く裾がめくりあげられ靴を脱がされ下着をはぎとられ…両脚を開かされて椅子に座った体を前にずらされて…
お尻の下に、タオルを敷かれる…
「さっ 御ぞんぶんに! 恥ずかしくなくなるまで、お濡らしなさいな…!」
「…えっ? もしかして、またあの痛いの? あれ痛いからヤダ! やだぁ…!」
幼馴染の従妹といるせいでつい童女に帰ってしまって、あられもなく涙目になる。
「あらあら… そんなに痛かったの? 可哀想に…」
幼い王女の足のあいだに潜りこんだ女傑が呆れたように侍女のほうをふりかえった。
「…あなたが怖がらせちゃってたら、ダメじゃないの~!」
「…申しわけありません… 加減がわからず…」
伴侍女はしょんぼりとうなだれた。
「…あら、だってそういえば、あなただってまだ処女なのよねぇ…? ほんと、あたくしを呼んでくれて良かったわ~!」
「…えっ」
「じゃあ… 初歩から… ゆっくり…」
「んっ!」
脚を開かせたままからだのあいだに割り込んで伸び上がって、エリアはスウェラに深く口づけた。
「あっ…」
荒い息をついてのけぞる。
唇は… 柔らかい…
「深いキスはもう慣れてるのよね? …誰と、何回くらい、した?」
「え… えと、…りる、と… …何回…??」
「だけ?!」
仰天したようにエリアは叫んだ。
「あなたいったいその歳まで何してたのよっ?」
「…だって… 忙しかったし…!」
「離宮内にイイ男はいなかったの~??」
言いながら、また深く噛む。
「んんんっ」
「まぁいいわ… これは、合格…」
ずるりと再び水滴の糸をひきながら、そのままエリアの唇は、頸に、胸に… 這った。
「あ、…ん… …っ」
スウェラも、これはもう慣れていて… 怖くはない。らしい…
エリアの唇がへそを通って下がると、またびくつきはじめた。
「…だいじょうぶよ、スウェラ…」
いとおしさがこみあげてきて、エリアは優しく笑う。
「…だっ! って…ッ!」
涙目で弱気のスウェラ…。
なんて、珍しい…!
「…もうこうなったら、怖くて痛いのは、本番だけにしておきなさい。嫌われ役の犯人なんて、一人だけで十分。
あたくしが教えてあげるのは、愛の快楽。
覚えておいて、スウェラ。
…愛しあうことは、悦ばしいこと。なのよ…?」



エリアが足のあいだに深く深く口づけたので、スウェラはあやうく上げそうになった嬌声を呑みこみ、びくびくと快感にひきつりながら、うろたえて車窓をみわたした。
外からは中が視えないようになっていると知ってはいるが、中からは外が観えるし、一面に広がるのどかな田園風景には、せっせと立ち働く人の姿が点在している。

「…………あ~~~~っ!!!!」
深い刺激に、耐え切れず乙女はのけぞった。

なかでそんなことが行なわれているとも、知らず。
暗い色の軍の特別装甲車の一群は、まるで葬列のように。

沿道の人々の悲し気なまなざしに、見守られて、一路、進んでいった…。

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