1-1.ガーシャの武器店

文字数 3,725文字


1. 暁闇の少女

1-1.ガーシャの武器店

築一〇〇〇年を超えると噂の遺跡というより廃墟と見まごう崩れかけた砂礫煉瓦の壁の、うらぶれたその店の入り口付近はごくありふれた一杯飲み屋の形式で、扉のない薄暗く薄汚れた狭い四角い入口を少しばかり背を屈めてくぐると、すぐ正面の壁には横長にくり抜かれた窓と高めの向卓板があって酒瓶と酒盃が並んでいて、硬貨か角幣を渡せば立ったまま軽く一杯ひっかけて、親父と挨拶して情報交換するとか小荷物や手紙の束を渡したり受け取ったりなどの用件を済ませれば、またすぐ出ていくことも出来る。
それより他に用のある人間は入口脇にある押し開け扉を開く。
奥行は意外に深いが、手前はやはり軽く腰掛けて一杯ひっかける程度の安い酒場の体裁をなしている。
低めの椅子にゆっくり座って手札の賭け事や商談や飲み比べなどをしたければ、手頃な酒卓も四つ五つばかりはある。
喰いものは頼めば出てくる。
親父の簡単な手料理なので、味のほどは保障しないが。
店の奥が本業であって、そこには古今の武具と防具と銃器と銃弾と爆薬と点火器具類と、防弾胴着に横流しの各種軍装の古着や新品や、外銀河無法者御用達の例の長裾外套の古着の数々などが、所せましと埃をかぶったまま並べられているのであった。
それを買いに訪れる客など、昨今もうほとんど居ない。
今は向卓のすみで静かに酒杯を嘗めている客が一人だけで、親父は暇を持て余しきっていた。
肌も髪も眼も墨のように漆黒の、引き締まってはいるが全体的に細くてさほど強くもなさそうな若い男。容姿は整っているが無表情で、愛嬌はなさそうだ。
外宇宙船乗りの証の護身用の長裾外套を小脇に置いてはいるが、弱そうな薄い布地で、たいした防御力も隠し武器もなさそうだ。
…と、見せかけて。
実は最新鋭の合成布製の万能防御猛攻型可変形外套…であることを、親父は見抜いてはいた。
開店休業中とは云え、だてに武器商をやってはいない。
今では滅多なことでは手に入らなくなった中央銀河製の密輸密造品を手にしているからには、それなりのツテか財力のある…
海賊。の一味である確率が… 高い。



「…あんた最近よく来るが、宇宙船乗りじゃねぇのかい?」
何枚めかの硬貨を受け取り、何杯めかの安酒を渡しながら、退屈のあまりについ聴いてみた。
本業が盛んな時期であったら、客の仔細の詮索などしたら、しばしば命取りの騒ぎになったものであったが。
「…上陸休暇中だ。前の航海が長かったせいで船は完全分解修理中。船長と航海長は次の商談の価格交渉が長引いている。」
「あぁなるほど? …うちの店のこたぁ、どこで知ったんだ?」
千年前には独立闘争を支えた名だたる陸戦砂上連隊の主酒保兼武器庫であった歴史的建造物ではあるが。観光用の宣伝はされていないし今では倒壊寸前の状態で、周囲には次々と新しい娯楽の殿堂だの大規模複合商業買春施設だのが立ち並び、いくつもの建物群の奥の奥に挟まれて陽も当たらなくなってしまった、まさしく穴場と化している穴蔵のような無名のボロ店である。
「…この本に書いてある。」
どうやら無口なタチであるらしい客はしかし親父の暇つぶしを無視するつもりもないらしく、なぜか数瞬の間をあけながらだが、律義に返事をしていた。
「どの本だよ。」
「これだ。」
それは今どき宇宙船乗りが持つにしては珍しい骨董的な紙製の書籍で、いかにも古びてしわしわだが、幾重にもしおりが挟まれ細かく書き込みなどがされた状態のままで上から真空殺菌保存術が掛けられて、幾星霜の長期にわたり幾人もの手に渡り読み継がれてきたらしい、超古書籍だと判る。
(…買えば幾らする本だ…?)
親父は呆れた。
題名はよく知られている古典的戦史本で、複製情報だけを買えば酒一杯より安いくらいだが。
「…あんたぁアレか? 古史料蒐集分析家(イロニナン)ってぇやつか?」
「まぁそんなものだな…」
「よくこの場所を探し当てたなぁ…」
「いや。場所は船長に聞いた。前に来たことがあるそうだ。」
「あ~。…なるほど…」
年に何人かははるばる探し当てて訪ねて来る、史跡巡礼だの戦跡参拝だのといった客層だったらしい。
親父は合点して、後は客の読書の邪魔はしないことにした。



「ごめん。遅くなっちまったよ。親父さん」
戸口から慣れた様子で年輩の女が入ってきたのはまたかなり時間が経ってからのことだった。
「おう。ガーシー。大丈夫だ。客のほうもまだだから。」
「…電盤、観てないかい? ちょっと騒ぎになってる。」
「あん?」
親父は店の奥の壁に貼り付けてある、画面だけはむだに大きいがよくまだこれで現役のつもりだと思うほどに、古びて雑音と欠落だらけの電速報盤にあかりを入れた。
凄まじい雑音と共に何か興奮して喋る男たちや女たちのがさがさ言う音が響く。
画面はこの星の《代王》と呼ばれる実質的な現王族の宮殿に関わる何かの事故か事件の場面を映し出している。
「…テロか?」
「判んないけど、これのせいで交通規制が酷かったのさ。」
「…巻き込まれてるかな…?」
「怪我はないって報道だったけど… 今日、来れるのかねぇ…?」
「…来るたぁ思うが…」
「まぁ、あたしゃ、待つけどさ…?」
ガーシーと呼ばれた高齢だが機敏な動作の戦士風に瘠せた女は暇つぶしにと向卓の酒に無断で手を伸ばしながら、ふと、隅にいた客に目を止めた。
「おや。珍しい。客かい。」
「戦跡巡りらしいぜ?」
「ははぁ…。」
女は嬉しそうににやにや笑った。
「嬉しいねぇ… あんた名前は?」
「…………《黒》だ…。」
「黒ちゃんか!」
「見た目のまんまじゃねぇか…。」
いかにも見えすいた仮称名乗りに、まぁ宇宙海賊らしいしなと、女と親父は笑った。
「あんた暇かい? あたしゃ人待ちで時間が空いちまったんだけど、ちょっくら遊ばないかい?
まぁ、こんな年増で良ければだけどさ。」
この惑星で娼婦ではない素人?装束の女が、男をいきずりの性交に誘う時には、原則無料だ。
独特の惑星文化を知ってはいたが、若く見られる男は無言のまま、無礼にならない程度に女の外見をゆっくり眺めまわしてから、丁寧に断った。
「あんたは今も十分魅力的な若い女性と思うが、あいにくおれは恋人以外に興味がない。」
「そりゃ残念だ。また気が向いたら声をかけとくれ。あんたならいつでも歓迎するからさ。」
「わかった。」
白い肌に黒い長髪を背なで一本に縛った簡素な服装の、しかしそこはかとなく熟した色気は残している細い目の中年女は、とくに気を悪くした風でもなく笑って引き下がって親父に小料理を注文し。
店内にはまた静寂が戻った。

1-1.

若く見られることの多い()は、いささか困惑していた。
いくらなんでも時間が経ち過ぎた。
本もまるごと一冊、またもや通して読み返してしまったし、もうこれ以上はこの店にいて時間を潰す口実がない。
仕方がない。と、諦めて席を立とうとしたその時。
片目で見守っていた腕の情報盤の、目標の現在地を示す座標が、ようやく店の前まで着いた。

「…じゃ、親父さん。どうも…」
こんな場合にこういう店で、どういう挨拶をするのが適切なのか判らなかったが、多少なりとも会話を交わした以上は無言で立ち去るのも変だろう。
軽く頭を下げて出て行こうとすると、向こうは「…お!毎度!また!」と、すっかり常連客に格上げされた扱いで送り出された。
わざとらしくゆっくり戸口に向かうと…

「…ごめん! 親父さん! 遅れた…ッ!」

息せききって、《目標》たる少女が、扉を押し開けて駆けこんできた…。

あくまでも「偶然」を装い、すいと脇に避けて新来の客を通してやりながら。
素早く視線を走らせて、全身を観察する。
…事故にまきこまれたという報道だったが、とりたてて目立つ怪我はないようだ…
瘠せてはいるがよく鍛えた筋肉に、きびきびした動作。
十四歳と聞くその年齢を考えれば、胸はないが背は高い。
このあたりの下町娘が、夜の街でちょっと観光客相手に小遣い稼ぎの売春業に来ました、という身なりを装って、乳房やヘソが危なく見え隠れする極限まで布地の少ない服装ではあるが。
さりげなく銃と短剣を忍ばせている。
護身の準備はぬかりない。
顔の上半分を無骨な暗視調光眼鏡で覆い隠しているのは、へただが変装のつもりなのだろう。
そして…

「おぅよ、嬢ちゃん。注文の品は来てんぜ!」

武器店の棚の側から素早く盗り出されたのは… 薄い薄い布地の…《黑》が身に着けているものと同種の、最新鋭の…
《中央銀河製》密輸品の…長裾外套だ…。

「間に合ったんだ、良かった!…ありがとう!」
「そんでコイツが今日の家庭教師だ。ガーシー。」
「え?」
「ガリーシャ・アグラだよ。女物の扱いはまた独特のコツが要るからね。この親父が自分じゃ教えずらいからって、頼まれたのさ。」
「…それは助かる。どうもすまなかった。申しわけない。お待たせしてしまって…」

…売春しに来た下町娘を装うにしては、その尊大な口調はどうなのか…

《黒》は秘かに笑いをかみ殺しながら、そんな会話は耳にしなかったし関心もないという態度を装って、いったん店を後にした。

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