シルバー

文字数 1,279文字

 都内の外出自粛期間が明けて鏡を見た時、思った。
 もう、髪を染めるのはいいかなと。
 元々、白髪が出やすい体質だった。
 美容院に行けないまま一か月、二か月と過ぎる中、鏡を見るたびに、加齢を受け入れる決意を固めて行った気がする。
 だから、久しぶりの美容院ではもうカットだけでお願いしようと決めていた。


「本日は、どうされますか?」

 担当の美容師さんが訊いてきた。
 二十二は越えているけれど、二十五にはなっていないくらいの年頃だ。
 今までの会話の中で、東北のどこかの出身だという話を聞いたことがある。
 マスクから覗く肌の美しさは、出身地の雪深さも理由なのかなと思っていた。

「黒いところをカットして、毛染めは無しでお願いします」

 私は、鏡越しに目を合わせながら答えた。
 彼女とは、三十は離れてないけれど、二十は確実に離れているくらいの年の差だ。
 東京出身だからこそ、見た目の維持には気を張ってきた。
 少しでも若く見られたい。
 そう思いながら、髪を伸ばし、シミや皺を消してきた。
 その中にはもちろん白髪も含まれていた。

「カットのみ、毛染めは無しですね。承知しました」
「売上に貢献できなくなるの、ごめんなさいね」
「いえ、そんな」

 美容師さんは、ぶんぶんと手を振り、私の言葉を打ち消してくる。
 鏡越しの彼女は、なぜか嬉しそうな表情をしていた。
 マスク越しでも分かるくらいだから、相当に嬉しかったのだろう。

「何かいいことありました?」

 私は訊いた。
   
「あ、いえ、その」

 美容師さんは、照れくさそうな表情になった。

「何? 気になるんですけど?」

 私は、見たことがない表情を見せ続ける彼女に興味を持った。
 淡々としたクールな仕事ぶりしか見たことが無かったので新鮮だったのだ。

「白髪のことを『シルバーヘア』って言うんですけど」
「聞いたことあるわ」
「すごく似合うだろうなって、前から思っていて」
「ありがとう」

 美容師の立場から見て似合うと思われていたのなら、私の方向性は間違ってないと思った。
 それにしても、表情変わり過ぎじゃない? と思いつつ、彼女を見る。
 マスクをかけた耳が淡い朱に染まっていた。
 
「こんなこと言うの、あれなんですけど」
「何? 遠慮しないで言ってみて」

 私の言葉を受けて、彼女が私の耳に唇を寄せて来た。

「シルバーヘアになったお客様は、間違いなく私のタイプです」

 彼女の小さな声が耳に届く。
 驚きながら顔を横に向ける。
 鏡越しではない彼女が目を伏せていた。
 睫毛が少し震えているのが見えて、これはリップサービスではなく、本気のやつだなと気付いた。

「年上好きなの?」

 私は小声で訊いた。

「はい。特に白髪に弱くて」

 彼女も小声で答えた。

「仕事の後、ごはんでも食べに行く?」

 私は小声で続けた。

「作りに行っても、いいですか? お風呂上がりの髪も乾かします」

 彼女も小声で続けた。

「……食材、買っておく」
「よろしくお願いします」

 そう言って、彼女の顔が、そっと離れて行く。

 鏡の中では、彼女の指先に梳かされていく自分の白髪が、日差しを受けてキラキラと光っていった。



<完>
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