「感じるな!」

エピソード文字数 776文字

「感じるな!」
 仰け反った拍子に、天頂に昇る月が、大きく私の領域に食い込んでくる。
「それ以上、喘ぐな!」
 そう怒鳴り、ハクビはさらに強く私の髪を掴み上げた。普段のハクビからは想像もできない狼藉。目の前が白く光る。闇夜だというのに。
が。私はこの所業をどこか心の奥底で望んでいた気もした。ハクビの不可解さが私の髪を掴み、痛めつける。けれどなぜか、甘いのだ。ざわざわと、いたたまれないくらい。
「それ以上、感じては、」
 髪を掴む指が震えていた。いや、世界中が震えていた。私も身体を震わせながら、甘さと痛みが混濁する自分を感じていた。下腹部の塊が、徐々に徐々に大きくなっていく。……これはきっと、球体だ。

 これは、月だ。
 私の中に、月が在る。

 やがて、彼がふっと指の力を抜いた。突然開放され、がくりと私の頭は地に垂れた。
 ぽつりと、背後でハクビがつぶやいた。
「あなたは進化、して、しまう──」
 言葉とともに、はらはらと雫が落ちてくる。
 この瞬間、私は彼のすべてを支配したと、知る。
 私は進化を始めてしまった。
 本当の王へと、近付いている。
 脳裏を、すでに亡い先代の王の姿がよぎる。──王よ。私は語りかける。
 進化は、私のどこまで、達するのか──



 耳が、その旋律を捉えたのは、何度目の絶頂の瞬間だったか。すでに私とハクビの身体に境はなく、互いの体液が、身体の上に新たな肌のように広がっていた。乳首に歯を立てられた。反射的に私の喉が仰け反る。出口を求め凝り固まっていた精が、先端を痛いくらい圧迫する。その瞬間。
 私の耳は捉えたのだ。楽器とも肉声ともとれない旋律を。この密林の王座の褥に、深く、染み入る。
 目は再び、頭上の月を見ていた。
 お前が歌ったのかと、私は問いかけていた。
 お前は、進化する月なのかと。


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