第2章  (1987-2019)

文字数 2,929文字

【1】 
あれから35年。長い年月が流れた。
 それ以来、今日までずっと訪れている東京である。鳥取県で教員になってからも、やはり東京は続いていた。最初の年は、まるで意地になったように上京を敢えて避けていたが、その翌年の夏、2年ぶりに訪れて以来は、ほぼ毎年必ず行っている。35年のうちで、行かなかった年はほんの数回しかない。その代わり、1年に複数回行ったことも何度かある。多い時では、年4回行った年もある。
 記録によれば、通算で50回近く出向いている。35年間で50回だから、年に1回以上である。その内訳は、友人や親戚の結婚式ほか冠婚葬祭が6回、出張が12回、残りはプライベートである。
 鳥取から東京へは、交通費も馬鹿にならない。往復すれば、最低でも20,000円以上の出費である。50回出かけたということは、交通費だけでも軽く100万円以上は費やしているわけである。
 1月から12月まで、全ての月で東京へ出かけたことがある。多いのは12月から3月にかけてであり、少ないのは4月から7月にかけてである。しかし、どの月、どの季節に行っても、その季節ならではの魅力があるのが東京という街である。
 東京は何度行っても飽きない。実に多彩な顔を持った、魅力溢れる街である。もしかすると、自分は前世で東京と縁があったのかもしれない。東京(または江戸)在住だったのかもしれないし、或いは東京へ打って出たいと思っていて、結局叶わなかった人なのかもしれない。
 「東京へは もう何度も行きましたね」「君の住む 美しい都/君が咲く 花の都」という歌がある。マイペースというフォークグループが歌った、その名もずばり「東京」というヒット曲である。自分もこの歌詞と同じで、何度も何度も東京へ行った。ただ、この歌では好きな人が東京にいて、その人に会いに行く設定になっているが、私には東京に恋人はいない。街そのものが恋人であった。

【2】
 今日では、東京へ出かける日が近づいてくると、You Tubeで「山手線発車メロディー」を聴いたり、「羽田空港~浜松町モノレール」等の動画を見たりしながら気持ちを高める。あるいは、Google Mapのストリートビューで、新宿駅周辺やアメ横エリアなど、東京の街を画面上で眺めて回る。そして、実際に到着した際には、「ああ、この風景だ」「いや、やはり本物は違う」などと一人悦に入るのである。
 東京へ行くのは、飛行機、電車、バスのいずれかになる。(注:バスは2021年3月で路線廃止。)夏休みや冬休みなど時間がある時なら、少しずつ移り変わる景色を眺めながら、次第に東京へ近づいていく陸路の移動も決して嫌いではない。しかし、現地での時間を最大限に確保するため、最近は飛行機を利用することが多い。離陸からわずか1時間15分ほどで羽田到着である。
 機内で過ごすこと約1時間、ほどなくして再び地上が見えてくる。東京湾の海面が眼下に広がる。見えてこい、東京。間もなく羽田空港着。東京の始まりである。
 私の定宿は新宿にある。35年前、最初に訪れた街が新宿だった。自分にとっては、記念すべき一歩目の街である。思い出の場所という点でも、利便性という点でも、新宿に勝るエリアはない。どこへ行くにも好都合である。そして、実に賑やかな街である。羽田を出て最初に向かうのは、いつも新宿と決まっている。
 JR新宿駅に着いたら、今でもこの駅の外周を一回りすることがある。羽田空港に降り立った時点で既に東京を感じるが、空港のターミナルビルを出て新宿駅周辺の雑踏に合流した時の方が、より東京に来た実感があるからである。思い出の南口から出て右に進み、坂を下って最初の四つ角を右に曲がると、今度は百貨店や銀行などに沿って歩くことになる。しばらく歩いていると、やがて京王線、小田急線、そしてJR新宿駅の西口が右手に見えてくる。更に直進していると、新宿の大ガードが右手に見える。その大ガードの下を抜ければ、大通りの左向こう側に見えるのは、かの有名な歌舞伎町のきらびやなネオン・サイン。それらを横目で見ながら右へ右へと進んでいると、今度は東口に出る。東口前広場に集まっている人だかりを見ながら東口を過ぎて更にまっすぐ進むと、右側の高台が見える。階段またはエスカレーターで高台を登り切ったら、右手にあるのは出発点の南口である。
 外周を一回りするのに、どれくらいかかるだろうか。南口から、西口、東口と経由して再び南口に戻ってくるまで、恐らく15分くらいはかかると思われる。あらためて、大きな駅である。大きな街である。
 東京、スタート。数日間の東京の始まりである。これからどこへ行こうか。今日はどこを回ろうか。明日はどこへ行こうか。もっとも、大まかなプランはもちろん作ってある。旅はその計画を立てる時が一番楽しいのである。
 東京入りしたら、一つでも多くの街や場所へ出向いて歩く。新宿、渋谷、上野。駅回り、高層ビル街、繁華街、市場。巨大書店、古書街、楽器店街。いつも行く定番の街や場所もあれば、初めて訪ねる新顔の街もある。どちらも本当に楽しい。街全体が目的地である。毎日朝早くから夜遅くまで出回るため寝不足になることも多いが、それでも構わない。今しかできないことが優先である。一瞬一瞬が大切な宝物になる。

 楽しかった東京も数日後には最終日が訪れ、出発の時が近づいてくる。どんなに長い休みも、いつかは必ず終わりが来るのである。この時が来ると、浜松町からモノレールに乗り、羽田空港へと向かう。東京の終わりが見えてくる。さよならは寂しいが、この景色は本当に美しい。日中の穏やかな姿も、夕闇が迫る景色も、水面に多種多彩な光が交錯して反射する夜景も、皆とても素敵である。羽田へ向かうには京急線という選択肢もあるが、景色の見事さではモノレールにかなわない。東京湾を左右に見ながら、、昭和島、天空橋、整備場といった駅を通過して、羽田空港第2ターミナルへ到着。終点である。
 空港に着いたら、待ち時間に家族へメールを送る。毎回お決まりのメール文「今、羽田空港でフライトを待っています。お陰様で有意義な*日間でした。」である。素晴らしい時間が持てたのは、快く送り出してくれる家族があるからこそである。そうこうしているうち、機内へと案内するアナウンスが聞こえてくる。間もなく搭乗、そして離陸。これで束の間の東京休暇が終わるのである。
 年に一度の東京から帰ると、できたての思い出に浸る。手元には出かけた数日間で撮った写真がある。持ち帰ったレシート類やチケット類、おみやげなどがある。現地で毎日つけた日記や記録がある。いや、これらを一切見なくても、頭の中で時間を追って克明に反芻できる。ほんの数日前のことなのに、もうとても懐かしい。
 大都会、東京。かつて心を燃やし、そこで暮らすことを熱望していた街、東京。どんなに時間が過ぎても、相変わらず大好きな街、東京。今でも思いは尽きない。

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