ACT1・邂逅

文字数 3,317文字

重い鉄の扉をゆっくりと開く。

生暖かな風が僕の頬を撫でる。

目の前に広がっているのはいくつもの巨大な斜塔。

老婆たちはこれを【賢者の墓石】と呼んでいる。

墓石の間を潜り抜けて、ただゆっくりと、物音を建てずに歩く。

扉の向こうのここでは、安全などありはしない。

大きな音はは死へとつながる。

ふぅ・・・

早く見つけて帰ろう・・・

僕は誰も聞いていないと知りながら、ぽつりと漏らす。

辺りは静寂で、風が瓦礫を運ぶ音だけが鳴っている。

僕は誰で、何のためここへ、この危険な外へ何をしに来たのか、今一度確かめる。

僕の名は…ラプタ、僕はここへ【鉄の馬の部品】を取りに来た。

忘れないように何度も繰り返す。

この真っ茶色な空と、ひび割れた黒い土が広がる世界。

少し気を抜けば我を忘れてしまいそうになる。

ゆっくりと歩みを進ませ続け、カカラララと音を立てて転がる鉄の筒を横目にたどり着く。

やった、ラッキー!

こんな近くにあるなんて!

焦る気持ちを抑えてゆっくりと近づく。

鉄の馬…老婆たちは、大昔の人々はこれでこの墓石の間に連なる道を走ったと言われている。

その部品は高価で、溶かせばいろんなものに使えるらしい。

ようやく、お目当ての鉄の馬にたどり着く。

僕は背負っていたバックから、鉄の馬を解体するための器具を取り出す。

それは大きな鋏で、固い鉄の馬の部品も切り裂けるほど鋭利。

ただし重いという性質もあって、僕では割れた時用の替えの刃までは持てない。

鉄の馬を切り裂けるとは言っても、結局は消耗品だし、壊れるときは壊れる。

そんな鋏で、鉄の馬を切っていく。

キィキィと、まるで悲しむような音が鳴るけど気にしてはいけない。

むしろ早く斬りおとしたいと余計に気持ちが焦る。

奴らが音に気付いてやってくるかもしれないからと…

焦る中、急に音が変わった。

もの哀しい音から、バギンと言うものへ。

続けて鉄が地に落ちる音。

それが示すものは確認するまでもない。

よーしよし!

いいぞ、この調子!

それが起点となり、次々と景気よく分解していく。

限りなく速く、だが焦らずに。

着々と進み、時間が経つこと十分で、持てるだけのパーツを切り取ることができた。

後は帰るだけだ。

行きはよいよい帰りは恐いと大昔の言葉でいうし、気を付けて帰ろう。

そう考え、ゆっくりと鉄の馬から鋏を離そうとした。

その時プチンと何かが切れる音が聞えた。

瞬間鉄の馬から大音量で音が撒き散らさせる。

恐らく大昔の人々が残した防犯システムなのだろうが…

しまった!?

ヤバイ!!

音に引かれて奴らがやって来る。

本能が訴える、ただそれに従い走り出す。

重い鉄の馬の部品やパーツを持ってるせいで、平常時ほど速く走れず疲れもするが言ってる場合ではない。

後ろを見てみれば奴らが大量にいた。

死臭を撒き散らし、腐敗した肉をぶら下げて、光の無い瞳でこっちを見ていた。

【フラクチャー】、生ける屍で生者を喰らう怪物たち。

目は悪いが音と匂いに敏感な奴らが、鉄の馬へと群がり始める。

鉄の馬から出る音は僕の走る音よりずっと大きい。

だからこそ音を気にせず走れる。

急いでこの広い道から離れる。

瓦礫を乗り越え墓石の狭い隙間から隙間へ、飛び移るように駆ける。

我武者羅にコロニーに向かって走る。

やがて後ろから鉄の馬の爆音が消え、続いて群衆の足音が響き始めた。

ええいやっぱダメか!!
ヴォォォォォォォォォオオオオオ!!

逃げきれていなかったようで、奴らが咆哮と共に走り出す。

バックにしまい込んだ鉄の馬のパーツがガチャガチャと、まるで警告の様に鳴り響く。

止まったら死ぬぞと告げてるかのようだ。

冗談、まだ死ねるかよ!

フラクチャーが追いかけづらくなるように、あえて階段や障害物の多い道を選択する。

障害物を飛び越え、階段の手すりを使ってショートカットし、とにかく一秒でも早く奴らから離れる。

だが僕の努力なんか知った事かというかのように、フラクチャー達は障害物は全てぶち壊し、階段は捨て身で飛び降りる。

距離は離れるどころか縮まってるように感じる。

そんな時であった、選択をミスった…

コロニーへの最短路、その向こうにフラクチャー達が集まり一種のバリゲートの様になっている。

頭の中の地図でルートを組み直す。

次の道を右、そこは行き止まりだが墓石の壁の感覚が狭く、上手くいけば二階くらいまでなら登れるかもしれない。

ええい、イチかバチかだ!!

つべこべ言ってられない、僕は右へと曲がり行き止まりの壁へと突っ込む。

ウラアアアア!!

壁の大きな罅に足を引っかけ、壁を蹴り二階へと跳ぶ。

一瞬だけ重力に逆らい、僕の身体は宙へを浮かぶ。

しかし無限に重力が消えることはない、やがて慣性に引かれて僕の身体が落ちていく。

だけど、落ち切る前に掴むことはできた、二階の窓枠を。

直ぐに根性で上る、落ちれば死。

文字通り死ぬ気で上り切り、二階へと転がり込み一息つく。

ぬぐ…

はぁ…はぁ…

逃げ切れたか?

畜生、何で今日に限ってこんなにフラクチャーがいるんだ。

何かしたか僕は。

そりゃコロニーから出る前に

「なあに、別に倒してしまっても構わんのだろう?」とか

「僕、この仕事が終わったら…」とか言ったけど!

大昔の人々が作ったっていう【死亡フラグ】って強すぎだろ!

そんな思考の真っ最中に、奴らの声が響く。

は、ははは…

マジでか、嘘だろ?

二階にもいた。

総数こそ外より少ないが、そんなの些細な問題だ。

外にも二階にも奴らがいる。

もう流石に次の逃走経路が無い。

詰み、死。

諦めの考えが思考を塗りつぶす。

ヴォォォォォォォォォオオオオオ!!

ああ、もうダメなのか。

奴らの声、臭いが近づいてくる。

死が現実味を帯びてくる。

このまま僕は奴らに…

嫌だ、嫌に決まってるだろ。

こんな最後。

畜生…

どうせ食われて死ぬなら、可愛い子に食われて死にたかった

未練たらったらながらも死に覚悟を決めた…

瞳を閉じて、来る痛みに耐える準備をする。

そうだ、激痛と共にこいつらに食われて僕は…

………おかしいな?

いつまでたっても痛みが来ない。

変に思って瞳を開けようと…した瞬間爆音が響く。

この音を僕は知っている、銃撃音だ。

誰か助けに来たのかと、淡い期待が生まれる。

死を恐れてる場合ではなくなった。

慌てるように瞳をカッぴらく。

するとそこに映った光景は…

なんと奇妙なことか、少女がいた。

浮世離れした銀の髪を持ち、左手には彼女の身体よりも大きい、鎌の様な…あるいは銃の様な武器を持っていた。

その少女が、僕を見つけ次第こういった。

伏せててね!

何が何だかわからない僕は、ただ彼女の指示に従って伏せる。

すると先程と同じ爆音が響き、フラクチャー目掛けて彼女が吹っ飛ぶように…

いや実際に吹っ飛びながら近づく!

そいやあああ!!

掛け声が聞えたころには、フラクチャーの何体かの首が体と泣き別れしていた。

頭という司令塔を失った胴体がゆっくりと崩れ落ちる。

異変に気付いた残りのフラクチャーが一斉に少女へと襲い掛かる。

だが少女、焦ることもなく爆音を打ち鳴らし、ありえない速度で武器を振り回す。

フラクチャーが縦に、横に裂けていく。

あるモノは首を飛ばされ、またあるものは四肢を斬りおとされる。

爆音と共に少女が描く、凝固した血で描かれるラインは、僕には一瞬の美にすら見えた。

す、すげぇ…

それしか言葉が出てこなかった。

バッサバッサとフラクチャーを切り倒していくその姿は、大昔の人々が描いたと言われる漫画、それに出てくるヒーローみたいな動きだった。

僕はただただその動きに見とれていた。

気が付けば二階にいるフラクチャー達は全員バラバラにされていた。

居ても立っても居られなかった、僕は急いで彼女へと声を掛けた。

き、君!

ふぇ?

声を掛けられた少女は、振り返りこちらを見返す。

先程は唐突だった故にしっかり見れなかったが、よく見ればその顔はとても可愛らしく、まだ幼さが残っていた。

恐らく16歳くらいだろう。

そんな見た目に反して若干死臭がするが、恐らく先の戦いで付いたフラクチャーの血からだろう。

助けてくれてありがとう!

僕はラプタ

…君の名前は?

僕の問いかけに、少女は少し驚いたような表情をする。

…何か変なことを聞いただろうか?

だがしばらくして、彼女は笑顔でこう答えた。

シャル、シャルロッテ!!
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登場人物紹介

シャルロッテ

推定享年16

人語を理解し、自我を持つフラクチャー

記憶を喪失しており、自身の本当の名前も覚えていない(シャルロッテの名は、目覚めた時傍にあったズタボロの菓子箱から取ったもの)

自身の記憶を探す旅をしており、その道中でラプタに出会い気まぐれで助ける

尚、ラプタが彼女にとって【初めて会った話せる生きもの】らしい


性格は天真爛漫であり、荒れ果てた世界から見ると異質にさえ思えるほどとにかく明るい

楽天家なところも少しあるが、真面目な時はしっかりと真面目になる

ラプタ

年齢17歳

コロニーに住まう青年

身体能力が高く、それを生かして危険な【素材回収】の仕事をしている

逃げる際はある程度のパルクールを使用し、直線距離では勝てないフラクチャーの速度から何回かは逃げ切っている


【鉄の馬の素材】を集めにコロニーを出たところをフラクチャーに襲われ、逃げれなくなったところを、寸でのところでシャルロッテに命を救われ、彼女の記憶巡りの旅に同行することを決める

最初は恩義の感情しかなかったが、しだいにシャルロッテに恋心を抱いて行くこととなる

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