第2話

文字数 8,184文字

 昔々、大陸の大河からの恵みを受けた村の麓に、大きな湖があった。
 大河から流れ込む水と共に、ふんだんな幸が流れ込む豊かな土地だったが、その恩恵を村の民が受けるのは、命懸けだった。
 その水たまりに、とんでもない雑食の主がいたからだ。

「そいつは、水辺に近づくものも、水に落ちたものも残さず口にする悪食な奴でな、水汲みすらも命懸けで、使いで水汲みする子供すら、犠牲になっていた」
 そんな話を聞いた彼らは、面白半分でそこに釣り糸を垂らした。
「そこの旦那を餌にして、な」
 森口水月(もりぐちみづき)は気楽に笑いながら、何やら唸り続ける凌を指さした。
 中性的な体つきの美丈夫は、未だ成長途上の若者に昔話を始めたところだった。
 何故、結界を破る話から、こういう話になるのかは知らないが、遮る理由もなく頷き、(れん)は無言で話を促した。
 そんな若者を見つつ、銀髪の大柄な美丈夫は、唸る声を抑えきれない。
 気持ちはわかる水月は、そんな旦那に構わず、話をつづけた。
「強い引きを感じて引き揚げたら、旦那はそいつに咥えられたまま、鰓を掴んでいた。二人分は、流石に重かったな。カスミの旦那も、珍しく手伝ってくれたから、ロンの旦那と三人がかりだ」
 主の正体は、黒い真鯉だった。
「メスの、大きな鯉でな、旦那が弱らせたのに、吊り下げられた状態でも生きがいいのなんの。生唾が止まらなかった」
 十代に育った子供たちも歓声を上げ、どう料理するか論議している途中、悲壮な声がした。
「た、たす、けて」
 初めにそれに気づいたのは鏡月だったが、大人たちは全員、聞かぬふりをしていただけだった。
 構わずどう捌くかを話す大人たちに、律と顔を見合わせた鏡月が、躊躇いがちに切り出した。
「あのさ、今……」
「鏡月」
 遮った水月は、優しい笑顔で続けた。
「お前の故郷では、人の言葉を解す獣を生贄にして、子供の健やかで賢い成長を願う習わしがある。お前も、本当はその儀式を受けられる立場だったんだ。ここで、終わらせてしまおう」
 悲鳴を上げたのは、釣り針で釣られたままの鯉だった。
「た、たす、けてっ、もう、ひと、たべない」
「遅い」
 そんな悲痛な命乞いを、凌があっさりと斬り捨てた。
「そう反省するまでに、何人食らった? 大人を狙うならまだしも、先が長い子供を、一飲みしておいて、自分だけ助かる気か? ふざけるな」
「皮を削いで鱗を取って火であぶると、いい酒の肴になるんだ。肉は子供たちに殆ど譲るとして、いい御馳走だな」
 子煩悩な大人たちの怒りを一身に受けた鯉は、己の運命を嘆き恐怖し、その恐怖を脱した今でも、未だにそのトラウマは消えない。
「腹割いたら、卵もあったかもしれんな。あの頃は、どういう原理で、魚に卵ができるのか、分からなかったからな」
 しみじみと水月が言うが、蓮はそこからどうやって、ただの真鯉があの巨大な獣になったのか、話を進めてほしいと無言で思っていた。
 だが、水月はそこから話を大幅に飛ばした。
 これは、先に出た案件に対応できない理由を話す、きっかけとなるだけの話だったからだ。
(ほまれ)が、海から兎を拾ってきたのは、何年後だったかな。子供たちも、ロンの旦那もこの旦那も初対面だったが、カスミの旦那とオレは、顔馴染みだった」
 カスミが幼い頃に、奇異な力で恐れ崇められ、そのために自由に動くことが出来なくなったとき、捕らえられた人の言葉を解する獣。
 土地神のように祭られながらも、母親にすら恐れられて、幼馴染の男以外は近づく事すらなかったカスミに、話し相手として与えられた兎だった。
 兎の方も、自分たちが誰か分かったようだったが、喋れない兎としてしばらく、群れの中で養われていた。
「……丁度、鏡月が最初で最後の、囮をすることになった頃だ」
 慎重にそう言った男の目の端で、凌の周囲の空気が固まった。
 春先のその空気は、冷気に似た痛いものだったが、水月は構わず続けた。
「誉の奴が、その兎を連れ出して、数日戻らなかったと思ったら、意識のない兎を抱えて、泣きながら戻って来た」
 ウノが、死んでしまうっ。
 その様子を見て兎をひったくり、その具合を見たカスミは、その場から誉を追い出した。
 まれに見ぬほど怒り狂ったカスミは、凌に真面目な声を作って言った。
「今の内に刺身にして、我ら全員で食しましょう」
 珍しいその様子に慄きながら、凌と水月は男をなだめ、誉を引き離して事情を聞きだした。
「……卵が、問題だったんだよな」
「?」
 ぽつりと言った凌の言葉は、蓮には意味不明だ。
 そうだろうと頷いた水月が、詳しく説明する。
「あの獣は、一見すると蜥蜴だが元は真鯉、いわゆる淡水魚だ。季節が来ると腹に卵が宿り、産卵期になると水辺に卵を産み付け、オスがそれに種付けする。その、卵の大きさがな、ウノの頭ほどあったようなんだ」
 話を誉から聞き、その現場に向かった二人は、誉本人が芽吹かなかったからと叩き割った、大きく透き通った殻を見つけた。
「薄い殻で、破片が散らばっていたんだが、それを集めて組み立ててみたら、恐ろしくでかくてな。しかも……」
 それが、五個あった。
「……ウノのあの小さな体で、あの五個の卵の種付けは、地獄だっただろう」
 しかも、全く芽吹かなかった。
「完全に無駄骨、無駄死にだ」
 その時は、死ななかったが。
 真相に行き当たった二人は、深く同情した。
 どちらかと言うと、とんでもない奴に好意を向けられた、兎にしては大きいが、どう考えても釣り合わない男の方に。
「カスミと話して、意識を取り戻した兎とも話して、群れから離した。誉にも、近づくなと釘を押して、それとなく監視していた」
 鏡月が最悪な形で戻り、水月が群れを去るまで。
 凌とその愛弟子の間がぎくしゃくとし、誉はそちらを気にして、いなくなった兎に構う余裕がなくなったのだ。
「その後、どちらとも会わずに過ごしていたんだが、寿が出産した後、ウノは律に連れられて、祝いに駆けつけてくれた」
 オレ自身が、祝いの品だとカスミの奴が言っているんだがと、真顔で言って来たので、水月も真顔で返した。
「そんなことしなくても、オレの子なんだから、賢く強いに決まっていると、お断りさせてもらった」
 水月が所帯を持った事情を知らなかった兎は、その経緯を聞いて深く頷いた。
「あの兎、恐ろしく術に長けた奴だったんで、もしかしたらオレにかかった呪いも解けるかもと思い、駄目もとで訊いてみた」
 すると、あっさりと出来ると答えられた。
 女たちが喜ぶ中、ウノは眉を寄せて念を押す。
「だが、耐えられるか? 頭からその呪いの深い場所まで、手でまんべんなく触ることになるぞ?」
「無理だ」
 言われただけで、鳥肌が立った。
 そんな男を見ながら、兎は空を仰ぐ。
「オレも、あまりやりたくないが、女の姿で触れば、大丈夫か?」
「それならいい」
「駄目っ」
 即答えた水月にかぶるように、寿が声を張り上げた。
「ふざけないで、妻子が見てる前で、不義をする気っ?」
「見てなきゃいいだろう。呪いを消すためだ、我慢しろ」
「嫌っ。ウノが女になったら、私に勝ち目がないじゃないっ」
「お前に勝てるはずが、ないだろう。落ち着け。と言うか、こいつが女に触られるだけで満足する玉か? そういう気持ち悪い所業を、オレの方が我慢してやると、譲歩しているのに、己事で反対するか」
「嫌あっっ」
 寿とウノが言い合う傍で、律は真顔で水月に詰め寄った。
「少し男に触られるくらい、我慢してください」
「絶対無理だ、それをするくらいなら、死ぬ」
 そう言い張った結果、本当に死んでしまった水月は、何かを考える顔になっている凌に笑いかけた。
「つまり、オレの頑固が、あんたを煩わせたのであって、鏡月やあんたには咎はない」
「……」
 そして無言の蓮に、話を続ける。
「お前さんが出会った頃の誉とウノは、付かず離れずだったと言ったな。それは、ウノが自身に壁を張り、誉の好意をはじいているつもりだったからだ。まあ実際、はじいていたかもしれんが、それでは意味がなかった。どうやら、誉はまだ、魚の域だったらしいからな」
 それが再び起こったのは、黒船がやってきて開国して、数年たったころだったそうだ。
「……初めてこちらに来た年、誉が一人で、しかも連れ合いだったはずの兎の影が一切ないのが、気になっていた。律もそのことについて口が重くて、事情を聞きだせない。仕方なく、うちの娘の弟とやらを拉致して、聞きだした」
 さらりと犯罪をにおわせながら、水月はその聞き出した話を始めた。
 要は、またあの悲劇が起こったのだ。
 しかも今度は、真面目に当時の石川家当主とその家族がいる前で、誉は告白した。
 武士としての奉仕はやめ、百姓として脈々と血を紡いていた石川家は、その告白で大きく取り乱した。
「初め、誉がどこかの女と乳繰り合って、卵を作ったと思ったらしい」
 ウノと言うものがありながらと、当主をはじめ石川家の家族は怒り狂った。
 そんな中冷静に返したのは、とんでもない告白をされた、当の兎だった。
「お前、今度はどうしたいんだ?」
 答えは明白だと考えている声音の男の問いに、誉は真顔で答えた。
「今度こそ、芽吹かせたい」
「そうか……」
 溜息を吐いた兎は、覚悟を決めたようで、混乱する当主たちを呼び、内密に話をした。
 その後、数日の間で引継ぎを終わらせ、兎は誉と共に一時期姿を消し、戻って来た誉は昔のように瀕死の兎を抱えて戻って来た。
「……当時の巳の獣と、誉たちがいたらしい現場に向かったら、先の時と同じような透明な殻が、散らばっていたらしい」
 そしてウノは、今度こそ助からなかったという。
「うちの娘の弟の、祖父に当たる鬼が、その墓標を守っているというのを聞いて、確かめてきた」
 カスミが養い親とも言うべき兎を、みすみす死なせるようなことがあるのかと、疑ったためだ。
 墓の中を暴くわけにもいかず、誉も火葬して骨を拾うまでを見守ったという墓守の言を、信じるしかなかった。
「だからな、お前さんが言うような、セイ坊の手の者より先に、周りに気付かれぬよう、壁を壊して入り込むことは、少し難しいんだ。あれ以上の使い手に、心当たりがない」
「……」
 随分長い前ぶりだったが、蓮は真顔で頷いて見せた。
 鏡月と凌の、一風変わった痴話げんかを見守った日から、二月余り。
 蓮は秘かにセイの周囲を探り、堤恵が林家にいることを突き止めた。
 その近くにセイがいることも。
 何かを企んでいるのが見え隠れするあの若者の動きは、蓮に嫌な予感をさせていた。
 あの若者の周りの術師たちも、どうやらその思惑を受けて動いているようで、こちらが接触できない。
 しかも今回、何故か捕まらない男がいた。
 自分の元相棒で、セイの父親違いの妹の旦那となった、市原葵(いちはらあおい)だ。
 仕事の合間に接触しようとしても、何故か捕まらないのだ。
 自分と接触したくないと、そう感じているかのように。
 腹が立つと同時に、不味いなと思っていた。
 セイが葵の方には事情を話し、協力してもらっている可能性がある。
 これは本格的に、何かをやらかす気だと蓮は判断し、ようやく助っ人に接触する覚悟を決めたのだった。
 その助っ人が、この二人である。
 本当は、最後の手段でも使いたくはなかった。
 どう遠回しに切り出しても粗を見つけられて、事情を深く話す羽目になりそうだったからだ。
 だから、あえて話せる部分はすべて話し、控えめに尋ねたのだ。
 二人を呼び出して説明を始めた蓮を、水月が眉を寄せて止めた。
「待て。お前、何だその声は?」
「……分かりません。聞きづらくて済みませんが、我慢してください」
 朝からこうだと話す蓮を制し、水月は真面目に言った。
「小声で話すだけでいい。オレは聞こえるし、この旦那も唇で読める」
 そんなに聞きづらいかと頭をかく若者に、凌は首をかしげてある可能性を告げた。
「声変わり、か?」
「こ……」
 絶句した蓮を、二人の大人は思わず目を見開いて見つめた。
 次いで、水月が爆笑しつつ言う。
「お前、成長してるんだから、声変わりくらいはあるだろう、オレだってあったぞ」
「あったのか。あまり変わってない気がするが」
「斬るぞ」
 やかましい二人の前で、蓮は珍しく戸惑っている。
「……声変わりなら、十四五の時に経験してますが、ここまで掠れなかったような……」
「だから、少年合唱団みたいな声だったんだな。中々耳に通る声で、気に入ってたんだが」
「それは、どうも」
 小さい時の声を褒められても、居心地が悪い思いをするだけだ。
 首を竦めつつ、水月の言う様にぼそぼそと小声で説明して、控えめに尋ねたのが、セイの近くにいる術師たちを出し抜けるような、壁を壊せる知人はいないかという事だった。
「一人だけいた」
 と水月が答え、その名を告げられた蓮が、会ったことがあると言い、何処にいるのかと問うと、その優し気で小柄な美男子は困ったように眉を寄せ、大昔の話を始めたのだった。
「つまり、出し抜くのはそれこそぎりぎりでないと、無理という事か」
 呟くように言う若者に、水月は頷いた。
「出来ないこともないだろう?」
 そうなのだが、もしものための保険が欲しかった。
 そう呟く蓮は、内心焦っていた。
「……どうした?」
 その様子を感じ取り、水月が尋ねるが、若者は無言で首を振る。
 ただ、本当に嫌な予感がする。
 漠然とした不安なのに、これを放置していてはいけないと感じる予感だ。
「……変な話をしてしまって、すみませんでした。聞かなかったことにしていただいても……」
「出来る類じゃないんだが」
 蓮のかすれた声を遮ったのは、先程まで殆ど話に割り込まなかった、凌だった。
「……その、壊したい壁と言うのは、林家の結界の事だろう?」
 曖昧にした部分を指摘され、蓮はつい苦笑した。
 壊さなければと、術師が一丸となるとしたら、今の所、あの場所くらいだ。
 曖昧にする必要はなかった。
「はい」
 だから素直に頷くと、今度は紫の瞳を喧嘩仲間に向けた。
「ミヅキ」
「何だ?」
「お前、間者だな?」
「頭、湧いたか?」
 突然決めつけられ、水月が返したが、面白そうに笑っているところを見ると、否定はしていない。
「そういう言い方が、しっくりくるだろう。ここでその子が持つ情報を聞き、適当に煙に巻き、諦めさせようとしているだろう?」
「そういう指示は受けていない。一度もその件で、セイ坊と話をしたことはないんだ」
 ただ大人として、フォローしているだけと言う水月を、凌は胡散臭そうに見つめた。
「どうだかな? それこそあの子を、出し抜く気で様子を伺っているんじゃないのか?」
 それに、と言葉を切った大男は、目を据わらせて続けた。
「……術師たちより先に、薄くなった壁を壊せる奴に、ウノ以外に心当たりがあるだろう?」
「ないぞ。周りに気付かせぬように壁を壊せるような器用な奴は、あの兎のほかはカスミの旦那くらいだ。蓮が祖父さんを頼ろうとしていないのは、あの人の気質を承知しているからだろう? だから、こっちに相談してきたはずだ」
 全く引かない男に眉を寄せ、凌は少し考えて話を変えた。
「……どうやら、その林家に鏡月の仕込み杖の中身を作った者が、匿われているらしいんだが、お前は知らないか?」
「どうしてだ?」
「シュウレイが、お前に白い鹿の男を紹介されたと、そう言っていたんだが」
「ああ、紹介した。それが、どうした?」
 しれっと返され、大男はついに大きなため息を吐いた。
「鏡月もその後紹介されて、いわゆる遺恨同盟が出来たと、聞いたんだが」
「それくらい、いいじゃないか。どこにいるかも分からん奴を恨むんだ、同士ができるだけで、少しは気がまぎれる」
「……お前、諦めていないな」
「何をだ?」
「その錬金術もどきを、生かしたまま封じることを、だ」
 無言で目を見開いた蓮を一瞥し、水月はあっさりと頷いた。
「簡単に、諦められるはずがない。鏡月の刀もシュウレイ嬢の絵画の抜き身も、生きてはいないが意思がある」
 この話はこの二月の間に、鏡月を交えた三人で何度も持ち出されていた。
 時には優も交えた話し合いで、刀の正体を重々承知した上での若者の決意も、それを見守る父親違いの妹の覚悟も、大人である二人には痛いほどに分かっている。
 だが、水月はどうしても、一つの可能性を捨てきれない。
「……意思があるのなら、形が戻せれば人として生きれるかもしれない。あの子たちはようやく、取り上げられたものを取り戻せたのに、それを跡形もなく消すがいやだと、そう思っているんだろう?」
「それは、あんたも同意見だろう? あんたにはすでに、子供がいる。オレにもな。だからこそ、気持ちは分かるだろう? オレはあれらを、簡単に消したくない」
 優も律と一緒に、その方法をずっと探していたと言っていた。
 探しながらそいつの行方も追っていたが、どちらも見つからなかった。
 だが、今はたった一つだけ、出来そうな方法が見つかった。
「そいつが模した、本物が言っていた。奴は、作られたものだったと」
 元々は、血でできた紛い物の男で、自己を持ってしまったことで、作り主が死んでも消えなかったと。
「消えなかったが、あれだけ何本もの塊を作るのならば、減っていてもおかしくないのに、未だに新しいものを作れるほどに、力はあるようだ」
 そして、今まで自分や他の獣たちの嗅覚にすら引っかからず、カスミや他の目ざとい者たちの目にも引っかからない理由は、その有り余る力の元が、何処かにあるからだろう。
「その力の元を使って、封じる手がある。そう考えているのは、オレだけではない」
 そして、そのために動いている者が、既にいた。
 水月がそこまで言ったとき、乱暴に音を立てて蓮が立ち上がった。
「……それは、他の奴らも承知なんですか?」
「少なくとも、お前の元相棒は、承知で見守っているようだな。万が一のために、あの鬼に何かを頼んでいた」
 若者に睨むような目で見下ろされながら、水月は静かに答えた。
 そして、座るように促す。
「今、お前だけが行っても、壁の前で立ち往生するだけだ。どうせならば、オレが知る、壁を破れる要員の一人に、思い当たったことを全て吐いて、真っすぐに頼んでみろ」
 優しく笑いながら、男は目線だけを横にずらした。
 そこには、険しい顔をしたままの、銀髪の大男がいる。
「……詳しく、説明しろ。ちまちまと破るのは不得手だが、乱暴に蹴り破るのは、得手だ」
 蓮は凌を見つめ、珍しく間抜けに口を開き、そのまま素直に腰を落とした。
 忘れていた。
 この人は、術師泣かせの、父親だ。
 頭に血が上って、一瞬だけ我を忘れてしまった蓮は、居心地悪くなって咳払いする。
「すみません。少し、取り乱しました」
「構わん。青い関係で、羨ましいぞ」
「……」
 にやりとする水月と、恐縮する若者を交互に見てから、凌が改めて話を切り出した。
 そして、蓮が行きついた答えを聞いて唸った大男は、真顔で告げた。
「よし、それを出し抜こう」
「……やってくれますか?」
「ああ」
 ほっとした蓮を微笑ましく見、水月は凌に言った。
「骨は、拾ってやろう」
「頼む」
 冗談で言ったのに、返って来た言葉は真面目なものだ。
 真面目な話だから仕方ないかと気を取り直し、水月は一番大事なことを切り出した。
「場所の見当は、ついているのか?」
「はい。目には見えませんが、林家が所有する別宅の周辺の空気が、明らかに違います」
 空気も違うが、集う者も違う。
「薄くなっている壁に気付いているらしき者たちが、機会を今か今かと待ちわびているようです」
 その中に、今話題に上った白い鹿の姿もあった。
「……あの鹿、見逃していたんですか?」
 そういえばと思い出した蓮の問いに、水月が頭をかく。
「どうも、あれがオレへの使者のようだったんでな」
 それに気づくまで、少し間があった。
 おかげで危うく、本当に三兄弟を手にかけるところだった。
「経緯を聞いている間に気付いて、何とか志向転換したが、一歩間違ったら余計な殺戮をするところだった。今度会ったら、その辺りの話を反省させておいてくれ」
 この件に関して言うと、できるだけ関わっていない風を装うと決めている水月は、これからその画策をした本人に会うはずの二人に、真顔で頼んだ。

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