南の島の物語。

文字数 2,706文字

 とある南の島に、年頃の女が一人だけで住んでいた。
 元々はヨットに乗って世界一周の旅に出ていた夫婦の一人娘であったが、ヨットが島に来た時嵐に煽られ転覆し、まだ三歳の彼女だけが島に流れ着いて生き延びたのだった。
 それから一人彼女は亡くした父親と母親の姿を追い求めて島を彷徨い始めた。耐え難い孤独にちいさな心と体で耐えながら、彼女しか居ない島で両親の姿を追い求めて彷徨い続けた。喉が渇けば雨水を啜り、腹が減ったらその辺の食べられる物を口にするという生活を何年も続けた。女はその中で覚えた言葉も羞恥も忘れ、この世のどこかに居るであろう自分と同じ姿かたちをした存在を追い求めて、何時しか感じていたはずの孤独も忘れ、無人島を彷徨うだけの一人の女になっていた。
 そんなある日、島を何年か振りの大嵐が襲った。激しい暴風雨と稲光が島を震わせ、それは海の神と風の神が怒り狂っているかのような光景に、女は恐怖を覚えて島の奥に引きこもった。
 次の日、女は嵐が静まったのを確認すると、塒から外に出て浜の方へと向かった。浜の方に出ると、近くで船でも転覆したのだろうか、さまざまなものが浜に打ち上げられていた。女はその打ち上げられた品々を手に取りながら、遠い記憶の方に霞んだ文明社会への思いと、亡くなってしまった両親の事を思い出していた。
 すると打ち上げられた品々の中から、女は何かが動くのを感じ取って、すぐその場から離れた。森に隠れて浜の様子を伺うと、打ち上げられた品々の名から、一人の少年が、何か使えそうな物を集めている様子が目に写った。その瞬間、何十年ぶりに目にした人間の姿をみた女は喜びの声を上げたが、それは言葉にはならなかった。だがその声は海岸で物を探していた少年の耳に入り、少年は近くに落ちていた木の棒を持って身構えた。
 木の棒を持った少年は間違いなくこの島には人がいると悟り、木の棒を持ったままゆっくりと森へ近づいた。そうして森に足を踏み入れると、すぐに女のいる気配を感じ取って其処にいるのは誰だ!と叫んだ。女は驚いて、そのまま走って逃げ出そうとしたが木の根っこに足を取られて転んでしまった。少年はすぐ彼女の元へと駆け寄り、島の住人か?と尋ねようとすると、女か布一枚着けてもいないあられもない姿だった為、思わず目のやり場に困った。女のはと言うと初めて目にする他人の姿に怯えきっており、四つんばいになりながらも彼の元を離れようとした。その背後では少年が待ってくれ待ってくれと叫びながら後を追いかけた。
 そうして森の中を進んで暫くすると、息を切らした少年は女を追いかけるのを止めてしまった。すると女は少し離れた所で少年の様子を伺った。少年は疲れたていたのか息を切らしながら空を見上げている。其処は調度木々の切れ間で、鬱蒼とした森の中で光が差し込む数少ない場所だった。
 すると、休んでいた少年が女の視線に気付いた。少年は女の方を振り向くと、何もしないからここが何処だか教えてくれ、小さく叫んだ。だが言葉を忘れてしまった女にはその言葉にどう答えればよいのか分からなかった。しばらくすると、少年は再び浜のほうへと向かい、女の下から離れていった。
 それから少年は嵐で流れ着いた道具を使って自分の住処を森の近くにこしらえた。材料は彼を乗せて来た客船の部品や調度品だったが、何とかそれらしい住処をこしらえる事が出来た。ボーイスカウトで習った方法で火を起し、習った方法で魚や食べられる木の実を探して調理しながら少年は助け舟が通りかかるのを待つことにした。
 そんなある日のこと、少年は食糧を求めて再び森の中に入ると、以前出合った女が、足を怪我して動けなくなって居るのを見つけると、少年は怪我の具合を確かめようとした。だが女は人に触られるのは嫌だと言わんばかりに、呻き声を上げながら彼の手を払いのけた。だが少年は優しく女の目を見つめながら、大丈夫だよ。君を助けるだけだよと説得した。すると女は少年の言葉に記憶の片隅にある両親の笑顔に似たものを感じて、次第に大人しくなり、少年の肩を借りながら彼の住処へと向かった。そしてゆっくり時間をかけながら彼の住処に戻ると、彼は貯めた飲み水で傷口をきれいにして余っていた綺麗な布で傷口を縛ってやった。これで大丈夫。と少年が女の肩を叩くと、女は生まれて初めて心の中に温かくて心地よい雫が落ちるような感情を抱いた。女にはその感情が嬉しくてたまらず体の中から沸き起こる疼きのようなものを抑えることが出来なかった。
 それ以来、女は新しい刺激を求めて少年の元を訪ねるようになった。初めて生で触れる人と人との触れあい。それが女にはたまらなく楽しく、長らく追い求めていた物であった。少年も少年で、無人島をで生きるには一人より二人の方が楽しく、女は言葉は話せなくとも彼の言う事がある程度理解で出来たし、彼の親しい友人になってくれた。そうやって日々を過ごしていると、少年はやがて女に飢えにも似た感情を抱くようになり、女の事を支配してみたいと言う欲望に駆られるようになった。
 そしてある日の夕方、二人が夜空に浮かんだ星空を見上げて居ると少年は今夜一緒に寝ないか?と女に提案した。女は少年が何を考えているのか分からなかったがとりあえず承諾し、彼の寝床に納まることにした。そうして二人寝床に収まると、少年は女の身体に手を伸ばした。その日以来女を知った少年は、こういう日々が続くのならもう暫くここに居てもいいなと思った。
 だがそんな日は長くは続かなかった。二人の間に子供が生まれると、父親になった少年は三人分の食糧を探す日々に追われて、女を独占することが出来なくなってしまった。すると次第に女に対する愛情も浅い物になり、つっけんどんな対応で済ますことも多くなった。
 そうした日々を過ごしていると、一隻の船がやって来て、乗組員たちが島にボートで上陸してきた。少年は上陸してきた乗組員に事情を説明すると、船に載せて祖国へと帰らせて貰う事になった。乗組員達が、女と子供はどうする?と尋ねると、男になった少年は島に置いてゆくと答えた。どうしてかと乗組員が問いただすと、二人は野生人同然の生活を送ってきたから文明社会には馴染めないと言うのが彼の言い分だった。
 それから男は女と子供を残して祖国に戻った。その事を深く悲しんだ女と子供は、海の向こうに行けば男に会えると信じて、崖から海に飛び込んでしまった。それ以来、この島には決して近寄ってはならないという船乗り達の噂が広がり、島自体も海図から消え去ったという。

(了)
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