これがオタクの奮闘、そして奇跡だ!

文字数 951文字

先輩は、長身ですらりとしたスタイルとクールな出で立ちで、絵にかいたようなバリキャリだった。自分とは別世界の人間だと思っていた。
その印象が変わったのは、つい最近。俺がデビューから推しているアイドル、ラブ・ユートピア(通称:ラブピア)のチェキ会に参加した日の事だ。
待機列に並んでいると、このグループには珍しい女性ファンがいた。長身で、メンバーとポーズを合わせるために少し屈んで指ハートを作っている。
「え!?」
——それが、先輩だった。
思わず帽子を深めにかぶり直したが、先輩は俺に気づいていなかった。
“アイドルなんて馬鹿らしい”タイプの人かと勝手に思っていたので、最初は目を疑った。
だが、カメラの前でぎこちない笑顔を浮かべながら嬉しそうにチェキを撮る先輩を見て、それは間違いで、どうにかして先輩と話したいと思うようになった。
かといって踏み込むこともできない臆病な俺は、中途半端なアピールしかできなかった。
例えば、いつも使っているボールペンをラブピアのグッズに変えてみたり、先輩が給湯室にいるときにそれとなくラブ・ユートピアの新曲を口ずさんだり、コラボパッケージのお菓子を差し入れしたり…等々。
しかし、どれも効果はなく、気づいてはもらえなかった。
はあ、とため息をつきながら、頼まれた備品整理を進めていた。今日もラブピアのボールペン使っている。スーツスタイルにはあまり似つかわしくないピンクグリッターのボールペンは、かなり目立つのだが先輩は今日も気づかなそうだ。
「うまくいかねーなー…」
ただ、好きなアイドルの話をしたい。それすら言葉にできない自分が不甲斐なかった。
(…今日のライブ。先輩も行くのかな。)
喉まで出かかった言葉を飲み込み、”後輩”の顔で声をかける。
「これで備品のチェックは終わりですか」
「そうだね。お疲れ様」
「お疲れ様です。」
「わざわざごめんね」
「いえ、何かあればまた言って下さい。」
「ありがとう。……そういえば可愛い色のボールペン持ってる、ね…」
先輩の視線が、吸い込まれるように俺が持っているボールペンを捉えた。
「このボールペン」
震えながらボールペンを指して、仕事中では見たことない表情を浮かべている。
「…好きなんですか?ラブピア」
あの日みたいに、ぎこちなく口角をあげた貴女はとても可愛らしかった。

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