第1話 ハリウッド映画

文字数 772文字

 ろうそくのともし火。
 ランプのともし火。
 ランタンのともし火。

 恋愛脳の人たちには、その手の小道具があるシチュエーションは、とてもロマンチックな情景なのだろう。

 アフリカからスペインのアルへシラスという町に船で渡り、アルヘシラスからバルセロナ行きの長距離バスに乗っていたときのことだ。
 車内には数台のテレビモニターが天井に備え付けられていて、走行中、ずっと映画が上映されていた。

 どっぷりと日がくれて、景色が何も見えなくなったので、ぼくも映画を見始めた。それは「ダーティーダンシング」というハリウッド映画で、これは何作もシリーズが作られている人気作だから、知っている人も多いと思う。あれはサブタイトルがついていなかったから、たぶん第一作目だったんじゃないのかな。

 物語の中盤、主役の彼氏とヒロインの彼女がいい雰囲気になり、彼氏は、日本人の感覚からしたらいかにも毒々しい赤い光を充満させたベッドルームに彼女を誘った。
 こんな真っ赤な部屋って、風俗でもここまでするのか? 知らんけど。
 これで精一杯ロマンチックに飾り立ているつもりなんだから、感覚が違うな、と少し笑えた。

 で、やっぱりアメリカ人は即物的だ。情緒もへったくれも無く「よーし、ヤルぞ」とばかりに、彼氏も彼女もヤル気マンマンでベッドにそっと倒れていく。
 キスをする二人のアップから、カメラは上にパンしていき、ともし火の源である大きな赤い提灯が映し出された。

 そこに書かれた東洋の神秘的な文字が幻想的に滲んでいく。大きく黒く、毛筆で書かれたその文字は、

 酒

「あーはは!」
 ごくりとツバを飲み込みながら映画を楽しんでいた外人さんたち、ごめんなさい。
 だって飲み込んだツバの意味が違っちゃったんだもん。
 そのシーン以外は、ストーリーも何も覚えていない、でもそこだけは忘れられない映画であった。
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