第一章 幽霊屋敷

文字数 10,308文字

「シスター・ヴィクトリア、お願い!」


金髪をツインテールにしたマリーがぴょこぴょこ飛び跳ねる。


「ダメです」


シスター・ヴィクトリアは、はっきりとした口調で言った。


「おーねーがーいー!」

「ダーメーでーすー!」

「あたしには魔法の才能があるのよ! それはシスターも認めているでしょう? 冒険家になっても魔法で未来を切り拓いていけるわ!」

「確かに、あなたには魔法の才能があります。でも病弱で、毎日の薬が欠かせないでしょう? 冒険家になれるわけがないでしょう!」

「うっ、確かにそうだけど・・・。あたし達、もう十五歳よ!? 自分のことは自分で決めるわ!!」


マリーが腰に手をあてて胸を張り、言い切る。


「私からもお願い、シスター。私、冒険家になってもっと強くなりたいの」


桃色の髪をポニーテールにしたサララが顔の前で両手を合わせる。シスター・ヴィクトリアのこめかみに血管が浮き上がる。


「女の子が戦いで強くなってどうするんです! 村で就職するのに戦闘の経験なんて要りません!」

「私からもお願いします、シスター。私、世界を渡り歩いて見聞を広めたいんです」


水色の髪をルーズサイドテールにしたイリスも加勢する。


「あなたはいつも本を読んでいるでしょう? 成績だって院で一番じゃないですか。村で就職するならそれで充分です!」


マリーが全身を振るわせて抗議する。


「んもー! 分からず屋! あたし達、勝手に出ていっちゃうからね!」

「私達、本気です!」

「お願いです、シスター!」


シスター・ヴィクトリアが数え始めてから二週間はこのやり取りをしている。こめかみの血管を落ち着けるように指で押さえ、シスター・ヴィクトリアは深く溜息を吐いた。


「・・・。いいでしょう。そこまで言うのなら一つ条件があります。村のはずれにある幽霊屋敷のことは知っていますね?」


三人娘が顔を輝かせて反応する。


「それって、大人達が『絶対に入っちゃいけない』って何度も言ってた、あの幽霊屋敷のこと?」

「そうです。その幽霊屋敷の怪異を解明しなさい」

「ええっ!?」


三人娘の声が重なった。シスター・ヴィクトリアは静かに続ける。


「世界を旅する冒険家なら、これくらいの困難、乗り越えられなくてどうします。怪異を解明できたら、冒険家になることを認めましょう。期間は一週間設けます。もし一週間以内に解明できなかったら、大人しく村で就職するんですよ」

「まっかせといて! 大冒険家マリーちゃんの冒険譚の始まりよ!」


十五歳になったマリー、サララ、イリス。冒険家を夢見る三人娘の旅立ちが、今、始まる。


「さて、大見得切ったはいいものの・・・」

「まずは情報収集ね。村人達に色々聞いて回りましょう」


三人娘が暮らすクーヘン村は、のどかな田舎だ。『エメラルドの魔女』の異名を持つ魔女エマ・ブレナンによって作られ、彼女の支援によって孤児院が営まれている。この国の孤児達の大半がクーヘン村に集まる。エマの結界が張られているおかげで魔獣達も近付かない。三人娘はまず、エマに話を聞くことにした。


「エマ、こんにちは」

「こんにちは! いつも一緒の三人娘! 今日も元気そうだね」

「ねえ、エマ。聞きたいことがあるんだけど・・・」

「なぁに?」

「町のはずれにある『幽霊屋敷』のことについて教えてほしいの」


エマは顎に手をあてて『うーん』と考え込んだ。


「ごめんなさい。よく知らないんだ」

「そっか・・・」

「それより、三人共、冒険家になりたいの?」

「え? どうして知ってるの?」

「ヴィクトリアが最近、あなた達が冒険家になりたがっていて困ってるって相談に来たの。駄目だよ、ヴィクトリアを困らせちゃ」

「エマ、あたし達、本気なの!」

「『幽霊屋敷』の謎を解明すれば、冒険家になってもいいってシスター・ヴィクトリアが許可をくれたのよ」

「だから、私達はどうしても『幽霊屋敷』の謎を解明したいってわけ」


三人娘の熱意に、エマは苦笑した。


「そっかそっか。うーん、そうだね、イリスちゃんには退屈なお話かもしれないけど、この世界についていくつかお話をしてあげよう。さ、そこに座って」


三人娘は草むらの上に座り、エマが杖を取り出す。そして緑の光の線で絵を描きながら、説明を始めた。


「まず、初めに。この世界は四つの大陸でできているよ。火、水、風、土の国の大陸で、それぞれ竜、妖精、人間、魔獣の王が治めているよ。この国は風の国だよ。竜は火、妖精は水、人間は風、魔獣は土の四つの元素に、死後還元されるよ。属性は、今、話した火、水、風、土の他に、人間が作り出した雷と、四元素の原始である光と闇があるよ。天族は死後光に、冥族は死後闇に還元されるよ。四大陸の中央には謎の大陸があって、その大陸の中央には『塔』が存在するよ。上に登るか、下に降りることができるけど、誰も最奥に辿り着いたことはないよ。ここまではいい?」

「ぼんやりとだけど、聞いたことあるわね・・・」

「武を極める者なら一度は耳にすることだわ」

「エマの言う通り、私には退屈な話だね」

「冒険家が目指すのは、この塔の謎の解明。三人娘にできるかな?」

「大冒険家マリーちゃんならきっとできるわ!」

「もっと強くなって、いつか踏破してみせるわ」

「塔の謎を解明するのも面白そうだね」

「うふふ。あなた達、性格も戦闘もバランスがとれていて理想的ね。おっと、私は用事があって村長の家に行くんだった。三人娘が今よりもっと強くなったら、私も戦ってあげるね。それじゃ!」

「ありがとう、エマ! バイバイ!」


エマは笑顔で村長の家へと向かった。


「・・・さて、手分けして情報収集しましょう。一時間後に、孤児院の図書室で落ち合うのはどうかしら?」

「さんせーい!」

「うん。わかった」

「じゃ、解散!」


一時間後。三人娘は孤児院の図書室に集合した。


「さて、情報を整理しましょう。まずはマリーから」

「うん。あのお屋敷は五十年前からあるらしいよ。他の人からは怒られちゃって何も聞けなかったの」

「イリスは?」

「あのお屋敷に入って『呪われた』って人がいたよ。でも、どうも胡散臭かったんだよね・・・。あとは、マリーと一緒。怒られちゃった」

「私は孤児院出身の人から話を聞けたわ。吟遊詩人を目指して、世界を旅したかったらしいんだけど、シスターに『幽霊屋敷の謎を解明しろ』と言われてお屋敷に行ったんですって。でも、おぞましい女の声が聞こえてきて、腰が抜けて泣きながら帰ってきたらしいわ。それで諦めたんですって。私の情報はこれだけよ」

「サララも怒られちゃったの?」

「そういうこと。イリス、どう思う?」

「うーん・・・」


三人娘の頭脳であるイリスが暫し考える。


「死霊系か物質系の魔獣が住み着いてるんだと思う」

「魔獣の種類? 何が違うの?」

「死霊系は生物が呪いや未練で死後、魔獣になったもので、物質系は物質に魔力が注入されて魔獣になったものだよ。五十年前から居るってことは、相当強い魔獣だよ・・・」

「魔獣の種類って他には何がいるの?」

「獣系、虫系、植物系だよ。死霊系と物質系で五種類存在するんだけど、個体によって大きな差があるし、分類するのはなかなか難しくて・・・おっと、話が逸れたね」

「死霊と物質の有効な対処法は?」

「死霊と物質に共通するのは二つ。一つ目は『目的がある』ことだよ。強い感情は魔力になるから死霊系の原動力になるんだ。死霊は生前の未練を解消してあげると無力化することができるよ。物質系は、例えばダンジョンに落ちている宝箱がそうなんだけど、何らかの事情で息絶えた冒険家が後世に何かを託そうとして宝箱になることが多いの。他には、町や村を守るために作られたゴーレムや、何かを呪おうとして作られた呪物がそうなの。ここまではいい?」

「な、なんとか・・・」

「流石イリス。わかりやすいわ」

「もう一つの共通点。死霊系と物質系は自力では魔力を生産できないんだ。だから、魔力あるものを摂取して活動を維持しようとする。つまり供給源を絶って、自己の魔力では修復できないほどのダメージを与えれば、無力化できるよ」

「と、いうことは・・・。あたしの魔法でお屋敷燃やしちゃう?」

「んもう、何を言ってるのよ、マリー」

「冗談よぅ」


イリスが手と手を叩き合わせる。


「それだ! 『魔除けの香』ってアイテムが死霊系にも物質系にも効くよ! マリーの魔力と私の魔力を注入すれば、お屋敷を燻蒸消毒できるんじゃないかな?」

「それを作る材料は?」

「乙女の髪と、蝋と、天使の百合だね。天使の百合はこの辺りの森にも分布していたはずだよ」

「乙女の髪って・・・私達の髪でもいいのかしら?」

「『乙女』って単語は『処女』の表現を和らげたものだから、私達の髪でも大丈夫だよ」

「じゃ、あたしの髪の毛抜いちゃうね。えい!」


ぶち、と嫌な音がした。サララが軽い悲鳴を上げる。


「あーっ!! マリー!! 女の子は髪の毛を大事にしないとダメじゃない!!」

「え? ご、ごめん」

「・・・まあ、髪の毛はこれで良しとして、蝋は買ってもいいし、ハチの巣と遠心分離機があれば自分達でも作れるね。あとは天使の百合だ」

「この辺りの森といえば、町の南にある『静寂の森』かしら?」

「強い魔獣が出るから入っちゃいけないって言われてるけど、あたしの魔法とサララの剣術、イリスの治癒魔法があればきっと大丈夫よね!」

「早速行きますか!」

「おー!」


三人娘が声を合わせ、握り拳を天に突きあげた。

村を出て、南東にある静寂の森に突入する。木々が鬱蒼と茂り、静かで冷たい空気が漂っている。その中に、蠢く生き物達の気配がした。個々の生命の営みを全うする植物や小動物、それらを食べる肉食獣。三人娘に干渉しない生き物もあれば、敵対的、或いは攻撃的な生き物も存在する。


「見て、『人食い鹿』よ・・・」

「あの緑色のぬらぬらしたのは『グラスミューカス』。植物の粘液が固まってできた物質系の魔獣だよ。あの灰色の空気の塊は『フォレストガス』。植物に濾過された空気の残留物で、こっちも物質系の魔獣。ちょっと様子を見てみよう・・・」


サララは戦いたくてウズウズしていたが、イリスにそう促されて大人しく魔獣達を見守る。


「ひゃっ! 目が合っちゃった!」


マリーが慌てて木の後ろに身を隠すが、時すでに遅し。人食い鹿とグラスミューカス、フォレストガスが三人娘に襲い掛かろうと近付いてきた。


「マリー! ネバネバとガスは任せたわよ! イリス! 後方支援をお願い!」


サララが飛び出して注意を引く。マリーはグラスミューカスに狙いを定めて呪文を唱えた。


「『ファイア』!」


グラスミューカスが身悶えしながら燃え尽きていく。サララが人食い鹿の頭に目掛けて剣を振り下ろすが、角で受け止められてしまった。剣を受け止めた角がポキリと折れる。反対の角でサララの横腹を突き刺そうとしたところを、

バン!

とイリスの猟銃が頭を撃ちぬき、衝撃で吹っ飛んだ。


「サララ! 下がって!」


サララがイリスの指示通り下がる。


「マリー! 火を!」

「『ファイア』!」


周囲に薄く伸びて広がり、サララを包み込もうとしていたフォレストガスに火がつく。パチパチ、パンパンと小さな爆発が起こり、フォレストガスは消滅した。


「やったー! 勝った!」

「ふぅ、よかった」


サララは物足りない顔をしていたが、マリーとイリスの無事を確認するとにっこりと微笑んだ。


「あ、見て! 宝箱があるよ!」

「宝箱に擬態している魔獣もいるから、気を付けて開けないと・・・」

「私に任せて」


サララが宝箱を開ける。中には古びているがよく手入れされていることがわかる斧が入っていた。サララが斧を取り出すと、宝箱はスッと消えた。


「わー、これが後世に残したかった未練ってやつ?」

「ここで力尽きた誰かの武器だったんだろうね」

「二人共、ちょっと下がってて。使い心地を試すから」


ブンブンとサララが斧を振り回す。伐採用の斧ではなく、戦闘用の斧だということがわかる。


「剣だと機動力が上がるけど、斧だと体重をかけて全力でぶった切れるわね。私、この斧が気に入ったわ」

「斧の持ち主も喜んでると思うよ」

「お祈り、お祈りっと」


マリーが跪き、両手の指を組む。イリスは十字を描き、サララはぺこりとお辞儀をした。


「あら? この甘いにおいは・・・?」

「血の匂いもするわ」

「行ってみようか」


三人娘は顔を見合わせ、頷いた。森の奥へ、ゆっくりと進んでいく。


「わ! 見て、竜だよ!」


マリーが小声で言う。


「怪我をしているみたい・・・。それに、あれは人型の魔獣?」

「あの人型の魔獣が『天使の百合』、『エンジェルリリー』だよ。あいつを倒せば、天使の百合が手に入る」

「で、でもでも、竜より強いみたいよ?」

「うーん、竜を倒せるほど、強い魔獣じゃないはずなんだけどな」


エンジェルリリーは傷付いた竜ににじり寄っていたが、三人娘に気付いたのか、ぐるんと振り返る。


「二人共、構えて! 襲ってくるわ!」


サララの嬉しそうな声が辺りに響いた。


「戦うしかないみたいだね」

「いっくよー!」


エンジェルリリーが握り拳を作る。少女のように細い腕がメキメキと盛り上がり、魔力が湯気のように立ち上がる。ぶんっと突き出されたそれをサララが回転しながら躱し、振り返りざまにエンジェルリリーの腕を斧で叩き斬る。


「『ファイア』!」


マリーがエンジェルリリーの足を焼く。バランスを崩して蠢くエンジェルリリーの身体に、イリスが何発か撃ちこむ。


「サララ! 左!」


イリスが鋭い声を発したが、サララの反応が間に合わず、左の鳩尾にエンジェルリリーの鞭のようにしなる腕がめり込んだ。


「『ヒール』!」


イリスがサララに向けて腕をかざし、治癒魔法を唱える。傷は治ったが痛みはそのままだ。サララは痛みで意識が遠のきそうになったが、闘志でなんとか踏みとどまり、エンジェルリリーの腕を掴むと思いっきり引っ張った。イリスがエンジェルリリーの腕の付け根に銃弾を撃ち込み、マリーも照準を定めて呪文を唱える。エンジェルリリーの腕がちぎれ、粘液が飛び散る。サララはちぎれた腕を乱暴に放り投げて、落としてしまった斧をしっかりと握ると、エンジェルリリーの頭部目掛けて振り下ろした。見事な一刀両断だった。真っ二つになったエンジェルリリーはバタンと倒れ、辺りに甘いにおいのする粘液が拡がった。


「た、倒した・・・!」

「強かったわね。楽しかったわ」

「サララ、お腹は大丈夫なの?」

「ちょっと痛むけど平気よ。イリスがすぐ治してくれたからね」


サララがしっかりと斧を握り、傷付いた竜に向き直る。


「この竜、どうする?」

「竜に傷を負わせたのはエンジェル・リリーじゃないと思う。さっき倒したヤツは多分、血の匂いにつられて、弱ってる竜を捕食しようとしてたんだよ」

「竜族は力の象徴よね? 誰にやられたのかしら・・・」

「うん。竜族は知能も誇りも戦闘能力も高い種族だよ。何も言ってくれないってことは、私達とは関わる気が無いってこと。だから、これは私のお節介ね」


イリスが竜にそっと近付き、手をかざす。そして治癒呪文を唱えた。竜の身体中がふわりと光り、出血が少し治まった。


「私の魔力じゃ、これが限界。治してあげられなくてごめんね。痛みが少しでも和らぐといいんだけど」

「あっ!」


マリーが声をあげたのと、竜が翼を広げたのはほぼ同時だった。竜は一度だけイリスをじっと見つめると、血を飛び散らせながらどこかに飛び去って行った。


「行っちゃった・・・」

「そろそろ帰りましょうか」

「ちょ、ちょっと待って二人共。ごほっごほっ。あたし、もう限界かも・・・」


身体を動かしすぎて熱を出したマリーが激しい咳をする。


「えっと、薬、薬っと・・・。ごほっごほっ」

「ちょっと休んでから帰りましょうか」

「そうしよっか」

「ここで休んで大丈夫なの・・・?」

「大丈夫だよ。見て」


イリスが指差した方向には、人食い鹿やグラスミューカス、フォレストガスの他にも、魔獣が集まっていた。


「エンジェル・リリーの粘液、つまり『血』のにおいに釣られて集まってきたんだ。エンジェル・リリーは単独で行動する、森の植物連鎖の頂点捕食者だから、それを倒した私達に怯えてるんだよ」

「そうなの?」


サララが辺りをぐるりと見まわすと、魔獣達は奇妙な悲鳴を上げながらガサゴソと草木を掻き分け逃げていった。


「森は一つのコミュニティを形成しているからね。『あいつらには近付くな』って情報が伝達されるはずだから、暫くは安全だと思う。なるべく早く帰った方がいいけど・・・」

「どういうこと?」

「この縄張りを奪おうと別の魔獣が暴れだすかもしれない。警戒はしておかないとね」

「マリーの薬が効いてくるまで、二人交代で見張りましょう」

「了解」

「ごめんね、二人共・・・。ごほっごほっ」


マリーが木の根元に座り、背中を凭れかける。イリスが周囲を警戒するように見回り始めたので、サララも先程受けた痛みを癒すためにマリーの横に座った。風が吹き、土と草のにおいを運んでくる。ざわざわと木漏れ日が揺れる。


「・・・ふう、落ち着いてきた。もう大丈夫」

「本当に? もう少し休んだ方がいいんじゃないかしら?」

「だーいじょうぶ! ね、この木の上、ハチの巣があるよ!」


マリーが気丈に振舞う。イリスとサララは顔を見合わせ、頷いた。


「蝋は・・・手作りしちゃう?」

「遠心分離機、結構高いけど、道具屋で売っていたはずだよ」

「じゃあ、あのハチの巣をなんとしても持って帰らないと・・・」

「あのねあのね! さっき魔法を閃いたの! 使ってみていい?」

「どんな魔法?」

「ハチに刺されずに、安全にハチの巣を手に入れる魔法!」

「あら、便利ね」

「二人共、ちょっと離れてて」


二人が木から離れる。マリーが人差し指をぴんと立て、照準を定めた。


「『ウォーター』!」


水の塊がハチの巣にぶつかり、一瞬弾ける。マリーがそれを魔力で留め、ハチの巣を水で覆う。働き蜂がボトボトと地面に落下した。その中でもひときわ大きい個体が落下する。恐らく女王蜂だろう。ハチの巣がぐらぐら揺れ、ぽとりと落ちた。水がクッションになって割れなかった。マリーは飛び跳ねて喜ぶ。


「どう? さっきの戦いで粘液を見てたら思いついたの!」

「すごいわ! マリー!」

「流石!」

「えへへ・・・。さ、帰りましょ!」


三人娘は森から帰り、その日は泥のように眠った。

翌日、三人娘は小遣いを出し合って遠心分離機を買った。


「これ、どうやって使うの?」

「えーっと、ここに分離したいものを入れて・・・」


イリスが説明書を見ながら格闘している。


「このハンドルをぐるぐる回すと、遠心力で重さの違うものが分離できるんだって」

「私に任せて。いくわよ」


サララがぐるぐるとハンドルを回す。


「おおー・・・」

「どうかしら?」

「・・・うん、できてる!」

「魔除けの香はどうやって作るの?」

「天使の百合を細かく刻んで煮詰めて、沸騰したら蝋と混ぜるの。ガラス瓶に注ぎ込んだら乙女の髪を何本か束ねて芯にするの」

「魔力ってどうやって注入するの? 間違って魔獣になったりしない?」

「うーん、説明が難しいんだけど、『こういうふうになれ!』って念じながら、治癒魔法を使うときみたいに、魔力を対象に留めるイメージかな?」

「あたしが水を留めていたみたいにすればいいのかしら?」

「多分ね。マリーは一番魔力を持ってるから、頼りにしてるよ」

「よーし! あたし達の初めての錬金術ね!」

「私は魔力が無いから役立たずだけど・・・」


サララが苦笑する。


「そんなことないよ! サララったら!」

「あら、そう? うふふ」

「蝋が固まっちゃう前に、孤児院のキッチンを借りて作っちゃおう」

「頑張るぞ!」


三人娘は無事、魔除けの香を作り上げた。


「できたー!」

「よし、突撃よ!」


幽霊屋敷に赴いた三人は、正面玄関の前で立ち、ごくりと唾を飲む。


「うう、不気味ねぇ・・・」

「よーし、火を点けたら玄関の中に入れるよ」


イリスが慎重に玄関の扉を開け、マッチで火を点けた魔除けの香を置く。


「・・・なんだか甘いにおいがするね」

「効いてるってことなのかな?」

「うーん、特に変化は見られないわね・・・」


辺りに漂う甘いにおいが濃厚になっていった、その時だった。


「けほっ! けほっ! なんなのこの煙は! あなた達ね! ボヤ騒ぎを起こすなんて!」


「わっ! なんか出てきた! あなた誰?」


高そうなドレスとお洒落な帽子を被った、銀色のふわふわのロングヘアーの女性が、ぱっ、と現れた。女性は宙に浮いている。


「ごほ、ごほん。ふん! よくぞ聞いてくれました! わたくしはこの館の主よ。わたくしを引っ張り出すなんてやるじゃない!」

「ヒエー! てことは、幽霊?」

「ご名答! さあ、行くわよ! 退治してみなさい!」


美しい幽霊はくるりと一回転すると、おぞましい魔獣の姿になった。


「『カーズ』!」

「呪縛魔法だ!」


イリスが説明するより前に、サララが盾となって魔法を受けようとした。しかし幽霊の唱えた呪文はサララの身体をすり抜け、イリスにかかってしまった。


「イリス! どうなるの!?」

「受けるダメージが大幅にあがっちゃう!」

「物理攻撃なら任せて! 絶対に守り抜いてみせるわ!」

「魔法は大丈夫なの!?」

「魔法は大丈夫!! マリーは攻撃に集中して!!」


イリスが距離を取るように下がり、近付こうとする幽霊をサララが斧で振り払う。


「くっ、素早いわね。斧じゃなくて剣で対応しなくちゃ」


斧を背中のベルトにしまい、剣を抜く。


「『ファイア』! 『ウォーター』! これ本当に効いてるの!? 手応えが無いんだけど!!」


魔法で燃え尽きた灰から元の部位が戻り、水の塊をぶつけてもビクともしない。


「こうなると方法は一つ・・・」


イリスが長い銃身を持ち、杖のようにして祈りを捧げる。


「『ヒール』は光属性の魔法。なら、私にもできる。サララ、時間を稼いで! マリー、そこから離れて!」


イリスが幽霊に銃口を向ける。


「『ホーリー』!」


イリスが幽霊に目掛けで、光の祈りを込めた弾丸を撃つ。


ぎいやああああああああああああああああああああああ!!!!!


おぞましい女の声が辺りに響き渡った。クーヘン村まで届いたことだろう。幽霊は女性の姿に戻り、ぱたりと倒れて動かなくなった。


「本で読んだ知識を試してみたんだけど・・・。効いたみたいだね・・・」

「イリス、すっごーい!」

「でも、まだ駆除できたわけではないわ。この幽霊が幽霊屋敷の謎だというのなら、私達で駆除しなくちゃ」

「く、駆除!? ちょっとあなた達、待ちなさい!」


幽霊がガバッと起き上がり、くるりと一回転する。三人娘は武器を構えたが、幽霊はただスカートの裾をふわりと広げただけだった。


「ああん。負けちゃったわ。ごめんね、ヴィクトリア・・・」

「えっ? ヴィクトリア?」

「わたくしに勝ったのは・・・、いいえ、この屋敷の謎を解明したのはあなた達が初めてよ。あなた達はヴィクトリアの賭けに勝ったのよ」

「ちょっと待って! ということは、あなたとシスター・ヴィクトリアは『グル』ってこと?

「ご名答! 自己紹介が遅れたわね。わたくしの名前はパトリシア。と、いうことで、あなた達の誰かに憑りつかせてもらうわ」

「ヒエー!? なんでよ!?」

「幽霊は何か理由がないと此岸に存在できないの。そうねぇ、あなた! 水色の髪のあなたに決めたわ!」

「ええっ!? なんで私っ!?」

「さあ、そうと決まればヴィクトリアのところに行くわよ!」

「あんまりだー!」


幽霊、もといパトリシアは空中をふわふわ浮遊するとイリスの首に抱き着いた。マントのように靡くパトリシアにイリスが困惑する。


「パトリシア、あなた、戦闘はできるの?」

「勿論できるわよ。わたくしの相棒はこの鎌なの」


パトリシアの手元に黒い光が集まると、人の背丈より大きい錆びた鎌が現れた。


「大分古びちゃってるけどね、扱いが難しいからなかなか当たらないんだけど、当たったときは気持ち良いわよ」

「そんなものさっきの戦いで使ったっけ?」

「だって手加減していたんですもの。本気なら今頃あなた達の首で新しいアクセサリーを作っているところよ」

「ヒエー、おっかねー」

「さ、ヴィクトリアのところに行きましょう」


三人娘はパトリシアを連れ、シスター・ヴィクトリアの待つ孤児院に向かった。


「・・・驚いたわ。まさかパトリシアを連れてくるなんて」

「老いたわね、ヴィクトリア。『オーク・ヴィクトリア』と呼ばれていた頃が懐かしいわ」

「オ、オーク?」

「わたくし達、昔は冒険家だったのよ。風の国しか冒険したことはないけどね」

「ええー!?」


三人娘の声が重なる。


「わたくしが流行り病で死んでしまって、冒険は終わったの。『世界中のご馳走を食べたい』っていう未練があったおかげで、なんとか此岸にしがみつけたけどね。これからはイリスちゃんに憑りついてその夢を叶えるわ」

「う、うん・・・」

「シスター、約束だよ。いいよね?」


シスター・ヴィクトリアは人生で一番大きなため息を吐いた。


「いいでしょう。あなた達が冒険家になることを認めましょう」

「やったー!」


三人娘は嬉しくて飛び跳ねた。シスター・ヴィクトリアがこほん、と喉を鳴らす。


「いいですか、ギルドに行っても、あなた達みたいな若い娘には仕事すら紹介してもらえないでしょう。まずは村で善行を積み、戦いの修行に励みなさい。いつか、きっと、あなた達を認めてくれる人が現れるわ」

「オーク・ヴィクトリアのお墨付きよ。よかったわね」

「よーし、頑張るぞ!」

「おー!」


こうして三人娘はシスターに認められ、冒険家としての一歩を踏み出したのでした。
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