第十三章 風と水
文字数 9,650文字
スターダスト一行は、風の国の暴風城を訪れ、門番に話しかける。
「あのー、ギルド『スターダスト』です。女王様に会いたいんですけど・・・」
「はい。スターダストの皆様は夜間以外はお通しするよう仰せつかっております。中へどうぞ」
「ありがとうございます」
城の中に入り、謁見の間へ赴いた。王座にはスミレが座っている。
「お久しぶりです、皆さん。随分と旅の仲間が増えましたね。フフフ、見知った顔も居ますね。あとで旅の話を聞かせてください。で、用件はなんでしょう?」
スミレはにっこり笑う。が、ペトロフは真剣な顔で押し黙る。
「どうしました?」
「女王陛下、兵をおさげください」
「・・・兵士達よ。ここから先はわたくしと客人達の、秘密のお話です。さがりなさい。なにが起こっても、立ち入ることは許しません」
近衛兵達が部屋から出ていく。ペトロフが進み出た。
「女王陛下。あなたに死の救済を与えに来ました」
「なにを言うのです、ペトロフ。・・・あなた、まさか!」
「ハルマゲドンを阻止するため、必要なことなのです。お許しください、女王陛下」
「なんてこと! まさか、あなた達が冥界からの刺客だったとは! ジン! これはどういうことなの!」
「聞いた通りだ」
「わたくしを裏切ったのですか、ジン!」
ジンは視線を逸らすことなく、しっかりとスミレを見据えたあと、ペトロフを見た。
「・・・ペトロフ」
「止めないでください、ジンさん。邪魔をするのなら、僕はあなたも斬らなくてはいけません」
「いや、そうじゃない。ペトロフ、俺はお前に感謝したい。俺はずっと、こんな機会が訪れるのを待っていた」
「え・・・?」
「俺はスミレ様に忠誠なんて誓っていないんだ」
「えっ・・・!?」
ジンは少し呆れたように笑った。
「俺は幼い頃、父を難病で亡くしている。俺の夢は、医者になって、どんな病気や怪我でも治すことと、金がなくて病院に通えず、治療を受けられず、薬を買えない、そんな貧しい人達を救う医師団を作ることだった。だが、俺は貧しい家の生まれ。働き手の父も居らず、女手一つで俺を育てる母に、医者になるための学び舎に通うための金銭的負担を強いることはできなかった。絶望しかけたある日、スミレ様は、金のない者でも学び舎に通えるよう、助成制度を作った。俺はその制度のおかげで医者になることができた。初めは小さな病院で医者として働き始め、そこで俺の知識と技術が認められ、大きな病院で働くことになった。そこで俺はたくさんの命を救った。これは自惚れではない。俺は幸せだった。そんなある日、スミレ様は俺に侍医になることを命じた。俺はスミレ様の作った制度のおかげで医者になれた男だ。断る選択肢なんてなかった。王宮での暮らしは、医師団を作るための人脈作りと資金の確保を目的に懸命に働いた。そして、俺はスミレ様から信頼を得るまでになった。俺は医師団を作りたいという願いをスミレ様に打ち明けた。スミレ様は思わせぶりな態度をとりながら、決して首を縦に振らなかった。それどころか、スミレ様は己の色恋に俺を巻き込んで、口封じに俺を山奥に閉じ込めた。俺はスミレ様を恨んだ。スミレ様を、ずっとずっと許せなかったんだ!」
ジンが拳を握り締める。
「スミレ様。俺を利用したことを認めますか?」
スミレは沈黙したあと、笑い出した。
「・・・。フ、フフフ、アハハ! アハハハハ!」
「答えろッ!!」
ジンがらしくない大声をあげる。
「人間は本当に・・・。小賢しいわね!」
スミレの顔が変わる。女王ではなく、母ではなく、一人の女の顔に。
「ええ、そうよ! わたくし、いえ、あたしはお前を利用したわ! お前を不死者にするつもりもない! 黙って聞いていれば勝手なことをベラベラと! お前は誰のおかげで憧れの医者になれたと思ってるの! あたしのために働けることを感謝してほしいくらいよ! ペトロフを産んだのも、あの人の関心を少しでもこちらに向けさせるため! ペトロフに優しくしたのも、あの人に嫌われないため! ああ、人間は本当に愚かだわ! 私はそんな人間が大嫌いなのよ!」
「本性を現したな!」
「アハハハハ! そっちから出向いてくれて、手間が省けたわ! ギルド『スターダスト』と不死者連盟! 寄せ集めの愚鈍共! 切り刻んで家畜の餌にしてやる!」
スミレは王座から立ち上がり、身体をぎゅっと抱きしめると、両の手を広げて力を解放する。姿形が変わり、緑色のドロドロした液体にまみれた、大きな二足歩行の異形に変形した。戦いが始まった。ジン目掛けて振り下ろされた腕を、ペトロフが断ち切る。が、断ち切った腕はあっという間に修復した。ミハエルが氷で足を固め、次いで全身を固めようとするが、それよりも早くドロドロの身体が氷から抜け出す。マリーが風の魔法で押し飛ばし、ハルアキの薙刀が手足を切り落とす。そして、ペトロフが飛び上がり、斧で真っ二つに切り裂いた。
「人間の王が、人間を嫌うとは・・・。哀れだな、暴風王・・・」
ジンが囁くように言った。
「母上。あなたが僕を愛していなくても、あなたにとってただの道具でも、僕はあなたを愛しています」
ペトロフは笑った。
「安らかに眠ってください。暴風王」
斧で、首を刎ねた。優しい風が城内を吹き抜けた。
「ごくろうだ、ぺとろふ」
王座に子供が座っていた。
「えっ!? 誰です!? っていうか小さい・・・!?」
「わしのなは『ふうりん』。すみれがしんだときにふいたかぜでうまれた、あらたなおうだ」
イリスが握り拳を口元にあて、考える。
「確か、シュタインベルト家のローズがこう言ってたよ。『ヤツらを殺しても、竜、妖精、人間、魔獣という概念が、新たな王に相応しい命を産む』って。つまり『風鈴』は、人間という概念が産んだ、新しい『管理人』。ということであっていますか?」
「うむ! あんしんせよ。ふるきおうがしんだときにふいたかぜはぜんたいりくにとどき、『すみれ』というがいねんを『ふうりん』というがいねんにかいざんした。おまえたちがじょおうをころしたことによってしめいてはいされる、などというもんだいははっせいしない! それをしょうめいしよう。おおーい! だれかおらんか!」
風鈴が声をあげると、近衛兵達が部屋に入ってきた。
「陛下、いかがなさいました?」
「わしのなをいってみよ」
「はい。風鈴様です」
「『すみれ』というおんなをしっておるか?」
「スミレ、ですか。いえ、知りません」
「・・・な? もんだいないであろう?」
「ほ、ほんとだ・・・。この世界って、よく出来てるわね・・・」
「さて、そなたらがすみれをころしたことは、さきほどふいたかぜでほかのたいりくのおうにもつたわっておるだろう。つぎはみずのくにへいけ。すみれといりすはしんゆう。あだうちをするため、にげることなく、そなたらをまっているだろう。そして、いりすをしょりすれば、いりすに『ほのじ』のあおいはいかりくるって、にげもかくれもしなくなるだろう。そして、あおいをしょりすれば、あおいに『ほのじ』のれんがいかりくるって、いかしょうりゃくじゃ。はじめにすみれをねらったのはよいはっそうだったな」
「そういうつもりじゃなかったんだけどね・・・。あなた、ええと、風鈴様。一体どういう仕組みになってるんですか?」
「『てんせいほう』じゃ!」
「『転生法』?」
「そこのおまえ! 『てんせい』のかいせつをたのむ!」
「あ? なんで俺が・・・」
風鈴に指差されたスコルピオが嫌そうな表情をする。
「生命体の活動が停止、つまり死んだあと、新たな生命体として生まれ変わる、という考え方だ。今、生きている状態を現世、前の生を前世、次の生を来世と呼ぶ。現世での因果関係が来世に影響すると考えられている。つまり、現世の状態は前世での因果関係が影響しているということだ。稀に前世の記憶を持ったまま生まれ変わる者もいる。これが『転生』だ。俺はこの考え方が好きじゃねえ」
「ふはははは! ざんねんであったな! 『てんせい』はじつざいする! わしらよんたいりくのおうには『てんせいほう』というしくみがつくられておるのだよ! たましいがれっかし、しゅぞくのかんりにししょうがでると、きおくはそのままあたらしいたましいにつくりかえ、こんらんがおこらぬようげんじつをかいざんする。つまり、わしはすみれのきおくをすべてうけついでいるが、すみれではないいきものなのだ!」
「スミレ様の記憶を持った、風鈴という人格、という考えでいいのかしら?」
「うむ! 『てんせいほう』のげんじつのかいへんは、おなじせいしつのいきものである、ほかのたいりくのおうたちにはつうようしない。それと、てんぞくとめいぞく、『てんせいほう』をじっこうしたものたちにもな。『てんせいほう』についてはもうよかろう。さて、ここからはわし、ふうりんというじんかくいちこじんとしてのはなしだ。ぺとろふとじんよ。このままではおまえたちはあまりにもすくわれない。ほんらいならすみれをそんちょうしてもくしておくべきことだが、はなそう。ぺとろふ、すみれはかっとうしていたぞ。どうぐであるおまえをあいしてしまったことを」
「・・・そうですか」
「そして、じんよ。すみれはたしかに、おまえをりようしていた。りようするにたるゆうしゅうなじんぶつだと、おまえをひょうかしていた、ともいえるな。こんなこといってもなんのなぐさめにもならんか。わはは! さて、よんたいりくのおうがしる、ふししゃになるほうほうを、じん、おまえにおしえよう。『これ』だ!」
そう言って、風鈴は肉塊を取り出した。
「きゃっ!? なに!? なにかの内臓??」
「『人間の心臓』だよ。まさか、これは『賢者の石』の・・・」
「うむ! これはすみれのしんぞうだ。『てんせいほう』をかんがえたかみとまおうが、みずからのてで『てんせいほう』をじっこうできないときにそなえた、『だいこうしゃ』におくる『ほうび』である。かみとまおうは、にまんねんまえから、てんぞくとめいぞくのかんけいがこじれることをよけんしておったのだな。さて、おまえはたしか、いりす、だったか? おまえなら、『これ』のつかいかたがわかるだろう。すのうまん、こおりづけにしてくれ」
「わかった」
スターダスト一行は、人間の心臓を手に入れた。
「じんよ。おまえのこれまでのはたらきと、ちしきとぎじゅつ、そしてけいけんをひょうかし、おまえがふししゃになり、はるまげどんをそししたあかつきには、こっきょうをこえ、まずしきものにむしょうでちりょうをおこなう、『こっきょうなきいしだん』をはっそくさせよう。おまえがだんちょうだ。かつどうしきんは、よんたいりくにぼきんをよびかけ、たりないぶんはわがくにがうけおおう。よいか?」
「・・・素直には喜べないな。なにを企んでいる?」
「なにもたくらんどらん! これはおまえにたいするつみほろぼしだ! ふまんか?」
「いや、旅が終わるまで考えさせてくれ」
「わかった。よいへんじをまつ。さて、ことはすべてすんだ。みずのくにへいけ。わしはたくさんしゃべってつかれた」
「やっと終わったか。ガキの声は頭にキンキン響いて嫌いだから終わってほっとしたぜ」
「そういえば、どうして子供の姿なんですか?」
「にんげんのおおくがへんたいだからであろう」
「へ?」
「わらわは『にんげん』というがいねんによってうまれた、にんげんの『りそうのすがた』なのだ。おおくのにんげんがおさないおとこのこに、なにかしらのかたちでりそうをもとめているから、このすがたなのだ。つみぶかいな! わはは!」
「わ、笑い事じゃない気がするけど・・・」
「ほれ、さっさといけ! わしはたくさんしゃべってつかれたといっておろう!」
「い、行きましょ、皆。風鈴様、ありがとうございました」
「うむ! さらばじゃ!」
風鈴はちっちゃな手を振って、笑顔でスターダスト一行を見送った。スターダスト一行は休息を取ったあと、水の国の流水城に向かう。そして城を守る門番に話しかけた。
「あのー、ギルド『スターダスト』です。女王様に会いたいんですけど・・・」
「はい。こちらへどうぞ」
「えっ? そんなあっさり?」
「はい。陛下に会いたがる者は何者であってもお通しせよとのご命令です」
「そ、そうですか。準備万端ってわけね・・・」
「陛下がお待ちです。こちらへどうぞ」
兵士に案内され、城の屋上へ行く。
「女王陛下。ギルド『スターダスト』の方達をお連れしました」
「ありがとう。命令です。なにが起こっても、誰も屋上に立ち入らないようにしてください。わたくしに会いたがる客は待たせておくように」
「はい。失礼します」
兵士が去っていった。暫くの間、沈黙が横たわった。
「さて、シンプルにいきましょう。あなた方が冥界からの刺客。そしてわたくし、いえ、私の親友、スミレの仇ですか?」
「・・・はい」
「フフフ。なんとなく、あなた達だと思っていました。では、親友スミレの仇、討たせていただきます」
女王は槍を召喚し、構えた。そして全身を使い、槍を投げた。槍は直線ではなく、ジグザグの線を描いてスターダスト一行を襲った。女王が手の平を宙に翳している。魔力で操っているのだ。槍はスターダスト一行の間を駆け抜けたあと、マリーに狙いを定めて真っ直ぐに飛んできた。マリーが咄嗟に手で身体を庇う。ローディが剣を構え、マリーの前に出た。さらにその前に、ベイオネットが割って入った。ベイオネットが槍を蹴り上げ、槍は上空に飛んでいく。女王が手招く仕草をすると、槍が戻っていく。女王は再び槍を投げた。ベイオネットがマスクの下で呪文を唱えて己の肉体を強化し、複雑な線を描く槍の上に飛び乗り、槍の動きを止めた。女王が二本目の槍を召喚し、ベイオネットに投げる。ベイオネットはそれを掴んで受け止めた。女王が三本目の槍を召喚しようとした隙に、ステファンの矢が引き絞られ、飛んでいく。女王の髪がそれを受け止めた。意識がステファンに向かったのか、視線がステファンに向けられる。その死角を突いて、ペトロフの斧が横一文字を描く。防衛本能が働いたのか、女王の髪の半分が首を守り、残り半分がペトロフに襲い掛かったが、ペトロフの斧は髪ごと首を切断し、ペトロフに襲い掛かった髪はスコルピオが鞭で絡めとった。女王の身体は水の元素に還り、暫くの間蠢いたあと、豊満な身体の妖艶な女に『転生』した。
「あーらら。負けちまったよ。さて、お疲れさん。ほら、受け取りな」
女がマリーになにかを押し付ける。マリーはそれを慌てて受け取った。
「な、なにこれ。羽根?」
「『妖精の羽根』だよ。ご褒美さ」
「・・・あなたも、『転生』したの?」
女はニヤリと笑った。
「『転生』について、風の国の王から聞いたかい?」
「聞いたわ」
「説明の手間が省けてよかったよ。あたしの名は『水飴』。妖精の理想像が、まさか助平な身体の女だったとはね。ま、妖精は貧相な身体の女ばっかりで、お清楚じゃないといけない風潮があるから、性に奔放な生活に憧れてるんだろうねえ」
「よ、よく喋るわね。あたし達に敵意はないの?」
「それは前の王の話だろ。あたしはあたしだ。ところでお嬢ちゃん、風の国の王はどんな感じに転生したんだい?」
「小さな男の子だけど・・・」
「可愛かった?」
「なんでそんなこと聞くのよ?」
「ああーっ、待って待って、やっぱ駄目。言わないで。楽しみにとっておくよ」
「わけわかんないわ・・・」
「あたしは老若男女問わずヌチョヌチョの関係になるのが楽しみなのさ。そこんとこいくとあんた達も守備範囲内だよ。一番好みなのはスコルピオだけど、スコルピオはスノウマンとデキてるしねえ、つまんないよ」
「はあ!? なに言ってんだお前!!」
「かまととぶってんじゃねーよバーカ!」
「水飴さん、口は慎んだ方がよろしいかと。彼は『神の母乳』を飲んでいますので、機嫌を損ねたら面倒ですよ」
「ありがとジャギー。あんたも守備範囲内だけど、どう?」
「お断りですねえ。前の王の方が好みでしたよ」
「ベイオネットは?」
「殺すぞ」
「あーあ、つまんないの。あたし仕事しに戻るから、あんた達はさっさと出てってよね。おっと、船で移動するのはお勧めしないよ。前の王が死んだから海が荒れてるんだ。治まるのに一晩はかかるだろうさ。じゃあね」
水飴はぐいと身体を伸ばし、城に戻っていった。
「ねえ、とりあえず宿で休まない? 海は荒れてるって話だし」
「異議なし」
「他に異議は・・・」
異議はあがらなかった。
「ないわね。城下町の宿で休みましょう」
スターダスト一行は城下町の宿で休息をとった。その日の夜のこと。
「・・・うーん、眠れないわね。ちょっと身体を動かしてこようかしら」
サララがベッドから起き上がり、宿の外に出た。
「あ」
サララとペトロフの声が重なった。ペトロフは宿の壁に凭れ掛かっていた。
「ごめんなさい。お邪魔しちゃったかしら?」
「ううん。サララ君さえよければ、ちょっと話さない?」
「いいわよ」
サララがペトロフの横に並ぶ。
「・・・ペトロフ、あなたに武器の扱い方を教えてもらって、かなり経つけど、私、武器の扱い方、上達したかしら?」
「うん。とっても。サララ君は実戦でも臆することなく挑んでいくから、見てるこっちが心配になるよ」
「ウフフ、大丈夫よ。私、頑丈だから」
「・・・ねえ、こんな言い方するのは良くないんだけど、聞いてもいいかな?」
「なあに?」
「どうして、女の子なのに戦いが好きなの?」
サララは苦笑した。
「長い話になるわよ」
「長い話は好きだよ」
「ウフフ。あのね、私、弱い者いじめが大嫌いなの。マリーは身体が弱くて、よく病気をして授業や行事を欠席していたし、まだ魔法のコントロールが上手くいかなくて魔法を暴発させて問題を起こしていたの。イリスはずーっと本ばかり読んでいて、成績は一番だったけど、誰とも関わりがなかったの。というか、妬みの対象になっていて、陰でありもしない噂を流されてた。で、皆でマリーとイリスを無視しようって流れになっちゃったの。イリスは全然気にならなかったみたいだけど、マリーは一人で泣いていたわ。私、それが許せなくて、その、ボコボコにしちゃったのよね、当時の孤児院の子供達全員」
「穏やかじゃないね・・・」
「そうね。でも、口で言ってなんとかなるなら、誰も人間関係で苦労しないわよ。まあ、暴力は最終手段にしたほうがいいけれど。でね、マリーは泣きながら『ありがとう』って言って、私の後ろを着いて回るようになったの。イリスも、自分の世界に閉じこもることは良くないことだと思ったのか、たまに話をしてくれるようになったわ。で、マリーは病気で授業を欠席して、勉強にかなり遅れが出ていたから、イリスに勉強を教えてあげるように頼んだのよ。そんな感じで私達は仲良くなったの」
「君がきっかけを作ったんだね。素敵なお話だよ」
「そうかしら? 私には恥ずかしい話だわ。私、昔から頭に血が昇ると暴力で解決しようとしていたから、そんな私を見かねて、孤児院のシスターたちが村の自警団に頼んで、私に武器術の訓練をつけてくれたのよ。私の荒っぽい性格を、鍛錬して武器を振るうことで発散させようとしたのね。でも、私は、『戦い』にどんどんのめり込んでいって、やがて村の自警団では私に稽古をつけられる人は居なくなったわ。私はイリスに頼んでいろんな鍛錬法を調べてもらって、それを試して、自己流で強くなっていったの」
「そうなんだ・・・」
「ウフ。私、身体を動かすのが好きなの。戦いはお互いの行動の読み合い。そして如何に意表を突くか。戦略を練って、戦いながら計算して、身体を動かす。勝っても負けても楽しいの。イリスに言わせれば、戦いという極限の緊張状態で脳内麻薬が分泌されて、私はそれの中毒になってるらしいけど、否定はできないわね」
「アハハ、あながち間違いじゃないかもしれないね。だって、戦っていないときの君は、しっかり者だけれどどこかおっとりしていて、優しくて、とても柔らかい雰囲気の人だから、戦ってるときとまるで別人だよ」
「そうかしら? ペトロフだって、戦ってるときはまるで別人よ?」
「そ、そう?」
「そう。戦ってるときは、勇敢で、大胆で、とっても逞しい。でも普段はとっても優しくて、正義感が強くて、お上品で、まさに『王子様』って感じ」
「うーん、僕、もう王子じゃないんだけどなあ・・・」
「この旅が終わったら、行くあてはあるの?」
「・・・ない」
「じゃあ、私と旅をしましょうよ!」
サララはにっこりと笑った。
「え? で、でも、イリス君とマリー君と一緒に居るんじゃないのかい?」
「・・・多分、だけど、イリスは遠くに行っちゃうわ。不死者になってね。寂しいけど、止めようとは思わないの」
「そうなんだ・・・」
「マリーはミハエルと一緒に居たほうがいいと思うの。ミハエルが細かく調薬してくれているから、今のマリーが存在するのよ。今はハルマゲドンを阻止することでいっぱいいっぱいで、魔法や調薬の勉強がしっかりとできていないから、ハルマゲドンを阻止したらマリーはミハエルと一緒に居るべきよ」
「・・・そうかなあ」
「そうよ。だから私はひとりぼっちってわけ。今から言うことは秘密よ? 私ね、お紺さんに憧れているの」
少し照れくさそうに、サララが言う。
「己の肉体と経験で、華麗に敵を倒す賞金首稼ぎ。私もそうなりたいの。でも、一人じゃ不安だわ。だから、ね? 一緒に旅をしましょうよ、ペトロフ!」
「・・・うん! そうだね。君と一緒に旅をしようかな!」
「決まりね!」
「ちょっと待ったあああああっ!!」
突然、物陰からエドモンド公爵が現れた。
「あら、エドモンドさん。いつから居たの?」
「れ、冷静だね、サララ君・・・」
「ハーッハッハッハ!! ごきげんよう我が花嫁とペトロフ君!! 突然だがちょっと待った!!」
「本当に突然ね。で、いつから居たのよ?」
「フフン、君達が水の国に来てからずっとだ! コウモリ、黒猫、カラスは我がしもべ。そしてどこにでも居る存在! 我が花嫁が水の国に来たら、見張るよう命令してあるのだよ! しかしとんでもないことをしているね、まさか、四大陸の王達を・・・」
「ちょっと、それ以上は・・・」
「わかっているよ! さて、ちょっと待った! 二人で旅をするのなら、必ず、必ず私の首を狙いに来たまえ!」
「えっ? 二人旅を止めに来たんじゃないんですか?」
「おお、ペトロフ君よ。残念なことに、水の国で女性が結婚するには、十八歳にならなくてはいけないのだ。我が花嫁はまだその年齢ではないだろう? 明らかに幼いからな。ちなみにいくつなんだい?」
「十五歳よ」
「十五!! 十五!? その幼さで、その雄々しさを持つとは・・・」
「変な人ね」
「ハーッハッハッハ! 海水はヴァンパイアにとって、死の窯の底なのだ。私はこの国から出ることができない。だから、我が花嫁を待ち続けよう。我が花嫁の旅のお供に、ペトロフ君は相応しい男だ! 安心して眠れるというもの! 十八歳になった暁には、私の首をバースデーケーキに飾りたまえよ!」
「そうするわ」
「ハーッハッハッハ! ハーッハッハッハッハッハ! では、さらばだ!」
エドモンドは嵐のように来て、嵐のように去っていった。
「・・・宿に戻ろうか」
「そうしましょう」
二人が宿に戻っていくのを、見守っているのが一人。
「キャーッ! スコルピオさんはミハエルさんとくっついているし、お紺ちゃんとジンさんもいい感じだし、ミュコちゃんはステファンちゃんとノウさんを虜にしているし、ローディちゃんはイリスちゃんと仲良しこよしだし、今度はサララちゃんとペトロフ君がくっつきそう! 楽しいわー、この旅!」
パトリシアが小声ではしゃいでいる。
「おっと、そろそろ戻らないとバレちゃうわね。姿を消してこっそり戻りましょう・・・」
そして、宿の中へ帰っていった。
「あのー、ギルド『スターダスト』です。女王様に会いたいんですけど・・・」
「はい。スターダストの皆様は夜間以外はお通しするよう仰せつかっております。中へどうぞ」
「ありがとうございます」
城の中に入り、謁見の間へ赴いた。王座にはスミレが座っている。
「お久しぶりです、皆さん。随分と旅の仲間が増えましたね。フフフ、見知った顔も居ますね。あとで旅の話を聞かせてください。で、用件はなんでしょう?」
スミレはにっこり笑う。が、ペトロフは真剣な顔で押し黙る。
「どうしました?」
「女王陛下、兵をおさげください」
「・・・兵士達よ。ここから先はわたくしと客人達の、秘密のお話です。さがりなさい。なにが起こっても、立ち入ることは許しません」
近衛兵達が部屋から出ていく。ペトロフが進み出た。
「女王陛下。あなたに死の救済を与えに来ました」
「なにを言うのです、ペトロフ。・・・あなた、まさか!」
「ハルマゲドンを阻止するため、必要なことなのです。お許しください、女王陛下」
「なんてこと! まさか、あなた達が冥界からの刺客だったとは! ジン! これはどういうことなの!」
「聞いた通りだ」
「わたくしを裏切ったのですか、ジン!」
ジンは視線を逸らすことなく、しっかりとスミレを見据えたあと、ペトロフを見た。
「・・・ペトロフ」
「止めないでください、ジンさん。邪魔をするのなら、僕はあなたも斬らなくてはいけません」
「いや、そうじゃない。ペトロフ、俺はお前に感謝したい。俺はずっと、こんな機会が訪れるのを待っていた」
「え・・・?」
「俺はスミレ様に忠誠なんて誓っていないんだ」
「えっ・・・!?」
ジンは少し呆れたように笑った。
「俺は幼い頃、父を難病で亡くしている。俺の夢は、医者になって、どんな病気や怪我でも治すことと、金がなくて病院に通えず、治療を受けられず、薬を買えない、そんな貧しい人達を救う医師団を作ることだった。だが、俺は貧しい家の生まれ。働き手の父も居らず、女手一つで俺を育てる母に、医者になるための学び舎に通うための金銭的負担を強いることはできなかった。絶望しかけたある日、スミレ様は、金のない者でも学び舎に通えるよう、助成制度を作った。俺はその制度のおかげで医者になることができた。初めは小さな病院で医者として働き始め、そこで俺の知識と技術が認められ、大きな病院で働くことになった。そこで俺はたくさんの命を救った。これは自惚れではない。俺は幸せだった。そんなある日、スミレ様は俺に侍医になることを命じた。俺はスミレ様の作った制度のおかげで医者になれた男だ。断る選択肢なんてなかった。王宮での暮らしは、医師団を作るための人脈作りと資金の確保を目的に懸命に働いた。そして、俺はスミレ様から信頼を得るまでになった。俺は医師団を作りたいという願いをスミレ様に打ち明けた。スミレ様は思わせぶりな態度をとりながら、決して首を縦に振らなかった。それどころか、スミレ様は己の色恋に俺を巻き込んで、口封じに俺を山奥に閉じ込めた。俺はスミレ様を恨んだ。スミレ様を、ずっとずっと許せなかったんだ!」
ジンが拳を握り締める。
「スミレ様。俺を利用したことを認めますか?」
スミレは沈黙したあと、笑い出した。
「・・・。フ、フフフ、アハハ! アハハハハ!」
「答えろッ!!」
ジンがらしくない大声をあげる。
「人間は本当に・・・。小賢しいわね!」
スミレの顔が変わる。女王ではなく、母ではなく、一人の女の顔に。
「ええ、そうよ! わたくし、いえ、あたしはお前を利用したわ! お前を不死者にするつもりもない! 黙って聞いていれば勝手なことをベラベラと! お前は誰のおかげで憧れの医者になれたと思ってるの! あたしのために働けることを感謝してほしいくらいよ! ペトロフを産んだのも、あの人の関心を少しでもこちらに向けさせるため! ペトロフに優しくしたのも、あの人に嫌われないため! ああ、人間は本当に愚かだわ! 私はそんな人間が大嫌いなのよ!」
「本性を現したな!」
「アハハハハ! そっちから出向いてくれて、手間が省けたわ! ギルド『スターダスト』と不死者連盟! 寄せ集めの愚鈍共! 切り刻んで家畜の餌にしてやる!」
スミレは王座から立ち上がり、身体をぎゅっと抱きしめると、両の手を広げて力を解放する。姿形が変わり、緑色のドロドロした液体にまみれた、大きな二足歩行の異形に変形した。戦いが始まった。ジン目掛けて振り下ろされた腕を、ペトロフが断ち切る。が、断ち切った腕はあっという間に修復した。ミハエルが氷で足を固め、次いで全身を固めようとするが、それよりも早くドロドロの身体が氷から抜け出す。マリーが風の魔法で押し飛ばし、ハルアキの薙刀が手足を切り落とす。そして、ペトロフが飛び上がり、斧で真っ二つに切り裂いた。
「人間の王が、人間を嫌うとは・・・。哀れだな、暴風王・・・」
ジンが囁くように言った。
「母上。あなたが僕を愛していなくても、あなたにとってただの道具でも、僕はあなたを愛しています」
ペトロフは笑った。
「安らかに眠ってください。暴風王」
斧で、首を刎ねた。優しい風が城内を吹き抜けた。
「ごくろうだ、ぺとろふ」
王座に子供が座っていた。
「えっ!? 誰です!? っていうか小さい・・・!?」
「わしのなは『ふうりん』。すみれがしんだときにふいたかぜでうまれた、あらたなおうだ」
イリスが握り拳を口元にあて、考える。
「確か、シュタインベルト家のローズがこう言ってたよ。『ヤツらを殺しても、竜、妖精、人間、魔獣という概念が、新たな王に相応しい命を産む』って。つまり『風鈴』は、人間という概念が産んだ、新しい『管理人』。ということであっていますか?」
「うむ! あんしんせよ。ふるきおうがしんだときにふいたかぜはぜんたいりくにとどき、『すみれ』というがいねんを『ふうりん』というがいねんにかいざんした。おまえたちがじょおうをころしたことによってしめいてはいされる、などというもんだいははっせいしない! それをしょうめいしよう。おおーい! だれかおらんか!」
風鈴が声をあげると、近衛兵達が部屋に入ってきた。
「陛下、いかがなさいました?」
「わしのなをいってみよ」
「はい。風鈴様です」
「『すみれ』というおんなをしっておるか?」
「スミレ、ですか。いえ、知りません」
「・・・な? もんだいないであろう?」
「ほ、ほんとだ・・・。この世界って、よく出来てるわね・・・」
「さて、そなたらがすみれをころしたことは、さきほどふいたかぜでほかのたいりくのおうにもつたわっておるだろう。つぎはみずのくにへいけ。すみれといりすはしんゆう。あだうちをするため、にげることなく、そなたらをまっているだろう。そして、いりすをしょりすれば、いりすに『ほのじ』のあおいはいかりくるって、にげもかくれもしなくなるだろう。そして、あおいをしょりすれば、あおいに『ほのじ』のれんがいかりくるって、いかしょうりゃくじゃ。はじめにすみれをねらったのはよいはっそうだったな」
「そういうつもりじゃなかったんだけどね・・・。あなた、ええと、風鈴様。一体どういう仕組みになってるんですか?」
「『てんせいほう』じゃ!」
「『転生法』?」
「そこのおまえ! 『てんせい』のかいせつをたのむ!」
「あ? なんで俺が・・・」
風鈴に指差されたスコルピオが嫌そうな表情をする。
「生命体の活動が停止、つまり死んだあと、新たな生命体として生まれ変わる、という考え方だ。今、生きている状態を現世、前の生を前世、次の生を来世と呼ぶ。現世での因果関係が来世に影響すると考えられている。つまり、現世の状態は前世での因果関係が影響しているということだ。稀に前世の記憶を持ったまま生まれ変わる者もいる。これが『転生』だ。俺はこの考え方が好きじゃねえ」
「ふはははは! ざんねんであったな! 『てんせい』はじつざいする! わしらよんたいりくのおうには『てんせいほう』というしくみがつくられておるのだよ! たましいがれっかし、しゅぞくのかんりにししょうがでると、きおくはそのままあたらしいたましいにつくりかえ、こんらんがおこらぬようげんじつをかいざんする。つまり、わしはすみれのきおくをすべてうけついでいるが、すみれではないいきものなのだ!」
「スミレ様の記憶を持った、風鈴という人格、という考えでいいのかしら?」
「うむ! 『てんせいほう』のげんじつのかいへんは、おなじせいしつのいきものである、ほかのたいりくのおうたちにはつうようしない。それと、てんぞくとめいぞく、『てんせいほう』をじっこうしたものたちにもな。『てんせいほう』についてはもうよかろう。さて、ここからはわし、ふうりんというじんかくいちこじんとしてのはなしだ。ぺとろふとじんよ。このままではおまえたちはあまりにもすくわれない。ほんらいならすみれをそんちょうしてもくしておくべきことだが、はなそう。ぺとろふ、すみれはかっとうしていたぞ。どうぐであるおまえをあいしてしまったことを」
「・・・そうですか」
「そして、じんよ。すみれはたしかに、おまえをりようしていた。りようするにたるゆうしゅうなじんぶつだと、おまえをひょうかしていた、ともいえるな。こんなこといってもなんのなぐさめにもならんか。わはは! さて、よんたいりくのおうがしる、ふししゃになるほうほうを、じん、おまえにおしえよう。『これ』だ!」
そう言って、風鈴は肉塊を取り出した。
「きゃっ!? なに!? なにかの内臓??」
「『人間の心臓』だよ。まさか、これは『賢者の石』の・・・」
「うむ! これはすみれのしんぞうだ。『てんせいほう』をかんがえたかみとまおうが、みずからのてで『てんせいほう』をじっこうできないときにそなえた、『だいこうしゃ』におくる『ほうび』である。かみとまおうは、にまんねんまえから、てんぞくとめいぞくのかんけいがこじれることをよけんしておったのだな。さて、おまえはたしか、いりす、だったか? おまえなら、『これ』のつかいかたがわかるだろう。すのうまん、こおりづけにしてくれ」
「わかった」
スターダスト一行は、人間の心臓を手に入れた。
「じんよ。おまえのこれまでのはたらきと、ちしきとぎじゅつ、そしてけいけんをひょうかし、おまえがふししゃになり、はるまげどんをそししたあかつきには、こっきょうをこえ、まずしきものにむしょうでちりょうをおこなう、『こっきょうなきいしだん』をはっそくさせよう。おまえがだんちょうだ。かつどうしきんは、よんたいりくにぼきんをよびかけ、たりないぶんはわがくにがうけおおう。よいか?」
「・・・素直には喜べないな。なにを企んでいる?」
「なにもたくらんどらん! これはおまえにたいするつみほろぼしだ! ふまんか?」
「いや、旅が終わるまで考えさせてくれ」
「わかった。よいへんじをまつ。さて、ことはすべてすんだ。みずのくにへいけ。わしはたくさんしゃべってつかれた」
「やっと終わったか。ガキの声は頭にキンキン響いて嫌いだから終わってほっとしたぜ」
「そういえば、どうして子供の姿なんですか?」
「にんげんのおおくがへんたいだからであろう」
「へ?」
「わらわは『にんげん』というがいねんによってうまれた、にんげんの『りそうのすがた』なのだ。おおくのにんげんがおさないおとこのこに、なにかしらのかたちでりそうをもとめているから、このすがたなのだ。つみぶかいな! わはは!」
「わ、笑い事じゃない気がするけど・・・」
「ほれ、さっさといけ! わしはたくさんしゃべってつかれたといっておろう!」
「い、行きましょ、皆。風鈴様、ありがとうございました」
「うむ! さらばじゃ!」
風鈴はちっちゃな手を振って、笑顔でスターダスト一行を見送った。スターダスト一行は休息を取ったあと、水の国の流水城に向かう。そして城を守る門番に話しかけた。
「あのー、ギルド『スターダスト』です。女王様に会いたいんですけど・・・」
「はい。こちらへどうぞ」
「えっ? そんなあっさり?」
「はい。陛下に会いたがる者は何者であってもお通しせよとのご命令です」
「そ、そうですか。準備万端ってわけね・・・」
「陛下がお待ちです。こちらへどうぞ」
兵士に案内され、城の屋上へ行く。
「女王陛下。ギルド『スターダスト』の方達をお連れしました」
「ありがとう。命令です。なにが起こっても、誰も屋上に立ち入らないようにしてください。わたくしに会いたがる客は待たせておくように」
「はい。失礼します」
兵士が去っていった。暫くの間、沈黙が横たわった。
「さて、シンプルにいきましょう。あなた方が冥界からの刺客。そしてわたくし、いえ、私の親友、スミレの仇ですか?」
「・・・はい」
「フフフ。なんとなく、あなた達だと思っていました。では、親友スミレの仇、討たせていただきます」
女王は槍を召喚し、構えた。そして全身を使い、槍を投げた。槍は直線ではなく、ジグザグの線を描いてスターダスト一行を襲った。女王が手の平を宙に翳している。魔力で操っているのだ。槍はスターダスト一行の間を駆け抜けたあと、マリーに狙いを定めて真っ直ぐに飛んできた。マリーが咄嗟に手で身体を庇う。ローディが剣を構え、マリーの前に出た。さらにその前に、ベイオネットが割って入った。ベイオネットが槍を蹴り上げ、槍は上空に飛んでいく。女王が手招く仕草をすると、槍が戻っていく。女王は再び槍を投げた。ベイオネットがマスクの下で呪文を唱えて己の肉体を強化し、複雑な線を描く槍の上に飛び乗り、槍の動きを止めた。女王が二本目の槍を召喚し、ベイオネットに投げる。ベイオネットはそれを掴んで受け止めた。女王が三本目の槍を召喚しようとした隙に、ステファンの矢が引き絞られ、飛んでいく。女王の髪がそれを受け止めた。意識がステファンに向かったのか、視線がステファンに向けられる。その死角を突いて、ペトロフの斧が横一文字を描く。防衛本能が働いたのか、女王の髪の半分が首を守り、残り半分がペトロフに襲い掛かったが、ペトロフの斧は髪ごと首を切断し、ペトロフに襲い掛かった髪はスコルピオが鞭で絡めとった。女王の身体は水の元素に還り、暫くの間蠢いたあと、豊満な身体の妖艶な女に『転生』した。
「あーらら。負けちまったよ。さて、お疲れさん。ほら、受け取りな」
女がマリーになにかを押し付ける。マリーはそれを慌てて受け取った。
「な、なにこれ。羽根?」
「『妖精の羽根』だよ。ご褒美さ」
「・・・あなたも、『転生』したの?」
女はニヤリと笑った。
「『転生』について、風の国の王から聞いたかい?」
「聞いたわ」
「説明の手間が省けてよかったよ。あたしの名は『水飴』。妖精の理想像が、まさか助平な身体の女だったとはね。ま、妖精は貧相な身体の女ばっかりで、お清楚じゃないといけない風潮があるから、性に奔放な生活に憧れてるんだろうねえ」
「よ、よく喋るわね。あたし達に敵意はないの?」
「それは前の王の話だろ。あたしはあたしだ。ところでお嬢ちゃん、風の国の王はどんな感じに転生したんだい?」
「小さな男の子だけど・・・」
「可愛かった?」
「なんでそんなこと聞くのよ?」
「ああーっ、待って待って、やっぱ駄目。言わないで。楽しみにとっておくよ」
「わけわかんないわ・・・」
「あたしは老若男女問わずヌチョヌチョの関係になるのが楽しみなのさ。そこんとこいくとあんた達も守備範囲内だよ。一番好みなのはスコルピオだけど、スコルピオはスノウマンとデキてるしねえ、つまんないよ」
「はあ!? なに言ってんだお前!!」
「かまととぶってんじゃねーよバーカ!」
「水飴さん、口は慎んだ方がよろしいかと。彼は『神の母乳』を飲んでいますので、機嫌を損ねたら面倒ですよ」
「ありがとジャギー。あんたも守備範囲内だけど、どう?」
「お断りですねえ。前の王の方が好みでしたよ」
「ベイオネットは?」
「殺すぞ」
「あーあ、つまんないの。あたし仕事しに戻るから、あんた達はさっさと出てってよね。おっと、船で移動するのはお勧めしないよ。前の王が死んだから海が荒れてるんだ。治まるのに一晩はかかるだろうさ。じゃあね」
水飴はぐいと身体を伸ばし、城に戻っていった。
「ねえ、とりあえず宿で休まない? 海は荒れてるって話だし」
「異議なし」
「他に異議は・・・」
異議はあがらなかった。
「ないわね。城下町の宿で休みましょう」
スターダスト一行は城下町の宿で休息をとった。その日の夜のこと。
「・・・うーん、眠れないわね。ちょっと身体を動かしてこようかしら」
サララがベッドから起き上がり、宿の外に出た。
「あ」
サララとペトロフの声が重なった。ペトロフは宿の壁に凭れ掛かっていた。
「ごめんなさい。お邪魔しちゃったかしら?」
「ううん。サララ君さえよければ、ちょっと話さない?」
「いいわよ」
サララがペトロフの横に並ぶ。
「・・・ペトロフ、あなたに武器の扱い方を教えてもらって、かなり経つけど、私、武器の扱い方、上達したかしら?」
「うん。とっても。サララ君は実戦でも臆することなく挑んでいくから、見てるこっちが心配になるよ」
「ウフフ、大丈夫よ。私、頑丈だから」
「・・・ねえ、こんな言い方するのは良くないんだけど、聞いてもいいかな?」
「なあに?」
「どうして、女の子なのに戦いが好きなの?」
サララは苦笑した。
「長い話になるわよ」
「長い話は好きだよ」
「ウフフ。あのね、私、弱い者いじめが大嫌いなの。マリーは身体が弱くて、よく病気をして授業や行事を欠席していたし、まだ魔法のコントロールが上手くいかなくて魔法を暴発させて問題を起こしていたの。イリスはずーっと本ばかり読んでいて、成績は一番だったけど、誰とも関わりがなかったの。というか、妬みの対象になっていて、陰でありもしない噂を流されてた。で、皆でマリーとイリスを無視しようって流れになっちゃったの。イリスは全然気にならなかったみたいだけど、マリーは一人で泣いていたわ。私、それが許せなくて、その、ボコボコにしちゃったのよね、当時の孤児院の子供達全員」
「穏やかじゃないね・・・」
「そうね。でも、口で言ってなんとかなるなら、誰も人間関係で苦労しないわよ。まあ、暴力は最終手段にしたほうがいいけれど。でね、マリーは泣きながら『ありがとう』って言って、私の後ろを着いて回るようになったの。イリスも、自分の世界に閉じこもることは良くないことだと思ったのか、たまに話をしてくれるようになったわ。で、マリーは病気で授業を欠席して、勉強にかなり遅れが出ていたから、イリスに勉強を教えてあげるように頼んだのよ。そんな感じで私達は仲良くなったの」
「君がきっかけを作ったんだね。素敵なお話だよ」
「そうかしら? 私には恥ずかしい話だわ。私、昔から頭に血が昇ると暴力で解決しようとしていたから、そんな私を見かねて、孤児院のシスターたちが村の自警団に頼んで、私に武器術の訓練をつけてくれたのよ。私の荒っぽい性格を、鍛錬して武器を振るうことで発散させようとしたのね。でも、私は、『戦い』にどんどんのめり込んでいって、やがて村の自警団では私に稽古をつけられる人は居なくなったわ。私はイリスに頼んでいろんな鍛錬法を調べてもらって、それを試して、自己流で強くなっていったの」
「そうなんだ・・・」
「ウフ。私、身体を動かすのが好きなの。戦いはお互いの行動の読み合い。そして如何に意表を突くか。戦略を練って、戦いながら計算して、身体を動かす。勝っても負けても楽しいの。イリスに言わせれば、戦いという極限の緊張状態で脳内麻薬が分泌されて、私はそれの中毒になってるらしいけど、否定はできないわね」
「アハハ、あながち間違いじゃないかもしれないね。だって、戦っていないときの君は、しっかり者だけれどどこかおっとりしていて、優しくて、とても柔らかい雰囲気の人だから、戦ってるときとまるで別人だよ」
「そうかしら? ペトロフだって、戦ってるときはまるで別人よ?」
「そ、そう?」
「そう。戦ってるときは、勇敢で、大胆で、とっても逞しい。でも普段はとっても優しくて、正義感が強くて、お上品で、まさに『王子様』って感じ」
「うーん、僕、もう王子じゃないんだけどなあ・・・」
「この旅が終わったら、行くあてはあるの?」
「・・・ない」
「じゃあ、私と旅をしましょうよ!」
サララはにっこりと笑った。
「え? で、でも、イリス君とマリー君と一緒に居るんじゃないのかい?」
「・・・多分、だけど、イリスは遠くに行っちゃうわ。不死者になってね。寂しいけど、止めようとは思わないの」
「そうなんだ・・・」
「マリーはミハエルと一緒に居たほうがいいと思うの。ミハエルが細かく調薬してくれているから、今のマリーが存在するのよ。今はハルマゲドンを阻止することでいっぱいいっぱいで、魔法や調薬の勉強がしっかりとできていないから、ハルマゲドンを阻止したらマリーはミハエルと一緒に居るべきよ」
「・・・そうかなあ」
「そうよ。だから私はひとりぼっちってわけ。今から言うことは秘密よ? 私ね、お紺さんに憧れているの」
少し照れくさそうに、サララが言う。
「己の肉体と経験で、華麗に敵を倒す賞金首稼ぎ。私もそうなりたいの。でも、一人じゃ不安だわ。だから、ね? 一緒に旅をしましょうよ、ペトロフ!」
「・・・うん! そうだね。君と一緒に旅をしようかな!」
「決まりね!」
「ちょっと待ったあああああっ!!」
突然、物陰からエドモンド公爵が現れた。
「あら、エドモンドさん。いつから居たの?」
「れ、冷静だね、サララ君・・・」
「ハーッハッハッハ!! ごきげんよう我が花嫁とペトロフ君!! 突然だがちょっと待った!!」
「本当に突然ね。で、いつから居たのよ?」
「フフン、君達が水の国に来てからずっとだ! コウモリ、黒猫、カラスは我がしもべ。そしてどこにでも居る存在! 我が花嫁が水の国に来たら、見張るよう命令してあるのだよ! しかしとんでもないことをしているね、まさか、四大陸の王達を・・・」
「ちょっと、それ以上は・・・」
「わかっているよ! さて、ちょっと待った! 二人で旅をするのなら、必ず、必ず私の首を狙いに来たまえ!」
「えっ? 二人旅を止めに来たんじゃないんですか?」
「おお、ペトロフ君よ。残念なことに、水の国で女性が結婚するには、十八歳にならなくてはいけないのだ。我が花嫁はまだその年齢ではないだろう? 明らかに幼いからな。ちなみにいくつなんだい?」
「十五歳よ」
「十五!! 十五!? その幼さで、その雄々しさを持つとは・・・」
「変な人ね」
「ハーッハッハッハ! 海水はヴァンパイアにとって、死の窯の底なのだ。私はこの国から出ることができない。だから、我が花嫁を待ち続けよう。我が花嫁の旅のお供に、ペトロフ君は相応しい男だ! 安心して眠れるというもの! 十八歳になった暁には、私の首をバースデーケーキに飾りたまえよ!」
「そうするわ」
「ハーッハッハッハ! ハーッハッハッハッハッハ! では、さらばだ!」
エドモンドは嵐のように来て、嵐のように去っていった。
「・・・宿に戻ろうか」
「そうしましょう」
二人が宿に戻っていくのを、見守っているのが一人。
「キャーッ! スコルピオさんはミハエルさんとくっついているし、お紺ちゃんとジンさんもいい感じだし、ミュコちゃんはステファンちゃんとノウさんを虜にしているし、ローディちゃんはイリスちゃんと仲良しこよしだし、今度はサララちゃんとペトロフ君がくっつきそう! 楽しいわー、この旅!」
パトリシアが小声ではしゃいでいる。
「おっと、そろそろ戻らないとバレちゃうわね。姿を消してこっそり戻りましょう・・・」
そして、宿の中へ帰っていった。