最終話 笑顔

文字数 1,928文字

「おはよう、(かえで)ちゃん」

「あ、パパ、ママ、おはよう!」

 とある日曜の朝。集会場に入った楓が、理事の東野(ひがしの)夫妻に挨拶した。

「今日も元気だね、楓ちゃんは」

「うん! 何と言っても今日は、新しい入居者さんが来る日なんだもん。いつもより早起きしちゃったよ、あはははははっ」

「はっはっは、いやいや、元気なのは嬉しいんだけどね。それにしてもその、パパって呼ばれるのには、中々慣れないものだね。こっ()ずかしいというか」

「えー、どうしてー? だってみんなみたいに親父って呼ぶ方が、私には抵抗あるんだもーん。それにパパって響き、私すごく気に入ってるんだー」

 そう言って満面の笑みを向ける楓に、東野は照れくさそうにうなずいた。

「いやいや、楓ちゃんがいいなら構わないんだ。それにしても楓ちゃん、新しい人の調査も担当してくれたんだし、今日はほどほどでいいからね。あまり無理はしないように」

「ありがとうパパ。大丈夫だから心配しないで。それに身辺調査だって、すごく楽しかったから。私のことも、こうやって調べてくれたんだよね。そう思ったらね、何だか嬉しくって」

「おかげでこうして、家族になってもらえた訳だからね」

「次の人もきっと、ここを気に入ってくれるよ」

「楓ちゃんのように、かな?」

 意地悪そうな笑みを浮かべながら、北見ちづるが割って入った。

「おはようちづるさん。千春ちゃんも、おはよう」

 そう言って千春を抱き締める。

「楓ちゃんは本当、ここの一員になったね」

「うん! みんなのおかげで、本当に毎日が楽しいの!」

「あの時は大変だったけどね」

「もぉーっ、ちづるさんってばー。それは忘れてって言ってるのにー」

「あははははははっ、ごめんごめん」

「楓、もう来てたんだ」

祥太郎(しょうたろう)くん、まだ寝ててもよかったのに。昨日も遅くまで仕事だったんだから」

「いやいや、奥さんが率先して働いてるのに、呑気に寝てなんかいられないよ」

「うふふふっ。本当、二人は仲良しさんね」

「お袋、あんまりからかわないでよね」

「本当のことなんだからいいじゃない。毎晩愛しあってる訳だし」

「え」
「ぷっ」

「うはははははははっ! 出たよ、楓ちゃんの惚気(のろけ)

「……楓、正直なのはいいことなんだけど……恥ずかしいから、みんなの前ではちょっと控えて」

「何言ってるのよ祥太郎くん。ここは私たちの家、そしてみんなは家族! 家族の間で隠し事なんて、あってはいけないんだからね! 一人はみんなの為に、みんなは一人の為に!」

「うはははははははっ! 朝からご馳走さんだな、こりゃ」

「全くだ」

 住人たちに囲まれて、楓が幸せそうに笑う。

「あ、そうだ祥太郎くん。ちょっといいかな」

 楓に袖をつかまれ、集会場の外に出る。

「どうしたの?」

「あの……ね、相談したいことがあるんだけど、いいかな」

「改まって聞かれると、ちょっと身構えちゃうね。何かな」

「管理費のこと、なんだけどね」

「管理費がどうかした?」

「ほら、私たち所帯が一つになったじゃない? それでパパが、管理費も1口でいいって言ってくれて。でもね、いつまでも甘えてちゃいけないと思うの」

「なるほどね。それで楓は、どうしたいのかな」

「2口って言っても、それはそれで普通じゃない? それに私たちが出会えたのも、楽園のおかげなんだし。生活も安定してきたし、出来ればもう少し頑張ってみたいの」

「具体的には?」

「怒らないで聞いてね。4口、月20万に挑戦してみたいの」

「20万かぁ……」

「どう? 駄目かな?」

「いや、いいと思うよ。楽園を大切に思う気持ち、僕も嬉しいよ」

「本当? やったー! ありがとう祥太郎くん、だーい好き!」

「ははっ、嬉しいけど、ここでキスはなしで」

「えー、ケチー」

「でも、うん、いいと思う。贅沢さえしなければ、全然いける額だし。それに僕らにとっては、この楽園が全てなんだから」

「祥太郎くんなら、そう言ってくれるって信じてた。ありがとう」

「上野さんなんか、仕事を掛け持ちして10口してる訳だし。それも何年も」

「そうなんだよねー。私も初めて聞いた時、負けられないって思ったの。いつか私たちが、楽園で一番貢献してる夫婦になるのが目標なんだ」

「楓なら、いつかきっと出来るよ。何と言っても、僕の最高の奥さんなんだから」

「私も! 祥太郎くんに出会えて、本当によかったって思ってる! だから今、最高に幸せなんだ!」

 二人が笑顔で抱き合う。

「おーい、着いたみたいだよー」

「はーい。祥太郎くん、行こ!」

「うん」

「楽しみね、楓ちゃん」

「そうですね。私も本当に楽しみです!」

「きっと楓ちゃんみたいに、素敵な人が来るわよ」

「あははははははっ。そう言ってもらえて嬉しいです」




 マンション楽園。
 ここは今日も、みんなの笑顔に包まれていた。
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